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八章 ツアー

117 一日目・名古屋

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 キャパは250人で、セクシャルマシンガンズとのツーマンライブ。
 チケットは販売したものの、実質赤字になる。
 ホテル代に車のガス代などに加え、食事などもするからだ。
 普通に働いていた方が、よほどまともに金が貯まる。
 俊のような高等遊民には、それはそれで別の悩みがあるのだが。
 恵まれているがゆえに、本物のハングリー精神が足りない。
 だがそれを、憎しみや執着で補おうとしている。

 何も理由などなく、ひたすらギターを鳴らす暁が、ぼっちではあっても一番幸福なのかもしれない。
 その暁が、今回提案したこと。
 地元人気のマシンガンズの、前座としてノイズは登場する。
 だがそれを覆し、マシンガンズ目当ての客を食ってしまうための手段。
 それはもちろん、それだけのプレイをしてしまうことだ。

 暁の提案に、正気か、と全員が思った。
 特に同じギターパートである千歳は思ったし、ギター経験の多い信吾も思った。
 栄二でさえ思ったことであり、さらにそこまでやっても分かる客がどれだけいるのか、ということもある。
 だが分かる人間にさえ、分かればいいのだ。
 暁は時折、ナチュラルに傲慢になる。

 まあ最後には分かるよな、と普通に全員が思う。
 ただ普通ならそんなことはやらない。
 今回は暁は、分かるやつにさえ分かればいいと言ったが、おそらく知っている人間は全員分かるだろう。
「よっし! 今日もTシャツはレッチリで」
 愛器レスポール・スペシャルTVイエローを持ち、暁はステージに向かう。
 本日の千歳はスクワイアのテレキャスタータイプに加えて、俊が貸したテレキャスターも持っている。

 楽器の良し悪しというのは、おおよそ三万円ほども出せば、ギターはほとんど一定の音は出せるものが買える。
 だがある音がほしいとなると、選んでいく必要があるのだ。
 千歳が最近狙っているのは、中古のテレキャスターである。借り物ではない、自分のギター。
 夏までになんとか手に入れられないか、と考えているが、稼ぐためにはツアーは遠回りである。
 この時期にやらなければ、次はゴールデンウィークまで遠征するような休みはない。
 そしてゴールデンウィークは、フェスの参加が決まっている。
 また1000人単位のハコで演奏できるのだ。



 ノイズは雑誌やネット記事を除くと、かなり露出の少ないバンドである。
 ただ聴いた人間のほとんどが、高い評価をしている。
 色物として扱っている人間もいるが、それはもうしょうがない。
 アニソンカバーなどを出している時点で、それは覚悟の上だ。
 もっとも今の時代、アニソンこそが世界でも聴かれる音楽になるのでは、と思われるが。

「男女三人ずつって、変なバンドだよな」
「ボーカルだけ女っていうならけっこうあるけど」
「ギター二人とも女って、しかもまだ学生だろ」
「ベースはアトミックハートでギターやってた信吾だぞ」
「なんで今はベースやってんだ?」
「MVは凄かったけどな」
「ああいうのは編集で切り貼り出来るから、映像監督の手腕だろ」
「音源、他にはアルバムしか出してないんだよな」
「今時配信しないって、逆張りが過ぎるだろ」

 セッティングの間にも色々と言われているが、やはりここはアウェイである。
 ただアウェイに慣れたリズム隊と、ギターを持たせれば無敵のリードギターがいる。
 そのリードギターの無茶っ振りには、さすがにメンバーの意思を尊重する俊も、かなり難しい顔をしたものだが。
 このツアーでは顔を売っていかなければいけないのだ。
 失敗してもマシンガンズが、全体としては成功に持っていくだろう。
 だが最初の名古屋でつまづいてしまえば、その後はかなり苦しいものになる。
 京都から先は、直接の面識があるバンドとの対バンではないのだ。

 準備が終わって、少しステージが明るくなる。
『どうも、ノイズです。名古屋は初めてになります』
 正確には信吾や栄二は、別のバンドで訪れたことがあるのだが。
『挨拶代わりに、まずは一曲』 
 ドラムの合図と共に、始まる目立つリードギター。

「お、GOD Knowsじゃん」
「難しい曲選んでるな」
「ちっこいのに上手いな。まだ中学生ぐらいか?」
 確かに暁は、両親の体格と比較しても、あまり背は高くないのだが。
 一曲目からギターのテクニックが必要になるというものを披露する。
 分かりやすい目立ち方である。

 ただ、聴いていて分かるものには分かる。
「え、なんだこれ」
「アレンジじゃなくて……」
「テンポが違う?」
 ただでさえ難しい曲を早弾きするスタイル。
 テクニックでまずは目立とうというものだ。



 暁にとってギターとは何か。
 時には三大欲求をも上回るものである。
 弾きながら寝落ちしたりして、ギターの弦の跡が顔に残ったりもする。
 ひたすら弾いていたら、昼を食べるのを忘れていた、などということもある。
 そして何より性欲などは、彼女は感じたことがない。

 リードギターの早いテンポを、リズム隊は止めようともしない。
 むしろ煽るようにそれについていく。
 両方の腕が時折消えるようにさえ見える超絶技巧。
 それなのにミスをすることがない。
 ソロのとことは音を歪ませて、より意識をこちらに向けさせる。
 これに合わせたボーカルは、中低音と高音が上手くハモって、聴いているだけで心地いい。

 普通に演奏すれば良かったのだ。
 だが暁が、ちょっと驚かせたいなどと言ってきた。
 大変なのはリズム隊よりも、むしろリズムギターを弾いていた千歳であったろう。
 加えて歌わなければいけないし、いつもよりも早い。
 それでも出来ないとは思わなかった。

