微笑

原口源太郎

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第三章

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 少女は『あゆみ園』という名の刻まれた門の僅かな隙間から中に入っていった。そこは確か身寄りのない孤児たちがいる施設だった。
 雅彦はそこの責任者に会って少女についての話を聞くことにした。
 責任者は出かけていますと言って雅彦が通された部屋に入ってきたのは、恰幅の良い中年の女だった。
「美夏がお宅様に悪さでもしました?」
 簡単なあいさつの後、吉川と名乗った女が心配そうに尋ねた。
「いえ、そうじゃないんです。ただあの娘さんのことを知りたいと思いまして」
 雅彦の言葉に、吉川は心配そうな顔から眉を寄せて怪しむような顔になった。
「美夏とはどのようなご関係で?」
「別に、何の関係もありません。よく私の家に遊びに来るので、ちょっと興味を持ちまして」
「まっ」
 吉川は口をぽかっと開けた。
「家に上がり込んでくるとか、そんなことをするわけじゃないんです。外の道から家を覗き込んでいるだけなのですが」
「どうしてそんな事をするのかしら」
「わかりません。あの子に何を訊いても、私は嫌われているらしく、何も答えてくれません」
 雅彦の言葉に、吉川はホホホと笑う真似をして見せた。
「あの子があなたを嫌っているのかどうかはわかりません。誰が何を訊いても、あの子は口では答えてくれません。喋れないのですから」
「喋れない? 生まれつきですか?」
「いいえ。数カ月前にある事件があり、声帯を潰してしまったのです」
「どんな事件だったのですか?」
「それは、あの子の為に話さないほうがいいと思います。・・・・それで何をお知りになりたいのですか?」
「あの子に両親はいるのですか?」
「父親がいます。ここは孤児を預かる施設ですが、本当に両親がいない子たちばかりではありません」
「父親はどんな人物なのですか?」
「あまり詳しいことは答えられません。なぜそんなに美夏のことを知りたいのですか?」
 吉川の戸惑った表情に、雅彦はどうしようかと考えた。美夏という少女は今までの事件と関係があるはずだ。これ以上の惨劇を食い止める為には、美夏のことを知り、何らかの手掛かりを得なければならない。
 雅彦は今まで自分の家族に起こった出来事を話した。そして美夏が何かしらそれらの事に関わっているのではないかと思っていると打ち明けた。
「美夏の父親がどのような人なのかはわかりません。私は会ったことがありませんから。・・・・実は美夏の喉を潰したのは、あの子の父親らしいのです。その男は、美夏の首を絞めて殺そうとしたのです」
「ということは、美夏の父親は今、警察に?」
「いえ。警察には届けましたが、はっきり父親の仕業だとは言い切れませんので」
「いったいどのような状況だったのですか?」
「三カ月ほど前に父親から電話があり、美夏は会いに行くと言ってここを抜け出していきました。夜中に帰ってきたとき、あの子は無言で涙をぽろぽろ流していました。首には手の痕がはっきり残っていました。かなり抵抗したらしく、美夏の服はボロボロで、体中に擦り傷を作っていました。その時のことを思うと今でも恐ろしくなります。あの子は何時間も気を失って近くの公園の茂みに倒れていたのです」
 言葉を切って、吉川は雅彦の目をじっと見た。
 雅彦の頭に男の姿が浮かんだ。美夏の首を絞めているのは、のっぺらぼうの男だ。
 さらに美夏はよく一人で外出するのかと尋ねた。吉川は一人で外に出てはいけない決まりになっているが、いつも勝手に出ていってしまって手を焼いていると答えた。
 それ以外に大した情報は得られず、早々にそこを引き揚げた。
 『あゆみ園』の門を出るとき、美夏が雅彦の近くに走ってきて、笑顔で手を振った。
 可愛い少女の笑顔だった。

 
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