原口源左衛門の帰郷

原口源太郎

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凍晴

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 源左衛門は一瞬背後の男を見て刀の動きを見切り、かわしながらその男の腕を斬り落とした。さらにそのままの勢いで隣の男の足を斬る。
 体の向きと位置を巧みに入れ替え、反転させながら次々と六人の男を斬り倒した。
 さらに源左衛門は警戒を緩めずに地を蠢く男たちから離れる。矢はもうどこからも飛んでこない。
 だが違う何かを感じていた。
 人の気配。
 それがどのような人物のもので、どこから発せられているのかが掴めない。丁度数カ月前に赤吹の城下で感じた気配に似ていた。
 源左衛門はじっとその気配を探る。
 知っている殿様のものとは違う。
 すると、一人の町人風の旅姿の男が木立の陰から現れ、すすっと道に降り立った。源左衛門が感じていた気配はその男のものであった。
「さすが、影風流の剣さばき、お見事です」
 男が言った。
 旅支度をしているが、顔を布で覆っているので表情は見えない。その只者でない気配の消し方から、忍びと呼ばれている者であろうと思った。
 源左衛門は男の動きに対処できるように神経を張り詰めたままでいる。
「何者だ? 名は?」
「お武家様に名乗る名はございません。私は御前様に命じられてあなた様の警護をしておりました。もう矢を射る者もおりません」
 そこに始めに現れたのと同じような姿をした男二人がいつの間にか現れて、源左衛門に斬られて泣き叫ぶ者たちの手当てを始めた。
「まあ、助からぬ者もおりましょうな」
 始めに現れた男がその様子を見て言う。
「この者たちは?」
 もう一度、源左衛門が倒れた男たちを見て尋ねる。
「町人風の二人の者は先日、城下の商家を襲った者たちの仲間です。次の押し入り先を捜すため、あるいはもう決めてその準備をしていた者で、私たちもその捜索をしていました。その者たちが腕の立つ浪人を引き連れて赤吹城下に戻ったとの情報が入り、御前様はその者たちの狙いは原口様にあると睨んで、私どもに警護を命じたのです」
「そうか」
 源左衛門はしみじみと言った。この藩の殿様はそこまで気を使うことのできるお人なのである。
 世間一般に忍びの存在は知られていない。実際は忍びの者たちの活躍があって窃盗団を一網打尽にできたのであるが、城下の人々は源左衛門が行ったことだと思っている。窃盗団の生き残りたちも同じように考えて仲間の復讐のために赤吹に戻り、機会を窺っていたのであろう。
「もう危険は去りましたでしょうが、国境まで、もう少し御一緒させていただきます」
「うむ」
 源左衛門は小さく頷くと、刀に付いた血を丁寧に拭い、鞘に納めた。
 もう一度顔を上げた時、忍びたちの姿は消えていた。
 源左衛門は、先を行く雪乃はさぞ心配しているであろうと思い、荷物を拾い上げて旅支度を整えると、滑るような足取りで走り出した。
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