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五章 フェスティバル

61 決定

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 リフやフレーズを生み出すことと、それをどう活かしていくかということは、全く別の才能だと俊は思っている。
 なので他人の曲については、出来るだけ触れるようにしている。
 一時期はそれによって、自分の中から出てくるフレーズが、全て何かの真似かと思ったこともある。
 だが違うのだ。 
 インプットをずっと続けて、そして自分の中から自然とあふれ出てくる。
 少なくとも俊にとって、作曲というのはそういうものである。
 確かに似たような部分は他の曲にあるかもしれない。
 だがそれらが自然とつながるのが、作曲であるのだろう。

 かつて日本のロックに、洋楽のパクリだなどと言われながらも、セールスでは席巻していた者がいた。
 それは別にパクリではなく、これを邦楽にするとこうなるのだ、というものであったらしい。
 実際に日本のロックシーンは、大きく変化したものだ。
「ロックは魂と言っても、暁のソロを使わないのはもったいないんだよな」
 彼女が活躍することは、あるいは女性ギタリスト全員が増えることにつながりかねない。
 ただうるさいだけではなく、しっかりとテクニックを使ってくる。
「新曲もまた作らないとなあ」
 そんなことを考えていた俊に、連絡があった。
 俊の待っていた、フェスの参加の打診である。

 どうやらイベント会社の人間は、ホライゾンでの演奏を、既に聞いていたらしい。
 そちらのOKは出たが、音源が届くまで待っていたらしい。
 それを聞いて会社のOKも出た。
 八月の最終週に、3000人規模のステージで、30分ほどを演奏する。
「これはもう決定として告知していいんですか?」
『明後日の昼12時に発表するから、それまでは待ってちょうだい』
「分かりました」
 通話を切った俊は、まず全員にメッセージを飛ばし、それから西園に確認する。
 一番予定を空けておいてもらわないといけないのは、彼であったからだ。

 3000人規模の野外ステージ。
 しかも昼であるので、相当の暑さの中でプレイすることになる。
 今までとは完全に、状態が違う中での演奏。
 それまでにまだ一度、ライブはあるが。

 機材の出し入れの時間は別なので、30分で何曲を行うか。
 MCである程度、時間を使った方がいいだろう。
 天気がどうなるかは分からないが、太陽で体力が削られるとは考えた方がいいだろう。
 ちなみにアンコールは一曲ならありなのだとか。
(六曲か)
 これはさすがに、俊一人で決めてしまうのは、難しい課題である。



 西園の仕事上がりに合わせて、六人はファミレスに集合した。
 そしてとりあえず注文を終えてから、選曲に入る。
「まずアンコール用に取っておく曲は、カバーにしておくのが無難だな」
「俺は特に意見はないから、ケチつけるだけにしておく」
 俊の安全策の後に、西園はそんなことを言ってきた。
「夏の終わりだから……夏の曲を一つは入れておいた方がいいだろうな」
 今のノイズのカバーで、夏を歌っているのは打上花火、鳥の詩、ガーネットの三曲である。
「ガーネットはさすがにフェスでやるのは違わないか?」
「それなら夏祭りとかどうだ」
「今から新曲かあ」
 単純に弾けるようになるなら、それは簡単なのである。
 問題はそれで熱狂を得るということであって。

 ロックフェスなどとは言うが、実際には普通にPOPSも入っている。
「そもそもフェスって元はどういうもんなの?」
 千歳の単純な質問に、暁は大規模フェスの説明をする。
 郊外の大きな土地が確保出来る田舎で、多くのステージを準備して、そこで演奏をするというものだ。
 ただノイズが出場するフェスは、そこまで大規模のものではない。
 千葉の公園を二日間貸し切りにして、そこで行われるフェスだ。
 ステージは最高でも一万人に満たないもので、他に交通の便もよかったりする。

 またサーキットと似た感じの街フェスというものもある。
 これは地域のライブハウスが連携して、タイムテーブルを組んで見て回ってもらうというものだ。
 一応はノイズの出るライジング・ホープ・フェスは、郊外型のフェスということになる。
「大きなステージのは聞いたことあるや。レンタルショップでも特集組んでたりするよね」
 主に夏に行われる二つが、日本でも最大級のものだ。
 なおクリムゾンローズの方はその、最大級の方に出る予定であったりする。

 いつも受ける、もはや定番となったタフボーイは、絶対に入れておく。
 オリジナルであるノイジーガールとアレクサンドライトもだ。
 アンコールがあった時に、カバー曲は打上花火であれば、無難に演奏できる。
 ただ普段のライブとは、屋外ではあるという条件が加わってしまっている。
 打上花火はかなり、音の繊細さが要求される。
 もっとガンガンと大音量で鳴らす曲の方が、おそらく安全ではあるのだ。
「時間がないってのはあるけどな」
 信吾は言うが、それよりも西園である。
 当日は空いているのだが、その前後には仕事が入っている。

