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七章 インディーズ

102 孤独の日

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 有名になれば友人が増える、とはよく言われるものだ。
 ちなみに金持ちになれば親戚が増えるらしい。
 俊は年末を忙しく過ごしたが、他のメンバーは実家に帰る者が多い。
 月子はもう実家ではないが、京都の叔母のところへと。
 暁は同じ都内ではあるが、父親の出身地である立川へ。
 両親が離婚した時は、父が家を空ける場合、祖母の世話になっていたことが多いらしい。
 信吾は久しぶりに仙台へと戻り、栄二はさほど遠くもないが埼玉へ。
 千歳も叔母と一緒に、都内ではあるが郊外の方へと帰っていった。

 本当は俊も父親が東京出身とは言え、今の住所の前に住んでいた出生地はある。
 だが両親の離婚で母親に親権が渡ったため、父方の親戚とは縁が遠くなった。
 また母も世界中を巡っているし、そちらの祖父母はニュージーランドにいるという状況である。
 佳代も静岡に帰っているので、この広い家に一人である。
「寂しくなんかないぞ」
 ただ一人きりであると随分、家が寒々しいとは思う。

 もっとも実際のところ、確かにやらなければいけないことはある。
 他のメンバーとも話さなければいけないことだが、いよいよインディーズレーベルとその事務所と契約するのか。
 今のところ話は、四件来ている。
 芸能事務所がマネジメントをして、CDの製造から宣伝、流通までをシェヘラザードに任せるという手もある。
 だがそうなると、事務所取分が多くなりすぎる。

 あと一つ、早急にやらなければいけないことがある。
 それはマスターレコーディングしたフルバージョンのノイジーガールを、ネット配信に乗せることだ。
 ただこれを、単純にアルバムから切り取って公開するだけでいいのか。
 バンドにとって最初の曲というのは、その後の方針までも縛ってしまうものであったりする。
 実際にノイジーガールは、ほとんどのライブで演奏しているし、おそらくは一番人気の高いオリジナルだ。
 これを超える曲を作れていないことは、地味に問題である。

 ノイズを象徴としている楽曲。
 これをまた少しアレンジして、リマスターすべきか。
 しないとしても、これでMVを作りたい。
 ミュージック・ビデオ。映像を作る才能が必要となる。
 俊としてはボカロP時代に、一枚絵を使って楽曲を配信したことはある。 
 だが動画を作ったことはない。
 一応簡単なものなら、ソフトを使って絵を動かすぐらいは出来るのだが。

 しかしノイジーガールを流すなら、やはり実写でないといけないだろう。
 それこそインディーズレーベルと契約すれば、そういった伝手も使ってくれるだろう。
 一人で作るには、絶対的にスタッフが足りない。
 また場所をどうするのか、という問題もあったりする。
 ただ、アイデアはあるのだ。

 撮影場所はスタジオを基本に、あとはスマートフォンのカメラ機能を使っていってもいい。
 だがここはちゃんとしたカメラも使う必要があるのではないか。
(どこまで妥協を許すか、という問題でもあるしな)
 大学には映像を専門に教えている学科もあり、俊はいくつかそれに関係した講義を受けている。
 品質を別とすれば、俊には作れるだろう。
(映像科のやつに頼んで作ってもらうか?)
 これもまた、メンバーとの話し合いが必要になる。
 そもそも金をどうやって用意するかという問題がある。
 派手なものを作るのであれば、それだけかかる金額も大きくなる。



 順番としてはやはり、レーベルとの契約が一番になるか。
 事務所と一体化している、小回りの利くレーベルであることが望ましい。
 また企画はともかく、マネジメントもある程度はやってほしい。
 今のままでは作曲と作詞をする俊に、かなりのマネジメントの時間がかかってしまっている。
 だが下手なところを選ぶと、全く儲けられない。

 高校生が二人いるというのも、売るための障害になる可能性もある。
 逆に若さを前面に出すことも出来るが、これは考え方次第になるだろう。
(MV作るのも、スタジオとか機材とかスタッフとか、どうやってもメンバーだけじゃ手が回らないよな)
 頭の中に、ある程度のアイデアはあるのだが。
(楽屋の映像と、あとは河川敷に、スタジオとライブ映像も必要か)
 そう思うと去年のワンマンか、フェスの映像は撮影しておけばよかった。
(いや、少しは残ってるのか?)
 そのあたりはイベント会社に確認してみるべきだろう。

 俊が今、一人で出来ること。
 それは新曲の作詞作曲と、MVのアイデアをコンテにすることである。
(基本的には、演奏しているシーンの撮れ高を稼ぐ必要があるな)
 あとは撮影する場所に、許可がいるかどうかも確認しないといけない。
(楽しくなってきたぞ)
 演奏時間だけではなく、その前に数秒の溜めが必要になるだろう。
 やはり大学の伝手で、ある程度の人数は必要となる。
 そこにはある程度、金を払う必要もあるだろう。

 ライブなどのバンド活動はともかく、このMV作成にはどれだけの時間や労力が必要なのか。
 実際に映像を作っている学生にも聞いてみるべきだ。
 少し調べてみたところ、MVの作成費は青天井である。
 たとえば俊も作った、ボカロのMVは一枚絵とその色調の変化だけを頼んだものである。
 これがおおよそ五万円であるが、ちょっとまともに機材とスタッフを使うとなると、200万ぐらいかかってもおかしくないらしい。
 日本で一番高くついたMVは二億を超えているのだが、海外だと10億超えというものもある。

