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ちょっと特殊なフェチを奥さんに言えなくて悶々する旦那の話
しおりを挟む僕には妻に言えない秘密があった。
いや正確には彼女だけではない、昔から付き合いのあった古い友人や親兄弟を含めて自分以外には誰にも打ち明けたことがない。
というのもそれが酷くセンシティブでプライベートな事柄であり、明らかにしたときには自分という社会的存在の印象(イメージ)に致命的な影響を与え、これまで構築してきた人間関係が根本的に別のモノに変わってしまう、そう危惧せざるを得ない類(たぐい)のことだったから。
とても誰かに言う気にはなれない。
たとえ学生時代からの付き合いで、晴れて一緒になった最愛の妻であろうとも。
互いに初めての交際相手であり、何もかも分かり合って理解している安心感と幸福に包まれているからこそ。
始まったばかりの夫婦関係にこれ以上無い充足を目一杯に感じているからこそ。
だからこそ明らかにすることができない。
どれだけ何度も突発的に打ち明けたい、明らかにして欲求を満たしたい衝動に襲われたとしても。
自他共に認める朴念仁、真面目な堅物さだけが取り得だとされているような人間である僕。
友人達はおろか、妻にも常々そうからかわれる僕があんなことを打ち明けたらと想像するだけで怖くなってしまう。
長年に渡って積み上げてきた自分のキャラクターをまず間違いなく毀損すること必至なのだ。
きっと彼らが親しみを持って友誼を抱いた、妻が好きになってくれた「僕」という存在にとって、明らかに異質でそぐわないものなのだろうから。
これまで培った「信用」とでもいうものを失うことがただただ恐ろしい。
そういう人間だったと思われるのが恥ずかしくて厭わしい。
軽蔑した目で見られたくない。
表向きは受け入れてくれたとしても、口に出さずとも心の内でがっかりさせでもしたら絶対に嫌だ。
何故ならとてもいやらしい、淫らな話なのだ。
ありていに言えば性的な趣味嗜好、そういう類のことなのだ。
でもそれゆえにこそ、もうはっきりと言ってしまいたい、そして好きなだけそれに耽溺してしまいたい誘惑が突き上げてくる。
先日妻が虫干ししてから出しっぱなしになっている高校時代の制服、その脇に一緒に並んでつるされているものがどうしようもなく僕を追い詰めて惑乱させて正常な判断ができなくなっていく。
彼女が高校時代に履いていた紺のハイソックス。
赤いワンポイントがついたそれが僕にとってはもっとも性的な興奮を覚えてしまうエロティックな象徴そのものだったのだ。
我ながら何故そんなものに病的なまでの執着を、尋常ではないこだわりを持ってしまったのかわからない。
今現在もどう謙遜してみても決して不器量とはいえない妻、さらに若々しく青春の輝きに煌いていた当時の彼女は全身どこをとっても魅力的でないところなどなかったのだ。
今でも目に浮かぶあの姿。
夏のセーラー服をまとって軽やかに歩きながら僕に笑いかける彼女はどこまでも聖的で性的な存在だった。
黒い襟から伸びる細くしなやかな首筋。
スクールバックをかけた華奢な肩。
半袖と短めのスカートによって露出させた四肢を健康的にうっすらと日焼けさせて。
確かな膨らみを示していたスカーフの下の胸元。
不純さなどとは全く無縁な生命力に溢れた健康美の中に確実に存在するエロティック。
犯し難い清純と異性をひきつけざるを得ない性的魅力が完璧に並存して同居していた。
いくら僕が堅物の朴念仁とはいえ、その誘惑には常に悩まされていた。
ともすれば彼女に邪(そこしま)な想いを抱いてしまい、そんなときには淫猥な妄想の中で想いを遂げて自らを慰めたこともある。
済んだ後の空虚の中、無気力で投げやりな自己嫌悪に包まれたことは一度や二度ではない。
それは結局、大学に入ってから彼女と本当の意味で結ばれるまでずっと続くことになる。
だから別に紺のハイソックスに限らず、妄執を抱くに相応しい場所などいくらでもあったのだ。
あまり詳しくないけれど、恐らく世間一般のそういう趣味嗜好というものは胸とか足とかお尻だとか、あるいは衣服であれば下着やら水着やらより直接的に女性の性的器官を彷彿させるところにこそ魅了され執着するのが普通なのではないだろうか。
少なくとも数少ない友人達から聞いたりした限り、靴下にだけ興味を示す事例は伺うことはできなかった。
もしかしたら他にも一定数の割合で同じような人間があって、有効な調べ方を用いて努力を惜しまず続ければ意外とあっさりと出てきたりするのかも知れないけれど。
残念ながらそんな知識も手法も持たず見識があって明るいわけでもない僕にとっては現状、自分自身だけの現象でしかないのだ。
でも仮にこれがどれだけ特異で稀な、どうしようもなく変態的な趣味であったとしても抗うことも捨て去ることもできない。
