面喰い令嬢と激太り皇帝

今井ミナト

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激太り皇帝の真実

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 たどり着いた聖堂は暗がりの中でも薄く発光しているように美しかった。あまりにも神秘的な光景に私は思わず息を呑み、この特別な建物で陛下と過ごせることを嬉しく思った。
 人に見られていないかあたりを見回し、結婚式では侍従が開けてくれた重い扉を体重をかけて開ける。精一杯体重をかけてもなかなか動かない扉に焦りながら、やっと開いた隙間に身体を滑りこませた。

 聖堂の中は、いくつもの天窓から月と星の光が優しく振り注ぎ、銀河のような絨毯がきらきらと輝いていた。
 絨毯の先に皇帝陛下はいない。遅れなかったことに私はほっと息を吐き、綺麗と呟いた。

 その瞬間だった。私は後ろから羽交い締めにされ、厚い絨毯の上に仰向けに引き倒された。身体の上に馬乗りになられ、身動きが取れない。

「いや、やめて!」
「理想の淑女だと聞いていたが、案外じゃじゃ馬なんだな」

 そう言って笑ったのは、皇兄様だった。

「ここの封印は堅い。私の魔力を通してあるから、奴の馬鹿高い魔力をもってしても、ここを開けることはできないだろう」

 皇兄様はそう言って、私の頬に指を沿わせる。それが気持ち悪くて身をよじると、皇兄様は愉快そうに笑って続けた。

「半分しか契約の済まない妃を放り出しておくとは、あいつの油断には笑わせられる。あいつに魔法が効かなくても、妃の繋がりを使って呪えばあいつを殺すことも簡単だというのに」

 私は右手に輝く金の聖痕を見た。この契約はまだ半分だということ? ふっと、皇兄様が私を鼻で笑う。

「それにあいつは今頃城下に出たドラゴンとダンスでも踊っているだろうよ」

 ドラゴン? まさかこの人は自分の利益のために、守るべき民に危害を加えるというのか。

「妃か民か。奴はどちらを選ぶんだろうな」

 皇兄様はそう言って、私の服を少しずつ脱がせていく。怯える私を楽しむようにわざとゆっくりと。私の胸元が露わになろうとする間際、皇帝陛下の顔が浮かんで私の眼から涙が一筋流れ落ちた。
 そして、ふっと何かが頭をよぎった。

 その瞬間だった。どごっと鈍い音がしてさっき体重をかけてやっと開けた分厚い扉が四散した。衝撃からくる風に私は顔を背ける。皇兄様は即座に身体を起こしたようで、私の身体が軽くなった。
 私、助かったの……?

 風が収まり扉の方を見やると、そこにいたのは標準体型の男性。ほっとしたけれど、皇帝陛下が来てくださると期待してしまっていた自分に気がついた。
 ……がっかりするのはお門違いだ。皇帝陛下は城下に現れたドラゴンと戦っているのだろう。

 皇兄様は、その男性に向き直ると剣を構えた。

「無事か」

 ただ一言、それだけの言葉だったけれど、私はその声に聞き覚えがあった。男性は皇兄様に構うことなく、足早にこちらに進んでくる。

「皇帝陛下?」
「ここの護りを壊すのに溜め込んだ魔力をすべて使ってしまった」

 そう話す皇帝陛下は、少し癖のある茶色の髪の美丈夫だった。あんなに大きかった体躯は一般男性と変わらない。
 私は驚きのあまり陛下から目が逸らせない。皇帝陛下は私の元まで来ると、自分のマントを外して優しく私にかけてくれた。その瞳は深い蒼。私を癒やす色だ。そして皇兄様に向き直ると、この下郎め、と拳を振り抜いた。

 それはそれは見事な一撃だった。皇兄様は遥か後方に吹っ飛び、そのままがくりと動かなくなる。
 騎士隊相手に一人で無双していた姿が頭をよぎった。しかし、私はそれよりも重要なことを思い出した。

「陛下! ドラゴンが!」
「わかっている。しかし俺の魔力はほとんど使ってしまった……」

 皇帝陛下が眉根を寄せる。その顔は夢の天使を思い起こさせた。

「大丈夫です。貴方ならやれるはずです。私もできることをします」

 そう言った私に陛下は真剣な表情でうなずき、一筋の光を残してその場から立ち消えた。
 私は震える手を抑えて、自分の服を整えると、皇兄様を拘束するため、人を呼んだ。駆けつけてきた衛兵は木っ端微塵になった聖堂の扉にあんぐりと口を開け、中に私を見つけると慌てて走り寄ってきた。

