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三章 リズム

27 リアクション

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 次にやらなければいけないことは、あのライブの反応から分かった。
 ライブハウスは基本的に撮影禁止である。これはライブコンサートなども、全て同じことが言える。
 ただこの現代においては、色々と盗撮手段は確立されている。
 本気でやろうと思えば、それを妨げることは難しいのだ。
 あのライブに関しても、最初のノイジーガールは逃したものの、その後の三曲を盗撮した者がいたらしい。
 そしてそれが拡散されたのである。

 どのみちライブハウスの暗がりで、顔などもはっきりとは分からない。
 バンドの顔となるボーカルの月子は、まさに顔を隠していた。
 録音の状態もひどいものであったが、それでもボーカルとギターが傑出しているのは、普通に分かる。
 まあ中学生ぐらいの背丈の暁と、仮面を被った月子なので、ギャップ萌えというのもあるのだろう。
 この場合は燃えであるかもしれないが。
 一度流れたら、これはもう消えるものではない。
 そんな書き込みの中に、面白いものもあった。

『このギター、ひょっとしてkanonじゃね?』

 もちろん違う。そもそもkanonはピアノは弩級に上手いが、エレキギターはそこまでの技術は見せていない。
 ただ小柄な少女というのは共通点であるだろう。
「なんで表に出てこないんだ?」
 顔は見せていないが、手元などは見せている。
 おそらくまだひどく若い、というのは確かなのだ。
 自分たちも全くまだメジャーシーンからは遠いが、kanonも全く表には出てこず、ただネットの中でだけ、どんどんとその存在が巨大になっていく。
 特にあの、自分のピアノに合わせたらしい声は、ちょっといないタイプだ。

 そんなことを考えながら、適当にネットの中で音楽を探す。
 すると発表されたばかりの、彩の新曲のMVを見つけてしまう。
 舌の奥に苦いものを感じながらも、それをクリックする。
 金のかかっていそうなセットで、イメージを崩さない衣装に化粧。
 楽曲はキャッチーで、ロマンティックな歌詞。
「才能の無駄遣いだ……」
 それでも売れることは売れるのだろう。
「何やってんだ、あんたは」
 俊はそう思うのだが、それが彼女の選んだ道だ。



 自分たちもまだ、やらなければいけないことが、いくつもある。
 それこそ月子と暁を表舞台に出すことが、自分の役割である。
「そういうわけで、日は改めたけど、打ち上げと反省会を行います」
「ファミレスで?」
「飲めないでしょ、君たち。それにここはwifiも飛んでるし」
 月子は文句を言っているが、暁は普通に注文をしている。

「まずライブ自体は成功したと言っていい。俺たちは、だけど」
 意味が分からず首を傾げる二人に、俊は説明をする。
「俺たちが盛り上げすぎたせいで、次のグループは冷え冷えになったらしい。トリはさすがにある程度盛り上げたが」
 う、という顔をする二人。
「ただそれは、俺たち以上のライブが出来なかったのが悪いのであって、俺たちが罪悪感を感じる必要はない」
 それもその通りなのである。
 ノイズの演奏は確実に、あの場でオーディエンスを圧倒した。
 つまるところ、勝ったのである。

 俊としても、あそこまでの完勝は初めてだ。
 バンドを組んで初めてで、それであそこまでのパフォーマンスを発揮する。
 もちろんそれはいいことなのだが、プロを目指すならあれを安定して出来ないといけない。
 それにワンマンで二時間ほどをこなすには、さすがに体力的に無理がある。
「ちなみにSNSやYourtubeの方に、色々とメッセージが来てる」
 だいたいは好意的な意見や、さらに次を期待する意見だ。

 仮面を外してくれるのかと思っていたとか、あの仮面は整形の傷を隠すものなのだとか、どうでもいい推測があったりする。
 またそれとは別に、ギターを入れた完全バージョンのノイジーガールを配信してくれ、という声もあった。
 シンプルにギターとボーカルが上手すぎる、という書き込みもある。
 次には何をカバーするのか、というような期待もあったりする。
「とりあえず俺がやってみたいと思っているのは、まず新曲の発表」
「おお~」
「うんうん」
 二人とも楽しそうにしているが、暁は不満に思うかもしれないタイプの曲だ。
「それでやっぱり、カバーをヘビーローテで聞いてくれてる人もいるんだよな」
 これは金にはならないが、やがてオリジナルに来てくれるかもしれない。
「アキもギターの弾いてみたとかやってみるか?」
「不特定多数の人に向けてはちょっと」
 なんと控えめであることか。
 ライブ中もほんの少し、そういった気持ちを持ってほしい。

