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僕とあすかさんの物語
僕 ー スマホの中のあすかさん
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「それ彼女?」
そう言われて慌ててスマホを引っ込めた。
翔平がにやにやした顔で僕を見ている。
「彼女じゃない」
「でも、アイドルっぽくなかったし、じゃ、誰だ?」
「誰って・・・・妹だよ」
「妹? 彼女の写真を待受けに使うやつはめったにいないと思うけど、妹の写真を使うやつはもっといないだろ」
「うるさい」
僕はスマホをポケットに入れた。
翔平と知り合って二カ月になる。
初めて会ったのは大学の入学式の日の朝だった。
アパートの部屋を出る時にたまたま一緒になって、顔を合わせてお互い照れくさい思いをした。それはめったに着たことのないスーツとネクタイのせいだった。
僕も翔平も地方から来て一人暮らしを始めていた。同じアパートの三つ隣が翔平の部屋だった。
数日後に一緒にバドミントン同好会に入ろうと誘われた。
僕は小、中、高と野球一筋だったけれど、強豪校でもない高校の控え選手だったから、大学でも野球をやろうとは考えていなかった。でも体を動かすことは好きだったし他に当てもなかったから、バドミントンはあまりやったことがなかったけれど、とりあえず同好会に入ることにした。
翔平はバドミントンの経験者だった。と言ってもバドミントンをやっていたのは小学校の頃で、中学でテニス、高校でバスケットボールと、その時の雰囲気で運動部に所属していたようだった。
同好会の練習や歓迎会に一緒に参加したり、大学への行き帰りがたまに一緒になったりと、二人で一緒に行動することがよくあった。
なかなか気さくないいやつで、大学に入って一番最初にできた友人となった。
「彼女の写真、もう一度見せてくれよ」
ポケットに入れたスマホを見て翔平が言う。
「ダメ。彼女じゃないし」
「彼女じゃないならいいだろ」
「ダメ」
「ま、いいや。それより、今度海に行かね?」
「海? 何しに?」
「遊びに行くんだよ」
「海に行って何して遊ぶ? 泳ぐには早いし」
「ただ海に行くだけだよ。海、見たくないか? どうせ休みは暇だろ?」
「まあ、暇だけど」
そんなわけで僕たちは電車にガタゴト揺られて海にやってきた。
「うわー、海だー!」
広がる海を見て、翔平は興奮したように言った。
「おまえはガキか!」
翔平にそう言ったけれど、僕も感激していた。
僕は海から離れたところで生まれ育ったので、海を見ることはまれだったから広い海を見るとつい感動してしまう。たぶん翔平も同じだろう。
海からは強い風が吹いていて、高い波が砂浜に押し寄せていた。
僕たちは砂の上を歩き回り、白く消える波と戯れた。
その後、近くに落ちていた硬式のテニスボールでキャッチボールをした。強い風にあおられてボールが曲がる。それが楽しかった。
そのうち僕は意地悪をしてわざと変化球を投げた。風に流れるボールはさらにとんでもない方向に曲がる。翔平が取り損ねるのを笑って見ていた。
それも飽きて僕たちは堤防に座り、海を眺めた。
「そうだ、写真撮ろう、記念に」
そうって翔平が立ち上がる。
僕たちは海をバックに、くっついて腕を目いっぱい伸ばしてスマホで写真を撮った。
「よし、何か飲み物でも買ってくるわ」
スマホをポケットに入れながら翔平が言った。
「それじゃ」
僕も翔平と一緒に行こうとした。
「いいよ。俺が買ってくる。付き合ってくれたお礼だ」
「そう。安いお礼だな」
「それで我慢しろ。何飲む?」
「コーヒー。甘いやつ」
「わかった」
翔平は堤防を下りていった。
近くに自動販売機も店もなくて、遠く道の向こうに自動販売機が並んでいるのが見える。
僕は再びコンクリートの上に座って海を眺めた。
せっかくだからもう一枚、写真を撮ろうかな。
そう思ってスマホを取り出し、海の写真を撮った。
しばらくスマホをいじって後ろを見たけれど、まだ翔平の姿はなかった。
また海を見ていて、よくドラマや映画で海に向かって叫んでいるのを思い出した。
そうしたら僕も思いっきり叫んでみたくなった。
もう一度振り返り、近くに翔平がいないことを確認する。そのほかにも人気はない。
僕は立ち上がると、海を見て大きく息を吸い込んだ。
「あすかさーん、好きだー!」
大声で叫んだ。
気持ちいいというより、ただ恥ずかしいだけだった。
バカなことをしたと反省して、もう一度座って海を眺めた。
すぐに翔平がやってきた。
「今、叫んでただろ。好きだーとか言ってなかったか?」
缶コーヒーを渡しながら言う。
「いや・・・・」
まさか聞こえていたとは思わなかった。
「例のスマホの彼女だろ。もう一度見せろ」
「ダメだ」
「いいじゃんかよ、減るもんじゃないし」
「しょうがないな」
僕はしぶしぶスマホを取り出し、電源を入れた。
「げっ! なんだよ」
翔平がスマホの待ち受け画面を見て言った。
画面はさっき海をバックに二人で撮った写真に替えておいた。
「男が二人でくっついてる写真なんて、妹の写真よりもっと気色悪いぜ」
「いいんだよ。しばらく今日の記念に使わせてもらう」
「勝手にしろ」
翔平は諦めたように言った。
無理に頼んで一枚だけ撮らせてもらったあすかさんの写真。
もう少し待ってて。
