おとどけもの

原口源太郎

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 玄関ロビーの床に座り、少し落ち着いてから僕は二階へと続く階段を上った。
 先ほどの光景を思い出すとまた吐き気を催してくる。だけど、その光景を思い出して考えなければならない。
 黒く変色した血。その中に倒れていた男は頭の半分が無くなっていた。もしかしたらどこかに転がっているかもしれない。きっと公園で死んでいた河村と同じ殺され方をしたのだろう。
 あの檻の中にいた何かが地下室の人間を殺し、河村も殺し、他のおとどけものの関係者も殺していったのだろう。
 人間か?
 僕はそれを調べなければならない。
 二階にも広い部屋があった。壁には図書館のように本棚が並び、難しそうな本が詰まっている。ファイル棚の近くの大きな机の上にはパソコンがある。部屋の反対側には見たこともないような器具や機械が並んでいた。
 僕はファイル棚に並ぶファイルの背表紙を端から見ていった。気になったファイルは棚から取り出して中を見た。薬に関することなのだろうか、僕にはさっぱりわからなかった。
 諦めて机にあるパソコンの電源を入れる。
 パソコンの横に見たことのあるものを見つけた。
 一枚の用紙に手書きでたくさんの数字が書いてある。河村の部屋で見たものと似ていた。
 河村の部屋を探し回った奴は、このパソコンも見ていったのだ。
 僕は立ち上がったパソコンを操作しようとして悲鳴を上げそうになった。
 そのパソコンにもべたついた液体が付いていた。

 河村の部屋で松田が行ったように、紙に書かれて丸で囲まれた文字の列をパソコンに打ち込んでいく。
 何度目かに正解のパスワードに当たり、パソコンのファイルが見られるようになった。
 いくつかのファイルを見た後で、意味がないと思われる数字とアルファベットを組み合わせた名前のファイルを見つけた。最後に(新薬)とある。それがおとどけものに関係しているのではないかと思った。
 ファイルを開いてみると、数人の名前と住所、電話番号が記載されていた。顧客データらしい。鈴木と羅向、さらに佐藤という名前があった。羅向というのは例の豪邸のラムキ産業の会長で、佐藤というのは組長の名前なのだろう。
 その下に田辺の名前と電話番号、住所があり、その下にはさらに河村の電話番号と住所があった。名前はそれだけで、僕の名前はなかった。きっと岡部には顧客への最終配達人のことは知らされていなかったのだろう。顧客と薬の製造元のルートをはっきりさせないための手段だった。そうしておけば、顧客のほうで何かトラブルがあったときに、薬はどこの誰が製造していたかを知られずに済む。
 僕が最後まで生き延びられたのは、岡部が僕のことを知らなかったからだ。そして田辺はその臆病さゆえに殺されずに済んだ。
 僕はさらに別のファイルを開けていった。
 プリントアウトされたファイル棚のファイルのように難しい実験データばかりだった。根気よく探していくと、その中に実験の観察記録というファイルを見つけた。かっこでQ-0063とある。
 僕はそのファイルを開いた。
『Q-0063は檻から出たいと言い出した。もう私の手には負えない。殺処分をしなければならない』
 それが日記のような観察記録の最後だった。Q-0063とは何だろう。僕はそれより何か月か前の適当な日付のページを選んで開いた。
『与えた絵本には不満そうだった。しかし絵には興味を持ったようで、何冊かの絵本を熱心に観察した後で、私にテレビを要求してきた。小動物の実験用マウスがテレビ番組を見る。もちろん内容を理解しているのだ。その事実を公表したら、世界中の人々が驚くだろう』
 マウスがテレビ?
 ということはQ-0063というのは、そのマウスの管理番号なのだろうか。
『テレビは気に入ったらしい。一日中見ている。時々声を出して発声練習らしきことをしている。Q-0063と人間同士のように会話ができるとしたら、どれほど素晴らしいことだろう』
『試験薬とホルモンの注射を嫌がるようになった。濃度を濃くしたものを回数を減らして与えるべきか。成長(進化)の度合いも落ち着いてきた。そろそろ薬の投与をやめていいかもしれない』
 次々と記録を読んでいくうちに、だんだんとわかってきた。巨大化し、知能を持ったマウスを飼育していたらしい。とても信じられなかった。しかしそれは事実だ。
『Q-0063はパソコンが欲しいと言い出した。さすがにそれは無理だと言うと、狂ったように叫びながら檻の中を走り回った。知識を得るごとに性格が凶暴化しているようだ。私が甘やかしすぎたのだろうか。檻に引いてあった電源を切る』
『感情的になり、喧嘩をした。Q-0063は電気を通せと要求し、私が拒否すると私を馬鹿にしたように低い声を出して笑った。昨日のように怒り狂って檻の中を走り回ることはなかった。そのことに対して私は腹を立ててしまった。謝って仲直りをしたい』
「こいつは人間か?」
 僕は記録を読みながらつぶやいていた。
 もっとずっと前の記録から読み直すことにした。
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