 

 次のライブに関しては、CLIPのオーナーが、今度やるならトリでやれ、と言ってくれている。
 だがそれとは別に、もっと事前審査の厳しいところでもやってみたい。
 しかしまずは、次の練習であろう。
「夏になったら小さなフェスとかには出られるかもしれないな」
「そういえばお父さんが、いずれはメジャーでやっていくのか、って言ってた」
「いずれはやらざるをえないんだろうけど」
 その俊の消極的な様子に、怪訝な顔をする二人。
 だが月子はメイプルカラーの活動もあるであろうに。

 暁に関しては、普通に学校があるだろう。
 俊も大学があるが、優先するのはこちらにしてもいい。
 なんなら留年でもすれば、学校の機材をまだ使っていけるということなのだ。
 母への説明はしておかないといけないだろうが。
「下手にメジャーに飛びつくと、レーベルの言いなりに動くしかなくなるからな。インディーズで完全にイメージを固めてから進出する、というのが基本的な考えだ」
 まだ一枚のCDも出していないのに、と言ってはいけない。
 俊はちゃんと、将来的な構想を持っているのだ。

「ちなみに次のカバー、何かやってみたいのとかあるか?」
「はい、あたしはそろそろ洋楽を一つやってみたいです」
「歌うのはわたしなんだけど!?」
「タフボーイで少しは慣れたろ」
 月子は不思議なことに、アルファベットの読解にはそれほど苦労はしていない。
 だが発音がまだまだ、カタカナ発音であるのだ。
「その次のカバーあたりでは、夏向けの曲を一つやっておきたいな」
「鳥の詩があるのに?」
「ギターがほどんと入ってないだろ」
「あ、じゃあ「夏祭り」は?」
「いいかもな。俺は個人的にギターなら、最初の予定だったモザイクロールをやりたいんだけど」
「最初はどうしてやらなかったの?」
「ギタリストがいなかった」
 まあ打ち込みでやっても良かったのだ。実際の音源も最初はそうであったろうし。

 今は暁がいるので、挑戦してみてもいい。
 ただあれは、ギターが二枚いる楽曲なのだ。
 レコーディングはともかく、ライブでやるのは片方が打ち込みとなるので、合わせるのが難しいと思う。
「最近アニソンをディグってたら、面白い曲を見つけたりするんだけどな」
「ディグるって何?」
「ああ、掘るっていう意味で、昔の音楽を探す時に使われるかな」
 月子の質問に答えて、俊は二人にイヤホンを渡す。
「何曲か聴いてみてくれ」
「その前にそろそろ、注文しない?」
 暁の言葉で、まずは注文をする一同であった。



 この先の指針がようやく見えてきた。
 まずライブについては、月子と暁のモチベーション維持と、知名度を上げていくためにある程度の間隔を置いてやっていくべきだろう。
 同じく知名度を上げるために、カバーもしていっていい。
 最高なのは原曲よりもカバーの方がいい、と言わせてしまうことだろう。ただこれは原曲ファンがアンチとなる可能性はあるので、こちらのリスペクト精神を見せなければいけない。
 俊の本心としては、名曲を下手くそに歌われていて可哀相、というのはあるが。
 今のところはそこまでのことはない。

 とにかく今は、地力をつけることが大事なのだ。
 単純なメジャーデビューではなく、メジャーシーンの新たなムーブメントを起こしたい。
 さらに壮大な夢はあるが、今のところは話しても笑われるだけであろう。
 とりあえず今日は新曲の練習である。
「案外難しい」
 暁はアルペジオのメロディに、やや苦戦していた。
 単純にもっと遅く弾いてくれれば、それでいいのだが。

 そう、根本的にこのバンドの問題点は、ブレーキの性能が悪いことだ。
 そしてアクセルをベタ踏みするギターがいるということ。
 ゆっくり引くことが美しい、という曲もあるのだ。
「いくら技術があって速く弾けても、イマジンをロックにしようとは思わないだろ?」
「……うん、しないね」
 したことあるのか、こいつは。

 とりあえずカバー曲の方は、ライブでもやったロビンソンをレコーディングして上げることにした。
 俊は他にもカバーしたい曲は色々とあるのだが、これはどうやって演奏しているのだ、という曲が色々とある。
 電子音で合成しているのだろうが、それが何なのか分からない。
 もっともそれを言うなら、これまでも電子音の曲はカバーしているし、シンセサイザーで他の楽器の音を作ってもいる。
 リズム隊のパートは特にそうなのだが、これまで軽んじてきたその部分が、強烈な弱点となっている。
 そう思ったのは俊だけではなかったようだ。

