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三章 リズム
29 ドラマー
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準備されていたレッスンスタジオに入る。
思ったよりも広い部屋で、本来は他の楽器も演奏するためのスペースなのだろう。
そこに待っていたのは、暁の父である安藤と、いかにもミュージシャン然とした青年か中年か、よく分からない男。
とにかく髭が顔の下の多くを覆っていたので。
「ちょっと遅かったな」
安藤がそう言うと、暁が質問する。
「お父さん、俊さんと彩ってどういう関係なの?」
直球で尋ねてしまうが、安藤の視線は俊に向けられはしたものの、不思議そうな顔をする。
「そういえば今日は撮影してたか。なんで関係してるんだ?」
父の様子に、とぼけている感じは受けない暁。つまり二人の関係性は、音楽を通す以前からのものなのか。
彩は24歳で、俊は21歳なので、少し差はある。
本当に親戚だというなら、それでも安藤は知っていそうな気はするが。
「後にしよう。遅れてしまったんだ。すみません」
俊の優先順位は、既にはっきりしている。
彩の件は後回しでいいし、それに今すぐどうというものでもない。
それに愉快な話でもない。
月子と暁の、そしてついでに斉木の視線を受けながらも、俊はもう彩の一件を忘れることが出来た。
昔だったら澱のようにしばらく残っただろうが。
そして紹介されたのが、髭の男であった。
「こちら西園栄二君。今は元ジャックナイフのドラマーで、メジャーデビューの時に会社所属になったミュージシャン」
「よろしく」
全体的にごつい西園であるが、それよりも俊はその経歴の方が気になった。
「ジャックナイフって、けっこう人気があったような」
「ちょっと前はね」
そういえばここのところはあまり名前を聞かないかな、と俊は記憶を辿る。
短期間で消えていくバンドというのは、本当に多い。
実際はある程度の人気を維持して、ライブバンドとして生き残っていることが多いのだが。
メジャーデビューと言うが、ジャックナイフはいわゆるビジュアル映えのするメンバーで構成されていた。
西園のようなタイプは、明らかにイメージが違う。
「まあ外見優先のドラマーを入れて、その代償と言ったらおかしいけど、より上手い西園君は会社の専属で、あちこちをフォローしてるんだ。実際のところレコーディングでは、彼が叩いているバンドは多い」
それはかなり高い評価だ。
つまるところルックスが売れ線でなかったので、イケメンとしてドラマーを代えたということだ。
そしてレコーディングなどで使うというのは、それだけ技術的には秀でていることでもある。
「彼の場合は子供が出来たんで、冒険がしづらくなったっていうこともあるんだが」
なるほど、そういう理由もあるのか。
よく見たら髭のせいで分かりにくいが、まだ若そうにも思える。
ジャックナイフのメンバーの年齢と比較すれば、まだ20代なのではなかろうか。
売れなければ解散、引退というのがミュージシャンと思う人間は多いかもしれないが、実際のところは違うバンドに入る、ということも少なくはない。
特にインディーズからメジャーに移る時などは、それが発生する。
洋楽であればそれこそ、ビートルズやストーンズは、デビュー前後にメンバーが代わっているのだ。
「時間も限られてるし、始めようか」
どうやら安藤が仕切ってくれるらしい。
「とりあえずノイジーガールとタフボーイでどう変わるかを比較したいんだすけど」
「タフボーイ凄かったねえ」
見ていた安藤も、苦笑しながら思い出す。
自分たちも若い頃は、全力で演奏するということはあったが、本当にあそこまで全力を出し切ってしまう、というのは大規模フェスで長丁場を終えた時ぐらいだった。
セッティングが終了し、一応は録音の準備もする。
今日の暁はエフェクターは自前の物ではなく、備え付けのものとアンプの設定をいじる。
