スーパースター

原口源太郎

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 ネットのスポーツニュースに神谷のことが出ていた。また何かの大会で優勝したらしい。今は国内の大会で勝利を重ね、向かうところ敵なしといっていい状況だ。
 インタビューで神谷はいつもベストを尽くして精一杯頑張りたい、応援をよろしくお願いしますと、そんな在り来たりのことを言っていた。俺に寄越した手紙に書いてあったオリンピックで日本記録を出してメダルを取りたいなどという、自信にあふれた言葉は一言もなかった。
 神谷は昨年の日本選手権で華々しくデビューした。今からほんの半年ばかり前のことだ。地元ではほんの少しばかり名前が知れていただけの、ほとんど無名の男が百メートル走の予選を勝ち抜き、決勝でいきなり日本新記録を出して優勝し、日本中を驚かせた。
 もちろんその知らせを受けた時の俺もぶったまげた。テレビで繰り返し放映される短距離の決勝レースで、ゴールにトップで飛び込むのは確かにあの神谷だった。
 神谷は高校を卒業すると、大学の薬学部に入った。そこを二年で中退すると、地元に帰って就職をした。大手製薬会社の研究施設が近くにあり、神谷は高校を卒業するときからそこに入るつもりでいたらしい。大学で陸上をやっていたという話は聞かなかった。
 俺は大学を卒業すれば地元に帰って就職するつもりだ。だが、何となく気が乗らないのは神谷がいるからだ。正月にとやかく言う親を振り払うようにしてこっちに帰ってきたのも、何らかのわだかまりがあったからだと思う。
 陸上で英雄となった神谷。仕事でも、大学を中退しておきながら地元では名の知れた会社に就職した。俺は神谷に追い付けない。世間は俺と神谷を比べたりはしないだろう。けれど地元に帰れば俺は一生、神谷に対するコンプレックスを抱えたままでいるのだろう。

「はい。他にも見せてほしいっていう人がいるから、早めに返してね」
 明るい声で言い、日向子は数冊のノートを俺の前に差し出した。
「うん、コピーしたらすぐに返す」
 俺はほかにもノートを貸す奴がいるのかと気になったが、すぐに忘れることにした。
 教授が来て、マイク片手に何やら喋り始める。
 俺は日向子と大体同じ講義を受講している。だからテスト前になって急に友達の数が増えるなんてことはない。あちこちの友達を頼らなくても、日向子一人で足りてしまう。数冊のノートの重みで、この時期、日向子には頭が上がらない。
「ノートのお返しというか、お礼の意味で、今度どこかに連れてってよ」
「ん? そういうのは脅迫というんじゃないか」
「いいでしょ?」
「うん。考えとく」
 日向子はいいヤツだ。明るくて気さくで可愛くて。
 この前、俺の部屋の掃除をしに来てくれると言った。そう誰にでも言えることじゃないだろう。俺は己惚れてもいいのだろうか。
 俺は隣に座る日向子を見た。日向子は正面の教授を見て、熱心に講義を聞きながらノートを取っている。
 長い髪。柔らかそうな頬。
「何?」
 俺に気が付いて日向子がこっちを見た。
「いや、何でもない」
 俺はとぼけて、急いで視線を戻した。
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