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楽園からの追放

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 少年には無二の友人がいた。
 どこに行くにも一緒。
 他の学友の冷やかしなどまるで気にもならない。

 幼いころから掛け替えのない存在であった少女。

 最古の記憶はその微笑(ほほえみ)から始まる。
 穢れ無き無垢の輝き。
 あるのが当然と受け入れて。
 まるで双子のようにじゃれあいながら共に過ごしてきた。

 二人が机を並べて学ぶようになった今。
 見慣れたはずのその横顔には思春期の深みが浮かぶようになる。
 少年にとって少女が見せ始めた表情は未知のもの。
 精神の成熟を早くも始めようとする少女の変化に戸惑いを覚えるも。
 かつての面影を残した柔らかな頬と暖かな眼差しに安心をして。
 己の中に生まれた不安は知らぬふりをする。

 嗚呼、黄金の日々。

 今日も二人。
 夏の日差しを受けながら笑いあう。
 毎年変わらぬ森の散策。
 網と籠は少年が持つ。
 少女は麦わらをかぶる。

 獲物は何処(いずこ)。
 狙うは七年の熟成を経て現れた大物。
 木々の葉の間をねめつける。
 幹と同じ体色に誤魔化されぬよう狩人の心持で。

 あ、見つけた!
 
 瞬時に踊る竿の一閃。
 その後には確かな手ごたえがあったはず。

 だがその一撃は飛び去った影と。
 少女の控えめな叫びで無為に帰す。

 逃げ去る瑞々しい生命の証が迸(ほとばし)り。
 青春の光に輝く顔は汚(けが)される。
 優美な鼻梁を伝う液体。
 それを拭いながら口にする気まずそうな言葉。
 困ったような怒ったような表情。
 大きな瞳は想定外の事態に歪みながら。
 それでいて口元にだけは笑みがある。

 未だかつて見たことがない少女の貌(かお)。

 それを目にした瞬間。
 少年の中に何かが生まれた。

 熱く切ない何かが奔流し競りあがってくる。
 感情とは違う。
 感覚が先行して後から己の精神に何かを与え始める。
 下腹の奥、これまで意識したことも無い器官が目覚めた。

 いつしか鼓動は心臓からだけでなく。
 別の場所からも得ることを知る。
 それを齎(もたら)すものは確かに目の前の存在。
 これまでは安らぎと暖かさの象徴であったものが別の価値を持つのだと思い知る。
 羞恥や恥じらいという概念を知らぬままその存在を本能で理解する。

 その狂おしい渇望の強さ。
 なにか後ろめたくやましい。
 見てはいけないものを目にしてしまったような。
 思ってはいけないことを心に描いてしまったような。
 暴力的で攻撃的な衝動の激しさに眩暈を受けて。


 少女の顔から視線を逸らした。
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