ノイジーガール ~ちょっとそこの地下アイドルさん適性間違っていませんか?~

草野猫彦

文字の大きさ
184 / 207
11章 タイアップ

186 失われし過去の日

しおりを挟む
 ノイズの音楽というのは、俊一人で作っているわけではない。
 確かにメロディラインやコード進行などの、大枠は俊が作っている。
 しかしギターリフやベースにドラムと、それぞれのパートからアイデアを出してもらって、最終的には作成しているのだ。
 作曲と作詞は、わずかに作曲が先行するが、作詞のイメージに合わせて、後から曲のアレンジを変えることもある。
 俊がノイズの将来を考えていく上で、いつかは分裂するのでは、と心配してしまうのは、常に金銭的な問題からだ。
 メロディーやコード進行までしっかり作ってくるのは、暁が一番多い。
 根本的に蓄積された音楽が、一番多いからであろうか。

 ヒップホップのDJが昔の曲からサンプリングしてくるように、60年代から80年代ぐらいまでの洋楽が、一番現在の音楽の原型となっているのか。
 そう考えると月子が三味線のじょんがら節から、霹靂の刻などを作り上げたのも必然性があるのかもしれない。
 個人の心の底には、音楽の原型というものがある。
 日本人の場合は、平気で外の文化も取り込んでしまうところがあるが。

 彩の話については、ノイズ全体に関わることだけに、他のメンバーにも話す必要があった。
「そういうのって、先に根回しとかが来るもんなんじゃないんですか?」
 信吾のごく当然の疑問に、阿部もため息をつく。
「そのはずなんだけど……個人的な立場で来たのかも」
 俊はメンバー以外にも、ごくわずかな人間に対しては、彩と異腹の兄弟であることを知らせている。
 阿部なども同じレコード会社の系列なだけに、変な交流を計画しないよう、険悪な状況にあることまで含めて、話してあるのだ。

 それなのに、彩は来た。
 二日目のステージが全部終わって、ノイズのメンバーが一番疲弊しているタイミングで。
 もっともあちらは本当に忙しいので、このタイミングでしか機会がなかったというのも嘘ではないのかもしれない。
「わたしたちの演奏は聴いたのかな?」
 月子としてはそこが気になっているが、俊としてはそこにまで考えが及ばなかった。

 なんだかんだ言いながらも、彩の音楽センスは優れている。
 周囲にいるのは全てが一流のミュージシャンで、それと比較して果たしてどう思えたのか。
 もちろん満足する出来でないのなら、わざわざあんな提案はしてこなかっただろうが。
「協力はしないということでいいのか?」
「当然だろ」
 栄二の問いに対して、俊としては明確に答える。
 だが阿部の方は、少し気にしていたらしい。



 ノイズの人気をここからさらに高めていく方法。
 それには宣伝が重要となってくる。
 既に知っている人間は、もうノイズのことを知っている。
 だが本格的に一般層に知れ渡るためには、まだ足りないのだ。 
 普段は音楽を聞かないような人間でも、聞いたことがあるなと思わせる。
 それぐらいに拡散していないと、本当に売れているとはいいにくい。

 広告と宣伝を使っていく、昔ながらのスタイルは、ある程度効果的である。
 既に土台となる人気を作っているだけに、いよいよ本腰を入れて売りに来たか、と思ってもくれるだろう。
 ショート動画でバズっていても、それは若者の一部の文化として、消費されているだけなのだ。
 もちろんアニメタイアップを外国のアニメーションと行い、そして今もまたタイアップのコンペに出している。
 これが通ったならば、かなりの知名度の拡散にはなるだろう。

 だがそれと、ゴーストで曲を提供するというのは、完全に別の話だ。
 阿部からすると既に金をかけている彩は、この先もしばらくは売っていかなければいけないと、レコード会社や事務所が判断していることは分かる。
 しかしノイズにしても、自力でここまで上がってきている。
 確かにミュージシャン側に有利な契約を結ぼうという、小賢しいやつらではある。
 それでもここまで認知度を高めてしまえば、売った方が得なのだ。

 彩の力に頼るまでもなく、ノイズはもう売れる。
 数字だけを見てみるならば、ここが金をかけるタイミングの一つだと言える。
 アニメタイアップの件に関しても、事務所の力というのは確かに存在する。
 アメリカで先にアニメーションのOPとして使われるという話題は、起爆剤としては充分なものだ。
 今がノイズを本格的に売る時だ。
 それは事務所もレコード会社も分かっているが、ミュージシャン自身が露出に対して、あまり協力的ではない。
 正確に言えば向こうのイメージに合わせていく、という意識が弱いわけだが。

 俊は父の成功と没落を知っている。
 正確には生まれたときには既に、全盛期は終わっていたのだが。
 ただ母はそんな中で、充分な選択をしていたと思われる。
 お嬢様育ちであった母が、そういった動き出来たのは、ちょっと今の俊から見ても不思議ではある。
 ただ結果として、父の元で自然と学び、そして母に引き取られたことによって、今の俊があるのは分かっている。

 事務所などはともかく、レコード会社は大きな組織だ。
 下手におだてられてしまっても、内実は長期的な己の利益だけを考える。
 それはそれで当たり前のことで、ミュージシャン側もそれをどう利用するか、事務所が考えてくれなければいけない。
 もっともその事務所にしても、ミュージシャンと一蓮托生というわけではない。
「普通に楽曲提供するぐらいならいいんだけどな。彩なら作詞は出来るだろ」
「ゴーストをするのはやっぱり嫌い?」
「どうでもいい曲なら、やってもいいけどなあ」
 俊は完璧主義者の側面を持っているが、まずは終わらせることも重視している。
 クオリティとスケジュールのどちらを重視するか、どうしても選ばなければいけないなら、スケジュールの方を重視するのだ。

