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11章 タイアップ

174 タイアップコンペ

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 阿部は阿部で、ちゃんとノイズのことは考えているのだ。
 俊の作曲と作詞の能力は、かなり優れていると思う。これは長年この業界で生きてきた、自分の感覚なので信じられる。
 そして今、普通ならば一方的に決まるアニメ主題歌に、食い込むチャンスが見えている。
 本編の出来がどうであろうと、テレビで毎週流されるのが、三ヶ月も続くのだ。
 また阿部でさえ記憶にない古いアニメの主題歌を、ノイズはカバーしている。
 曲が良ければそのまま、90秒のMVが無料で作ってもらえるようなものだ。

 こういったことを阿部が言わなかったのは、俊が功利主義的なところを見せるくせに、理想主義者の面を持っているからだ。
 露悪的なところを見せるが、本質は善性である。
 余裕のある生活から生まれる、悪に向かわずに済むような善良さ。
 ただ音楽に対する執念だけは本物なので、今はそれをフォローしてやりたい。
 まだポテンシャルの全てを発揮していない。
 阿部はそう感じるからこそ、あえて無茶振りをしていっている。
 今までに自分が見たことのない世界を、ノイズは見せてくれると思っているのだ。

 そんな阿部の昭和的価値観など知ったことではないが、俊はやるとなれば手抜きの曲などは作れない。
 いや、自分の名前で発表されないのなら、いくらでもネタに走ることは出来るのだが。
 己の生きた証として、手を抜いた曲などは絶対に作らない。
 そして力を入れて作った曲でも、ダメだと思えばそのままお蔵入りにしてしまう。

 とりあえず作曲にかかる前に、やらなければいけないことがある。
 それは原作の全巻読破である。
「そういうことで、持ってきてくれ」
『いいけどさ! せっかくなら電子で買いなよ』
「俺は出来るだけ最初は紙で読むことにしてるんだ」
 俊なりのこだわりと言えるであろうか。

 10年以上も前に完結している作品は、当然ながら発表当時は紙の雑誌で連載され、紙のコミックで発売されている。
 モニターではなく紙で読まれることを前提としているのだ。
 情報として仕入れるだけなら、電子媒体でいいだろう。
 だが鑑賞するのならば、一番元としている媒体であることが必要だ、と俊は考えている。
 だからいまだに、俊の家にはLPもあるのだ。



 現在の千歳は叔母のマンションに同居しているため、自分のスペースがある程度限られている。
 なので父の遺品については、母方の実家に預けてあったりする。
 ものによっては父方の実家にも送ったのだが、こういった趣味の品々は、千歳が比較的近い母方の実家に送ったのだ。
 10年以上も前に完結した作品なので、当然ながら本屋には置いていない。
 ネットならば普通に通販で手に入るが、千歳が持っているのだから、まずそれを貸してもらえばいい。
 そう考えて俊は、学校の校門前で千歳を車で拾う。
 別に誘ったわけではないが、自然と暁も一緒にきていた。

「星姫様、アニメ化かあ。出版社が強いところだったら、もっと前にアニメ化してもおかしくなかったからね」
「ああ、小さな出版社なのか?」
「う~ん、でも過去にアニメ化作品普通に出してるけど、どうなんだろ?」
「昔に比べると、マイナーな作品がアニメ化している印象があるんだが」
 俊も少しは調べたのだが、そもそも20世紀とそれ以降では、圧倒的にアニメの本数が違う。
 ただその流れも、数年後とに大きく変わっているのは分かるのだ。

 千歳はアニメ好きではあるが、なんでもかんでも見るという、強烈なものではない。
 とりあえず期待されている作品は最初を見てみるが、面白くなければあっさりと切ってしまう。
 一番売れている少年マンガ雑誌なども読んでいて、また他にも少し立ち読みをしたりはする。
 今は一室を与えられているだけなので、基本は電子で買っているのみだ。
「最近はアプリで読んでるのが多いけど、スマホよりもPCの方が絶対いいんだよね」
 少しは電子で読んだ俊も、その意見は分かる。
 ただ今ではもう、最初から電子アプリでしか連載されない作品というのもあるのだ。 
 そしてそこから、アニメ化までしてしまう作品もある。
「異世界おじさんは面白かったな。ネタはちょっと分からないのが多すぎたけど」
「あれはね、PSをフェンダー、セガをギブソンって考えると少し分かりやすいよ」
「「なるほど」」
 暁の言葉に、思わず頷いてしまう二人である。

