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五章 フェスティバル

71 夏のYAH!

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 バラードと言うよりは、切なさを伴うPOPSと言った方がいいだろうか。
 この「二人歩き」という曲はまだ配信公開もしていない。
 聞いているのはアルバムを買った人間だけである。
 もっとも今の時代、一枚のCDからコピーされた音楽が、どんどんと拡散していくものだ。
 ただこの拡散が、一時期よりは少なくなっている、というデータもあったりする。
 これは有料での配信がメインになって、海賊版を減らすことになっている、という分析もある。
 国によってそのあたりの権利意識は全く違うらしいが。

 恋愛感情とかではなく、少女同士の友情を描いたものである。
 どことなく同性愛っぽい雰囲気も漂わせているが、それよりはもっと薄く百合、と言った方がいいだろうか。
 女性陣から特に反対意見も出なかったので、問題はないだろう。
 そもそも千歳は精神が健康であるし、月子は逆に異常すぎ、暁も友人関係が薄い。
 ペイジやクラプトンをコピーして楽しむような少女であるのだ。
 音楽がないと苦しい俊より、さらにひどい音楽中毒。
 彼女はおそらく、ギターが弾けなくなるぐらい指が動かなくなれば、そこでもう死んでしまうだろう。

 率直に言ってしまえば、俊も相手の心情をあまり慮る人間ではない。
 これは理解出来ないのではなく、理解しても尊重する場合と尊重しない場合がある。
 だがギターの演奏に、全てを振っている暁よりは、まだバランスがいい。
 実際のところ暁はロックな人間であるが、基本的には人畜無害だ。
 他人の悪意にもほどよく鈍感で、ただギターでの表現だけにこだわる。
 多少はコーラスを入れたこともあるが、ツインボーカルに近い体制になった今では、その役割も少ない。
 もっともアンコールの曲をやるなら、俊以外は歌う必要があるのだが。

 二人歩きはギターによって抑揚をつけられながら、滑舌よく訴えかけるタイプの歌だ。
 ノリをよくするというものではなく、イメージやフィーリングを届ける。
 初めての曲であるが、二人の歌唱力によって、それは成功しているらしい。
 ボーカルは次が大変なので、お互いに少し落ち着くべきだろう。
 歌詞の解釈が少し難しいので、月子には色々言葉で説明したものだ。

 同じく両親を失った、月子と千歳。
 ふらふらと人生を歩いていく、その悲哀が歌詞にはある。
 ただ少しだけ、触れ合うよりは少し遠く、同じ道を歩いている二人。
 お互いを確認しては、同じ方向に進むことを安心する。
 あるいは歌い分けて、あるいはコーラスし、あるいはハーモニーを奏でる。

 月子の声は基本的には、硬質な透明感があり、ハイトーンである。
 だがそこに、パワーが感じられないわけではない。
 千歳の声はそれよりは低いが、少年のような少女のような、甘くも粘つくようにも聞こえる、感情の乗ったものだ。
 そう、圧倒する月子に比べると、千歳は歌唱力自体は劣るが、表現力の幅が広い。
 それもある分野においては、月子が完全に圧倒するのだが。

 タイプの違うボーカルが、共に情熱を込めて、しかしどこか解釈の難しい歌を歌う。
 アレクサンドライトも表現力が必要であったが、あれは月子のボーカルの強力さをそのまま活かしたものだ。
 ノイジーガールの方が、一般受けするのは分かっていた。
 ただアレクサンドライトも、それなりにPV数は回っているのだ。
 一定の声を持っている人間にとっては、むしろ歌いやすいのかもしれない。



 オーディエンスに不思議な余韻を残して、四曲目が終わった。
 五曲目はカバーであるが、果たして何を歌うのか。
 ここまでアニソンカバーの多いノイズであるが、バラードの名曲、洋楽、アイドルソングも歌っている。
 何を歌うのか、事前には発表されていない。
 だからこそここで、期待を裏切ってはいけない。
 暁はTシャツを抜いで、機材に引っ掛ける。本気の本気モードである。

 正直なところここまで、二人は歌うのが難しいと感じたことはない。
 超名曲と呼ばれるものも歌ってきたが、表現力はともかくとして、どの曲も歌えなくはなかったのだ。
 洋楽を歌った時は、さすがに知名度に頼った気もするが。
 だがこの歌は、壮絶な歌唱力というか、声の力を必要とする。
 原曲の声が強力すぎるのだ。