いつの日か、僕の彼女だと堂々と言える日が来たら、また表に出してあげる。その日までもう少し待っててよ、スマホの中のあすかさん。
そう言われて慌ててスマホを引っ込めた。
翔平がにやにやした顔で僕を見ている。
「彼女じゃない」
「でも、アイドルっぽくなかったし、じゃ、誰だ?」
「誰って・・・・妹だよ」
「妹? 彼女の写真を待受けに使うやつはめったにいないと思うけど、妹の写真を使うやつはもっといないだろ」
「うるさい」
僕はスマホをポケットに入れた。
翔平と知り合って二カ月になる。
初めて会ったのは大学の入学式の日の朝だった。
アパートの部屋を出る時にたまたま一緒になって、顔を合わせてお互い照れくさい思いをした。それはめったに着たことのないスーツとネクタイのせいだった。
僕も翔平も地方から来て一人暮らしを始めていた。同じアパートの三つ隣が翔平の部屋だった。
数日後に一緒にバドミントン同好会に入ろうと誘われた。
僕は小、中、高と野球一筋だったけれど、強豪校でもない高校の控え選手だったから、大学でも野球をやろうとは考えていなかった。でも体を動かすことは好きだったし他に当てもなかったから、バドミントンはあまりやったことがなかったけれど、とりあえず同好会に入ることにした。
翔平はバドミントンの経験者だった。と言ってもバドミントンをやっていたのは小学校の頃で、中学でテニス、高校でバスケットボールと、その時の雰囲気で運動部に所属していたようだった。
同好会の練習や歓迎会に一緒に参加したり、大学への行き帰りがたまに一緒になったりと、二人で一緒に行動することがよくあった。
なかなか気さくないいやつで、大学に入って一番最初にできた友人となった。
「彼女の写真、もう一度見せてくれよ」
ポケットに入れたスマホを見て翔平が言う。
「ダメ。彼女じゃないし」
「彼女じゃないならいいだろ」
「ダメ」
「ま、いいや。それより、今度海に行かね?」
「海? 何しに?」
「遊びに行くんだよ」
「海に行って何して遊ぶ? 泳ぐには早いし」
「ただ海に行くだけだよ。海、見たくないか? どうせ休みは暇だろ?」
「まあ、暇だけど」
そんなわけで僕たちは電車にガタゴト揺られて海にやってきた。
「うわー、海だー!」
広がる海を見て、翔平は興奮したように言った。
「おまえはガキか!」
翔平にそう言ったけれど、僕も感激していた。
僕は海から離れたところで生まれ育ったので、海を見ることはまれだったから広い海を見るとつい感動してしまう。たぶん翔平も同じだろう。
海からは強い風が吹いていて、高い波が砂浜に押し寄せていた。
僕たちは砂の上を歩き回り、白く消える波と戯れた。
その後、近くに落ちていた硬式のテニスボールでキャッチボールをした。強い風にあおられてボールが曲がる。それが楽しかった。
そのうち僕は意地悪をしてわざと変化球を投げた。風に流れるボールはさらにとんでもない方向に曲がる。翔平が取り損ねるのを笑って見ていた。
それも飽きて僕たちは堤防に座り、海を眺めた。
「そうだ、写真撮ろう、記念に」
そうって翔平が立ち上がる。
僕たちは海をバックに、くっついて腕を目いっぱい伸ばしてスマホで写真を撮った。
「よし、何か飲み物でも買ってくるわ」
スマホをポケットに入れながら翔平が言った。
「それじゃ」
僕も翔平と一緒に行こうとした。
「いいよ。俺が買ってくる。付き合ってくれたお礼だ」
「そう。安いお礼だな」
「それで我慢しろ。何飲む?」
「コーヒー。甘いやつ」
「わかった」
翔平は堤防を下りていった。
近くに自動販売機も店もなくて、遠く道の向こうに自動販売機が並んでいるのが見える。
僕は再びコンクリートの上に座って海を眺めた。
せっかくだからもう一枚、写真を撮ろうかな。
そう思ってスマホを取り出し、海の写真を撮った。
しばらくスマホをいじって後ろを見たけれど、まだ翔平の姿はなかった。
また海を見ていて、よくドラマや映画で海に向かって叫んでいるのを思い出した。
そうしたら僕も思いっきり叫んでみたくなった。
もう一度振り返り、近くに翔平がいないことを確認する。そのほかにも人気はない。
僕は立ち上がると、海を見て大きく息を吸い込んだ。
「あすかさーん、好きだー!」
大声で叫んだ。
気持ちいいというより、ただ恥ずかしいだけだった。
バカなことをしたと反省して、もう一度座って海を眺めた。
すぐに翔平がやってきた。
「今、叫んでただろ。好きだーとか言ってなかったか?」
缶コーヒーを渡しながら言う。
「いや・・・・」
まさか聞こえていたとは思わなかった。
「例のスマホの彼女だろ。もう一度見せろ」
「ダメだ」
「いいじゃんかよ、減るもんじゃないし」
「しょうがないな」
僕はしぶしぶスマホを取り出し、電源を入れた。
「げっ! なんだよ」
翔平がスマホの待ち受け画面を見て言った。
画面はさっき海をバックに二人で撮った写真に替えておいた。
「男が二人でくっついてる写真なんて、妹の写真よりもっと気色悪いぜ」
「いいんだよ。しばらく今日の記念に使わせてもらう」
「勝手にしろ」
翔平は諦めたように言った。
無理に頼んで一枚だけ撮らせてもらったあすかさんの写真。
もう少し待ってて。
いつの日か、僕の彼女だと堂々と言える日が来たら、また表に出してあげる。その日までもう少し待っててよ、スマホの中のあすかさん。
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