ギターを弾ける女子はけっこう多いが、こうやって機械にもある程度強いのは珍しいな、とは思ったものだ。
暁にとっては思っている音を出すために、どう工夫するかが面白かったらしいが。
今日は無理であるが、いずれ俊は三味線を使った楽曲のカバーもしたいと思っていた。
月子の早弾きを聞いて、いくつかを思い出したのだ。
ネットの海を放浪していて、見つかったというものもある。
ただ月子はあまり、弾きながら歌のは得意じゃない、というのが自己申告であった。
すると暁に歌ってもらうかということになるが、さすがにコーラスの部分を少し歌うのはともかく、アクションの多いリードギターにそれをやってもらうのは難しい。
西園にも音源から確認してもらい、楽譜も渡す。
「ギター、こんな難しいことやってるの?」
「ライブじゃもっと難しくしちゃうんですよ、彼女」
まったくもって、困ったところである。
「走りすぎるの?」
「しかもボーカルと共鳴するんです」
「それは大変だ」
「だからこそ出てくるパワーもあるんですけどね」
プラスが上手くはまったとき、強烈な音となって空間を占領する。
あれを一度聞いてしまったら、下手に勢いを止めるのは難しいと分かる。
そもそもあれこそが、二人の魅力と言えるものだろう。
音源を聞きなおし、西園は譜面と確認する。
そして頷いた。
「じゃあノイジーガールの方からやっていこうか。これいい曲だね。サリエリさんが作ったんだよね」
「あ、普通に渡辺って呼んで下さい。西園さんの方がずっとキャリア豊富なんだし」
「おお、じゃあ渡辺君って呼ぶよ」
随分と気さくな人柄だな、と俊は思う。
だいたいドラマーというのは忍耐強いが、本気で怒らせると一番怖い、というのが俊の中のイメージである。
それぞれが位置に立つ。
月子がセンタートップに、安藤と斉木から見れば右に暁、左に俊。そしてバックに西園という定番の配置。
ギターから始まるので、暁がそれぞれを確認する。
そして撮影する安藤が、GOサインを出す。
暁は髪ゴムを外した。
いきなり第一リミッターの解除である。
全体的にはPOS調ではあるのだが、ギターパートはゴリゴリのハードロックからヘヴィメタル。
テクニックを見せ付けるのだが、同時にフィーリングも凄まじい。
その音を、西園ドラムが追い始めた。
低く重い、だが同時に柔らかくも感じる音。
(どうやったらこんな)
一応はドラムも弾ける俊だが、明らかにレベルが違う。
これが、会社が確保しておきたいと思う、プロのドラマーの力か。
月子のボーカルが始まる。
やはり暁のギターに共鳴するが、今日はその二人を、ドラムの音がしっかりと支えている。
迫力がないわけではなく、むしろドラムの音によって、圧力はさらに高まっている。
二人で無理に出していた音を、柔軟に変化するドラムが、より楽に出せるようにしているのだ。
暁はテンポを早くするのでもなく、だが音の圧力を上げていく。
ギターソロに入ると、リズムキープをしたまま、早弾きに自分の色を出す。
全力で弾いているが、同時にまだ余裕がある。
おかしな表現かもしれないが、そう言うのがしっくりとくる。
(足場がしっかりしていると言うか……)
暁が知っている、父の弾いているライブ映像。
ああいったものに近い演奏を、今の自分はしているのではないか。
サビに入ってからも、変に走ってしまうことがない。
それでいて月子の声が、よりゆったりと高音で伸びている。
そのためギターがテクニカルなことをしても、調和が崩れるということがない。
(これが本当の意味での、プロのドラマーか)
対バンなどで多くのバンドのドラムを聞いてきたが、間違いなく西園はその中で一番上手い。
外見やパフォーマンスではなく、純粋にドラマーとしての技量が違うのだ。
ノイジーガールは無事に終わった。
月子と暁は、わずかに肩を上下させている。
だが以前のライブに比べれば、ずっとその消耗は少ない。