 ラストのギターソロの終わりになると、おおよそ誰もが異常に気づく。
 見せつけ、印象付けるためのギター。
 本来の暁は、ここまで露骨なことはしない。
 ツアーということで肩に力が入っているのだろう。
 それがいい方に出るのが、暁のギターであるらしい。

 歓声もあったが、戸惑いもあったであろう。
 暁のルックスと、ギター技術にギャップがある。
 そういう点では千歳も、その声の表現力と外見にはギャップがあるが。
 ノイズのメンバーはやはり、才能らしい才能を持っているのは、女性陣が多い。
 俊も色々な役目をこなしているが、才能よりはむしろ、職人的な技術と言えるだろうか。



 二曲目、これもまたカバーである。
 改めてメンバー紹介をした後、余計なMCは入れることなく、次の曲に入っていく。
『次もカバーで、北斗の拳のOP、愛をとりもどせ』
 ギターイントロから、始まるハードロック。
 アニソンではあるが間違いなく、分類はロックである。
 
 ツインボーカルを活かしたこの曲は、ノイズにとっては非常に相性がいい。
 千歳の中低音が安定してきているので、月子のハイトーンに引っ張られない。
 月子の声は、高音であるがどんどん厚みが出てきている。
 むしろそれが本来の声であったのかもしれない。
 民謡で鍛えられた声は、ちょっとR&Bの風味がある。
 下手に味をつけるために、濁らせるということもない。
 透き通ったままどんどんと、厚く太くなっていくのだ。

 見事に表現しきった二曲目には、普通に拍手が飛んでくる。
 ここからはカバー曲ではなく、オリジナルが並んでいく。
 持ち時間はおおよそ一時間。
 あとはオリジナルだけでもいけるのだが、やはりノイジーガールは盛り上がった。
 これはMVとして上がっているので、と俊は宣伝していく。

 現在のノイズに足らない曲が一つある。
 それはライブを〆るために演奏する曲だ。
 色々と新しい曲は出来ているのだが、そういうタイプの曲がない。
 春は出会いと別れの季節。
 俊はそれを上手く表現することが出来ないのだ。
 おそらくまだ、インプットが足りていないか、何かのタイミングの問題なのだろう。

 過去の名曲などを聴いていると、卒業などをテーマにした春の曲はよくあるが、どうにもしっくりこない。
 それにそういった曲には、あまりロックな感じがしないと言おうか。
 その前にまずは、本日わざわざ持ってきたギターと交換する。
 58年製のテレキャスター。一応はヴィンテージ物であるが、ちゃんと弾ける状態にするために、オリジナルパーツはかなり欠損している。
 だがそれだけにしっかりと、ギターの個性を聴かせてくれる。

 リードギターが二人になるような、構成の曲である。
 ボーカルは月子が主に担当するが、千歳に加えて暁も歌う。
 暁はあくまでもコーラスであるが、声自体は悪くないのだ。
 千歳としても同じテレキャスタータイプなので、弾くのはそれほど違和感がない。
 だが音の個性がやはり、こちらの方が合っている。
 千歳の普段のギターは、主にリズムを無難に取るための、安定したギターであるのだから。



 バラードで最後は〆て、大歓声の中で演奏は終わった。
 さすがに一時間、MCも短くやっていると、皆が汗だくになっている。
 その中ではシンセサイザーを動かす俊と、あとは月子だけは比較的、疲労は少ないように思える。
(これ、まずかったんじゃないか?)
 一日目の名古屋を終えてもう、俊は問題点に気づいていた。
 体力の消耗が激しすぎる。

 ワンマンではないが、他のハコもツーマンで福岡までずっと続く。
 毎日移動してすぐにステージに立って、特にギター二人の体力がもつのか。
 信吾と栄二は経験が多いので、上手くスタミナを温存と言うか、ペース配分が出来ていると思う。
 だが女子高生二人は、楽屋に戻ってくると椅子にどっかりと座り込む。
「あ、ギター」
「ほら」
 千歳がテレキャスターの方を忘れていたので、俊がさっと持って帰ってきていた。
 どのみちセッティングに、少し時間はかかるだろうが。

 一時間の演奏を、ここから京都、大阪、神戸と連日続けていく。
 毎日数時間の練習を続けることはあったので、大丈夫かとも思った。
 またワンマンでは二時間も弾いていたので、大丈夫だろうと思えたのだ。
 しかし一時間を四日連続というのは、体力が回復しきらないのではないか。
(セトリを変える必要があるんじゃないか?)
 三人の中では月子は、比較的消耗していないように見える。
 対して千歳はぐったりとダウン状態だ。

 マシンガンズの演奏を見に行くか、となった時もギターの二人はまだ立てない。 
 せっかくなので他のバンドが上手く、一時間をどう使っていくか、見ておくべきなのだろうが。
(テンポを早くしたのは、あんまり意味がなかったんじゃないか?)
 特にギター二人の体力を減らしただけのような気がする。
 暁は連休など、一日八時間ぐらいは平気で、ギターを弾き続けることがあるらしい。
 しかし千歳はそこまでの無茶はしていないだろう。
 また練習とライブでは、やはり違う。
 オーディエンスに煽られて、普段以上の演奏になってしまうことはあるのだ。
「二人は俺が見てるから、マシンガンズの演奏は見てきた方がいい」
 そう言って栄二が送り出してくれたので、俊と信吾はスペースに戻る。
 なお月子は先に着替える必要がある。

「体力の消耗が、思ったよりも激しそうだ」
「それは、確かにそうだな」
 夏のフェスやワンマンなどと経験してきたため、スタミナは過信していたのかもしれない。
 俊は珍しくも、想定すべき問題に気づいていない自分に腹が立っていた。
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