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七章 インディーズ

108 公開

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 俊がユニットを組んで、一番最初に作ったノイジーガール。
 当初はそれは、もっとPOPS調の楽曲であった。
 だが暁が加わったことにより、それにロックの成分が大きく加算される。
 しかしそこからさらに、ノイズというバンドは変化していく。
 そう、まずはユニットではなくバンドとなり、メンバーが増えていったのだ。
 そしてノイジーガールは進化する。

 映像のイメージに合わせて、新たに新構築されたノイジーガール。
 元々暁などはライブのたびに、アレンジをあちこち変えていた。
 オーディエンスのノリに合わせて、ペース配分などを変えていたのだ。
 単純にリズムキープする形の栄二とも違う。
 派手なパフォーマンスなどなくても、そのギターの旋律は雄弁であった。

(最初は月子のイメージで作ったんだけど、最終的にはアキに合わせていったんだよな)
 月子の歌と言うか声というのは、基本的には正統派なのだ。
 ハイトーンで伸びやかで、それでいて厚みもあるので声だけで聴いていられる。
 千歳の語りかけるような歌い方とは、明らかにちがう。
 この三人のフロントをどう活かすのかが、バンドのポイントなのである。

 そんな新しいノイジーガールを作り出して、俊は新たなハコの開拓を他のメンバーに頼んだ。
 最終的には自分も顔を出すが、まずはつなぎを作りたい。
 そして自分自身は、主に信吾のベースラインから生み出された、曲の編曲をやり始める。
 一応暁も作ってきたのだが、音源として録音したものである。
 他人の作った曲をちゃんと完成品にするのは、一から自分で作るよりも、ずっと難しい。
 だからこそ今の俊は、やってみたいと思っているのだ。

 新しく開拓したいハコというのは、演奏する前のセッティングの入れ替え時間で、バンドの紹介ビデオをプロジェクターで流すというような設備のあるハコだ。
 要するにMVを見てもらうためのハコというわけである。
 そこそこ新しいライブハウスなら、ある程度は持っている設備である。
 ただの紹介ビデオではなく、MVを流すことによる話題の醸成。
 これまでにはやっていなかったことだが、MVはそもそも次のアルバムを売るために作ったものである。

 ネット配信してこれを見てもらえば、PVあたりでわずかずつだが金が入ってくる。
 ただそのわずかな金額というのが、蓄積すれば馬鹿にならないものであるのだ。
「次のライブで公開した後、配信するようにもするから」
 あとはサブスクなどでの取り扱いをどうするかだ。
「さすがに全部をMV作るのはしんどいからなあ」
 当たり前の話である。そもそも持っていたアイデアのかなりの部分を、ノイジーガールで使ってしまった。
 もちろんまだまだ、蓄積してきた部分はある。
 だがアレクサンドライトなどは、かなり撮影費用が嵩む計算になっているのだ。
 頭の中のイメージを、安く作れるという点では、ノイジーガールが一番であった。



 ライブハウスで初公開、そして数日後にネット配信。
 出来るだけ早く、二枚目のオリジナルアルバムを作りたい。
 そもそも一枚目は、カバーが二曲も入っていたので、フルオリジナルとなると、これが初めてなわけであるが。
 リマスターしたノイジーガールをメインに、10曲前後収録のアルバムを作る。
 だがファーストに収録していない曲は、二曲しかない。

 サリエリ時代に作った曲も、出来のいいのは既に使っている。
 ただ数を増やすだけなら、こしあんPで作った曲もあるが、あれはバンドで演奏するのに向いたものではない。
 ノイズは基本的に、その音楽性に変な色がない。
 だがサイケやパンクの色は薄いし、EDMも使わなければならないところは最少。
 HIPHOPも隠し味程度であるし、ラップも今のところはない。
 ハードロックからメタル、オルタナといったあたりで止まっている。
 ただそこからまた、古い物を掘り起こしてくる。

 千歳を入れたのが正解だったと思うのは、彼女がアニメや特撮の歌を持ってくるからだ。
 長くアニメや特撮というのは、いわゆるオタクのサブカルチャーであった。
 本来はロックなども、始まりはサブカルチャーであったはずなのに、今ではメインカルチャーとしか思われない。
 ただそこから商業主義などと反発して、アンダーグラウンドに戻ろうとする。
 それがかえって売れてしまうのだから、世の中は皮肉なものである。

 ノイズの伝えたい音楽とはなんなのか。
 そもそも伝わればなんでもいいのではないか。
「自分の曲じゃなくても、伝えられるものは伝えられるしなあ」
 暁はそう言うが、それは彼女がもう、伝えるべき何かを持っているからだ。
 また他人の曲で、他人の詞で、自分を伝えられるのが千歳だ。
 そして月子の場合、何を歌ってもそれは月子になる。

 別に自分が作った楽曲でなくても、ノイズのメンバーなら売れるだろうな、と俊は思っている。
 ある程度は正解で、半分以上は不正解であるが。
 そもそもこのメンバーを集めたのは、俊なのである。
 そして俊が必死で色々やっているので、ノイズは順調に進んでいる。
 まだまだスピードが足りないと思うのは、俊が色々とやりすぎているからだ。



 二月も中旬に入っていた。
 これまでやったことのない、キャンサーというハコが、MVの初公開となる。
 初めてのハコであるのに、順番はトリである。
 バンドは五つあったが、圧倒的に知名度が高くなってきている。
 ノイズは成功しつつあるが、このルートが正しいのかは分からない。
 そもそも声をかけられてきたレーベル相手に、もう随分と返答を保留している。
 ただそれは、MV作成のための時間だと、伝えてはいるのだが。

