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五章 フェスティバル
62 彼女の失敗
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バンドの顔はボーカル、というのはおおよそ正しい。
だがロックにおいては、それと同等かそれ以上に重要なのが、ギターである。
俊としてはピアノやヴァイオリンも一つで完全に成立する楽器だと思うが、ギターを愛する人間を否定するつもりはない。
それに暁は間違いなく、ギターに歌わせているギタリストの一人だ。
これまではなかった、その暁の暴走。
かろうじて最後までロックとして成立していたが、ステージの中ではどう思っていたか。
俊は楽屋の方に向かった。
朝倉も来たがったが、当然ながらそうはいかない。
この手癖の悪い男に、新しい友人になりつつある彼女たちを会わせるのはいけない。
「それじゃあ私は、千歳と信吾君を表で待っているわ」
文乃がそう言ったので、朝倉もそこで足止めだ。
ただ文乃は、朝倉のような男のことが、どうも苦手のように思えたのだが。
他に人もいることだし、そちらは大丈夫だろう、と俊は考える。
そして楽屋に入るところで、当然ながらスタッフに止められる。
「ノイズのサリエリです。カナさんに確認してもらえませんか」
ライブ後には打ち上げをしようと言っていたのが、伝わっていたであろう。
普通に俊は楽屋に通された。
ノックをしてから数秒、返事がないのでそっとドアを開けると、灰になりかけた三人と、派手に落ち込んでいる暁の姿があった。
(やっぱり不本意な演奏だったか)
俊は途中で買ってきた水のペットボトルを三人の前に置く。
「開ける力あります?」
「ごめん、お願い」
そう頼まれたので、俊はキャップも開けて渡した。
対して手渡された暁は、自分で開けて頭からかぶる。
こんな時もレスポールはちゃんと離しておくあたり、暁は相棒を大切にしている。
「頭冷えた……」
ロックな少女である。
そのうちギター破壊でもするのではと、俊は心配である。
もっとも暁は、そのあたりの感性だけは、まともなものであるらしいが。
彼女がジミヘンなどを尊敬できないのは、楽器を大切にしないからだ。
まあ俊としては、あえて楽器を破壊することに、象徴的な意味があるのだと理解はしている。
ただ、理解と共感は全く別のものである。
ライブ感、という点では今日のライブは成功であったかもしれない。
音楽として成立しなくなるぐらいであったが、圧倒的なパワーは感じられた。
これがライブだ、というのを周囲から見たら成功なのかもしれない。
だが演奏した本人たちの反応からは、そうは思えないだろう。
「お疲れ様」
俊と同じように、楽屋に入ってきた女性がいる。
「どうにか終わらせることは出来たけど、アンコールもなかったのね」
真っ直ぐな皮肉を述べる、30歳前後のカジュアルスーツの女性。
「単純にギターを増やすわけではないんだって、言ってたでしょう? その子、すごく上手いけど劇薬よ」
すごく分かる! と内心で頷いてしまった俊である。
この女性がおそらく、クリムゾンローズをメジャーに誘っている事務所だかレーベルだかの人間なのだろう。
実際のところ、事務所とレーベルが一体になっていたり、事務所がレコード会社に所属していたりもするが。
「そちらは、話が長引きそうですね」
「ごめんね俊君」
「いえ、じゃあアキ、帰ろう」
「うん」
しょぼくれた暁を回収し、俊は楽屋を出ようとする。
「ねえ、貴方がノイズのリーダーのサリエリなの?」
声をかけてきたのは、その担当者である。
「そうです」
「うちのレーベルは基本的に女性メインで売っているんだけど、ノイズともまた一度お話したいわ」
そして名刺を出してくる。
俊は受け取って、自分もサリエリの名刺を渡す。
才能というものは、あちこちに落ちてはいる。
だがそれを正しく見抜く目、というのが意外と少ないのだ。
こうやって目をかけてもらっているノイズは、間違いなく可能性は持っている。