 千歳は普通にコンテンツを楽しむ人間ではあるが、その内情まではわざわざ調べようとはしない人間である。
 たださすがに、面白いアニメを作るところと、そうでないところは分かっている。
 だが監督などのスタッフによっても、その出来は変わったりするものだ。
「監督、スタジオ、スタッフで変わるからねえ」
「それに関してはあまり期待されてないみたいだぞ」
「え、なんで」
「知らんよ。俺は元々、音楽のいい作品しか見ないしな」
 現時点ではまだ、アニメ化の発表もされていない。
 すると当然ながら、どこのスタジオで、どういうスタッフで制作されるかも、分かっていないということだ。
「阿部さんに聞いたら、さすがに知ってるんじゃないかな?」
「メルメルしてみる」
 かくして俊は、千歳の母方の実家を訪れることとなる。



 千歳の両親について、俊はあまり興味がなかった。
 その教育課程においてではなく、喪失が彼女の魂に、大きな影響を与えていると思ったからだ。
 それでも聞いていたこととしては、母親は専業主婦。
 父親はサラリーマンで、インドア派の人間であったらしい。
 叔母の文乃からわずかに聞いた話では、どうやら育児に関しては、彼女とは相性の悪かった姉である母親が全般的に受け持っていたらしい。
 ただ父親のオタク的な趣味は、ある程度千歳に引き継がれている。

 少しずつ見ようと思って、パソコンの中に集められていたアニメ。
 結局それを見ることはなく、生涯は終わってしまった。
 そのあたりの話を聞く限りでは、確かにインドア派の人間ではあったのだろう。
 しかしその蔵書は、たいしたものであった。
「これは……単純なオタクってわけじゃないな」
 確かにマンガの量も相当にあったが、一般的な文芸書もあるし、学術書などもある。
 俊も読んだ小説などもあるし、ノンフィクションもあった。

 これを全部読んでいたというなら、とんでもない読書量だ。
「仕事は何をしてたんだっけ?」
「システムエンジニアだって言ってた」
 なるほど、確かに蔵書の一画に、プログラム系の本がかなりある。
 しかし棚に収められている本は、むしろ文系のものが多いような気がする。

 ありえない話だが、もしも生きていたら、一度話してみたかったかもしれない。
 おそらく千歳の人格形成は、この父親の影響もあるのだろう。
 趣味の世界が遺伝子と共に、自分の子供に伝わっている。
 なんだかんだ言いながら、俊と千歳は似ているが、それを言うなら暁もそうであろう。
 子供の人間形成に、親の影響は良くも悪くも大きい。

 物静かな父親であったと言うが、内面は多くの知識に溢れていたのではないだろうか。
 マンガやアニメは確かに楽しんでいたのだろうが、むしろ文化全般に対する興味がありそうな本棚だ。
 ただ傾向としては、乱読と言えるだろう。
「はい、星姫様。名作だよ」
「これはお父さんが生前に教えてくれたのか?」
「そうそう。お父さん、あたしが暇してたらマンガとか渡してくれたし」
「少女マンガもあるんだな」
「あるけど、あたしには少年マンガを見せてくることが多かったなあ」
 今回アニメ化する作品は、知る人ぞ知る名作というものであるらしいが、俊は知らなかった。
 つまり世間で流行するほどの作品ではなかったということだ。
「制作会社、あんまり有名な作品作ってないんだよね」
 このあたり俊は、どうも意味が分からないのだ。

 音楽の場合、そもそも必要な金は、それほど多くはない。
 初期投資の楽器やノートPCなどは高いが、あとは練習スタジオといったところか。
 他にはチケットノルマなどがあるが、それでも個人でバイトをすればいい程度だ。
 しかしアニメ作品となると、かなりの人間を必要として費用も相当にかかるのではないか。
 それなのに売れないと思われる作品を作る。どういった理由でそれが許されてしまうのだろうか。
 ともあれまずは、目の前の作品に目を通すのが仕事である。



 作品に合わせたテーマで作曲をする。
 これは別に、俊も今までにしてきたことだ。
 なんらかの創作に刺激されて、楽曲を作るということは、珍しいことではない。
 今回は作品の世界観を共有するために、月子以外のメンバー全員が原作を読むこととなった。
 残念ながら青年誌連載であったため、難しい漢字以外にはルビがなく、そのため月子が読むのは難しい。
「今はアプリで読み上げ対応してるところも多いんだけど、これは昔の作品だから」
「そう思ってたんだけど、新しく開発されたやつがあるぞ」
 俊もそのあたり、考えてはいたのだ。

