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アルダタのところへ(マリルノ視点)
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「スコッテさえよければ、今から私の絵をここでかいてくれませんか。
休暇の間は、一緒にいられないかもしれないので……」
「びっくり。あの優等生のマリルノ様から、そんなご提案されるだなんて」
スコッテはからかうようにそう言いました。
「私も午後からの授業はちょっと重たい言語学と古代史なのですが、どちらも大講義室での授業ですから、たぶんいなくても気づかれません。
出席をひとつずつ落としても、とくに問題はなさそうですし。
あら、でもスコッテは大丈夫ですか?」
もちろん私はやり返します。
「ちょっと、馬鹿にしないでよ。私だって、いつもちゃんと講義には出てるんだから、出席は足りてます。
内容理解はまぁ……一回や二回でなかったところで変わらないかな……」
私は久しぶりに、幸せな気持ちで笑いました。
「ちょっと! また私のこと馬鹿にして……」
「ごめんなさい。
またテストが近づいてきたら一緒に勉強会を開きましょう」
「そうよ。私は今からマリルノに誘われて講義をサボるんだから。責任とってよね」
「そうですね」
「じゃあ……いいの、本当に?」
「はい。放課後までですけど、よろしくお願いします」
「ありがとう! うわぁ……目の前で描けるのはすごく良いよ。
なんだ、もっと早く頼めばよかったなぁ……」
スコッテのほくほくした顔に、こちらまで頬が緩んでしまいます。
「あっ、その前に!」とスコッテが声をあげました。
「えっ?」
「お昼ご飯食べよう! 私、お腹空いちゃった」
スコッテが、目をくりっとさせて言いました。
そうでした、すっかり昼食のことを忘れていました。
「そうですね」
こうして私は、この学園に入って初めて、授業をすっぽかしました。
ちょっと悪いことをしている気持ちはありましたが、言い出したことに、後悔はまったくありません。
スコッテの弾けるような笑顔が見られたのですから。
午後二つ目の授業終了を報せるチャイムが、廊下から聞こえてきました。
「ありがとう。たぶんこれで完成させられると思う」
スコッテは洗ったパレットを逆さにして、清々しい顔でそう言いました。
「よかったです。こちらこそ、ありがとうございました」
私はスコッテの手を取りました。「今回はだめでしたけれど……でも二人での旅行、必ず行きましょうね」
スコッテは小首をかしげて、微笑みました。
「ナテナ行き、気を付けて。
無事に帰ってきてね」
「ありがとうございます」
名残惜しい気持ちでしたが、私はスコッテと別れました。
職員室で申請書を提出した後、私は一度家に寄って支度をすませ、パージさんのおられる屋敷へと向かいました。
パージさんはすっかり準備万端の様子で、私のことを待っておられました。
「すみません、お待たせして!」
「とんでもないです。馬たちを久しぶりに遠出させることができると思うと、つい嬉しくて。
お忘れ物はないですか?」
パージさんは優しくそう言ってくださいました。
「はい、大丈夫です」
「そうですか、では行きましょう」
「よろしくお願いします!」
屋敷の門をくぐるとき、わざわざお手伝いの皆さんが出てきてくださって、お見送りしてくださいました。
「マリルノ様、御無事で帰ってきてくださいよ」
タラレッダさんは私の両手を包み、そう言ってくださいました。
「はい、気を付けます」
「お気をつけて」
「ありがとうございます。皆さんも、行ってまいります」
お屋敷にいる方々は、私たちが角を曲がるまで、ずっと見送っていてくださいました。
私は馬車の窓から首を出して礼をしました。
そしてパージさんの運転する馬車は、ナテナへと進んでいったのでした。
「この辺りの道は、何度も通ったことがありますから、安心してください」
最初の休憩を挟んだとき、パージさんはそうおっしゃいました。
その言葉通り、パージさんはどんな道を通ればよいかも、馬たちに最適な休憩場所も、私たちが途中、どの宿に泊まるべきかも、全て心得ておられるようでした。
そういうわけで、道中には全く困ったことが起こりませんでした。
私は馬車の中で、アルダタさんと一緒に、アルダタさんのお母様が眠られているお墓に行ったときのことを思い出しました。
『あの時は揺れが激しくて、それをアルダタさんが優しく支えてくださいました……』
思い出すと、私の体の芯がじんと熱くなりました。
『どうか、私の思い過ごしでありますように。
アルダタさんが、何か不幸な目に遭われていませんように……』
私はナテナへ向かう道中、手を組んで、祈り続けました。
そして二回の宿泊を挟んだ後、私たちはとうとうナテナへとつきました。
「にぎわっていますね……」
「そうですね。ナテナは今、自由な気風で注目されている都市と聞きますからね」
パージさんはにこにことそう言いました。
都市の入り口で、国王様からの通行許可証を見せ、馬を預けてから、パージさんと私は、市場が並ぶメインの通りを歩いていました。お昼時で、街路は人でごった返しています。
私たちが住んでいる国、ヨーランドと違って、様々な恰好をした人がいるというのが印象的でした。
『これがアルダタさんの見ていた景色……』
アルダタさんがくださった手紙と目の前の様子がオーバーラップし、私は胸が高鳴りました。
『いけない。旅行に来たわけじゃないんだから。気を引き締めなくては』