しかし俊は、あくまで慎重であった。
「ご縁があればいいですね」
そしてレスポールを背負う暁を連れて、楽屋を出たのであった。
打ち上げの余裕もなく、本日は解散。
ご一緒するつもりだったらしい朝倉は残念がっていたが、そもそもクリムゾンローズがこれから大変だろう。
俊は暁を家まで送ることにする。
なにしろ機材を入れたバッグも重いので。
細腕ながら、意外なほどのパワーを持つ暁。
今日の演奏にしても、そのパワーとスピードを駆使しながらも、ミスらしいミスがなかった。
普段からミスがないので、生演奏ではないのでは、などとも言われたりするが、それならもっと楽に制御出来る。
音の高さであるピッチの違いなどを聴けば、明らかに生演奏だと分かるであろうに。
生演奏のアナログさを、聞き分けることの出来ない人間はいるのだろう。
ライブセンスに関して、ノイズのフロントメンバーは傑出している。
そしてそれを支えるリズム隊も強力なのだ。
暁のパワーとフィーリングに、クリムゾンローズのメンバーは付いていけなかった。
だがそれは暁が、上手く合わせられなかったということでもあるのだ。
「練習は上手くいってたんだけどな……」
「練習とステージじゃ、テンションも違うだろ」
ノイズでの最初のライブの時も、月子と一緒に突っ走っていきそうであった。
暁のギターは、こう言ってはなんだが強すぎる。
西園の重いドラムと、信吾のまとわりつくようなベースがあって、初めて全力が出せるのだ。
そしてボーカル二人の力で、いくらでも彼方へ突っ走っていける。
今のノーズは千歳のギターが未熟なことが、かえっていい働きをしている。
彼女を支えるという点で、フロントの二人が協力しているのだ。
ただ千歳のレベルが上がれば、他のメンバーも上達していくしかない。
しかし他のメンバーはまだ余力がある。
俊を除いて。
俊の場合は他の楽器で出来ない音を出したり、電子音を被せたりというサブ的なものになっている。
もちろんこれが重要な楽曲を作っているわけではあるが。
作詞作曲をしているので、バンドへの貢献度を総合的に見れば、一番大きいのは確かなのだが。
(プロデューサーになりたいわけじゃないしなあ)
ただステージでの演出は、やはり仕切りたいと思っているのだ。
マンションの玄関まで、荷物を持っていった。
今日の初めての失敗らしい失敗で、暁は眠れぬ夜を過ごすのかもしれない。
「明日、フェスで演奏する曲、正式に決めるからな。忘れるなよ」
こういう時は、他にやることがしっかりとしていた方がいい。
失敗の経験だけは、暁よりもはるかに多い俊であった。
翌日、西園も集まってくれて、フェス用の曲を考える。
オリジナル三曲に、カバーを二曲。
そしてアンコール用にカバーを一曲、といったところである。
オリジナルはノイジーガールにアレクサンドライトで、新曲を選ぶ。
カバー二曲のうち、一曲はもう定番となっているタフボーイ。
「野外ステージだし客は多いし、しかもあっちの顔もはっきり見えるから、そこでパニックにならないことが重要だな」
既に何度も演奏している曲をやるというのは、その点では間違いがないと西園は言う。
野外の大規模ステージは、他に信吾が経験している。
「ちゃんと前日リハがあるだけマシだな」
信吾の参加した街フェスなどでは、まともなリハーサルもなかったりしたらしい。
「アンコール曲は、これをやるのはどうだろ?」
夏休み終盤ということで、信吾は新曲を提案する。
なるほどこれは、夏の曲ではある。
「打上花火はしないの?」
「いや、あれもいいんだけど、俺らロックバンドで紹介されるし」
千歳としては、慣れた曲の方がいいのだろう。
「幸いこっちも、リズムギターはあんまり使わない」
「ならいいや」
あっさりとアンコール用の曲は決まった。
これで決めるのは、オリジナルから何を選ぶかと、新しいカバー曲をどうするか。
あるいはこれまでにやった曲でもいいことはいい。
「あ、あたしいくつも集めてきたよ~」
一番不安な千歳が、そんなことを言ってくる。