だからといってパフォーマンスが低かった、というわけでもない。
リズム隊がしっかりしていると、ここまで違うのか、と二人は思う。
俊はひたすら感動していたが。
打ち込みでは対応しきれない、そもそもパワーが足りない。
パワーと言っても、単純に強く叩けばいいというものでもない。
叩くと言うよりは、支えていると言った方が適切であろう。
単純に音を流す打ち込みでも、PCを使ってわずかな調整は出来る。
だがそれは即座に出来ることではなく、やはり人間が反応して行うのが適切なのだ。
音楽的な正しさは、正確さとは違う。
ズレることを楽しみ、そこに熱狂が発生する。
ロックの中でも、根本的な部分かもしれない。
何かに反発する力、というものだ。
続いてタフボーイの演奏に入る。
Aメロ、Bメロ、サビと入っていく曲だが、ここで暁はそれまでにない行動をした。
つまり本来の譜面そのままの演奏箇所を作り出したのだ。
自分が走らない方が、より楽曲として美しい。
それを理解した上で、ギターソロまで力を使わなかった。
そしてソロに入った部分で、その分までの力を弾けさせる。
西園のリズムが、わずかに引っ張られそうになる。
しかしそれを、力技で元に引き戻す。
月子のボーカルと暁のギターは、互いに問題なく高めあうことが出来た。
だが今の西園のドラムとは、まるで喧嘩をしているようだ。
もっともそれは、お互いを研磨しあうようにも見えたが。
キャリアや年齢、そして男女差など関係ない。
暁のギターは非常に攻撃的である。
普段の彼女は、むしろおとなしい少女であるのに、ギターを持たせると変わる。
ライブハウスデビューの時もそうであったが、核心にある魂が、ロックなのであろう。
技術はあるが、それをどう活用するかに、まだまだ成長の余地がある。
この二人とは別に、月子も歌う。
今度は月子の声が、二人の争いを調和させる。
そして俊は傍観者であり、他のパートを地味に維持するだけ。
もちろんそれも、経験と器用さがあってこそ、やっと出来るものではあるが。
圧倒的な才能や実力による、オーディエンスを熱狂させる演奏などではない。
パフォーマンスという点では、俊は圧倒的にこの中で劣っている。
しかしいなければ、とても困るのも確かであった。
二曲目を終えても、やはり月子と暁の負担は、先日ほどではない。
オーディエンスとの共感による熱狂がない、というのはあるかもしれない。
それでも二人は、顔を見合わせる。
お互いに充分の体力が残っている。
ノイジーガールからタフボーイへの連続は、前のライブよりも苦しいものであったかもしれないのに。
「ドラマーというか、本当のリズムの大切さが分かったかな」
安藤に声をかけられて、二人はうんうんと頷いた。
今の世の中、ライブを必ずやらなければいけないというわけではない。
配信だけで有名になり、ライブもやるが楽曲提供だけでも充分、というミュージシャンはいる。
実際のところ下手にメジャーデビューすると、音楽以外のことで時間が取られてしまう、というのはよくあることらしい。
それでもやはり、ライブはオーディエンスの顔が見える場所だ。
配信では一方的なものになるし、熱量の共鳴が起きない。
だから二人がライブにこだわるのも、分からないではない俊なのだ。
しかしやはり、リズム隊が必要だということは、これではっきりした。
もちろん二人が、素直に打ち込みに従ってくれれば、それでもいいのだが。
打ち込みでも今は、トリッキーな技術が発達し、人間が叩くのとは違う、異質なリズムを作ることは出来る。
生のドラムでないといけないというわけではないのだが、このバンドには生のドラムが、今の状況では必要だ、というわけである。
難しい話だ。
ライブでいい演奏をして、そしていいドラマーが外れるのを待って声をかける。
それまでにはノイズの知名度を上げておかなければいけない。
まだ未熟なドラムを育てるには、ノイズの環境は適していない。
初心者が叩くよりは、俊が叩いた方がはるかにマシであるからだ。