 レーベル側も他のメンバーに、そこそこ接触はしている。
 俊は知らなかったが、特に信吾や栄二などには、条件の提示もしているのだ。
 月子に対しては、素顔を知られていることが少ないため、あまり話が来ない。
 そして暁と千歳にも、話は来ている。
 だがこの二人は、保護者が特殊な職業である。

 暁の父親はスタジオミュージシャンであり、業界のことには詳しい。
 また千歳の叔母は作家なので、音楽ではないがそういった、芸術系の世界には詳しいのだ。
 音楽については、今ならちょっと目の前の機械を調べれば、かなりの情報が手に入る。
「俊君についていけば、基本的には大丈夫だと思う」
 ジャンルは違うがごくわずかな人間が選ばれる。
 そういう世界に住んでいるだけに、ある程度の見当はつくのだ。

 それは暁の父も同じである。
 親の代からの付き合いということもあるが、俊はかなり計算高い。
 そしてその計算高さがマイナスに働くようなところに、他のメンバーの爆発力を入れている。
 自分の娘のことながら、暁はそういうロックスター系なところがある。
 友達の少ないのがとても心配していたが、バンドメンバーとの仲はいい。
 それだけにバンドにばかり依存するのも、あまりいいとは思わないのだが。

 暁はバンドをやるために、学校を辞めてしまいたいとまで考えるが、それは親も俊もストップさせる。
 そもそも学校を辞めたところで、それがどうプラスになるのかというところだ。
 学校を辞めたところで、毎日のギターを弾いている時間が、ただ増えるだけであろう。
 せめて作曲に時間を作ってくれるなら、また話は別なのだが。
 ぼっちちゃんじゃないのだから、しっかり千歳を通じてでも、友達ぐらいは作るべきだ。
 色々な経験が、音の色を変えていくのだから。



 前のバンドが終了していって、いよいよノイズの出番となる。
 セッティングの間に、プロジェクターに映像が流れていく。
 初めて作ったMVであるが、俊は自分の分の調整はさっさと終わらせ、これが大画面ではどう見えるのかに注意していた。
 オーディエンスは時折声を出すが、おおむねMVに注意を向けている。
 悪くはない反応だな、と俊はそのオーディエンスを見ている。
 だが曲の終わりと共に、一気にハコが暖まったのは、俊にもはっきりと分かる。

 MVの反応はよかったのだ。
 まだあちこち、納得のいかない部分はあるが、それでもこの反応である。
 他のメンバーもセッティングが終わり、演奏の準備は完了。
『こんばんわ、ノイズです』
 そんな普通の挨拶にも、大きな反応が返ってくる。

 あれでいいのか、と思うのと同時に、あれでよかったのだ、とも思う。
 しかしどうしても、まだ改良する余地はあったのではと思うのだ。
 だが一度ああやって出してしまったものは、もう細かいところを変えても意味はない。
 あるいは環境が完全にかわってしまえば、また何か手を加えるところはあるのかもしれないが。

『ここで演奏するのは初めてなんで、ちょっと緊張も……してないかな』
 どちらかというと、あのMVへの反応が気になっていた。
 いい加減にライブをするぐらいでは、緊張しなくなってきている。
 逆にどんな慣れたハコでも、ある程度の緊張感は持っているべきだ。
 適度のプレッシャーは、演奏のクオリティを上げてくれる。
『じゃあ、まず一曲目は、グレイゴースト』
 ドラムで最初の音が入り、演奏へと移行していく。

 初めてのハコということでの、緊張などはないようだ。
 俊としては打ち込みの調整が多いので、そこはそれなりに忙しい。
 だがやはり、ギターを持たせていれば暁は、それだけで無敵モードに入ってくれる。
 そしてそれにリードされながら、ボーカルが入っていくのだ。

 グレイゴーストは全体的に、ハイテンポの曲である。
 ここでまず盛り上げて、そこからバラードにしたり、あるいはテンポを落としたりする。
 ボーカル二枚のハーモニーは、どこに入れても強力な響きになる。
 またそれぞれが、自分の得意なパートを歌うことで、より歌詞の意味などを伝えやすくなる。



 五曲に加えてアンコールで、ノイズの演奏は終わった。
 約30分の持ち時間であるが、今日は少しMCを長めに取ったのだ。
 キャパ最大の人数を、見事に盛り上げることには成功。
 ただし演奏後の楽屋に、レーベルのマネージャーやA&Rが四人も来てしまったのは、ちょっとどころではない修羅場である。
 そしてそこにオーナーからの声がかかる。
「なんだかレーベルの人間が、話せないかって来てるぞ」
 五人目の登場である。

 これが俊の目的であるのかな、と信吾や栄二などは思う。
 バンドというのは基本的に、東京だけでもいくらでもいる。
 その中でプロで通用するだけでも、大変な数がいる。
 しかし今のバンドに必要なのは、自己プロデュース能力だ。
 二人はレーベルに、もしくは事務所に声をかけられた時、すぐに前向きな反応をしてしまった。
 選んでもらった、という側だったのである。
 しかしノイズはこうやって、レーベルが向こうから、選んでくれとやってきている。
 自分たちが売れる方法を、ちゃんと理解しているバンドというのは、やはり今でも重要なのだ。

 マネジメントによって、どうにか売るというのはどこでもやっている。
 しかしノイズはここまで半年ほどの間で、しっかりとフェスにも出ているしワンマンライブも成功させているし、確実に成長している。
 その注目度はむしろ、抑え気味に露出を控えていることで、注目度が高まっている。
 俊は演奏の才能はさほどなかった。
 作曲や作詞に関しては、インプットが足りていなかった。
 だがどうやれば、売れるというのか。
 そのあたりの嗅覚だけは、どうやら他の誰よりも、タイミングを見るのに敏であったのかもしれない。
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