見てはいけないものが見えてしまう

原口源太郎

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「今すぐに出てって下さい」
 私はきっぱりと言った。やっとわかった。貧乏くさい顔付きも、貧乏くさい服装も、確かに言われてみればその通りだ。
「わしはここが気に入っておるから、出ていきたくない」
「この家を借りたのは私です。あなたは誰と賃貸契約を結んでこの家に住んでいるのですか?」
「神がそんな賃貸なんたらなどということは」
 そこで私はハッとした。神様を追い出そうとしている私は、とんでもない罰当たりな事をしているのではないだろうか。
「ごめんなさい。言い過ぎました。神様に対して失礼しました。一緒にいて下さって結構です。ただ、夜はあまり動きまわらずに静かにしていて下さると助かります」
「言う通りにするよ」
 貧乏神様はしおらしく言った。

 翌日、私はスーパーへ買い物に出かけた。家は住宅街にあるので、近くにはコンビニさえもない。買い物に行くたびに歩かなければならないが、それほど苦痛でもない。
 レジでの支払いをスマホで行おうとして床に落とした。幸い中は壊れなかったが、表面のガラスにひびが入ってしまったので私は現金で支払いを済ませた。
 家に帰ってきて、久しぶりに手にした小銭を数えてみると十円足りなかった。お釣りを間違えたらしい。スマホで支払いを済ませていれば金額の間違いなどなかっただろうし、逆にポイントも付いた。
 そんなことを考えていて、ふと頭にあることが浮かんだ。些細な偶然かもしれないが、そうではない気がする。同居することになった例の神様のせいではないだろうか。
 そういえば、私が入る前にこの家にいた人は勤めていた会社の経営が思わしくなくなり、家賃を払えなくなってここを出ていったと不動産屋が言っていた。貧乏神様が二年前からこの家にいたのなら、同居していたのだろう。
 私もきっと貧乏になる。今でさえ裕福とは言えない身なのだから、これ以上貧乏になってはたまらない。この家からも出ていかざるを得なくなるかもしれない。
「神様、神様!」
 私は貧乏神様を捜して家の中を右往左往したが、コンタクトを取る事はできなかった。夜まで待つしかないのだろう。

 その夜、私は貧乏神様に会い、この家から出ていってもらえないか話をしてみたが、もちろん素直に出ていくとは言ってくれなかった。
 仕方なく、それからの私は仕事を一生懸命真面目にやり、財布その他貴重品の管理を徹底し、スマホやカードも大事に扱った。
 私が細心の注意を払うようにしたおかげで毎日は普通に過ぎていったが、時々何かちょっとしたものをなくしたり、ぶつけて傷付けたり、あと一歩で特売品を買い損ねたりといった小さな損をすることが増えていった。
 やがてその頻度が増えていき、被害額も大きくなっていくのに気が付き、遂に私は決断を迫られることになった。神様に出ていってもらうか、私が出ていくか、どちらかだ。早いところ決着を付けないとやがて私も金銭的に窮して、強制退去させられることになるだろう。
 その夜、私は貧乏神様と交渉の場を持った。
 徹底抗戦のつもりで私は押入れの扉を開けたのだが、神様は意外とあっさり他へ行くと言って重い腰を上げた。
「人間とこうして腹を割って話をするのも百何十年ぶりじゃし、私のことが見える者にあまり迷惑をかけてもいかんからの」
 そう言って貧乏神様は押入れから出てきた。
「今度、福の神に会ったら、ぜひこの家に来るように言っておくよ」
 そう言って貧乏神様は家からも出ていった。
 それから私は安らかな眠りの日々を手に入れ、ちょっとばかり損をするといったこともなくなった。
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