演奏自体には意義があったが、問題の難しさもはっきりした。
既に実力があって、音楽性などもある程度共通し、あとは女癖が悪くない人間。
ドラマーはボーカルやギタリストと比べると、あくまでも比較的だが良識派が多いというイメージはある。
だが世の中には、ツェッペリンのボンゾのようなドラマーもいるのだ。
人格も技術も優れて、しかも年齢もある程度近い方がいい。
そんな条件をクリアするドラマーが、どこかにいるのだろうか。
そしていたとしても、どうやって勧誘するのか。
ノイズの初ライブは、確かに小さな話題にはなった。
だがそれで将来性を感じるかと言うと、確信など出来ないだろう。
なので俊は、現実的なことを考えた。
「西園さんはここの社員だそうですが、どういう契約を結んでいるんですか?」
「ん? というと?」
「もしスケジュールが空いている時があれば、謝礼を出すのでライブで叩いてもらうのは可能か、というところですけど」
「おいおい」
むしろ安藤が呆れる。スタジオやレコーディングに参加するミュージシャンというのは、それほど時間が確定したものではないのだ。
「ライブは難しいだろうなあ。そう上手く予定が空くこともないだろうし」
西園の言葉に、俊はやはりそうか、とわずかに落胆する。
「だけど上手く練習の時間が合えば、参加してあげてもいいよ」
それは、それだけでもありがたい。
俊はそう思ったが、安藤が渋い顔をしていた。
「いいのか?」
「そうですね。だって面白そうじゃないですか」
ああ、なるほど、この感覚だ。
俊などはプロ意識として金の問題を持ち出すが、本物のミュージシャンとはそういうものだ。
金のことなどを考えれば、真っ当なカタギの仕事をした方がいい。
ただ、どれぐらいの金を支払えばいいのか。
その相場を俊は知らない。
「金が絡むと逆に問題になるから、暇な時に参加するだけならタダでいいよ」
熊のような顔で、西園はにこにこと笑っている。
「条件としては一つだけかな」
そして彼の出した条件は、充分に許容できるものであった。
思ったよりも広い部屋で、本来は他の楽器も演奏するためのスペースなのだろう。
そこに待っていたのは、暁の父である安藤と、いかにもミュージシャン然とした青年か中年か、よく分からない男。
とにかく髭が顔の下の多くを覆っていたので。
「ちょっと遅かったな」
安藤がそう言うと、暁が質問する。
「お父さん、俊さんと彩ってどういう関係なの?」
直球で尋ねてしまうが、安藤の視線は俊に向けられはしたものの、不思議そうな顔をする。
「そういえば今日は撮影してたか。なんで関係してるんだ?」
父の様子に、とぼけている感じは受けない暁。つまり二人の関係性は、音楽を通す以前からのものなのか。
彩は24歳で、俊は21歳なので、少し差はある。
本当に親戚だというなら、それでも安藤は知っていそうな気はするが。
「後にしよう。遅れてしまったんだ。すみません」
俊の優先順位は、既にはっきりしている。
彩の件は後回しでいいし、それに今すぐどうというものでもない。
それに愉快な話でもない。
月子と暁の、そしてついでに斉木の視線を受けながらも、俊はもう彩の一件を忘れることが出来た。
昔だったら澱のようにしばらく残っただろうが。
そして紹介されたのが、髭の男であった。
「こちら西園栄二君。今は元ジャックナイフのドラマーで、メジャーデビューの時に会社所属になったミュージシャン」
「よろしく」
全体的にごつい西園であるが、それよりも俊はその経歴の方が気になった。
「ジャックナイフって、けっこう人気があったような」
「ちょっと前はね」
そういえばここのところはあまり名前を聞かないかな、と俊は記憶を辿る。
短期間で消えていくバンドというのは、本当に多い。
実際はある程度の人気を維持して、ライブバンドとして生き残っていることが多いのだが。
メジャーデビューと言うが、ジャックナイフはいわゆるビジュアル映えのするメンバーで構成されていた。