 書き文字ではなく活字であれば、おおよそのフォントに対応したアプリ。
 電子書籍と連携して、台詞を読み上げてくれるというものである。
「こういうものが作られるのが早いと、ありがたいよな」
 俊は知らなかったが、月子はこういったアプリを使って、高校を卒業することが出来たのである。
 最近のマンガ向けアプリは、スマートフォンのタッチパネル機能を使って、コマの中の台詞を読んでくれるという優れものであったりする。
 要するに自動読み聞かせの発展したようなものだ。

 全10巻であるため、さほどの時間もかからなかった。
「うん、面白かった」
「ちょっと捻りがあってよかったな」
「序盤からちゃんと伏線あるしな」
 男性陣からは好評であり、千歳は得意げに頷いたものである。
「面白いことは面白いんだけど、なんだかちょっとキャラ造形に違和感があるというか……」
「わたしはちょっと序盤でいいキャラ殺しちゃうのが気になった」
 女性陣の意見は面白いが、という但し書きである。
 
 10年以上も前に完結している作品なので、同時代性が薄いのは当たり前だろう。
 作中ではスマートフォンも使われていないが、これは10年以上前でも、充分に普及されていたはずだが。
「連載期間がけっこう長かったから、途中から変更するのも難しかったのかな」
 異能力バトル物であるため、そこは構わないのではあるが、青年誌ではあるが少年向けだな、とは俊も思った。
「基本的にはバトル主体だから、テンポ速めのポップスでいいんだろうな」
「イメージは基本明るく、でも途中でちょっと落とす感じもほしい」
 俊に対して千歳が要望を出すが、そのイメージは俊も共有出来るものである。

 他に意見はないのか、と俊は見回すが、特に異論はないらしい。
 もっとも実際には、作成していく過程でアイデアが足されるものだ。
「あとは歌詞だけど、千歳やってみるか?」
「あたし? いやいや、無理でしょ」
「そうでもないと思うんだがな」
 俊はノイズの最近の動きを、自分で俯瞰的に見ていた。
 確かにリーダーは自分であるのだが、その方向性に勢いをつけるのは、千歳であることが多い。
 自分の世界を持っている暁や、根本的に自信のない月子、職人肌の信吾や栄二を除けば、千歳が一番怖いもの知らずでもある。
 また彼女は思考が、一番一般人に近い。

 もしも今後俊が、プロデュースに専念するとなったら、リーダーは年長の栄二たちではなく、千歳がすることになるのかもしれない。
 既に今も、バンドの活動には積極的に意見を出している。
(楽しんでるよなあ)
 自分はもう、純粋に楽しめていない俊としては、羨ましい限りである。
 それなのにこの世界からは、もう抜けたいとも思えない。



 一応歌詞についても、俊が作ることとはなった。
 だが作品世界は、現代を舞台にしながらも、時代がいくつかに分かれていたりする。
 基本はアップテンポなビートで始まり、そこから発展していく。
 だがサビの前には一度、テンポも落として曲調も変える。
 メジャーコードとマイナーコードの使い分けもするのだ。

 そしてここからまた、一気にサビで上げていく。
 駆け抜けるように上げていって、最後にはギターとドラムで止める。
 まあ普通の曲の作り方である。
「なんだか大本は一日で出来たな」
 信吾は驚いているが、今回のこれはツインバードを元にして、俊が発展系を考えていたものだ。
 元から既に企画していたものの中に、丁度いいものが一つあっただけである。
「アレンジはしていくけど、あと二三曲は作っておくかな」
 落とされた曲は、そのまま流用すればいいだけの話だ。

 俊の作曲の速度と、その洗練具合は、明らかに上達している。
 出会った頃と比べてみても、同一人物とは思えないほどの、技術の上昇だ。
 ただ、この曲はまだ、ノイジーガールや霹靂の刻を超えることは出来ていない。
 本当の意味でのキラーチューンなど、そう簡単に出来るものではないのだ。
「ん~、じゃあこういうリフを思いついたんだけど、どこかで使えないかな」
 暁は暁で、尖ったギターリフを弾き始める。
 かなり耳に残るタイプで、しかも無駄に複雑というわけでもない。
 こういうリフは多少アレンジされて、他の曲でも使われたりする。

 ギタリストにとっての一つの大きな名誉というのは、そうやってリスペクトされるようなギターリフを生み出すことだ。
「アキ、それって元ネタ……」
「千歳は気づくかあ」
 どうやら俊も分からなかったが、さらなる元になるものがあるらしい。
「何が元なんだ?」
「魔法少女アニメの変身シーンのメロディ」
「……」
 それはまあ、男にはなかなか分からないものであろう。
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