彼女の場合は好きな曲を、自分たちがどう演奏するのか、というところに興味があるらしい。
あまり失敗を恐れないのはいいことだ。
最初に聞かされたのは、美しいアルペジオからギターがギュイーンと始まる曲。
ハスキーボイスの曲であるが、逆にこれは月子が歌えるであろう。
「アニソンか」
ただギターが二本必要であるし、ロック調の曲であることは間違いない。
ギターソロも相当に長い。
「あとはこれとか」
しばし流して、俊が却下する。
「サックス使いすぎだろ」
せめてギターがメインでないと暁が怒る。
ノイズの強みは、バンドでありながら俊のシンセサイザーで、電子音なども鳴らせることだ。
また当然電子ピアノにもなる。
なのでさらに千歳は提案してきた。
「これどう? 最初はピアノとストリングスから入るんだけど」
それは最初だけで、ギターがギャギャーンと鳴らしていく。
そして歌は、最初はおそらく千歳が得意そうなメロディ。
サビで一気に高音域に移動する。
普通に歌えば、声帯にダメージが与えられるだろう。
だがその部分を、月子と分担すればいいのではないか。
「面白い曲だけど、さっきのもこれも全部、20世紀の曲か」
西園でさえ、その頃の曲はほぼリアルタイムではない。
比較的新しい曲ということで、と出してきたのも15年以上も前の曲であったりする。
「しかもこれ3ピースバンドじゃないか」
「そこは俊さんにアレンジしてもらって」
「却下だ却下」
これならさっきの、20世紀の曲の方がいいだろう。
西園は相変わらず、特に意見を出さない。
そんな中で、信吾が提案してきた。
「うちの強みはなんといってもツインボーカルで、それをしっかり活かすものなんだけど」
そして流した曲は、これまた20世紀の曲であった。
「ロックって言うよりソウルに近いんだけど、ギターソロも相当いいし、曲自体のパワーが圧倒的だろ」
「いや、言ってることは分かるけど……」
俊は肝心のボーカル二人を見る。
「この人ら、むっちゃ上手いんですけど」
「歌えるかな~」
珍しくボーカルの二人が、歌えるのかどうかを心配していた。
試したところ、なんとか歌えそうではある。
だがそれを聞かせられるレベルまで達するか、練習の必要があるだろう。
「これってやっぱり名曲なの?」
「名曲だし、この人らの出したシングル、確か二枚ぐらい日本のセールストップランク20位までに入ってたと思う」
俊の父親の世代であれば、かなり意識していたはずである。
「さすがに今はもう、あんまり聞かれてないんだ?」
「いや、知名度が下がった原因は、他にあるんだけどな」
「覚醒剤で逮捕されて、活動自粛の時期があったんだ。まあ確かにもう年齢もあるだろうけど」
なるほど、と若手の女性陣は納得した。
「覚醒剤ぐらい、海外のアーティストなら普通に誰でもやってると思うけど」
「ここは日本だ」
暁の基準は、時々洋楽になってしまうから困る。
「で、どうだ? やってみるか?」
「あたしはいいよ」
ロックとは定義されないのかもしれないが、これはソウルに近い。
そして暁にとって、ロックとソウルはほぼ不可分のものである。
ギターソロもあるし。
あとはオリジナル曲から何をするか、ということである。
新曲は三曲だが、実はさらに二曲完成させてしまっている俊である。
どういうペースだ、と他は呆れるが、まだ改良の余地はありそうだ。
「ロックなら「グレイゴースト」か「二人歩き」になるんだろうな」
「俊さん、なんだかんだ言ってディープパープル使ってくれてるじゃん」
ニコニコと笑う暁であるが、決まったのはもう一つの曲であった。
ボーカル二人がいてこその曲、ということでこれはぜひやるべきだと決まったのだ。
まだ気が早すぎるが、俊はいずれこのバンドも、ソロ活動が多くなるのかな、と思っていたりする。
才能豊かなメンバーが、揃いすぎているのだ。
これを活かせなければ、それは俊の責任となるだろう。
「あ、それと次のライブまで、アルバムが上がってくるから。とりあえず100枚は自前で売るように送られてくる」
「しかし5000枚って、シェヘラザードも張ったもんだなあ」