 新曲をやるのは難しい。 
 何がやりたいかではなく、何をやれるかで選曲が決まってしまうのだ。
(あたしが足を引っ張らなければ、他に出来る曲も増えるのかな)
 千歳としては、そんなことを考える。
 事実ではあるが、それを他のメンバーは許容しているのだ。
 それは千歳の左手の指が、ずっと絆創膏で覆われていることを見ているからだ。



 夏休みに入って大学に縛られなくなると、逆に俊はますます忙しくなった。
 そんな中でもクリムゾンローズのライブは、しっかりと見に行く。
 暁の新たな可能性、というものを見てみたかった。
 もしもノイズにいるよりも、クリムゾンローズの一員としてのパフォーマンスが高かったら。
(それは俺が、アキの力を引き出せてないということだ)
 練習の様子などを聞く限り、上手く合わせることは出来ているらしい。
 俊が片手間に作ってしまったアレンジで、今日のライブはやるそうだ。

 待ち合わせはライブハウス現地であったが、その前で信吾と千歳、文乃には完全に偶然だが会うことが出来た。
 朝倉は時間にルーズなので、少しぐらいは遅れるだろう。
 そもそも他のバンドの演奏も聞くために、早めに待ち合わせていたのだ。
「先生が一緒に来るのは、ちょっと意外でした」
「私も千歳のことに、全く無関心なわけではないから」
 文乃は小説家として成功している人間だ。
 だがこの職業で、専業で出来ているのがどれぐらい少ないか、ということも知っている。

 ミュージシャンというのも、仕事柄ある程度はどういったものか知っている。
 夢追い人と言えば聞こえはいいが、いつまでも現実に足がつけられない人間、とも言える。
 自分自身が虚業の人間であるがゆえに、よりその目は厳しい。
 そんな文乃からすれば、音楽業界で生き残っていけるのは、俊のような技術屋ではないのか、と思える。
 もっともそれも、彼女の限定された知識からしか、得られていない情報からの推測である。
 確かにそれは、ある程度正しい。

「それじゃ先にこれ三枚、信吾は頼むな」
「あら、貴方は?」
「あと一人待ち合わせてるんですよ」
 そう言いながら、催促のメッセージを送る。
 戻ってきたメッセージによると、もうすぐ近くまで来ているそうな。
「やっぱり先に行っていてください。特に前の席で見ることも必要ないでしょうし」
「え、あたしは前で見たい」
「あ~、すると信吾も一緒にいってもらって、先生は後ろの方にいてもらえますか。俺から合流します」
「それなら先に二人が入っていればいいわ。せっかくだし保護者として、俊君に聞きたいこともあるし」
 その言葉に、千歳は嫌そうな顔をした。



 聞きたいこととは言ったものの、文乃は雑談をしてくる。
 その中で特徴的だったのは、文筆業とミュージシャンの対比であった。
 ミュージシャンの中でもライブバンドは、どうしても練習にはスタジオが必要になる。
 またライブハウスでの活動にも、金がかかる。
 文筆業であると、その点は一人で出来るので、楽だというのが文乃の考えである。

 だいたい間違っていない。
 そもそも俊も最初は、月子と二人のユニットでやろうと思っていたのだ。
 それがこうなってしまったのは、暁の加入がある。
 あの二人の音楽に、俊一人だと引っ張られてしまう。
 そこからバンド形態となっていき、最後のピースとして千歳がハマってしまった。

「正直なところ、音楽で食べていけるの?」
「才能だけを言うなら。ただこの業界、才能だけではなく、タイミングというか運みたいなものも必要なんですよ」
 才能と言うよりは、素質と言えばいいだろうか。
 千歳は月子に比べると、声の持つ圧倒的なパワーでは及ばない。
 だが表現力や、多様に歌うという点では月子を上回っている。

 そして二人のハーモニーは最高だ。
 この二人の歌をより強く押し出すのが暁のギターであり、それが暴走しないようにリズム隊の二人がいる。
 一応今は、シンセサイザーや足りない音の部分で俊もステージに立っている。
 だがやがては、自分以上のプロデューサーがいれば、必要となくされてしまうのではないか。
「それはないわね」
 俊の泣き言を、文乃はあっさりと否定した。
「どれだけ優れた才能が集まっても、それを引きつける存在は必ずいる」
 専門ではないが、文乃は色々な現場も見てきたのだ。

