初めて見る景色

原口源太郎

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 タクマは全自動で色を変えるブラインドガラスの電源を切って、地平線に沈んでいく太陽を見ていました。大気の薄いこの星では、太陽を削り取っているような地平線まではっきりと見えます。でも、タクマの頭の中は明日の冒険のことでいっぱいでした。
 八歳になったばかりのタクマは、北極の緑をこの目で見るために、一人で鉱山まで冒険に出かけるのです。

 タクマの見ていた太陽は正式名称をRS-TR-X-3と言います。俗にティアレッスススリーと呼ばれています。人類の生まれた地球のある太陽系の太陽の約十倍の質量がある立派な恒星で、二十八個もの惑星を従えています。
 この星系まで地球からだと超高速遠距離ワープを繰り返す定期航路を乗り継いでも百年以上かかります。より遠くには、まだ未開拓の星系が連なっています。
 ティアレックススリーの十七番目の惑星、テラスンは開拓基地として地球を凌ぎ、数ある銀河系中に名前が知れ渡るほど繁栄している星です。氷に覆われたマイナス二百度の地球に似た大きさの星ですが、水があることと重力が地球と同じくらいのために多くの人が移住してきました。今では三百億を超える人々がテラスンに暮らしています。

 タクマの生まれ育った星はRS-TR-X-3-9。この太陽系ではスリーナインと呼ばれています。名前の通り、ティアレックススリーの九番目の惑星です。テラスンのように立派な名前はありません。テラスンも正式名称はRS-TR-X-3-17です。
 スリーナインはテラスンへの物質補給のために、百五十年前から本格的に開拓されるようになりました。資源が豊富にあり、テラスン同様に地球と同じくらいの大きさの星で、わずかばかりの大気を持っています。ティアレックススリーの惑星の中で唯一、植物が生育している星ですが、南極と北極にわずかに自生するのみで、ほとんどの地表は岩と砂だけです。
 タクマの曽祖父は百年前に開拓技術者としてこの惑星にやって来ました。地方都市ドームのダーイ6で家庭を設け、そこから百五十キロ離れたこの地へ他の十家族と共に開拓にやってきたのです。
 タクマとタクマの父、それに祖父はこの地の個人用の小さなドームで生まれ育ちました。祖父は五年前に亡くなり、曽祖父は半年前に百三十三歳で亡くなりました。
 タクマの曾祖父たちが開拓した鉱山は三十年前に廃止が決まり、他の十家族は他の地へと移り住みました。しかし曽祖父はこの地に居続けました。
 ここの鉱山は不純物が多すぎるのです。他の場所ではもっと効率よく資源が精製できるのでそちらへ行くことは当然に思えました。しかし技術者であった曽祖父はいい方法はないだろうかと研究を重ねながらこの鉱山を守ってきたのです。
 曽祖父が亡くなってから、タクマの父のキイダはダーイ6に移り住む準備を始めました。キイダはテラスンの大学で何年も学んだ優秀な技術者です。あちこちからの誘いがありましたし、曽祖父が守ってきた鉱山が使い物にならないことも知っていましたが、曽祖父のためにこの地に住み続けました。
 曽祖父が亡くなった今、無理してこの地に暮らす必要はなくなりました。タクマのためにもっと環境のいい所で暮らしたい。それが大きな理由でした。
 タクマたちが生まれ育ったこのドームを去るのは明後日の朝です。タクマはキイダにわがままを言って、明日の冒険を許してもらいました。この土地にいるうちに一人で冒険をしてみたい。モニターでしか見たことのないこの星の植物を、直にこの目で見てみたい。それにダーイ6に移住してしまえば、ドームの外に出かけるのは簡単なことではなくなります。
 タクマは必死になってキイダに訴え、やっとの事でOKの返事をもらったのでした。
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