私はあなたに恋をしたの?

原口源太郎

文字の大きさ
21 / 24

21

しおりを挟む
「真夏にこんな長袖のシャツなんか着ていられるかよ。冬にやればよかったな」
 愚痴をこぼしながら足立はシャツを着てカツラを付けた。その上に野球帽を被り、サングラスをかけ、マスクも付けた。
「これじゃ、まるっきり変態だな」
 そこは身代金受け渡しに指定されたT公園近くのデパートのトイレ。人目につきにくいトイレを選んである。
 足立は個室に入り、しばらく外の様子を窺った。
 何人かの客らしき男たちが入ったり出たりした後、一人の若い男が入ってきた。
 足立は個室から出て手を洗うふりをしながら男が用を済ませるのを待った。
「すみません」
 隣で手を洗う若いの男に話しかけた。
「はい?」
 男は足立の異様な姿を見ておどおどしている。
「凄い格好でしょ、これ。実は助けてもらいたいんだけど。頼まれてくれないかな」
「何をです?」
「外に女がいたでしょ」
「いたかな?」
「どこか人目につかないところにいるのかも。その女と別れたいんだけど、しつこくて駄目なんだ。五万円で助けてくれないかな」
「五万円?」
「そう。この格好でちょっと外を歩き回ってくれればいいんだ。もし女を撒いてここに戻ってきてくれたらもう五万出す」
「十万円? やります!」
「ありがとう。女に手切れ金として払う金額を考えたら安いもんだ」
「大変ですね」
「ちょうど引っ越しをしようとしている時に女が訪ねてきてね。ここで上手く女を撒けば二度と会わなくて済むかもしれない」
 若い男は金のためか、人助けのためかわからないが目を輝かせた。
「頑張ります」
「ちょっと様子を見てくる。二十分から三十分くらいで戻る。待っててもらっていい?」
「待ってます!」
「先に一万渡しておく。戻ってきたらもう四万渡すから」
 そう言って足立は一万円札一枚を男に渡した。

 公園には警察関係者らしい男たちがいた。幾分、目立たないところにいる。ただ、無理に姿を隠そうというつもりはないようだった。
 公園の中央、池の近くの一番目立つところにそれらしい中年の男が、バッグを持って立っていた。
 足立は真直ぐ中年の男のところに行くと声をかけた。
「森口さん?」
「そうだ」
 佳一の額に汗が光る。
「じゃ、金を頂く」
 足立は佳一の持っていたバッグをひったくるように掴んでしゃがみこむと、白い手袋を付けて金を自分が持ってきたバッグに移し始めた。
「娘は?」
 たまりかねたように佳一が尋ねる。
「おっと、動かないで。元気にしてるよ。料理作ったりしてる。下手だけど。俺がちゃんと仲間たちのところに戻れば、すぐにでも解放してやるよ」
「本当に娘は」
 足立は詰め終えたバッグを抱えると、佳一を無視して歩き始めた。
 佳一は無理に食い下がろうとはしなかった。
 足立は広い通りを、車の切れ目を縫うようにして渡るとそのまま駆けだし、狭い路地に入り立ち止まった。
 刑事たちが追うようにして路地に駆け込んでくる。
 足立は刑事たちの前に立った。
「お役目ご苦労さん。ちょっと一緒に来て。ただし俺にもしものことがあったら娘の命はないよ」
 足立は先頭を走ってきた岡本刑事と共に公園に面した広い通りに戻ると、近くの銀行に入った。
「これ、両替して。全部。五千円札に。できれば新札じゃないほうがいいけど、なけりゃ新札が入ってもいい。五千円札が足りなきゃ千円札だ」
「手数料がかかりますが」
「この中から引いておいて」
 行員がバックの中を覗く。
 そして恐る恐る足立を見る。
「大丈夫、大丈夫。こんなナリしてるけど、怪しい者じゃないから。警察の人も一緒だし。刑事さん、身分証明書を見せてやってよ」
 奥から年配の行員がやってきた。
「刑事さん、余分なことを言っちゃだめだからね」
 足立がクギを刺した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

さようなら、お別れしましょう

椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。  妻に新しいも古いもありますか?  愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?  私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。  ――つまり、別居。 夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。  ――あなたにお礼を言いますわ。 【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる! ※他サイトにも掲載しております。 ※表紙はお借りしたものです。

処理中です...