 調整役の重要さ、またプロデュースの能力。
 その点で俊は、間違いなくノイズに必要で、リーダーとして認められている。
 何よりもメンバーからの信頼という点で、俊を上回るものはないだろう。
「あ、来ました」
 そう言ってくれた文乃に、照れた表情を見られないように、俊は朝倉の姿を今さら発見したふりをした。
 文乃はそれを、流したまま蒸し返さなかった。



 クリムゾンローズの開始には充分に間に合った。
 だがさすがに、前の方には行けそうにない。
「なんだか久しぶりだな。バンド作ったって言ってたけど、どんなんよ?」
「今日のヘルプに、うちのリードギターが入ってるんだ」
「そういう縁か。そちらのお姉さんは?」
「うちのギターボーカルの保護者。ちょっと興味があるんだと」
「どーも。俊の親友の朝倉久義です」
「高岡文乃です」
 文乃は千歳の母である姉とは、少し年齢が離れている。
 今日は余所行きバージョンの格好をしているので、本来の美貌が明らかになっている。

 朝倉は美人なら、年上でも年下でも、とにかく構わないという人間だ。
 それでも文乃とは、10歳ほども離れているが。
「クリムゾンローズとは何度か対バンしたんだけど、ずっと三人だったんだよな」
 朝倉の長いバンド歴から考えれば、それなりの交流はあるのだろう。
「美人三人だから仲良くなりたかったんだけど、まさに鉄壁だったなあ」
「お前が警戒されてただけだと思うぞ」

 そんなことを言っている間にも、セッティングは完了したらしい。
 普段とは違う、四人の組み合わせ。
 クリムゾンローズは夏場はYシャツにスラックス、という中性的な衣装で演奏を行う。
 だがその中でも、暁は自分のスタイルと決めている、バンドTシャツにダメージジーンズという姿であった。
『どうも、クリムゾンローズです。今日は新曲の演奏のために、ヘルプをお願いしています』
 薄暗いライトの中でも、暁の異質さは分かるだろう。
『今、人気急上昇中のバンド、ノイズからアッシュに参加してもらいました』
 ぺこりと頭を下げる暁。
『それじゃあ、まずは定番から。アンサー!』
 そして演奏が始まる。

 俊の編曲により、佳奈はリズムギターとなっている。
 そしてリードを弾き始めた暁の音は、とてつもなく重い。
「なん……この音……」
 朝倉が衝撃を受けているが、これはまだ本気ではない。
 とんでもなくヘヴィなリフから、曲は始まった。



 ノイズの中には、外見詐欺と呼ばれる人間が二人いる。
 一人はごく普通の女の子でありながら、少年っぽさや艶やかさを歌う千歳。
 そしてもう一人が、ガツンとくるギターを超絶技巧で弾く暁である。
 練習をしていた時も思うが、こうやって客として聴く立場であると、また話は変わってくる。

 既に三人で完成していた、クリムゾンローズの音楽。
 それを壊すと言うよりは、上書きしていくというのか。
 リードギターであるのに、まるでベースのような、曲の根底を支えるようなインパクトさえある。
(なんか俺の編曲と違うんだけど)
 俊はそう思ったが、暁なのだから仕方がないか。

 どうにかその演奏が、暴走にまで至らなかった一曲目。
 女とは思えないぐらいパワフルな演奏をするのが、クリムゾンローズであった。
 しかし暁は、それを簡単に上回ってくる。
(パワーって言うよりはフィーリングなんだろうけど)
 もっと感情の根底に訴えてくるような、そんなギターのサウンドなのである。

 それでも二曲目も、暁のギターに暴走はない。
 正確に言うと他の三人が、どうにかついていっているのだ。
(栄二さんと信吾がいないと、こんな感じになるのか)
 ノイズの場合は月子と共鳴するので、さらにひどいことになるが。

 二曲目が終わったところで、クリムゾンローズのメンバーはかなりの汗をかいている。
 それは暁も同じなのだが、ここで第一の封印である髪ゴムを外す。
「あ」
 三曲目、明らかに暁のリードは走りすぎている。
 ここで佳奈は、思い切った手段に出た。
 リズムを放棄して、ボーカルだけに集中したのだ。
 リズム隊は集中して暁を追いかける。
 その暁はリズムギターが放棄したリズムの音を、いくつか拾ってメロディーの中に入れていく。

 やってはいけないこと、と言うべきなのだろうか。
 ただ暁についていけない方が悪い、などという言い方も出来るか。
 それに演奏自体はかろうじて成立している。
(けれど演奏している側としては、大失敗になるんだろうな)
 そもそもの目的は、これぐらいの腕のギターを連れて来い、とレーベルの人間に思わせるはずだったと言っていた。
 だがこんなギターを持ってこられたら、演奏が崩壊してしまう。
(これはライブの後、困ったことになるかもな)
 そして俊にもその、責任の一端はあるのである。
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