106 / 107
アルダタの痕跡を追って(マリルノ視点)
しおりを挟む
私たちが訪れたのは、使節団の方々が泊っていたという宿でした。パージさんが国王様にナテナ行きの許可を取る際、この宿の名前と住所を聞いていてくださったのです。
道ですれ違った現地の方が丁寧に教えてくださったおかげで、私たちは迷うことなく、その宿に着くことができました。
建物の前まで来ると、心臓がきゅっと苦しくなるのを感じました。
『ここに、アルダタさんが……』
早く会いたいという気持ちと、いきなり連絡もせずに来てしまったので、会ったら何と言おうかと考える気持ち。
手紙が行き違いになったのは、単に、アルダタさんが仕事で忙しくて配達屋さんのところへ行けなかったからかも。あるいは何かの行き違いで、受け取れなかっただけなのかも。
実際にアルダタさんに会える可能性が目の前まで来ると、私の頭の中にそんな思いがよぎりました。
『でも、私の思い過ごしであるなら、それが一番いいに決まってる』
私は考えなおしました。たとえ私が恥をかこうとも、全て自分の考え過ぎであり、悪い予感は気のせいだったということが、一番、良い結果には違いないのです。
「行きましょうか」
「はい」
私はパージさんに促され、石でできたその建物の中に足を踏み入れました。
「帰っていない?」
「ええ。三人いらっしゃったと思いますが、ここしばらく、こちらには帰っておられません」
「一度も?」
「ええ」
私はパージさんと顔を見合わせました。
「それって……いつ頃からですか?」
宿の主人は、台帳をめくりました。
「ああ。ちょうど二十日ほど前のことですね」
二十日!?
私はぎょっとしました。
「えっと……他の宿泊施設に移られたとか、そういうことでしょうか」
「いえ、それはないと思います。荷物も置かれたままですし。
料金は先に払っていただいた分がまだ十分に残っていますので、他のところに移られたということはないかと思いますが」
宿の方は淡々とそう述べられました。
外国に滞在して、他の宿も取らず、二十日も留守にするということが果たしてあり得るのでしょうか。
私の心の中が、ざぁっと不安に満たされました。
ただ、三人揃ってというのが気になる点ではあります。
ということは、仕事で帰れない事情を抱えてしまって、それにつきっきりになっていたら二十日も経ってしまったということがあるのでしょうか。
あるいは、ナテナで知り合った方のところに泊まらせていただいて、ということなのでしょうか。
「そうですか……どこかへ行くとか、何かおっしゃっていたことはございませんか?」
「いや、あの日はどうでしたかな……ああ、ちょっと待ってください」
すると宿の方は、受付の奥へ引っ込んでしまわれました。そしてもう一人別の方を連れて、戻ってこられました。
お二人はよく似ておられました。親子なのかもしれない、と私は思いました。
「ああ、あの、ヨーランドから来られたという三名のお客様ですね?」
出てこられた若い方が、そう言われました。
「はい、そうです。あの方々を今、探していまして」
「そうでしたか。
ええ、あの日は私が受付を担当していましたよ。よく覚えています。
最初、一人の方がどこへ行かれたか分からなくなったということで、あとの二人がそれを探しに行くとおっしゃって出て行かれたんです。
ですから、もしその一人が先に戻ってきたら、ここで待っておくように言ってくださいと、私、伝言を頼まれましてね」
「!」
「それで」
パージさんが話を促しました。
「そう、それで、結局そのままですよ。三人ともかえってこず、今日まで日が経ってしまったというわけで。
お荷物も預かったままでございますが、お金をいただいておりますから、私どもとしましては、ええ、その頂いているお金分は、かえって来なくても泊まって頂いているという形になっておりまして……」
お店の人はお支払いのことを気にされているようでしたが、私たちはその点を追及する気持ちはないので、さらっと流します。
「そうですか。その、彼らが行かれた場所については、何もご存じありませんか?」
宿の方は首を捻り、苦笑いを浮かべました。
「そうですね、それはちょっと」
「そうですか……
分かりました、ありがとうございました」
私とパージさんは、宿の外へ出ました。
「どうですかね」
「どこに行かれたのでしょうか……」
私は額に手当てて考えました。
宿に帰ってきていないということは、どこかに行かれたということ。
しかしどこへ……
考えても、思いつくことはありません。
「ひとまず、あてのあるところへ行ってみましょう」
「わかりました」
私たちは、可能性のあるところを一つ一つずつ回ってみることにしました。
最初に来たのは、ナテナの中心にある広場です。アルダタさんの手紙によれば、ほとんど毎日ここへきて、ダイナさんという教師の方の授業を受けられていたようです。