 機材の伝手も、スタッフの伝手も、一応は存在する。
 しかしさすがに、これをタダでやってくれなどとは言わない。
 一応編集に関しては、俊自身でも出来なくないとは思う。
 だが本職がやれば、どういうものを作ってくれるのか、という期待はある。
 そもそもの問題として、本職にやってもらうには、金がかかりすぎるという根本的な問題もあるが。

 一応は俊は、脚本の書き方なども調べて、まずは文章だけで情景を考えていく。
 その中では当然、演奏シーンを入れていくべきである。
 これはノイズのMVであるのだから。
(マドンナのMVがこんな感じなのか)
 MVとPVの違いなどというものもあったが、ならばアニメの場合はそのアニメの宣伝なので、PV的な側面も含むのか。

 打上花火やアイドルなどの、異次元のPV数を見ていく。
 ボカロ曲にも一億を軽く超えているグッバイ宣言などがあるし、カバーしていて数千万というPVの歌ってみたもあったりする。
 既に知っていたがフォニイなどは元のMVと歌ってみたを合わせれば、これも一億を突破している。
 そして改めて確認すると、グッバイ宣言は基本となる一枚のイラストを、加工して使っているだけ。
 フォニイなども仮面、素顔の他に細かい部分を除けば四枚のイラスト。
(けれどグッバイ宣言のあのイラストは、ボカロ関連の人間なら誰でも知っているよな)
 フォニイにしてもあの仮面と手の位置は象徴的だ。



 画面の加工に関しては、PCのソフトを使えばおそらく作れるのだろう。
 さすがに最初は、誰かに教えを乞うしかないだろうが。
(あと、歌詞の字幕は入れた方がいいんだろうな)
 俊は基本、英語の歌詞は既に日本語として一般化しているものしか、その中に入れることはない。
 テレビ、ステレオ、ゲームなどといったものだ。
 アレクサンドライトなどはまさにそうであろう。
 もっともノイジーガールは、タイトルからして英語であるが。

 別に英語に苦手意識があるとか、そういうことではない。
 そもそも洋楽なども、凄く売れているのに歌詞は単調なものがあるではないか。
 俊が歌詞に無理な英語を使わないのは、使うと逆に痛々しいと感じるからだ。
 特に信念があってのことではない。
 だがもちろん世界最大のマーケットで勝負するには、英語歌詞の曲が必要となる。

 日本語と英語の間にある、そもそも文化的とも思える歌詞の違い。
 これを理解していないと、英語圏で通用するはずもない。
 ただ言葉ではなくても、声であれば通じるものもあるだろう。
 もっともそうなると、声質と声の感情に振った月子と違い、歌詞の感情を歌う千歳は、かなり不利になるだろう。
 声の持つ特異性だけを言うなら、月子の方が千歳よりも欧米では受けやすいと分かる。

 ただネット配信であると、これがまた変わってくる。
 特にアニメーションのMVには分かるのだが、やたらと英字やそれ以外にも中国語やハングルでの書き込みがある。
 翻訳して意味を受け取り、そして歌の表現する感情を受け止める。
 新しい時代になっている、とも言えるのだ。
(まあ、アニメの場合は、向こうで英語版が放送されてるのも大きいか)
 ネット配信で見るのが主流となった時代では、楽しみ方が変わっているのだろう。

 MVを作る場合、日本語だけの字幕だと不充分だな、と思った。
 英語字幕が必要だ。他の言語は勝手に英語から翻訳していくだろう。
 そういえばタフボーイなどは日本語歌詞も英訳も、どちらもカバーされていた。
 外国でまで歌われるようになれば、本物だと言えるだろう。
 中にはドイツ語で翻訳して歌っているチャンネルもあって、驚いたものである。
 またその訳されている元ネタが元ネタであったので、むしろ原曲よりもマッチしているのでは、と思ったりもした。



 俊は自分の語学力に関しては、読解などはかなり大丈夫だと思っている。
 平気で洋楽を歌う暁も、おそらくはそうだろう。あれは完全に勉強というよりは、洋楽の汚染を受けている。
 ただ自分で英語の歌詞を作っていくとなると、話はまた変わってくる。
 プロに任せるか、少なくともプロの監修を受ける必要がある。

 そういえば千歳の叔母である高岡文乃の作品は、アニメ化していて本も英訳などされているはずだ。
 そちらの方から辿っていけば、監修してくれる人間につながるだろうか。
 もっともそういったものの相場も、ちゃんと考えていかなければいけない。
 小説に比べれば楽曲の歌詞は短いが、そのあたりで変化はあるのか。
(いや、そもそもの話として、母さんの方から伝手を辿れないのかな)
 生きている母親のことは、時々しか思い出さない薄情な俊である。
 知らせのないのは元気な証だ。

 欧米での声楽は基本的に、日本語ではない。
 確か母は、数ヶ国語の言語で喋れたはずである。
 俊も大学で学んでいる第二外国語はあるが、それは現代では使いにくいラテン語であったりする。
 古典を原文で読むのに、必要だろうと思って取ったものだ。
 結局のところはあまり、身についていない。
 ラテン語の文献などは結局、ほとんど英訳されているからだ。
 そして英語はいまや、普通に翻訳ソフトが使える。

 今ならばむしろ、ドイツ語の方がよかったかな、と考えないでもない。
 あるいはアジア進出を考えるなら、中国語であったか。
 日本語の特殊性は世界でもほぼトップレベルの異質さで、一番近いのが韓国語、他は随分と遠かったと思う。
(MVを作るだけでも、色々とやらないといけないことが多いんだな)
 とりあえずノイジーガールの歌詞をソフトで英訳し、それをまた日本語訳するという、ややこしいことを正月の俊は続けたものである。
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