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第二章
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「ちょっと家を見せてもらえますか」
少しの沈黙のあと、中村が言った。雅彦はとろくさい刑事たちにイライラした。
二人の刑事と雅彦は家の周りをゆっくりと一周した。時間が過ぎていくたびに雅彦は翔太の身に危険が迫る確率が増していく気がした。
「立派な家ですな」
中村が皮肉っぽく言った。
三人は再び家の中に入った。
「まず翔太君の部屋を見せてもらいますか」
雅彦を先頭に三人は無言で階段を上った。
翔太の部屋は朝のままだ。
ドアを開け、雅彦がまず部屋に入り、戸口に立った。中村と藤森が続いて入り、部屋の中をきょろきょろと見回した。
「小さなお子さんにも立派な部屋を与えていますな」
中村は本当に感心しているのか、皮肉で言っているのかわからない。
「ん?」
藤森が奇妙な声を上げた。片足を上げて足の裏を見る。
白い靴下に赤い染みが付いていた。
「どけ」
中村が藤森を追い払うようにして、床に身を屈めた。絨毯に小さな染みがある。
そこに触れている中村の手に、ぽたりと赤いしずくが落ちた。
三人は同時に顔を上げた。
翔太がいた。
見開かれた目。
翔太は首を百八十度回転して下を向き、天井に張り付いていた。首を無理に捻じ曲げられたせいで、口と鼻から血を滴らせている。濃い色の絨毯は血に染まっても気付きにくかった。
雅彦は我を失った。何か足場になるものは無いかと探した。早く翔太を下さなければ。
「応援を呼べ!」
中村が怒鳴った。
藤森が慌てた様子でスマホを取り出す。
雅彦はベッドを動かそうとした。
「触るんじゃない! 部屋の外に出ろ!」
雅彦は中村の声が耳に入らなかった。止めようとする中村を払い除けようともがいた。中村と藤森に腕を捕まえられ、部屋から引きずり出された。翔太が死んでいるのは明らかだった。
階段をどたどたと上ってくる足音がした。
「下で待っていなさい!」
中村はもう一度、でかい声を出した。
「翔太は? 翔太は?」
只ならぬ気配を察した妙子は半狂乱になっている。
「落ち着いて。いいから下に降りてなさい!」
妙子は雅彦を見て、同じように全身から力が抜けてよろよろと中村にもたれ掛かった。
「おい、奥さんを下に連れていけ」
中村が怒鳴った。
藤森は妙子を抱えるようにして階下へと降りていった。
「さ、行きましょう」
中村が初めて雅彦に優しい言葉をかけた。その言葉は雅彦の頭の中に虚ろに響くだけだった。意味は理解できなかった。全ての思考は止まってしまっていた。
中村に体を支えられて階段を下りてきた雅彦は、居間のソファに腰かけた。
「翔太は?」
突然思い付いたように、妙子がヒステリックに叫んだ。
「落ち着きなさい!」
また中村が怒鳴った。立ち上がろうとする妙子を藤森が押さえる。
「きゃー!」
二階で悲鳴が上がった。
中村がばっと立ち上がる。
「二人を見ていろ!」
そう藤森に言い残して、中村は亀のような姿で階段を駆け上っていった。
二階から中村の激しい声が聞こえてきた。
やがて、いや、いやと駄々をこねるように泣きじゃくる有希を、中村が抱えるようにして階段を下りてきた。有希が二階の自分の部屋にいる事を忘れていた。有希も見てしまったのだ。
雅彦はその時、我に返った。頭はまだボーっとしていて、よく考えられない。微かな頭痛がする。体中が痺れたようになって、うまく動かせない。ただ、翔太の死を事実として受け入れられるだけの思考は戻ってきた。
雅彦はそこにいることが苦しくなってきた。翔太のいる家で、同じ空気の中にいると思うと、ここにいる全員に死の影が迫ってきているような気がした。
雅彦はふらふらと立ち上がると、歩き始めた。
「どこに行くのですか?」
中村が尋ねた。
「ちょっと外の空気を吸いに」
雅彦は前方を見たまま言った。中村は止めようとはしなかった。
外は眩しかった。夏の面影を十分に残している太陽の光が体に突き刺さるようだった。
雅彦は深呼吸をした。その時、視界にチラリと入ったものにぎくりとした。塀の上に小さな顔が乗っている。雅彦と視線が合うと、顔はすっと引っ込んだ。
雅彦は走り出していた。
少女が通りの向こうに駆けていくところだった。雅彦は少女を追った。少女は角を曲がり、見えなくなった。