誰よりも好きだった少女の唯でさえ魅惑的な爪先から足首、ふっくらと肉付くふくらはぎまでが紺色の布で包まれる、その艶(なまめ)かしさ。
普段はローファーに隠されて、露出されることがほとんどなかったからこそ、その数少ない機会にはっきりと脳に刻印されてしまった光景。
まず黒でも白でもない、そのほかの何色でもなく「紺色」というのが重要なのだと思う。
およそ女性の体と組み合わせたときにこれほどいやらしくなる色があるだろうか。
例えば白だの赤だの明るい原色形の色合いであれば、まず間違いなくエロティックとは程遠い代物だろう。
そう確信する。
あまりにも派手派手しく大っぴらで、良い意味での後ろ暗さみたいなものがまるでない。
興ざめである。
いや、僕が知らないだけで時と場合によったらすごくいやらしいものなのかもしれないけれど。
でもあの時の彼女の姿と重ねようとすると、やっぱり全然違うとしか言いようが無い。
あるいは黒だの紫だの暗い色合いのもの。
こちらは明るい色合いのものに比べればよっぽどいいとは思う。
少なくとも淫靡さはある。
ただ、それでもやはり紺色には適わない。
なんと言うか、今度は逆に淫らに過ぎるのだ。
記憶にある高校生の少女の姿にはあまりにも不釣合い、あの健康美と組み合わせるにはどうもどぎついような印象になってしまう。
適度に健全で適度に淫ら。
明るすぎなく暗すぎでもない。
奥ゆかしくも何故かいやらしい。
大好きだった彼女を彩り縁取るにもっとも最適な色。
それはやはり紺色しか考えられない。
そして形状もまたシンプルなハイソックスというのがいい。
これが例えば昔あったルーズソックスみたいに襞々がついていたり、変に凝った形状でもダメだろう。
はっきりと足の形がそのままわからないのでは台無しだ。
あるいはくるぶしまでの短いヤツとか、くるぶしすらない兎に角露出が多すぎるものもまたいけない。
あまり直接的にこれ見よがしに晒してしまうのは問題である。
ある程度覆い隠して見せないからこそ淫靡なのだ。
かといって、逆に膝を超えるニーソックスとかいうのでは今度は長すぎる。
いくら隠すのが良いとはいえ、適度に晒すことも肝要なのは疑うまでもない。
短いスカートとのバランスを考えても被覆面積の量はあのハイソックスくらいがいいはず。
つるっとした薄布一枚で脛の途中まで覆い隠して、その先のフトモモまではきちんと恥じることなく堂々と露出してくれる感じがいいのだ。
よって何度思考を重ねても、どう考えあぐねても紺色のハイソックス以外にはありえない。
あの時あの瞬間、瑞々しい思春期の感性に強烈に訴えてきた彼女のイメージに組み合わせる価値があるのはただそれだけなのだ。
ああ、今日もまた夜の営みの時間が来る。
勿論僕はそのときが来たらきちんと愛し合うのだけれど。
大好きな妻の身体をたっぷりと感じて気持ちよくなるのだけれど。
でも実際には頭の中はずっと紺のソックスで一杯なのだ。
それを履いたり脱がしたりする様を思い浮かべながら、彼女と交わっているのだ。
考えようによってはとても不誠実で不健全だろうけどどうしようもない。
どれだけ彼女を愛していて性的に興奮できたとしても、何時の間にやら考えているのは結局紺のソックスのことなのだ。
視界の隅にチラチラと入ってくる性的象徴、この世でもっとも神聖で淫らな偶像。
小学校から高校まで過去に使っていた思い出の制服一式を大切にしている彼女が定期的に手入れしているそれらと一緒に、無防備にその身をすぐ目の前に晒している。
スカートのかかったハンガーに重ねるように、だらんと力なく吊るされて。
全体的に色あせて使い込まれた様子が一層、何か強烈なものを僕に訴えてくる。
脈動する巨大な情念の塊、大嵐に揺られる小舟のような僕の自我。
セックスが出来るなら、高校時代の靴下を履くことくらい難なく頼めるものなのかもしれない。
特に異常で変態的だと思われずに、あっさりと受け入れられて満喫できるようなものなのかもしれない。
ふとそんな想いが頭をよぎった。
魔が差した。
「あのさ」と呼びかけるベッドの上の僕、化粧台から振り返って「なぁに?」と返す妻。
真っ直ぐな視線。
そこにたっぷりと乗った愛情と信頼。
彼女の嘘偽りない真っ直ぐな想いが何らの遠慮会釈なくこちらに向かって放射される。
嫌って程、もうお代わりは結構ですと叫びたくなるほどに頂戴し、僕は口をつぐんだ。
たぶん一生打ち明けられないのだと思う。
大切な女(ヒト)の中に作りあがった、永年に渡って少しづつ根気良く積み重ねて構築された僕のイメージを台無しにして壊してしまうかもしれない危険を負うほどに価値あることなどでは絶対にないと改めて自分自身に言い聞かせた。
何度も繰り返してきた自問自答。
それでいいんだともう一度言い聞かせて、納得させる。
そうして今夜も紺のハイソックスを想いながら妻を抱くのだ。
了
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