それならば、今日も何らかの授業が行われているはず……
しかし実際に行ってみると、授業のために集まっている人の姿など、どこにもありませんでした。
道ですれ違った現地の方が丁寧に教えてくださったおかげで、私たちは迷うことなく、その宿に着くことができました。
建物の前まで来ると、心臓がきゅっと苦しくなるのを感じました。
『ここに、アルダタさんが……』
早く会いたいという気持ちと、いきなり連絡もせずに来てしまったので、会ったら何と言おうかと考える気持ち。
手紙が行き違いになったのは、単に、アルダタさんが仕事で忙しくて配達屋さんのところへ行けなかったからかも。あるいは何かの行き違いで、受け取れなかっただけなのかも。
実際にアルダタさんに会える可能性が目の前まで来ると、私の頭の中にそんな思いがよぎりました。
『でも、私の思い過ごしであるなら、それが一番いいに決まってる』
私は考えなおしました。たとえ私が恥をかこうとも、全て自分の考え過ぎであり、悪い予感は気のせいだったということが、一番、良い結果には違いないのです。
「行きましょうか」
「はい」
私はパージさんに促され、石でできたその建物の中に足を踏み入れました。
「帰っていない?」
「ええ。三人いらっしゃったと思いますが、ここしばらく、こちらには帰っておられません」
「一度も?」
「ええ」
私はパージさんと顔を見合わせました。
「それって……いつ頃からですか?」
宿の主人は、台帳をめくりました。
「ああ。ちょうど二十日ほど前のことですね」
二十日!?
私はぎょっとしました。
「えっと……他の宿泊施設に移られたとか、そういうことでしょうか」
「いえ、それはないと思います。荷物も置かれたままですし。
料金は先に払っていただいた分がまだ十分に残っていますので、他のところに移られたということはないかと思いますが」
宿の方は淡々とそう述べられました。
外国に滞在して、他の宿も取らず、二十日も留守にするということが果たしてあり得るのでしょうか。
私の心の中が、ざぁっと不安に満たされました。
ただ、三人揃ってというのが気になる点ではあります。
ということは、仕事で帰れない事情を抱えてしまって、それにつきっきりになっていたら二十日も経ってしまったということがあるのでしょうか。
あるいは、ナテナで知り合った方のところに泊まらせていただいて、ということなのでしょうか。
「そうですか……どこかへ行くとか、何かおっしゃっていたことはございませんか?」
「いや、あの日はどうでしたかな……ああ、ちょっと待ってください」
すると宿の方は、受付の奥へ引っ込んでしまわれました。そしてもう一人別の方を連れて、戻ってこられました。
お二人はよく似ておられました。親子なのかもしれない、と私は思いました。
「ああ、あの、ヨーランドから来られたという三名のお客様ですね?」
出てこられた若い方が、そう言われました。
「はい、そうです。あの方々を今、探していまして」
「そうでしたか。
ええ、あの日は私が受付を担当していましたよ。よく覚えています。
最初、一人の方がどこへ行かれたか分からなくなったということで、あとの二人がそれを探しに行くとおっしゃって出て行かれたんです。
ですから、もしその一人が先に戻ってきたら、ここで待っておくように言ってくださいと、私、伝言を頼まれましてね」
「!」
「それで」
パージさんが話を促しました。
「そう、それで、結局そのままですよ。三人ともかえってこず、今日まで日が経ってしまったというわけで。
お荷物も預かったままでございますが、お金をいただいておりますから、私どもとしましては、ええ、その頂いているお金分は、かえって来なくても泊まって頂いているという形になっておりまして……」
お店の人はお支払いのことを気にされているようでしたが、私たちはその点を追及する気持ちはないので、さらっと流します。
「そうですか。その、彼らが行かれた場所については、何もご存じありませんか?」
宿の方は首を捻り、苦笑いを浮かべました。
「そうですね、それはちょっと」
「そうですか……
分かりました、ありがとうございました」
私とパージさんは、宿の外へ出ました。
「どうですかね」
「どこに行かれたのでしょうか……」
私は額に手当てて考えました。
宿に帰ってきていないということは、どこかに行かれたということ。
しかしどこへ……
考えても、思いつくことはありません。
「ひとまず、あてのあるところへ行ってみましょう」
「わかりました」
私たちは、可能性のあるところを一つ一つずつ回ってみることにしました。
最初に来たのは、ナテナの中心にある広場です。アルダタさんの手紙によれば、ほとんど毎日ここへきて、ダイナさんという教師の方の授業を受けられていたようです。
それならば、今日も何らかの授業が行われているはず……