「その代わりに印税の割合は、インディーズとしては低いものだしな」
メジャーの1%と比べれば、それでも充分に多いが。
物販を売るためのスタッフも、用意しなければいけない。
自分たちでやっていては、おそらく迷惑がかかる。
「100枚売れるかな?」
「チケットの売り上げから見たら、これは売れると思うんだけどな」
信吾の言葉に、俊としても自信のない答えを返すしかない。
ネット公開の音源と、アルバムでは音が全く違う、というところはある。
それにオリジナルの新曲も多いのだ。
ネットで公開しているのはまだ、打ち込みと月子だけで作ったノイジーガールとアレクサンドライト、また以前に俊が作っていた曲のみ。
これまでは完成形は、ライブで聴くしかなかった。
それをやっと、アルバムとして完成形にしたわけである。
さらに完全新曲が三曲。
次があるとしたら、完全にフルオリジナルのアルバムを作りたいものだ。
もっとも節操なく名曲をカバーするノイズは、その点で逆に人気があったりする。
ライブハウスのアンケートの中には、カバーしてほしい曲を書いていたりもするのだ。
別にカバーはいいのだが、ギターも使わないような曲を期待されても困る。
自分たちでやっておいてなんだが、アイドルソングをまたも期待されたりもしている。
「九月以降の予定はどうなってるんだ?」
「とりあえず九月には三つライブの予定が入ってるぞ」
それはいいのだが、どうも跳ねるような感じがしない。
結成から二ヶ月も経過していないのだから、まだ今は地盤固めの時期とも言えるのだが。
何かやりたいな、とは俊も思っている。
だがそれは、さらに俊を忙しくさせることである。
「ワンマンとか……」
今のノイズに、どこまでの集客力があるのか。
そろそろ確認したいが、失敗したらメンタルのダメージが大きそうである。
暁も今日は、割とおとなしかった。
彼女にとっては初めての失敗であろうし、失敗されてもしょうがないと自分の下手さを認められる千歳とも違う。
その点ではずっと注目されていなかった月子が、フロントメンバーの中では一番しぶといのかもしれない。
だがロックにおいては、それと同等かそれ以上に重要なのが、ギターである。
俊としてはピアノやヴァイオリンも一つで完全に成立する楽器だと思うが、ギターを愛する人間を否定するつもりはない。
それに暁は間違いなく、ギターに歌わせているギタリストの一人だ。
これまではなかった、その暁の暴走。
かろうじて最後までロックとして成立していたが、ステージの中ではどう思っていたか。
俊は楽屋の方に向かった。
朝倉も来たがったが、当然ながらそうはいかない。
この手癖の悪い男に、新しい友人になりつつある彼女たちを会わせるのはいけない。
「それじゃあ私は、千歳と信吾君を表で待っているわ」
文乃がそう言ったので、朝倉もそこで足止めだ。
ただ文乃は、朝倉のような男のことが、どうも苦手のように思えたのだが。
他に人もいることだし、そちらは大丈夫だろう、と俊は考える。
そして楽屋に入るところで、当然ながらスタッフに止められる。
「ノイズのサリエリです。カナさんに確認してもらえませんか」
ライブ後には打ち上げをしようと言っていたのが、伝わっていたであろう。
普通に俊は楽屋に通された。
ノックをしてから数秒、返事がないのでそっとドアを開けると、灰になりかけた三人と、派手に落ち込んでいる暁の姿があった。
(やっぱり不本意な演奏だったか)
俊は途中で買ってきた水のペットボトルを三人の前に置く。
「開ける力あります?」
「ごめん、お願い」
そう頼まれたので、俊はキャップも開けて渡した。
対して手渡された暁は、自分で開けて頭からかぶる。
こんな時もレスポールはちゃんと離しておくあたり、暁は相棒を大切にしている。
「頭冷えた……」
ロックな少女である。
そのうちギター破壊でもするのではと、俊は心配である。
もっとも暁は、そのあたりの感性だけは、まともなものであるらしいが。
彼女がジミヘンなどを尊敬できないのは、楽器を大切にしないからだ。
まあ俊としては、あえて楽器を破壊することに、象徴的な意味があるのだと理解はしている。
ただ、理解と共感は全く別のものである。
ライブ感、という点では今日のライブは成功であったかもしれない。
音楽として成立しなくなるぐらいであったが、圧倒的なパワーは感じられた。
これがライブだ、というのを周囲から見たら成功なのかもしれない。
だが演奏した本人たちの反応からは、そうは思えないだろう。
「お疲れ様」
俊と同じように、楽屋に入ってきた女性がいる。
「どうにか終わらせることは出来たけど、アンコールもなかったのね」
真っ直ぐな皮肉を述べる、30歳前後のカジュアルスーツの女性。
「単純にギターを増やすわけではないんだって、言ってたでしょう? その子、すごく上手いけど劇薬よ」
すごく分かる! と内心で頷いてしまった俊である。
この女性がおそらく、クリムゾンローズをメジャーに誘っている事務所だかレーベルだかの人間なのだろう。
実際のところ、事務所とレーベルが一体になっていたり、事務所がレコード会社に所属していたりもするが。
「そちらは、話が長引きそうですね」
「ごめんね俊君」
「いえ、じゃあアキ、帰ろう」
「うん」
しょぼくれた暁を回収し、俊は楽屋を出ようとする。
「ねえ、貴方がノイズのリーダーのサリエリなの?」
声をかけてきたのは、その担当者である。
「そうです」
「うちのレーベルは基本的に女性メインで売っているんだけど、ノイズともまた一度お話したいわ」
そして名刺を出してくる。
俊は受け取って、自分もサリエリの名刺を渡す。
才能というものは、あちこちに落ちてはいる。
だがそれを正しく見抜く目、というのが意外と少ないのだ。
こうやって目をかけてもらっているノイズは、間違いなく可能性は持っている。
しかし俊は、あくまで慎重であった。
「ご縁があればいいですね」
そしてレスポールを背負う暁を連れて、楽屋を出たのであった。
打ち上げの余裕もなく、本日は解散。
ご一緒するつもりだったらしい朝倉は残念がっていたが、そもそもクリムゾンローズがこれから大変だろう。
俊は暁を家まで送ることにする。
なにしろ機材を入れたバッグも重いので。
細腕ながら、意外なほどのパワーを持つ暁。
今日の演奏にしても、そのパワーとスピードを駆使しながらも、ミスらしいミスがなかった。
普段からミスがないので、生演奏ではないのでは、などとも言われたりするが、それならもっと楽に制御出来る。
音の高さであるピッチの違いなどを聴けば、明らかに生演奏だと分かるであろうに。
生演奏のアナログさを、聞き分けることの出来ない人間はいるのだろう。
ライブセンスに関して、ノイズのフロントメンバーは傑出している。
そしてそれを支えるリズム隊も強力なのだ。
暁のパワーとフィーリングに、クリムゾンローズのメンバーは付いていけなかった。
だがそれは暁が、上手く合わせられなかったということでもあるのだ。
「練習は上手くいってたんだけどな……」
「練習とステージじゃ、テンションも違うだろ」
ノイズでの最初のライブの時も、月子と一緒に突っ走っていきそうであった。
暁のギターは、こう言ってはなんだが強すぎる。
西園の重いドラムと、信吾のまとわりつくようなベースがあって、初めて全力が出せるのだ。
そしてボーカル二人の力で、いくらでも彼方へ突っ走っていける。
今のノーズは千歳のギターが未熟なことが、かえっていい働きをしている。
彼女を支えるという点で、フロントの二人が協力しているのだ。
ただ千歳のレベルが上がれば、他のメンバーも上達していくしかない。
しかし他のメンバーはまだ余力がある。
俊を除いて。
俊の場合は他の楽器で出来ない音を出したり、電子音を被せたりというサブ的なものになっている。
もちろんこれが重要な楽曲を作っているわけではあるが。
作詞作曲をしているので、バンドへの貢献度を総合的に見れば、一番大きいのは確かなのだが。
(プロデューサーになりたいわけじゃないしなあ)
ただステージでの演出は、やはり仕切りたいと思っているのだ。
マンションの玄関まで、荷物を持っていった。
今日の初めての失敗らしい失敗で、暁は眠れぬ夜を過ごすのかもしれない。
「明日、フェスで演奏する曲、正式に決めるからな。忘れるなよ」
こういう時は、他にやることがしっかりとしていた方がいい。
失敗の経験だけは、暁よりもはるかに多い俊であった。
翌日、西園も集まってくれて、フェス用の曲を考える。
オリジナル三曲に、カバーを二曲。
そしてアンコール用にカバーを一曲、といったところである。
オリジナルはノイジーガールにアレクサンドライトで、新曲を選ぶ。
カバー二曲のうち、一曲はもう定番となっているタフボーイ。
「野外ステージだし客は多いし、しかもあっちの顔もはっきり見えるから、そこでパニックにならないことが重要だな」
既に何度も演奏している曲をやるというのは、その点では間違いがないと西園は言う。
野外の大規模ステージは、他に信吾が経験している。
「ちゃんと前日リハがあるだけマシだな」
信吾の参加した街フェスなどでは、まともなリハーサルもなかったりしたらしい。
「アンコール曲は、これをやるのはどうだろ?」
夏休み終盤ということで、信吾は新曲を提案する。
なるほどこれは、夏の曲ではある。
「打上花火はしないの?」
「いや、あれもいいんだけど、俺らロックバンドで紹介されるし」
千歳としては、慣れた曲の方がいいのだろう。
「幸いこっちも、リズムギターはあんまり使わない」
「ならいいや」
あっさりとアンコール用の曲は決まった。
これで決めるのは、オリジナルから何を選ぶかと、新しいカバー曲をどうするか。
あるいはこれまでにやった曲でもいいことはいい。
「あ、あたしいくつも集めてきたよ~」
一番不安な千歳が、そんなことを言ってくる。
彼女の場合は好きな曲を、自分たちがどう演奏するのか、というところに興味があるらしい。
あまり失敗を恐れないのはいいことだ。
最初に聞かされたのは、美しいアルペジオからギターがギュイーンと始まる曲。
ハスキーボイスの曲であるが、逆にこれは月子が歌えるであろう。
「アニソンか」
ただギターが二本必要であるし、ロック調の曲であることは間違いない。
ギターソロも相当に長い。
「あとはこれとか」
しばし流して、俊が却下する。
「サックス使いすぎだろ」
せめてギターがメインでないと暁が怒る。
ノイズの強みは、バンドでありながら俊のシンセサイザーで、電子音なども鳴らせることだ。
また当然電子ピアノにもなる。
なのでさらに千歳は提案してきた。
「これどう? 最初はピアノとストリングスから入るんだけど」
それは最初だけで、ギターがギャギャーンと鳴らしていく。
そして歌は、最初はおそらく千歳が得意そうなメロディ。
サビで一気に高音域に移動する。
普通に歌えば、声帯にダメージが与えられるだろう。
だがその部分を、月子と分担すればいいのではないか。
「面白い曲だけど、さっきのもこれも全部、20世紀の曲か」
西園でさえ、その頃の曲はほぼリアルタイムではない。
比較的新しい曲ということで、と出してきたのも15年以上も前の曲であったりする。
「しかもこれ3ピースバンドじゃないか」
「そこは俊さんにアレンジしてもらって」
「却下だ却下」
これならさっきの、20世紀の曲の方がいいだろう。
西園は相変わらず、特に意見を出さない。
そんな中で、信吾が提案してきた。
「うちの強みはなんといってもツインボーカルで、それをしっかり活かすものなんだけど」
そして流した曲は、これまた20世紀の曲であった。
「ロックって言うよりソウルに近いんだけど、ギターソロも相当いいし、曲自体のパワーが圧倒的だろ」
「いや、言ってることは分かるけど……」
俊は肝心のボーカル二人を見る。
「この人ら、むっちゃ上手いんですけど」
「歌えるかな~」
珍しくボーカルの二人が、歌えるのかどうかを心配していた。
試したところ、なんとか歌えそうではある。
だがそれを聞かせられるレベルまで達するか、練習の必要があるだろう。
「これってやっぱり名曲なの?」
「名曲だし、この人らの出したシングル、確か二枚ぐらい日本のセールストップランク20位までに入ってたと思う」
俊の父親の世代であれば、かなり意識していたはずである。
「さすがに今はもう、あんまり聞かれてないんだ?」
「いや、知名度が下がった原因は、他にあるんだけどな」
「覚醒剤で逮捕されて、活動自粛の時期があったんだ。まあ確かにもう年齢もあるだろうけど」
なるほど、と若手の女性陣は納得した。
「覚醒剤ぐらい、海外のアーティストなら普通に誰でもやってると思うけど」
「ここは日本だ」
暁の基準は、時々洋楽になってしまうから困る。
「で、どうだ? やってみるか?」
「あたしはいいよ」
ロックとは定義されないのかもしれないが、これはソウルに近い。
そして暁にとって、ロックとソウルはほぼ不可分のものである。
ギターソロもあるし。
あとはオリジナル曲から何をするか、ということである。
新曲は三曲だが、実はさらに二曲完成させてしまっている俊である。
どういうペースだ、と他は呆れるが、まだ改良の余地はありそうだ。
「ロックなら「グレイゴースト」か「二人歩き」になるんだろうな」
「俊さん、なんだかんだ言ってディープパープル使ってくれてるじゃん」
ニコニコと笑う暁であるが、決まったのはもう一つの曲であった。
ボーカル二人がいてこその曲、ということでこれはぜひやるべきだと決まったのだ。
まだ気が早すぎるが、俊はいずれこのバンドも、ソロ活動が多くなるのかな、と思っていたりする。
才能豊かなメンバーが、揃いすぎているのだ。
これを活かせなければ、それは俊の責任となるだろう。
「あ、それと次のライブまで、アルバムが上がってくるから。とりあえず100枚は自前で売るように送られてくる」
「しかし5000枚って、シェヘラザードも張ったもんだなあ」
「その代わりに印税の割合は、インディーズとしては低いものだしな」
メジャーの1%と比べれば、それでも充分に多いが。
物販を売るためのスタッフも、用意しなければいけない。
自分たちでやっていては、おそらく迷惑がかかる。
「100枚売れるかな?」
「チケットの売り上げから見たら、これは売れると思うんだけどな」
信吾の言葉に、俊としても自信のない答えを返すしかない。
ネット公開の音源と、アルバムでは音が全く違う、というところはある。
それにオリジナルの新曲も多いのだ。
ネットで公開しているのはまだ、打ち込みと月子だけで作ったノイジーガールとアレクサンドライト、また以前に俊が作っていた曲のみ。
これまでは完成形は、ライブで聴くしかなかった。
それをやっと、アルバムとして完成形にしたわけである。
さらに完全新曲が三曲。
次があるとしたら、完全にフルオリジナルのアルバムを作りたいものだ。
もっとも節操なく名曲をカバーするノイズは、その点で逆に人気があったりする。
ライブハウスのアンケートの中には、カバーしてほしい曲を書いていたりもするのだ。
別にカバーはいいのだが、ギターも使わないような曲を期待されても困る。
自分たちでやっておいてなんだが、アイドルソングをまたも期待されたりもしている。
「九月以降の予定はどうなってるんだ?」
「とりあえず九月には三つライブの予定が入ってるぞ」
それはいいのだが、どうも跳ねるような感じがしない。
結成から二ヶ月も経過していないのだから、まだ今は地盤固めの時期とも言えるのだが。
何かやりたいな、とは俊も思っている。
だがそれは、さらに俊を忙しくさせることである。
「ワンマンとか……」
今のノイズに、どこまでの集客力があるのか。
そろそろ確認したいが、失敗したらメンタルのダメージが大きそうである。
暁も今日は、割とおとなしかった。
彼女にとっては初めての失敗であろうし、失敗されてもしょうがないと自分の下手さを認められる千歳とも違う。
その点ではずっと注目されていなかった月子が、フロントメンバーの中では一番しぶといのかもしれない。
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