雅彦がその角を曲がった時、少女の姿はどこにも無かった。
少しの沈黙のあと、中村が言った。雅彦はとろくさい刑事たちにイライラした。
二人の刑事と雅彦は家の周りをゆっくりと一周した。時間が過ぎていくたびに雅彦は翔太の身に危険が迫る確率が増していく気がした。
「立派な家ですな」
中村が皮肉っぽく言った。
三人は再び家の中に入った。
「まず翔太君の部屋を見せてもらいますか」
雅彦を先頭に三人は無言で階段を上った。
翔太の部屋は朝のままだ。
ドアを開け、雅彦がまず部屋に入り、戸口に立った。中村と藤森が続いて入り、部屋の中をきょろきょろと見回した。
「小さなお子さんにも立派な部屋を与えていますな」
中村は本当に感心しているのか、皮肉で言っているのかわからない。
「ん?」
藤森が奇妙な声を上げた。片足を上げて足の裏を見る。
白い靴下に赤い染みが付いていた。
「どけ」
中村が藤森を追い払うようにして、床に身を屈めた。絨毯に小さな染みがある。
そこに触れている中村の手に、ぽたりと赤いしずくが落ちた。
三人は同時に顔を上げた。
翔太がいた。
見開かれた目。
翔太は首を百八十度回転して下を向き、天井に張り付いていた。首を無理に捻じ曲げられたせいで、口と鼻から血を滴らせている。濃い色の絨毯は血に染まっても気付きにくかった。
雅彦は我を失った。何か足場になるものは無いかと探した。早く翔太を下さなければ。
「応援を呼べ!」
中村が怒鳴った。
藤森が慌てた様子でスマホを取り出す。
雅彦はベッドを動かそうとした。
「触るんじゃない! 部屋の外に出ろ!」
雅彦は中村の声が耳に入らなかった。止めようとする中村を払い除けようともがいた。中村と藤森に腕を捕まえられ、部屋から引きずり出された。翔太が死んでいるのは明らかだった。
階段をどたどたと上ってくる足音がした。
「下で待っていなさい!」
中村はもう一度、でかい声を出した。
「翔太は? 翔太は?」
只ならぬ気配を察した妙子は半狂乱になっている。
「落ち着いて。いいから下に降りてなさい!」
妙子は雅彦を見て、同じように全身から力が抜けてよろよろと中村にもたれ掛かった。
「おい、奥さんを下に連れていけ」
中村が怒鳴った。
藤森は妙子を抱えるようにして階下へと降りていった。
「さ、行きましょう」
中村が初めて雅彦に優しい言葉をかけた。その言葉は雅彦の頭の中に虚ろに響くだけだった。意味は理解できなかった。全ての思考は止まってしまっていた。
中村に体を支えられて階段を下りてきた雅彦は、居間のソファに腰かけた。
「翔太は?」
突然思い付いたように、妙子がヒステリックに叫んだ。
「落ち着きなさい!」
また中村が怒鳴った。立ち上がろうとする妙子を藤森が押さえる。
「きゃー!」
二階で悲鳴が上がった。
中村がばっと立ち上がる。
「二人を見ていろ!」
そう藤森に言い残して、中村は亀のような姿で階段を駆け上っていった。
二階から中村の激しい声が聞こえてきた。
やがて、いや、いやと駄々をこねるように泣きじゃくる有希を、中村が抱えるようにして階段を下りてきた。有希が二階の自分の部屋にいる事を忘れていた。有希も見てしまったのだ。
雅彦はその時、我に返った。頭はまだボーっとしていて、よく考えられない。微かな頭痛がする。体中が痺れたようになって、うまく動かせない。ただ、翔太の死を事実として受け入れられるだけの思考は戻ってきた。
雅彦はそこにいることが苦しくなってきた。翔太のいる家で、同じ空気の中にいると思うと、ここにいる全員に死の影が迫ってきているような気がした。
雅彦はふらふらと立ち上がると、歩き始めた。
「どこに行くのですか?」
中村が尋ねた。
「ちょっと外の空気を吸いに」
雅彦は前方を見たまま言った。中村は止めようとはしなかった。
外は眩しかった。夏の面影を十分に残している太陽の光が体に突き刺さるようだった。
雅彦は深呼吸をした。その時、視界にチラリと入ったものにぎくりとした。塀の上に小さな顔が乗っている。雅彦と視線が合うと、顔はすっと引っ込んだ。
雅彦は走り出していた。
少女が通りの向こうに駆けていくところだった。雅彦は少女を追った。少女は角を曲がり、見えなくなった。
雅彦がその角を曲がった時、少女の姿はどこにも無かった。
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