おとどけもの

原口源太郎

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 大体のことがわかった。
 細胞を活性化させる薬の開発のために、岡部は大量のマウスを飼育し動物実験を行っていたのだ。
 薬の調合を微妙に変えてマウスに投与していた。さらにそれらのマウスの中から薬の効果が出ているマウス、強めの投与に耐えられるマウス、それに動きの速いマウス、学習能力の高いマウス、体の大きいマウス、体温の高いマウスなど、様々なマウスを交配させて遺伝的にも強いマウス、薬を受け入れやすいマウスを作り上げていったらしい。そうして何世代にもわたって薬を投与し続け、進化したマウスを生みだしていく中で生まれたのがQ-0063というマウスだった。
 親のマウスは大型犬ほどにまで成長して死んだ。Q-0063は最終的に人間の大人ほどの大きさになった。そしてその脳も能力も。
 人間並みの知能を持ったマウスが檻を出て岡部を殺し、河村や鈴木たちを次々と殺していった。何のために殺したのかはわからない。
 岡部の作り上げた薬は人間にとって有益なものかもしれない。しかしそんなバケモノを作り出すような薬やデータを残しておくことはできない。
 僕は電源の入ったままのパソコンを持ち上げると、床に叩きつけた。

 僕は外に出た。裏口に近い所に、ボイラー用の燃料タンクがある。
 配管をモンキーレンチで叩き壊し、近くにあったバケツに灯油を入れた。
 二階に行き、ファイル棚や机の上に灯油を撒く。二階へ上る階段にも撒いていく。
 台所のガスレンジで紙に火を点けると、階段の灯油の上に放り投げた。
 炎はたちまち広がり、二階へと駆け上っていく。
 僕は屋敷を出てバイクのところに戻った。
 柵を乗り越え、バイクにまたがる。
 二階の窓ガラスが炎を映し出し、黒煙が昇るのを確認してから僕はバイクのエンジンをかけた。

 自宅へとバイクを走らせながら考えていた。
 殺人者の正体はわかった。人間に変装するというわけにはいかないから、日中はどこかに身を潜めていなければならない。奴はどこにいるのだろう。
 田辺はもう外国に逃げてしまったのだろうか。そうだとすると残されたおとどけもののことを知る人間は僕一人だけになる。Q-0063と呼ばれたネズミはきっと僕を殺しに来る。僕は外国に逃げ出す術を知らない。いずれ殺人者と戦わなければならない。
 その時、おとどけもののことを知るもう一人の人物の存在に気が付いた。
 綾。
 あいつは僕が綾と会っていたことを知っているだろうか? 僕が綾におとどけものの仕事のことを話したことは?
 胸騒ぎを覚え、路肩にバイクを停めた。すでに都内に入り、道は多くの車で溢れている。
 スマホを出して綾に電話する。
「はい」
「今、自宅?」
「はい」
「これから綾のところに行く。話さなければならないことがある。僕が行くまで」
「きゃあ」
 電話の向こうで綾の悲鳴が聞こえた。
「綾? 綾!」
 僕の呼びかけに応答はなかった。

 僕は夢中でバイクを走らせた。
 まさかこんな白昼堂々と綾のところに現れるとは思わなかった。綾に悲鳴を上げさせたのは例の奴に違いない。
 無事でいてくれ。
 そう願って焦るばかりだった。
 やっと綾のアパートが見えた。
 僕はアパートの入り口に突っ込むようにバイクを停め、二階への階段を駆け上った。綾の部屋は知らないが、二階にある事は知っている。
 二階のひとつの部屋の前に人だかりができていた。
「綾は?」
 僕は廊下に立つ人たちに向かって声を出した。
「大学のほうへ走っていったよ。ぬいぐるみが追いかけていった」
 アパートの住人らしい男が言った。
 僕はバイクに飛び乗り、大学を目指した。ズボンの後ろのベルトにはモンキーレンチをさしてある。いざとなったらこれを使う。
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