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似た顔の男たち
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そういった手掛かりを調べている時に、暴力団対策課の刑事が面白い話を持ってきた。
○○組にその男とよく似た組員がいて、もしかしたらそいつが男の代わりにマラソンを走ったのではないかと言った。
早速、似た男を連れてきて話を聞くことになった。
「そんな男は知らねーな。噂に聞いたことはあっけどよ」
組員の態度は横柄だった。
「お前、よく走ったりしているそうじゃねえか」
刑事が尋ねた。
「そりゃ、俺ら、体が資本だからよ。ボクシングジムにだって通ってるぜ」
「奴の代わりにお前がマラソン大会に出て走ったんだろ」
「何あほなことぬかしとる。ボクシングの試合に出るために体鍛えとるわけじゃねぇし、ましてや誰が好き好んでマラソンなんか走るかよ」
「隠すとためにならんぞ」
「アホくさ」
「じゃ、その日に何をしていたか言ってみろ」
「そんな昔のこと、覚えとるかい」
「まだ数日しか経っとらんだろ」
「あー、思い出したわ。連れと東京ドームに行って野球見とったわ。くそ面白くない試合で、アホくさくなって途中で帰ってきたわ」
早速、裏付け捜査が行われた。
ドームの監視カメラには、確かにその男らしき人物と連れの姿が映っていた。
刑事たちは、その組員がマラソンランナーとして写真に写っている人物なのか、それとも東京ドームの監視カメラに映った人物なのかを特定することはできなかった。
連れの男も同じ組の組員だったから、連れの証言はアテにならなかった。
その時、またあの暴力団対策の刑事が閃いた。
「確かあいつには弟がいたんですよ。背格好の似た弟がね」
弟は堅気だったが、態度は兄と似ていた。
「また兄貴が何かやらかしたんですか?」
サラリーマンの弟も、取調室は慣れた様子だった。
「ちょっとアリバイを調べててね」
「あんな出来そこないの兄貴のことなんか知らんです、本当に」
「兄さんのことじゃなくて、あなたが、先週の日曜日に何をしていたのかを知りたいので、教えてもらえますか?」
「俺? 俺は別に何も悪いことはしてないですよ」
「それはわかっています。何をしていたかだけでいいので、教えてもらえますか」
「日曜日ねえ、確かパチンコに行ってたなあ。そうそう、たまには知らないパチンコ屋に行ってみるかなと思って、昼頃から三時間くらい、打っていたかな。結構儲けて、これは長居するとロクなことがないと思って早々に引き上げてきたんです。ぶらぶら歩いて帰ってきて、それから家でゴロゴロしてたかなあ」
「何というパチンコ屋か教えてもらえますか」
パチンコ屋の防犯カメラにも、弟らしき男の姿が映っていた。店員も覚えていた。
弟が言った通り、三時間ばかり玉を打って、帰っていったらしい。
警察の捜査は行き詰った。
名古屋郊外の小さな町工場の食堂で、従業員の男たちが昼飯を食べていた。
「どうもここんところ、調子が悪いんだよね。パチンコ」
弁当を突きながら男が言った。
「例のバイトが良くなかったんだろ、やっぱり」
隣に座る男が言った。
「例のバイトって?」
向かいに座る男が尋ねた。
「パチンコ屋で、東京のパチンコ屋に行って、三時間ばかりパチンコを打つアルバイトをしないかって声をかけられて」
「何それ? 何か危ないんじゃないの?」
「わかんね。モニター調査だって言ってた。三時間、パチンコを打っていれば五万円くれる。送り迎えもしてくれて、負ければその分も払ってもらえるし、勝てば儲けた分は貰っていいっていう条件だった」
「嘘だろ、おい、そんなバイトがあるの?」
「そういえば調査に当たって、黙秘義務だか何だかがあるから、他人にはこのことを言っちゃあいけないって言われていたんだった」
「もう遅い」
「だから他の人には黙っててね」
「どこのなんて会社だよ」
「忘れた。英語の長ったらしい名前だった。アンケートとか店の覆面調査を主体に行っている会社だって言ってた」
「いいな、俺もそんなバイトやってみたい」
「そのバイトの後、パチンコは負け続け。良いんだか悪いんだか」
その時、食堂のテレビのワイドショーではニュースを取り上げていた。
「殺人の実行犯として取り調べを受けていた男が、アリバイを理由に釈放された模様です」
テレビのアナウンサーが喋っていた。
「あいつ、お前に似てない?」
テレビを見ていた男が言った。さらに続ける。
「ネットで顔が曝されてて、見たら何だかお前に似てると思ったんだ。誰か見た人いる?」
「あいつってさ、マラソン大会で背中の刺青をさらした奴だろ?」
「そうそう」
「そいつなら見た。そういえば似てるかなあ」
同僚の話を聞いていた男も、自分に似ているかなと思ったが、あんなガラの悪い男と一緒だと思われるのが嫌で、すぐに否定した。