 千歳はここでマイクのポジションを微調整する。
 ツインボーカルが必要な、代表的な楽曲。
『じゃあ、アンコールがつかなかったら、次でラストです』
 アンコールをかけろよ、という意図がある。 
 時間的にはそれも含めて、構成は作ってあるのだ。

 曲の名前を言う前に、まずドラムから始まった。
 重低音の、ひたすら同じ音を繰り返す。
 それにベースがボンボンと、ギターがギュンギュンと音を立てていく。
 背中から押されて、千歳が叫んだ。
『YAH-YA!』
 月子がそれに続く。
『YAH-YA!』
 そして二人の声が繰り返されるが、千歳はここではギターを鳴らさず、指を遠くへ指し示す。
『YAH-YA!』『YAH-YA!』
『YAH-YA!』『YAH-YA!』
『YAH-YA!』『YAH-YA!』

 歌ではなく声だけ、叫びだけ、そうも思えるアレンジ。
 知っている人間は、あまり多くないのではないか。
 特にこのフェスに参加しているのは、せいぜい20代までが一番多いはずだ。
 ただ意外と年配もいたりする。

『OH! OH! OH! OH~!』
 粘るような声には、ひたすら力が乗っている。
 最初に千歳を歌わせるのは、彼女の声に色っぽい粘りが出るからだ。
 本人は初恋もまだのお子様であるが、これはもっと根源的な力を必要としているのだ。
『僕はこの! 瞳で! 嘘をつく!』
 ギャギャギャーンとギターがかき鳴らされる。

 本来はここがイントロの部分。
 管楽器も使うのだが、それは俊に任されたパートである。
 暁のギターを邪魔しないように、抑え目に弾くかと思っていたが、そもそも暁のギターが強力すぎる。
『トゥルントッテラ!』
 これは歌ではなく叫びで、なんの意味があるのかは分からない。
『OH! YAH!』
 歌詞のあるパートからは、まず月子がメインで歌っていく。
 そこにコーラスを入れたり、あるいは完全にハーモニーとなったり。
 声質的には、やや千歳に向いた曲である。

『僕はこの瞳で嘘をつく~~~~~~~~!!!』

 普段よりも、千歳の声に伸びがある。
 ステージの持つエネルギーが、ライブハウスのもの以上に、そのパフォーマンスを発揮させているのだ。
 そして月子に出番を渡す。
 まるでジャズのセッションで、ソロを渡していくように。
 ただ千歳も、そのままコーラスとして厚みを加えていくのだ。

 ダイブがあってもおかしくはないな、という熱狂が伝わってくる。
 冷静に音を準備している俊でさえ、ツインボーカルの熱唱に圧倒されかけている。
 原曲を知らないオーディエンスもいるだろうが、90年代最強の一角の楽曲だ。
 特にライブ用にアレンジされたものを、俊はさらにアレンジしている。
 月子などはその声がどこまでいっても小さくならないような、響いていく歌声を轟かせた。
 女性でありながら、圧倒的にパワフル。
 それは北国の民謡で鍛えられた、彼女の絶対的な武器だ。

 最後にまたギターソロがあって、ドラムが激しく叩かれて、そして曲は終わる。
 月子が両手を上げて、千歳は両手でガッツポーズ。
 初めて大勢の前でカバー曲をやって、それが受け入れられる。
 ノイズというバンドは、解釈と表現、そして伝達力に優れているのだ。



 一応は最低限の五曲は終わった。
 千歳はさすがにへろへろになったのか、残った水を頭からかぶっていた。
 暁も脱いだTシャツで、汗を拭っている。
 月子も疲れているし、なんなら俊も疲れている。
 さすがに信吾と西園は、場数が多いのか男女の違いか、まだ余力を残している。
(これじゃあワンマンやるにも大変だな)
 さて、オーディエンスの反応はどうか。

 拍手が続いているが、同時に腕を振り上げて叫んでいる者もいる。
 ONE MORE あるいは単純にMORE
 アンコールを求めている。
「打上花火やって~!」
 まあアンコールといえば、ハコではあれであったが。
 この夏のフェスには、確かにあれも相応しいものだ。

 しかし、この夏休みもあと少しというこの時期に、女性ボーカルで歌うなら、もっといいものがある。
 状態によっては信吾も歌う可能性があったが、どうにか女性陣の体力は残っていそうだ。
『あ~、一曲行きます。けど打上花火ではなくて』
 え~、という失望の声が上がる。
 確かに月子と千歳のボーカルは、女性同士なのにどこか男女を思わせるところがある。
 千歳の持つ少年っぽさに、月子の響く女性ボーカル。
 悪くはないのだが、また千歳が持ってきた曲だ。

