ノイジーガール ~ちょっとそこの地下アイドルさん適性間違っていませんか?~

草野猫彦

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五章 フェスティバル

68 前夜

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 どうやら知っているバンドがいて、信吾が挨拶回りをしている。
 ついでに俊が付いていくのは、いざという時のサポートメンバーも探すため。
 特にドラムである。
 月子が完全に加入するといっても、西園はプロのミュージシャンだ。
 フリーになったとしても、すぐに仕事をノイズメインにするわけにもいかない。
 なのである程度腕のあるドラムがほしい。
 リズム隊は信吾がいるだけまだマシだが、俊のドラムではちょっと付いていけないと思う。

 小さなステージでやるバンドなどは、宿泊は自分で手続きをしてくれ、などという扱いであったりもするらしい。
 この時期にバンで寝るというのは、かなり苦しいだろう。
 本当にホテルで、男女二部屋だけとはいえ、眠れるノイズはラッキーなのだ。
「大阪とかから来てるバンドもいるんだな」
「まあ若手の登竜門的なところはあるし、呼ばれれば関東圏には来るだろうさ。俺らは関東、特に東京にいるってだけで、かなり恵まれてるんだ」
 そのあたり、なんだかんだ俊は、おぼっちゃんなのである。

 そう言う信吾も一応は仙台という、100万都市出身ではある。
 地元ではやはりダメだと思って、東京に出て来たわけだが。
(恵まれているのと、満足するのとでは全く違うな)
 俊は一般的な家庭より、はるかに裕福な生活をしてきた。
 高い教育を受けて、今のスキルの多くはその中から得たものだ。
 アルバイトはしているが、基本的にはしなくても生活に問題はない。
 必要な情報を実感するためのものだ。

 必死で学生が働いている時間を、そのままインプットに使える、
 教育のために時間と金銭を使えるという点で、金持ちが有利なのは間違いない。
 そういった贅沢な環境から外れてみるため、初めてみたということもある。
 ただCDショップなどはしょせん、趣味の延長でやっていることだ。
 居酒屋などの飲食で働いている人間は、ずっと大変だろうと思う。
 作曲などでうんうんとうなっている自分もそうかもしれないが、それは望んでやっていることだから仕方がない。



 信吾が連れて行った中には、以前にツアーをした時に対バンした、名古屋のグループもあった。
 セクシャルマシンガンズという、元ネタがはっきりと分かりすぎるバンドである。
「ギターが変わったんだよな。元はけっこう下手だったんだけど」
 まだ宵闇の中、外を動き回っている男どもはかなりいる。
 ただ血の気の多い、倫理観に欠ける人間もいるのがミュージシャンだ。
 特に女性関係はひどいやつが多いので、ノイズの女性陣はもうホテルに入っている。

 思えば月子以外は、まだ未成年なのである。
 暁の方は俊が信頼されているものの、千歳の場合はよく許可が出たものだ。
 時間的に一度東京に戻って、また明日来るという強行軍も出来なくはなかったのだが。
 おそらく千歳に対して、保護者である文乃は、かなり考えて接している。
 親ではなく、親をやるつもりもない。
 だが当たり前の大人として、子供に接する。
 もっとも高校生というのは、単純に子供な訳ではない。

 大学生になると一気に大人扱いされるが、高校時代の狭い世界というのは、逆に自由であったようにも思う。
 俊でさえそう思うのだから、文乃もそう考えているのかもしれない。
(大切にするだけが愛情じゃないよな)
 その俊の思考は、実体験ではなく理屈としてのインプットである。

「う~す、元気?」
 集まっているマシンガンズのメンバーに、信吾が声をかける。
「お~、信吾じゃん」
「クビになったんだって?」
「ちげーよ。俺の方から抜けたんだって」
「やっぱベース持たないとダメなんだよな」
 そうやってやりとりをしているが、やはり地方都市であると名古屋レベルでも、活躍は難しいのかな、と思う。

「そんでこいつが新しいギターの涼。まだ高校二年生なんだぜ。ほれ涼、挨拶して」
「あ、こっちがうちのリーダーのサリエリ。痛い名前だけどボカロP出身だから許してやって」
 ひどい紹介のされかたをしているが、俊はそれに文句もつけない。
 視線はメンバーの影から現れた、少年に注がれている。
「涼か……」
「俊じゃねえか」
 顔を合わせた瞬間、お互いに苦いものが表情に表れる。
「なんだ、知り合いか?」
「まあ、ちょっとな」
 俊としては、二度と会いたくもなかった存在である。 
 だが、名古屋にいたのか。そしてギターをやっていたのか。