 最初の段階でスケジュールが遅れると、その後の全てに影響が出てくる。
 そこで失う金と、そして信用というものが、こういった業界では重要なことなのだ。
「ただ楽曲を提供するにしても、ノイズのサリエリだと問題かな」
 普通に本名でやっても、それは構わないかな、と思っている。
 実際に俊がサリエリであるというのは、多くの人が知っている。
 もちろんサリエリを知っていて、その本名が渡辺俊であるということは、あまり知られていないのだが。



 彩の周りには、優秀なコンポーザーもいて、アレンジも上手いであろう。
 だが音楽著作権というのはあくまで、作曲者に入るものだ。
 確かに俊の中には、彩に向いた楽曲というのが存在する。
 そもそも俊の最初の作曲の動機というのは、彩が歌ったらどういうものになるのか、から発しているのだ。

 ある程度のハスキーボイスから生まれる、彩の甘い歌声。
 それに向いた曲を意識していたため、高音のミクさんに歌わせるには、微妙な曲を作ってしまったものだ。
 むしろ原点に帰れば、彩に向いた曲が生まれるのは当然のことだ。
(あんな裏切りをされなければな)
 父の曲を剽窃したことは、別に今さら怒ってはいない。
 完成された名曲などではなく、それぞれの断片を、上手くつないだのが彩の才能であったのだ。
 音楽に関する教育は、俊よりもずっと少ない経験しかない。
 ルックスも歌唱力も、そしてカリスマもあったが、それでもまだ足らなかった。

 母に隠れて、何度も会っていたのだ。
 確かに最初は姉だと知らされていなかったが、関係は悪くなかった。
 むしろ俊にとっては、もっとも身近なお姉さんですらあったのだ。
 その信頼を壊して、ズタズタにしたのは彩の方だ。
 あれほどのショックを受けたのは、両親の離婚よりも、父の死よりも、さらに大きなものであったかもしれない。

 結局は渡せなかった、彩のための楽曲。
 これを今の俊の能力で少し手直しすれば、一曲ならず数曲、提供できるものはあるのだ。
 ただそのためには、お互いの確執をどうにかしなければいけない。
 少なくとも彩の謝罪があってほしいが、そう考えるのは子供の感覚なのか。

 お互いの利益のために、恨みを捨てることは、俊には難しい。
 だがノイズのためならば、どうにか出来なくはない。
 ただそういったことを、あっさりと解決するには対話が足りない。
 それに今は年末の年越しフェスのために、練習が必要である。



 夏のフェスでかなりの成功を収めたノイズは、年末四日間に行われるこのフェスの中でも、最終日に出演することになっている。
 季節的に当然ながら、野外でのステージではない。
 千葉県幕張で行われるこのフェスは、四つのステージを使って行われる。
 その中でも5000人規模は入るステージで、ノイズは演奏を行う。
 もっとも出場するアーティストは数十組にもなるので、それほど長い時間を配分されているわけではない。
 一時間弱のステージであるので、この間のワンマンライブなどとは違い、最初から最後まで、一気に飛ばしていける。
 そのための練習も、しっかりと行っていた。

 そんな中、俊のスマートフォンには、未登録の番号からの着信が残っていた。
 おおよそ誰かは分かっていたものの、俊は折り返して電話をする。
 あちらも忙しいとは分かっていたので、出ることはないかもと思っていた。
 だが上手いタイミングで、つながってしまったらしい。

『俊?』
「ああ」
『会える?』
「こうやってわざわざ、事務所を通さずに連絡してくるのは、そっちも知られたくはないのか?」
『お互いに知られたくはないでしょ。それに貴方がここまで上がってきたなら、私たちの関係も整理して改善しておいた方がいいと思わない?』
「よくも言えたなとは思うけど、ある程度は同意するよ」
 阿部から教えてもらった、ノイズを売っていくための方針。
 今の契約条件であっても、ノイズがしっかりと売れてくれるなら、それは確かに問題がない。
 だが稼ぎ頭に近い彩が、変に圧力でもかけてくるなら、少し無駄な時間がかかってしまうかもしれない。

 もっともこれまで、そんな妨害は入ってこなかった。
 そもそも彩も、俊に圧力をかけるような、そんな暇なことはしていられなかったのだが。
 阿部が新しくインディーズ系列の事務所を作ってまで、ノイズと契約しようとした。
 その時点でもう、彩が圧力をかけることなどは出来なかった。
 もっとも日本の音楽業界には、確かにフィクサー的な人間がいる。
 彩が本当に、俊を潰したいと考えるのならば、そちらから手を加えることは出来たのだ。

 だがそんなことはしたくはなかった。
 別に彩自身は、俊に対して憎しみも恨みもない。
 むしろ自分の方が、俊に対してひどいことをしている。
 いや、あれはひどいことであったのかどうか、彩にははっきりとは言えないが。
 少なくとも俊を潰すために、大物にお願いするほど、彩は俊に負の感情を抱いていない。
 抱くとしたらその父親に対してであるが、勝手に子供を産んだ母が、一番悪いのだろうとも思う。
 それでも産んでくれなければ、今の自分はここにいないのだが。
『お互いに、冷静に話し合いたいの』
「それが本当に成立するなら、俺も文句はないよ」
 そして二人は、スケジュールを確認して会うことにした。
 年越しフェスの二日前のことであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...