西園のようなタイプは、明らかにイメージが違う。
「まあ外見優先のドラマーを入れて、その代償と言ったらおかしいけど、より上手い西園君は会社の専属で、あちこちをフォローしてるんだ。実際のところレコーディングでは、彼が叩いているバンドは多い」
それはかなり高い評価だ。
つまるところルックスが売れ線でなかったので、イケメンとしてドラマーを代えたということだ。
そしてレコーディングなどで使うというのは、それだけ技術的には秀でていることでもある。
「彼の場合は子供が出来たんで、冒険がしづらくなったっていうこともあるんだが」
なるほど、そういう理由もあるのか。
よく見たら髭のせいで分かりにくいが、まだ若そうにも思える。
ジャックナイフのメンバーの年齢と比較すれば、まだ20代なのではなかろうか。
売れなければ解散、引退というのがミュージシャンと思う人間は多いかもしれないが、実際のところは違うバンドに入る、ということも少なくはない。
特にインディーズからメジャーに移る時などは、それが発生する。
洋楽であればそれこそ、ビートルズやストーンズは、デビュー前後にメンバーが代わっているのだ。
「時間も限られてるし、始めようか」
どうやら安藤が仕切ってくれるらしい。
「とりあえずノイジーガールとタフボーイでどう変わるかを比較したいんだすけど」
「タフボーイ凄かったねえ」
見ていた安藤も、苦笑しながら思い出す。
自分たちも若い頃は、全力で演奏するということはあったが、本当にあそこまで全力を出し切ってしまう、というのは大規模フェスで長丁場を終えた時ぐらいだった。
セッティングが終了し、一応は録音の準備もする。
今日の暁はエフェクターは自前の物ではなく、備え付けのものとアンプの設定をいじる。
ギターを弾ける女子はけっこう多いが、こうやって機械にもある程度強いのは珍しいな、とは思ったものだ。
暁にとっては思っている音を出すために、どう工夫するかが面白かったらしいが。
今日は無理であるが、いずれ俊は三味線を使った楽曲のカバーもしたいと思っていた。
月子の早弾きを聞いて、いくつかを思い出したのだ。
ネットの海を放浪していて、見つかったというものもある。
ただ月子はあまり、弾きながら歌のは得意じゃない、というのが自己申告であった。
すると暁に歌ってもらうかということになるが、さすがにコーラスの部分を少し歌うのはともかく、アクションの多いリードギターにそれをやってもらうのは難しい。
西園にも音源から確認してもらい、楽譜も渡す。
「ギター、こんな難しいことやってるの?」
「ライブじゃもっと難しくしちゃうんですよ、彼女」
まったくもって、困ったところである。
「走りすぎるの?」
「しかもボーカルと共鳴するんです」
「それは大変だ」
「だからこそ出てくるパワーもあるんですけどね」
プラスが上手くはまったとき、強烈な音となって空間を占領する。
あれを一度聞いてしまったら、下手に勢いを止めるのは難しいと分かる。
そもそもあれこそが、二人の魅力と言えるものだろう。
音源を聞きなおし、西園は譜面と確認する。
そして頷いた。
「じゃあノイジーガールの方からやっていこうか。これいい曲だね。サリエリさんが作ったんだよね」
「あ、普通に渡辺って呼んで下さい。西園さんの方がずっとキャリア豊富なんだし」
「おお、じゃあ渡辺君って呼ぶよ」
随分と気さくな人柄だな、と俊は思う。
だいたいドラマーというのは忍耐強いが、本気で怒らせると一番怖い、というのが俊の中のイメージである。
それぞれが位置に立つ。
月子がセンタートップに、安藤と斉木から見れば右に暁、左に俊。そしてバックに西園という定番の配置。
ギターから始まるので、暁がそれぞれを確認する。
そして撮影する安藤が、GOサインを出す。
暁は髪ゴムを外した。
いきなり第一リミッターの解除である。
全体的にはPOS調ではあるのだが、ギターパートはゴリゴリのハードロックからヘヴィメタル。
テクニックを見せ付けるのだが、同時にフィーリングも凄まじい。