そんなことを考えていると、
とんとんと、パージさんに肩を叩かれました。
「マリルノ様、ここです」
「ここが……」
休暇の間は、一緒にいられないかもしれないので……」
「びっくり。あの優等生のマリルノ様から、そんなご提案されるだなんて」
スコッテはからかうようにそう言いました。
「私も午後からの授業はちょっと重たい言語学と古代史なのですが、どちらも大講義室での授業ですから、たぶんいなくても気づかれません。
出席をひとつずつ落としても、とくに問題はなさそうですし。
あら、でもスコッテは大丈夫ですか?」
もちろん私はやり返します。
「ちょっと、馬鹿にしないでよ。私だって、いつもちゃんと講義には出てるんだから、出席は足りてます。
内容理解はまぁ……一回や二回でなかったところで変わらないかな……」
私は久しぶりに、幸せな気持ちで笑いました。
「ちょっと! また私のこと馬鹿にして……」
「ごめんなさい。
またテストが近づいてきたら一緒に勉強会を開きましょう」
「そうよ。私は今からマリルノに誘われて講義をサボるんだから。責任とってよね」
「そうですね」
「じゃあ……いいの、本当に?」
「はい。放課後までですけど、よろしくお願いします」
「ありがとう! うわぁ……目の前で描けるのはすごく良いよ。
なんだ、もっと早く頼めばよかったなぁ……」
スコッテのほくほくした顔に、こちらまで頬が緩んでしまいます。
「あっ、その前に!」とスコッテが声をあげました。
「えっ?」
「お昼ご飯食べよう! 私、お腹空いちゃった」
スコッテが、目をくりっとさせて言いました。
そうでした、すっかり昼食のことを忘れていました。
「そうですね」
こうして私は、この学園に入って初めて、授業をすっぽかしました。
ちょっと悪いことをしている気持ちはありましたが、言い出したことに、後悔はまったくありません。
スコッテの弾けるような笑顔が見られたのですから。
午後二つ目の授業終了を報せるチャイムが、廊下から聞こえてきました。
「ありがとう。たぶんこれで完成させられると思う」
スコッテは洗ったパレットを逆さにして、清々しい顔でそう言いました。
「よかったです。こちらこそ、ありがとうございました」
私はスコッテの手を取りました。「今回はだめでしたけれど……でも二人での旅行、必ず行きましょうね」
スコッテは小首をかしげて、微笑みました。
「ナテナ行き、気を付けて。
無事に帰ってきてね」
「ありがとうございます」
名残惜しい気持ちでしたが、私はスコッテと別れました。
職員室で申請書を提出した後、私は一度家に寄って支度をすませ、パージさんのおられる屋敷へと向かいました。
パージさんはすっかり準備万端の様子で、私のことを待っておられました。
「すみません、お待たせして!」
「とんでもないです。馬たちを久しぶりに遠出させることができると思うと、つい嬉しくて。
お忘れ物はないですか?」
パージさんは優しくそう言ってくださいました。
「はい、大丈夫です」
「そうですか、では行きましょう」
「よろしくお願いします!」
屋敷の門をくぐるとき、わざわざお手伝いの皆さんが出てきてくださって、お見送りしてくださいました。
「マリルノ様、御無事で帰ってきてくださいよ」
タラレッダさんは私の両手を包み、そう言ってくださいました。
「はい、気を付けます」
「お気をつけて」
「ありがとうございます。皆さんも、行ってまいります」
お屋敷にいる方々は、私たちが角を曲がるまで、ずっと見送っていてくださいました。
私は馬車の窓から首を出して礼をしました。
そしてパージさんの運転する馬車は、ナテナへと進んでいったのでした。
「この辺りの道は、何度も通ったことがありますから、安心してください」
最初の休憩を挟んだとき、パージさんはそうおっしゃいました。
その言葉通り、パージさんはどんな道を通ればよいかも、馬たちに最適な休憩場所も、私たちが途中、どの宿に泊まるべきかも、全て心得ておられるようでした。
そういうわけで、道中には全く困ったことが起こりませんでした。
私は馬車の中で、アルダタさんと一緒に、アルダタさんのお母様が眠られているお墓に行ったときのことを思い出しました。
『あの時は揺れが激しくて、それをアルダタさんが優しく支えてくださいました……』
思い出すと、私の体の芯がじんと熱くなりました。
『どうか、私の思い過ごしでありますように。
アルダタさんが、何か不幸な目に遭われていませんように……』
私はナテナへ向かう道中、手を組んで、祈り続けました。
そして二回の宿泊を挟んだ後、私たちはとうとうナテナへとつきました。
「にぎわっていますね……」
「そうですね。ナテナは今、自由な気風で注目されている都市と聞きますからね」
パージさんはにこにことそう言いました。
都市の入り口で、国王様からの通行許可証を見せ、馬を預けてから、パージさんと私は、市場が並ぶメインの通りを歩いていました。お昼時で、街路は人でごった返しています。
私たちが住んでいる国、ヨーランドと違って、様々な恰好をした人がいるというのが印象的でした。
『これがアルダタさんの見ていた景色……』
アルダタさんがくださった手紙と目の前の様子がオーバーラップし、私は胸が高鳴りました。
『いけない。旅行に来たわけじゃないんだから。気を引き締めなくては』
そんなことを考えていると、
とんとんと、パージさんに肩を叩かれました。
「マリルノ様、ここです」
「ここが……」
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