 俊としてはそもそも、存在自体を忘れようとしていた。
 ちょっと前までは、東京にいたはずだが、どういう巡り会わせをしたものなのか。
「通りでお前の曲、似たようなのが多いわけだ」
 このまま別れればいいと俊は思ったのだが、涼の方には言いたいことがあったらしい。
 いや、お互いの因縁を考えれば、それも当たり前のことか。
「少し、二人で話すか。ちょっと借りていきます」
 言いたいことは色々とあるのだろうが、涼は同意したようだ。
 そこからわずかに歩いていく。



 海岸部のこのあたりは、夜になると風が吹いてわずかに涼しい。
 なのでテントを使ったりと、無茶な参加の仕方をしているバンドもいる。
 またオーディエンスの中にも、そういった人間はいるだろう。
 既に前日の今日から、イベントの主催者は警備の人員を入れている。
「通りであの曲のタイプ、似たようなものばっかりになってたわけだ」
 誘ったのは俊であったが、先に口を開いたのは涼であった。

 悪意に満ちた台詞であったが、事実は事実として認める俊である。
「ノイジーガール以降は違うだろ」
「……強力なボーカルを手に入れてユニット組んで一発逆転か。とことん運だけで生きてるな」
「運か……。確かにそれはある」
 そもそも月子が、何のプランもなく京都から出て来た時点で、運命が転がっている。
 そう、運と言うよりは運命だ。
 それでも涼の言葉を否定するつもりはない。

 かつての自分とは、心情も状況も違う。
 それに彼とは、共闘出来るはずなのだ。
「ギターは上手くなったのか?」
「あんたのヘボギターに比べれば、たいがいは上手いだろ」
 否定できない。
 そもそも俊は、キーボードをメインにプレイしていたのだ。

 しかし元々険悪な関係になりやすい二人であったが、以前に会った時はこんな感じであったろうか。
 いや、そもそも自分は恵まれていたのだ。
「あの人は、元気なのか?」
「お袋のことなら、あの後に死んだよ」
「……そうか」
 なるほど、だから東京にはいないのか。
「今は、どうしてるんだ?」
「随分とのん気に聞いてくるな」
「聞きたいことは、本当はあるんだけどな。
 そう、涼ならばもう少しは、詳しいことを知っているはずなのだ。
「父さんは、本当に事故で死んだのか?」
 沈黙が訪れる。

 二人の間に、確実に存在する話題。
 そう、同じ父を持つ兄弟だからこそ、この話が出来る。
 他にも関連している者はいる。岡町なども気にはしている。
 だが遠慮なくこの話が出来るのは、間違いなく二人だけだ。
 だからこそこの異母弟を、俊は嫌いになれきれない。
 涼は大きく息を吐き、己の中の感情を整理する。
 まだ高校生なのだ。俊はそれを考えている。



 英雄色を好むという言葉ではないが、社会的に成功した人間は、下半身がゆるくなる傾向にある。
 俊の父である東条高志は、結婚している間も涼の母と関係していた。
 不貞の証拠を集めたが、それを公開しないことを条件に、俊の母は離婚を成立させた。
 慰謝料代わりに多くの財産を譲渡させて。

 あの段階ではそれでも、父に余裕はあったのだ。
 いくらでも稼げる、と思っていた父が、どんどんと失墜していった。
 そして死んだときにはもう逆に、借金しか残っていなかった。
 涼とその母は、相続放棄をした。
 後に金を無心しに来た涼の姿を、俊は憶えている。
 母親の病気治療に金がかかるということで、あの時は俊の母が金を貸したはずだ。
 返してはいないはずだ。元々あの時も、やったつもりでいなさいと母は言っていた。

 父の死には謎が多い。
 事故か、自殺か、他殺か。
 借金はあったが、父のプロデュース能力をもってすれば、またすぐに稼げるだろうと思っていた。
 今思うと、本当に金があった時に別れた、母は賢かったのだと分かるが。
「自殺ではないはずだよな」
「そりゃそうだ」
 時代のムーブメントは変わっていたが、プロデュース能力というのはある程度、経験が重要なものとなる。
 あの天才も日本を去っていたので、もう一発当てようと思ってもおかしくはない。