その音を、西園ドラムが追い始めた。
低く重い、だが同時に柔らかくも感じる音。
(どうやったらこんな)
一応はドラムも弾ける俊だが、明らかにレベルが違う。
これが、会社が確保しておきたいと思う、プロのドラマーの力か。
月子のボーカルが始まる。
やはり暁のギターに共鳴するが、今日はその二人を、ドラムの音がしっかりと支えている。
迫力がないわけではなく、むしろドラムの音によって、圧力はさらに高まっている。
二人で無理に出していた音を、柔軟に変化するドラムが、より楽に出せるようにしているのだ。
暁はテンポを早くするのでもなく、だが音の圧力を上げていく。
ギターソロに入ると、リズムキープをしたまま、早弾きに自分の色を出す。
全力で弾いているが、同時にまだ余裕がある。
おかしな表現かもしれないが、そう言うのがしっくりとくる。
(足場がしっかりしていると言うか……)
暁が知っている、父の弾いているライブ映像。
ああいったものに近い演奏を、今の自分はしているのではないか。
サビに入ってからも、変に走ってしまうことがない。
それでいて月子の声が、よりゆったりと高音で伸びている。
そのためギターがテクニカルなことをしても、調和が崩れるということがない。
(これが本当の意味での、プロのドラマーか)
対バンなどで多くのバンドのドラムを聞いてきたが、間違いなく西園はその中で一番上手い。
外見やパフォーマンスではなく、純粋にドラマーとしての技量が違うのだ。
ノイジーガールは無事に終わった。
月子と暁は、わずかに肩を上下させている。
だが以前のライブに比べれば、ずっとその消耗は少ない。
だからといってパフォーマンスが低かった、というわけでもない。
リズム隊がしっかりしていると、ここまで違うのか、と二人は思う。
俊はひたすら感動していたが。
打ち込みでは対応しきれない、そもそもパワーが足りない。
パワーと言っても、単純に強く叩けばいいというものでもない。
叩くと言うよりは、支えていると言った方が適切であろう。
単純に音を流す打ち込みでも、PCを使ってわずかな調整は出来る。
だがそれは即座に出来ることではなく、やはり人間が反応して行うのが適切なのだ。
音楽的な正しさは、正確さとは違う。
ズレることを楽しみ、そこに熱狂が発生する。
ロックの中でも、根本的な部分かもしれない。
何かに反発する力、というものだ。
続いてタフボーイの演奏に入る。
Aメロ、Bメロ、サビと入っていく曲だが、ここで暁はそれまでにない行動をした。
つまり本来の譜面そのままの演奏箇所を作り出したのだ。
自分が走らない方が、より楽曲として美しい。
それを理解した上で、ギターソロまで力を使わなかった。
そしてソロに入った部分で、その分までの力を弾けさせる。
西園のリズムが、わずかに引っ張られそうになる。
しかしそれを、力技で元に引き戻す。
月子のボーカルと暁のギターは、互いに問題なく高めあうことが出来た。
だが今の西園のドラムとは、まるで喧嘩をしているようだ。
もっともそれは、お互いを研磨しあうようにも見えたが。
キャリアや年齢、そして男女差など関係ない。
暁のギターは非常に攻撃的である。
普段の彼女は、むしろおとなしい少女であるのに、ギターを持たせると変わる。
ライブハウスデビューの時もそうであったが、核心にある魂が、ロックなのであろう。
技術はあるが、それをどう活用するかに、まだまだ成長の余地がある。
この二人とは別に、月子も歌う。
今度は月子の声が、二人の争いを調和させる。
そして俊は傍観者であり、他のパートを地味に維持するだけ。
もちろんそれも、経験と器用さがあってこそ、やっと出来るものではあるが。
圧倒的な才能や実力による、オーディエンスを熱狂させる演奏などではない。
パフォーマンスという点では、俊は圧倒的にこの中で劣っている。
しかしいなければ、とても困るのも確かであった。
二曲目を終えても、やはり月子と暁の負担は、先日ほどではない。