しかし実際に行ってみると、授業のために集まっている人の姿など、どこにもありませんでした。
0
あなたにおすすめの小説
捨てられた者同士でくっ付いたら最高のパートナーになりました。捨てた奴らは今更よりを戻そうなんて言ってきますが絶対にごめんです。
亜綺羅もも
恋愛
アニエル・コールドマン様にはニコライド・ドルトムルという婚約者がいた。
だがある日のこと、ニコライドはレイチェル・ヴァーマイズという女性を連れて、アニエルに婚約破棄を言いわたす。
婚約破棄をされたアニエル。
だが婚約破棄をされたのはアニエルだけではなかった。
ニコライドが連れて来たレイチェルもまた、婚約破棄をしていたのだ。
その相手とはレオニードヴァイオルード。
好青年で素敵な男性だ。
婚約破棄された同士のアニエルとレオニードは仲を深めていき、そしてお互いが最高のパートナーだということに気づいていく。
一方、ニコライドとレイチェルはお互いに気が強く、衝突ばかりする毎日。
元の婚約者の方が自分たちに合っていると思い、よりを戻そうと考えるが……
P.S. 推し活に夢中ですので、返信は不要ですわ
汐瀬うに
恋愛
アルカナ学院に通う伯爵令嬢クラリスは、幼い頃から婚約者である第一王子アルベルトと共に過ごしてきた。しかし彼は言葉を尽くさず、想いはすれ違っていく。噂、距離、役割に心を閉ざしながらも、クラリスは自分の居場所を見つけて前へ進む。迎えたプロムの夜、ようやく言葉を選び、追いかけてきたアルベルトが告げたのは――遅すぎる本心だった。
※こちらの作品はカクヨム・アルファポリス・小説家になろうに並行掲載しています。
【12月末日公開終了】これは裏切りですか?
たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。
だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。
そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?
悪役令嬢として断罪? 残念、全員が私を庇うので処刑されませんでした
ゆっこ
恋愛
豪奢な大広間の中心で、私はただひとり立たされていた。
玉座の上には婚約者である王太子・レオンハルト殿下。その隣には、涙を浮かべながら震えている聖女――いえ、平民出身の婚約者候補、ミリア嬢。
そして取り巻くように並ぶ廷臣や貴族たちの視線は、一斉に私へと向けられていた。
そう、これは断罪劇。
「アリシア・フォン・ヴァレンシュタイン! お前は聖女ミリアを虐げ、幾度も侮辱し、王宮の秩序を乱した。その罪により、婚約破棄を宣告し、さらには……」
殿下が声を張り上げた。
「――処刑とする!」
広間がざわめいた。
けれど私は、ただ静かに微笑んだ。
(あぁ……やっぱり、来たわね。この展開)
出来損ないの私がお姉様の婚約者だった王子の呪いを解いてみた結果→
AK
恋愛
「ねえミディア。王子様と結婚してみたくはないかしら?」
ある日、意地の悪い笑顔を浮かべながらお姉様は言った。
お姉様は地味な私と違って公爵家の優秀な長女として、次期国王の最有力候補であった第一王子様と婚約を結んでいた。
しかしその王子様はある日突然不治の病に倒れ、それ以降彼に触れた人は石化して死んでしまう呪いに身を侵されてしまう。
そんは王子様を押し付けるように婚約させられた私だけど、私は光の魔力を有して生まれた聖女だったので、彼のことを救うことができるかもしれないと思った。
お姉様は厄介者と化した王子を押し付けたいだけかもしれないけれど、残念ながらお姉様の思い通りの展開にはさせない。
悪役令嬢に転生したと気付いたら、咄嗟に婚約者の記憶を失くしたフリをしてしまった。
ねーさん
恋愛
あ、私、悪役令嬢だ。
クリスティナは婚約者であるアレクシス王子に近付くフローラを階段から落とそうとして、誤って自分が落ちてしまう。
気を失ったクリスティナの頭に前世で読んだ小説のストーリーが甦る。自分がその小説の悪役令嬢に転生したと気付いたクリスティナは、目が覚めた時「貴方は誰?」と咄嗟に記憶を失くしたフリをしてしまって──…
聖女解任ですか?畏まりました(はい、喜んでっ!)
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私はマリア、職業は大聖女。ダグラス王国の聖女のトップだ。そんな私にある日災難(婚約者)が災難(難癖を付け)を呼び、聖女を解任された。やった〜っ!悩み事が全て無くなったから、2度と聖女の職には戻らないわよっ!?
元聖女がやっと手に入れた自由を満喫するお話しです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる