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くそうざくてイタイキャラなりきり系喪女のアッチの具合がよかったなって、とある作品の大流行を見てひとりごちる男の話
しおりを挟む漫画なりアニメなり、ドラマなりアイドルなり、流行りものにハマれるというのもある種の才能なんだろうと思う。
「共感」というセンスというか能力があるからこそ、その手のものに反応して受容することができるのだと。
たぶん、生物として優位なものだからこそ多くの人間がそれを持って活用してるだけなんだろう。
少なくともこれが無い方がある方よりも優れている根拠も理屈も、何も思い浮かびそうにはない。
しかしこういった能力が欠如して、ありとあらゆる流行なりマジョリティな文化や思想なりにアレルギーを起こす人間がいるのもまた事実である。
そしてえてしてその手の存在というのは、多数派たる流行りものの受信者よりも己の方が優れていて賢くて偉い……、ある種の選民思想のようなものに憑りつかれがちなのもこれまたよくあることだろうと思う。
思い返せばかくいう自分自身もまたそんないけ好かない自惚れがちの裸の王様みたいなヤツだったような気がする。
そんなに顕著ではなかったとは思うけれど、そうはっきりと見下したり馬鹿にする態度を表立って現していたわけではなかったはずだけれども。
でもその時その時に世間で持て囃され巷に溢れる創作物やら話題やらに、付き合い程度の触れ方で「ふーん」って感じで一歩引いて俯瞰するように接していたその距離感こそが己の傲慢と尊大、優越と自惚れに他ならなかったような気がしないでもない。
たぶんどこかにあったのだ。
そういうのが。
とても無邪気に盛り上がって楽しんで夢中になっている彼ら彼女らをしり目に、「自分は冷静ですけどね」「この程度じゃ我を忘れませんけどね」という余裕や理性を示すことになにかしら価値を見出してしまう傾向が。
特にそんな風な態度が無意識に漏れ出て顕著になってしまったのは、典型的な大衆派とでもいうべき類型の代表みたいな女と一緒にいたときだったと思う。
今となっては記憶も朧だけれども、確か知り合いの紹介みたいな感じで出会って付き合い始めた彼女はめちゃめちゃミーハーなぶりっ子だった。
とにかく「可愛い自分」というのを演出するのに全力を尽くしているみたいな女の子で、それこそアニメだとか漫画に出てくるようなセリフだとか擬音とかをリアルで自ら口にして悦に入ってるような、そんなタイプ。
今風に言えば「イタイヤツ」。
一緒にいるのが恥ずかしくて嫌になるくらいの、痛々しくてヤヴァいヤツだった。
そして例によって流行だとかブームだとかいうのにいちいち飛びついてハマり込んで盛り上がっていた。
「社会現象」とか「歴代一位」といった謳い文句で大々的にディスプレイされるあらゆる商品やサービスに時間とお金をかけて、感動したり共感したりすることをひたすら追求していたと思う。
すぐ隣でそれだけ脇目も降らずに盛り上がられると、否応なくこちらのほうは冷めてしまうものである。
それも、ただでさえなんとなくその手のモノに一歩引いた胡散臭さを抱いていたならなおさらのこと。
痛くてヤヴァイ女が己の嗜好とは正反対のことを消費して喜んでいるのが心地いいわけなどなかった。
会うたびに、一緒にいるとき常に、存在自体のあまりの違いを意識させられて居心地の悪い想いにさせられ続けた。
それでも付き合っていた理由は単純明快。
顔と身体がすごく好みだったからである。
およそ、ただでさえ男という生物が価値を見出さざるを得ない「とある欲求」が、さらにあらゆることに優先して重要視されてしまう時期という、ただそれだけのことだった。
自分の人生の中でもあれほど「異性」という事象が単純化され平滑化された時というのは他にない。
どれだけ「きゅるーん」とか「あわわわわー」とかアニメ声で喚かれても耐えられた。
思わせぶりな態度と仕草でどこまでもうざったらしいことを何度されても受け流すことができた。
女の身体を求める欲求の巨大さが、その他のあらゆる違和感や嫌悪や不整合さなどを無視できるほどの些事にしてしまっていた。
さらには。
顔と身体の優秀さ以上に、交わった時の彼女の具合が異様によかったのだ。
といっても、特に技術が優れてるとか、肉体的に優位な特徴があるといったことでもない。
どちらかといえば精神的なものに由来するとでもいうか。
彼女はたぶん本質的には努力家のがんばりやさんだったんだと思う。
自分たちの部屋とかホテルのベッドやソファーの上で、いざ行為が始まっても彼女は「自己演出」を必死で続けていた。
どれだけなにをやれども、己自身に課した「キャラ」を守り、憑依をつづけようと全力でがんばっていたのだ。
でもいつしかそれも限界を迎える時が来る。
生物として当然の、自意識ではどうしようもない本質的で原初的な部分の発露。
甲高いアニメ声がひび割れて、威圧感すら感じる野太い咆哮のような吠え声。
お世辞にも可憐とは言いづらい、生々しくてダイレクトな身体運動と反射行動の数々。
彼女のアイデンティティといっても過言ではない「自己演出」、己に降臨させて守り続けようとする「キャラ」が行為の途中で限界を迎えて崩壊する瞬間。
その他のあらゆることが「演技」だったからこそ、この最も重要な行為の中で何よりの「真実」を垣間見せてくれたような気持ちになった。
彼女の何がどれだけ嘘だったとしても、これだけは偽りようの無い「本物」をありありと眼前に露出してくれたとでもいうような。
その時点でそうはっきり自覚していたわけではないけれど、確かにそんな希少で重要な価値を彼女は自分にもたらしてくれていたと思う。
さほど永く付き合っていたわけではない、今では連絡先もわからないあのイタイ女の子を今になってそう思い出すのである。
今、まさに前例のない大流行を巻き起こしている(らしい)作品が世間の話題を席捲している様子に、ふとそんな感慨に包まれた。
相変わらず自分がそうなりたいとは微塵も思わないし、一歩引いて俯瞰がちに冷めた批判めいた視線を向けてしまうけれど、それにハマりこんでいる人たち自体に対してはむしろうらやましいような気持ちが強くなったような気がする。
自分の持たざる感性や能力をまばゆく感じる今の状態はそう悪いものではないと、独り自惚れたくなるのである。
了
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