オーディエンスとの共感による熱狂がない、というのはあるかもしれない。
それでも二人は、顔を見合わせる。
お互いに充分の体力が残っている。
ノイジーガールからタフボーイへの連続は、前のライブよりも苦しいものであったかもしれないのに。
「ドラマーというか、本当のリズムの大切さが分かったかな」
安藤に声をかけられて、二人はうんうんと頷いた。
今の世の中、ライブを必ずやらなければいけないというわけではない。
配信だけで有名になり、ライブもやるが楽曲提供だけでも充分、というミュージシャンはいる。
実際のところ下手にメジャーデビューすると、音楽以外のことで時間が取られてしまう、というのはよくあることらしい。
それでもやはり、ライブはオーディエンスの顔が見える場所だ。
配信では一方的なものになるし、熱量の共鳴が起きない。
だから二人がライブにこだわるのも、分からないではない俊なのだ。
しかしやはり、リズム隊が必要だということは、これではっきりした。
もちろん二人が、素直に打ち込みに従ってくれれば、それでもいいのだが。
打ち込みでも今は、トリッキーな技術が発達し、人間が叩くのとは違う、異質なリズムを作ることは出来る。
生のドラムでないといけないというわけではないのだが、このバンドには生のドラムが、今の状況では必要だ、というわけである。
難しい話だ。
ライブでいい演奏をして、そしていいドラマーが外れるのを待って声をかける。
それまでにはノイズの知名度を上げておかなければいけない。
まだ未熟なドラムを育てるには、ノイズの環境は適していない。
初心者が叩くよりは、俊が叩いた方がはるかにマシであるからだ。
演奏自体には意義があったが、問題の難しさもはっきりした。
既に実力があって、音楽性などもある程度共通し、あとは女癖が悪くない人間。
ドラマーはボーカルやギタリストと比べると、あくまでも比較的だが良識派が多いというイメージはある。
だが世の中には、ツェッペリンのボンゾのようなドラマーもいるのだ。
人格も技術も優れて、しかも年齢もある程度近い方がいい。
そんな条件をクリアするドラマーが、どこかにいるのだろうか。
そしていたとしても、どうやって勧誘するのか。
ノイズの初ライブは、確かに小さな話題にはなった。
だがそれで将来性を感じるかと言うと、確信など出来ないだろう。
なので俊は、現実的なことを考えた。
「西園さんはここの社員だそうですが、どういう契約を結んでいるんですか?」
「ん? というと?」
「もしスケジュールが空いている時があれば、謝礼を出すのでライブで叩いてもらうのは可能か、というところですけど」
「おいおい」
むしろ安藤が呆れる。スタジオやレコーディングに参加するミュージシャンというのは、それほど時間が確定したものではないのだ。
「ライブは難しいだろうなあ。そう上手く予定が空くこともないだろうし」
西園の言葉に、俊はやはりそうか、とわずかに落胆する。
「だけど上手く練習の時間が合えば、参加してあげてもいいよ」
それは、それだけでもありがたい。
俊はそう思ったが、安藤が渋い顔をしていた。
「いいのか?」
「そうですね。だって面白そうじゃないですか」
ああ、なるほど、この感覚だ。
俊などはプロ意識として金の問題を持ち出すが、本物のミュージシャンとはそういうものだ。
金のことなどを考えれば、真っ当なカタギの仕事をした方がいい。
ただ、どれぐらいの金を支払えばいいのか。
その相場を俊は知らない。
「金が絡むと逆に問題になるから、暇な時に参加するだけならタダでいいよ」
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※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
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