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可愛い彼女のお尻をぴしゃぴしゃ叩く男の話
しおりを挟む暗闇に浮かぶ二つの肉球。
どこからとも無く差し込んでいるらしい光線によって、そこだけぽっかりと照らされてぬらぬらと濡れ光っている。
時折、思い出したかのようにブルっと震え、その僅かな動きが豊かな弾性と柔性をまざまざと脳内に描き出す。
女の足の付け根。
腰の下。
臀部や尻などと言われる場所。
その持ち主がうつ伏せのまま反射的に痙攣する以外は動けなくなると、あたかも独立した意思をもつ一つの生物のようだった。
己の身に当たった光に感応して反射的に蠢いているようにしか見えない。
原始的な生態を見たり聞いたりした時に感じる不気味さ気持悪さのないまじった好奇な気持、思わず笑ってしまうような滑稽な可笑しみ。
決して大きな情動ではない、ほんのささやかで上っ面だけのさざなみのような心のゆれ。
先ほどまであれほど強く恋焦がれて散々に求めていたものを眺めている自分を包むのはそんな乾いた感情だった。
今、最も心を寄せて愛しく想っているはずの女。
外見も中身も非の打ち所がない最高の相手との激しく濃密な行為が終わった直後、互いの欲求が極まりきって解き放たれた後の空白の時間。
それまでの凄まじい心と体の反応の昂ぶりから一気に全てが対極のところに引き落とされて何もかもが消えうせてなくなってしまうその時。
誰よりも愛しい存在の何よりも情欲を掻き立てる筈の場所を見る自分の視線は何処までも冷えて醒めきっている。
柔らかな曲線で構成された見事な造形、透き通るような白さ、しっとりとした潤いを持つきめ細かい肌質。
本来はあらゆる肯定的な価値しか持ち得ないはずのそれらが、今は何故かとても煩わしくて鬱陶しい。
いやに忌々しいものに見えてしまう。
てらてらと白く照り光りながら揺れているのを見ると、とても邪(よこしま)で汚らわしいものに思えてしまう。
ぴしゃり。
わけのわからない衝動に襲われて平手で叩いた。
ぶるんとした感触。
汗で濡れた質感。
声にならない呻くような音が暗がりの向こうから聞こえてきたような気がした。
掌からずっしりとした存在感が伝わってくるが、特に何も感じない。
あいも変わらず自分の中はどこまでも冷めて乾ききっている。
どこか投げやりな気持に包まれて手を離した。
触れた感覚が少しばかり残っていたが、それもやがてはまた消えうせていく。
終いには何故こんなものにああまで拘っていたのかと馬鹿馬鹿しいまでになってくる。
そうしてこの荒漠とした無情の時間の中、まるで別人になったかのような激しい価値観の転換が己に起こっていることを淡々と他人事のように理解する。
人格が入れ替わったかのような認識の変化がごく日常的に無自覚に不意に発生していることを確信する。
生物として必然的に備える機能を発揮するたびに伴う内的変化。
肉体の反応に伴う心的影響。
自分たちは何処までも動物でしかないのだと想う。
その都度その都度肉体の欲求や機能に連動して人格や精神といったものもどうとでも変動していくのだろう。
普段は勝手に崇高で大切な価値あるものだと一方的に思い込んでいるけれど。
そう想いたがっているけれども。
なんてあやふやで不確かな。
欺瞞にみちて信用のできない。
そんな脆弱で不定形のものなのだから、性的絶頂という劇的な現象の前に影響を受けずにいられるわけがない。
自分がこんな風になってしまうのも何もかも生物として当然のことであり、避けられようもない必然でしかない。
このどこまでも乾いて冷め切った感覚、あらゆる情動や欲求とは無縁のただ静かで何も無い世界。
まるで彼岸。
擬似的な死。
そこまで思い至ると、再びなんともいえない衝動が沸き起こり、ぴしゃりと目の前の肉球めがけて平手を打ち下ろした。
今度ははっきりと聞こえてくるうめき声。
少し己を取り戻してきたのか、媚を含んだ甘えた響きがある。
それを聞いた途端、少しだけ世界が慣れ親しんだものに戻ったような気がした。
了
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