 一時期は薬物に溺れていたとも聞いた。
 だが音楽業界では、はっきり言って珍しくない。
 スキャンダルではあったが、そこから復活する流れではあったのだ。
 それがあんな、自殺とも事故とも取れるような死に方。
「事故……だったんだろうな。あの時期に親父を殺しても、別に得する人間はいなかっただろ」
「ただ、あのタイミングで死亡したことで、多くの楽曲の著作権がフリーになった」
 そう、そうなのだ。
 借金も多く抱えていたので、著作権を含めて丸ごと、俊たちは遺産を放棄している。
 そしてレコード会社は、著作権フリーになったそれを利用して、かなりの儲けを出すこととなった。

 今から思えば、著作権などは相続していた方が、長期的には得であった。
 しかし目の前の借金を、どうにかする必要があった。
 あの時点であれば、俊の母のみが借金ごと相続を出来る財産があった。
 だが彼女には、自分自身が歌った楽曲にさえ、もう執着はなかったのだ。
 元はと言えば、声楽の世界に進みたかった母。
 その才能に目をつけて、自分のものにしてしまったのが父。
 母は俊のことは愛して、少なくとも育ててくれたが、父とは協力者の関係でしかなかったと思う。
 そして他にも異腹の兄弟はいるが、果たして全員を認知していたものか、それも分かったものではない。
 少なくとも俊が知っているのは、涼以外には一人だけだ。



 おそらく思っていたのとは違う方向に、話が展開している。
 なので涼の反応も、落ち着いたものとなってきた。
「この業界に入ったのは、その謎を解くためか?」
「まだ業界に入ったとも言えないけどな」
 ただ、俊はそこまで父の死に固執していない。
 だが同じ景色を見たいとは思っている。

 涼は俊と違い、父の息子として父の死を経験した。
 だから謎を追いたいなら、それはむしろ彼の方だと思う。
「音楽業界は競い合いだけど、同時に助け合いの世界でもあるからな。どこかで対決することになるかもしれないけど」
「親父を殺したやつとか?」
「殺したとは限らないし、そもそもまだ生きているのかも分からないけどな」
 俊としても、過去に囚われていてはいけない。
 音楽は過去から蘇ってくることもあるが、基本的には未来にしか存在しないものだ。

 俊は成功したい。
 だが単純に、売れたいとだけ思っているわけでもないのだ。
 父の全盛期には、音楽は本当にポップカルチャーの最先端であった。
「音楽の時代を取り戻したい。音楽を通して届けたい。基本的に俺はそう思ってる」
「……俺が親父の仇討ちをするなら、止めるか?」
「いや、むしろそんな気持ちがあるなら応援する」
 協力者になってくれそうな人間とも、俊はつながっているのだ。

 音楽の世界で生きていく。
 そうすればいずれ、対決することになるのかもしれない。
 その時には、さすがに戦うしかなくなるだろう。



 ホテルに戻ると、部屋に集まって千歳が最後の確認をしていた。
「本当にこの曲、あたしがメインで歌うの?」
 今さら何を言っているのか。
「歌じゃなくて声での表現だからな。絶対値は月子の方が上だけど、表現の多彩さは千歳の方が上だろ」
 正直なところ、これまでに歌った曲の中では、一番難易度が高い。
 歌ではなく、声で魅せるからだ。

 もっともそれは、月子も同じことが言える。
 二人でパートを分けて、歌っていくのだから。
 月子の方は、また違う懸念があるらしい。
 これまでのゴージャス路線から、衣装がややセクシー路線になっている。
 暑さ対策だから仕方がないのだが。

 ここからノイズの活動は、メインストリームに乗っていくのかもしれない。
 もっとも俊は、展開が早すぎると思っているが。
 涼の言っていたことは分かる。
 父は音楽業界に、敵も味方も多くいた。
 父の仇以外にも、俊に敵意を向けてくる人間はいるだろう。

 それに対抗するためには、力をつけることだ。
 この場合の力というのは、影響力である。
 また自分一人で戦うのは、絶対に不可能である。
 ネットで覇権を握り、それから展開していく、という計画は修正されている。
 だが今もどんどん曲を作っては、発表はしているのだ。
 そのスピードと量が多いため、劣化和風プリンスなどとも呼ばれるわけだが。
「歌じゃなくて声で魅せるかあ」
 練習している千歳だが、確かに彼女の声には、月子とはまた違った、人を魅了する力があるのだ。
(でもちゃんと、声楽のレッスンもしないといけないかな)
 これが終われば、一度母に連絡をしようと思っている俊であった。
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