「似てないでしょ」
「そっか、似てないか」
隣の男も同意した。
終わり
○○組にその男とよく似た組員がいて、もしかしたらそいつが男の代わりにマラソンを走ったのではないかと言った。
早速、似た男を連れてきて話を聞くことになった。
「そんな男は知らねーな。噂に聞いたことはあっけどよ」
組員の態度は横柄だった。
「お前、よく走ったりしているそうじゃねえか」
刑事が尋ねた。
「そりゃ、俺ら、体が資本だからよ。ボクシングジムにだって通ってるぜ」
「奴の代わりにお前がマラソン大会に出て走ったんだろ」
「何あほなことぬかしとる。ボクシングの試合に出るために体鍛えとるわけじゃねぇし、ましてや誰が好き好んでマラソンなんか走るかよ」
「隠すとためにならんぞ」
「アホくさ」
「じゃ、その日に何をしていたか言ってみろ」
「そんな昔のこと、覚えとるかい」
「まだ数日しか経っとらんだろ」
「あー、思い出したわ。連れと東京ドームに行って野球見とったわ。くそ面白くない試合で、アホくさくなって途中で帰ってきたわ」
早速、裏付け捜査が行われた。
ドームの監視カメラには、確かにその男らしき人物と連れの姿が映っていた。
刑事たちは、その組員がマラソンランナーとして写真に写っている人物なのか、それとも東京ドームの監視カメラに映った人物なのかを特定することはできなかった。
連れの男も同じ組の組員だったから、連れの証言はアテにならなかった。
その時、またあの暴力団対策の刑事が閃いた。
「確かあいつには弟がいたんですよ。背格好の似た弟がね」
弟は堅気だったが、態度は兄と似ていた。
「また兄貴が何かやらかしたんですか?」
サラリーマンの弟も、取調室は慣れた様子だった。
「ちょっとアリバイを調べててね」
「あんな出来そこないの兄貴のことなんか知らんです、本当に」
「兄さんのことじゃなくて、あなたが、先週の日曜日に何をしていたのかを知りたいので、教えてもらえますか?」
「俺? 俺は別に何も悪いことはしてないですよ」
「それはわかっています。何をしていたかだけでいいので、教えてもらえますか」
「日曜日ねえ、確かパチンコに行ってたなあ。そうそう、たまには知らないパチンコ屋に行ってみるかなと思って、昼頃から三時間くらい、打っていたかな。結構儲けて、これは長居するとロクなことがないと思って早々に引き上げてきたんです。ぶらぶら歩いて帰ってきて、それから家でゴロゴロしてたかなあ」
「何というパチンコ屋か教えてもらえますか」
パチンコ屋の防犯カメラにも、弟らしき男の姿が映っていた。店員も覚えていた。
弟が言った通り、三時間ばかり玉を打って、帰っていったらしい。
警察の捜査は行き詰った。
名古屋郊外の小さな町工場の食堂で、従業員の男たちが昼飯を食べていた。
「どうもここんところ、調子が悪いんだよね。パチンコ」
弁当を突きながら男が言った。
「例のバイトが良くなかったんだろ、やっぱり」
隣に座る男が言った。
「例のバイトって?」
向かいに座る男が尋ねた。
「パチンコ屋で、東京のパチンコ屋に行って、三時間ばかりパチンコを打つアルバイトをしないかって声をかけられて」
「何それ? 何か危ないんじゃないの?」
「わかんね。モニター調査だって言ってた。三時間、パチンコを打っていれば五万円くれる。送り迎えもしてくれて、負ければその分も払ってもらえるし、勝てば儲けた分は貰っていいっていう条件だった」
「嘘だろ、おい、そんなバイトがあるの?」
「そういえば調査に当たって、黙秘義務だか何だかがあるから、他人にはこのことを言っちゃあいけないって言われていたんだった」
「もう遅い」
「だから他の人には黙っててね」
「どこのなんて会社だよ」
「忘れた。英語の長ったらしい名前だった。アンケートとか店の覆面調査を主体に行っている会社だって言ってた」
「いいな、俺もそんなバイトやってみたい」
「そのバイトの後、パチンコは負け続け。良いんだか悪いんだか」
その時、食堂のテレビのワイドショーではニュースを取り上げていた。
「殺人の実行犯として取り調べを受けていた男が、アリバイを理由に釈放された模様です」
テレビのアナウンサーが喋っていた。
「あいつ、お前に似てない?」
テレビを見ていた男が言った。さらに続ける。
「ネットで顔が曝されてて、見たら何だかお前に似てると思ったんだ。誰か見た人いる?」
「あいつってさ、マラソン大会で背中の刺青をさらした奴だろ?」
「そうそう」
「そいつなら見た。そういえば似てるかなあ」
同僚の話を聞いていた男も、自分に似ているかなと思ったが、あんなガラの悪い男と一緒だと思われるのが嫌で、すぐに否定した。
「似てないでしょ」
「そっか、似てないか」
隣の男も同意した。
終わり
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