 元は2001年のリリースというのだから、歌詞にも時代を感じさせる。
 だがその後に、冗談のようにたくさんの歌手に、カバーされているのだ。
 アニソンではなかったが、10年以上も後に、アニメの主題歌として使われることとなった。
 聞いただけで泣けるアニソン部門では、必ず上位に入っている。
『十年後の八月にも、また会えるように。secret base~君がくれたもの~』
 この曲は、シンセサイザーで始めるのだ。

 月子の歌が、そのまま伝わっていく。
 大切な人を亡くした人間が、歌詞に伝えられる感情。
 楽器演奏は激しいものではなく、歌詞に込められた想いをそのまま感じさせる。
 月子と千歳をメインに、時折暁もコーラスを合わせる。
 もっとも一番強力なのは、やはり月子と千歳がコーラスする部分だ。

 全体的には静かな曲調なのだが、バラードというのとは少し違うだろう。
 フォークに分類してもいいのだろうが、込められた魂はロックである。
 熱狂していたオーディエンスが、一転して沈黙して陶酔するように聞いている。
 ああ、夏が終わるのだ。

 技術的には、それほど難しいことをしているわけではない。
 だからこそ実力がストレートに伝わり、誤魔化しがきかない。
 やはりこれはブルースなのであろう。
 ロックをこう歌えば、ブルースになるのだ。
 そんな区分け自体が無粋であることは承知の上。



 曲が終わる。
 珍しくもイントロと終焉まで、俊が音を鳴らす楽曲。
 静かな拍手が鳴るが、それが終わらない。
 ただ、この歌で終わらせてしまった。
 夏が終わっていくのだ。

 楽屋代わりのテントに、引き上げてくる六人。
 最後の曲で出し切ったが、それでもまだ心残りがある。
「明後日もこれ歌うんだよね~」
 そう、月子のアイドルフェスでは、これを最後に歌う予定である。
 その意味が分かっている俊としては、なんとも切なく心苦しい。

 間もなく夏休みが終わる高校生二人には、本当にマッチした曲であった。
 俊としてはこれから、とんでもなく面倒なことが待っているのだが。
 UFOの夏が終わって秋になる前に、残暑の中で物語りは続くだろう。
「少し休憩したら、他のステージも見に行くか」
 信吾の言葉に月子は頷いているが、暁と千歳はほとんど死んでいる。

 若い二人ではあるが、毎日新聞配達で鍛えている月子は、さらにダンスレッスンもしているのだ。
「一泊して明日も見たいな」
 暁は寝転がりながらもそう言うが、明後日には月子のフェスがあるのだ。
 その後のことを考えると、俊としても頭が痛い。

「お疲れ様~。地方ペーパーの取材なんか来てるんですけど、どうしますか?」
「もちろん会います」
 スタッフに案内されて、取材がやってくる。
 それは地方ペーパーだけではなく、全国的な雑誌の記者までやってきていた。
 どうやら専門家の目から見ても、このステージは成功であったらしい。
 夜にはもう、東京に帰らないといけない。
 一仕事終えたら、また仕事が待っているのである。



×××

 解説
 『僕はこの瞳で嘘をつく』
 個人的に邦楽史上最強デュオであると思われるCHAGE and ASKAの代表曲の一つ。
 オリコン一位。今では信じられないが80万枚以上売れている。
 ただこのデュオは他に200万枚以上売れているシングルもあり、100万枚以上売れているシングルもあるので、やや目立たない。
 本当は「YAH YAH YAH」の方が盛り上がるのかもしれないが、ギターパートの多さを含めてこちらを選択。
 なおCDのマスター版ではなく、ライブで歌われたアレンジ版を参考としてさらにアレンジしている。
 94年のアジアツアーの動画が転がっているが、マジでとんでもない歌唱力である。
 明確な歌詞ではなく、声を聞かせるパートが多いので、著作権に触れずに書きやすいのがありがたかった。

 『secret base~君がくれたもの~』
 元は2001年に発売されたZONEのシングル。
 ただ前述のように、笑えるほど多くのアーティストにカバーされている。
 発表より10年以上の後アニメ『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』のED曲として使われた。
 元のZONEのシングルは惜しくもオリコンでは二位が最高であるが、累計では100万枚以上売れている。
 アニメ版のカバーもオリコン10位に入っていて、曲のポテンシャルの高さを思わせる。
 いい年のおっさんが泣けてしまう名曲である。
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