 暁が言うには父親が、一度スタジオに連れてきなさい、と言ったらしい。
 安藤の所属しているところであるから、もちろんメジャーのレコード会社だ。
 まだ現時点では、さすがに青田買いが過ぎるので、目をつけてもらったとかそういうことではないらしい。
 一度本物の、スタジオミュージシャンのドラムと合わせてもらいなさい、ということであるらしい。
 確かに経験を積むのは、非常に重要なことで、その経験は多岐に渡る。

 ドラムのメンバーがほしいな、とは俊も思っている。
 だがギタリストやベーシストに比べると、本当にいいドラマーは少ない。
 いないわけではないのだが、今のノイズが勧誘して、向こうに何のメリットがあるのだ、といったところになる。
 ドラマーは比較的人格者が多いとも言われるが、同時に脳筋のパワー馬鹿が多い、とも言われたりする。
 どちらも偏見であろうとは思うが、確かにボーカルやギターと比べれば、問題を起こす人間は少ないかな、と俊も思う。



 月子はその日も弁当工場での仕事を終えて、レッスンに向かっていた。
 ノイズと違ってメイプルカラーは、はるかにライブの数が多い。
 そうやってチェキなどをして、やっと成立しているのだ。
 ただチケットノルマなどは、これまでなかった。
 つまり向井の趣味、という要素が大きいのだ。

 あの全身全霊で歌ったライブとは、全く違った空間。
 本来の居場所へ、月子は戻ってくる。
「遅れてないよね~!」
 端ってレッスンスタジオにやってきた月子に、メイプルカラーのメンバーはちょっといつもと違う視線を向ける。
 だが月子はそれに気づかず、パーテーションで区切ったロッカーで着替える。

 最近はメイプルカラーも、前よりもお客さんが増えてきている気がする。
 月子のチェキも少しは増えて、歌を誉めてもらうことも多くなった。
 実のところ、地下アイドルグループにボーカリストとしての資質がえぐいメンバーがいる、というのは少し話題になってきている。  
 その少しの情報が、何かのきっかけですぐにブレイクするかもしれないのが、今の時代である。

「ミキ、この間のライブ、すごかったね」
「あ、嬉しい。皆誉めてくれてる」
 ルリの言葉を、月子は素直に受け取る。
「そんなにダンスも振り付けもなかったのに、最後ふらふらになってたけど」
「あ、う~んアキちゃん、ギターのアッシュね。あの子に引っ張られると、体を全部使って声を出さないといけないから。だから当分ワンマンなんて出来ないなって」
 メイプルカラーのステージは、だいたい四曲から五曲を歌う。
 そこにはステップ付きのダンスもあって、動いている量は明らかにこちらの方が多い。

 ただ、あのライブは格別だった。
 客として見ていた四人には、ステージ上の月子の存在が、圧倒的なものに見えたのだ。
 まだまだ小さな、それこそ自分たちが使っているのと、同じかそれ以下の大きさのハコ。
 だが距離は、圧倒的に遠いものだと感じてしまった。
 ライブの後も、月子と打ち上げなどは出来ず、四人で重い雰囲気の中、感想をぼそぼそと話し合ったものだ。

 月子は明るくなった。
 相変わらずファンとの距離の取り方や、トークは下手くそなものである。
 だが根本的に持っているオーラが違うと言ったらいいだろうか。
 ステージの上で歌う時は、明らかに華があると、同じステージにいても分かる。
 それが下から見たら、あれほど鮮やかに見えるのだ。
「今日もダンスからだよね?」
「ミキはまず、準備運動してからな」
 アンナは苦笑してそう言ったが、メンバーの中でもルリとアンナだけは分かっている。
 月子の本来いるのは、この場所ではないのだと。

 当の本人は、まだまだメイプルカラーを自分の場所だと思っている。
 そして他の二人も、そこまでの危機感を感じてはいないだろう。
 しかしルリとアンナは、他のグループでの解散も経験しているのだ。
 アイドルなどいつまでも出来るわけではない。
 それは頭では分かっていた。
 だが同じグループの中に、明らかにアイドルではないが、もっと上のステージにいるべき存在がいる。
 気づいてしまってからは、カウントダウンがされたと思ってしまう。
 本物を見てしまっては、自分の限界も分かってしまう。
 メイプルカラーのモラトリアム期間は、もう長くはなさそうであった。
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