 衛兵に皇兄様が私を拐かし、謀反の意があることを伝える。声が震えるけれど、できるだけ毅然として見えるように。そして、陛下のマントを見せながら陛下をお助けしてください、と頼んだ。

 私は侍女に引き渡され、体を清められるともうおやすみください、と声をかけられた。皇兄様は皇帝陛下が帰られるまで軟禁されるということだ。

 寝台に入っても私は目が冴えて眠れず、窓まで歩み寄ると、どうかご無事でと手を組んだ。陛下は私を助けるために魔力を使ってしまったと言っていた。背中を押したものの、本当にこれで良かったのだろうか。

 そのときふと、組んだ右手の聖痕が光ったように思った。右手の聖痕は陛下との繋がりで私の護りだと聞いた。反対に私の祈りが陛下の護りになればいいのに。
 ――無事に帰ってきてください。私は左手で聖痕を握り、そのままずっと祈り続けた。


 日付をまたぎ、皇帝陛下が帰ってきた。静まり返った夜の帝城に広がって行くざわめき。侍従から侍女を通して陛下の帰還を報せられた私は、身支度をさせる時間も惜しんで、寝間着に分厚いガウンを羽織ると陛下の元へと駆け出した。
 全然進まない脚をもどかしく思いながらたどり着いたホールで皇帝陛下はたくさんの兵や使用人に囲まれていた。

「皇帝陛下!」

 こちらを見た陛下は血まみれで、一気に血の気が引く。驚いたように目を見開いた皇帝陛下が私の名を呼ぶ。

 私と陛下の間の人垣が割れる。歩み寄ってその頬に手を差し出して、やっとのことでお怪我はと尋ねた。皇帝陛下は大丈夫だと静かに微笑む。

「貴方の声が聞こえた気がしたんだ」

 私は感極まって人目もはばからず皇帝陛下に抱きついた。皇帝陛下は驚いたようにしばらく手をさ迷わせていたけれど、優しく私を抱きしめてくれた。


 次の日、陛下の替わりに侍従が私の部屋を訪れ、陛下の侍医や駆けつけた兵たちの話をまとめて話してくれた。皇帝陛下は大事をとって侍医に安静を言い渡されている。驚くべきことに、皇帝陛下ほぼ御一人で家くらいはあるドラゴンを制圧したのにも関わらず、ほとんど怪我もしていないそうだ。
 私は安堵の息を吐いた。あの時の血はほぼ返り血だったらしい。

 皇帝陛下の戦いぶりは凄まじく、剣を携えてのドラゴンとの一騎打ちはまさに伝説の勇者そのものだったそうだ。激しい闘いに皇帝陛下の剣が折れ、もうだめだと思った瞬間、強い魔力の塊がドラゴンの全身を焼いたのだと言う。


  *  *  *


「だけど、あれほど溜め込まなくても強い魔力が使えると知っていたら、あんなに醜い体型にならなかったのに」

 私の部屋でくつろぐ皇帝陛下はもう太ってはいない。波打つ茶色の髪と深い蒼色の瞳が美しい美丈夫だ。不満げに眉を寄せる姿でさえ魅力的だ。
 何でも皇帝陛下は魔力を溜め込むと太る体質らしい。子供の頃はそれが嫌で、遠くまで瞬間移動しては痩せた体を維持していたけれど、あるときからいざというときに魔力切れを起こさないように肥った身体のままでいるようになったらしい。

「今ならどんな姿の皇帝陛下でも愛せると誓えます」

 私は頬を染めながら言う。皇帝陛下が私好みの美丈夫になったためではない。私は皇兄様に押し倒されたあのとき、思い出したのだ。

 五歳の私が迷子になったとき、太った男に押し倒されていたずらされそうになっていた。ちょうどそのとき、不思議な光とともに金髪碧眼の天使のような男の子が現れて、助けてくれたのだ。
 太った男性が怖いのはその時の出来事が心理的な傷となって残ったためらしい。また時に、心を守るために大きな傷となる出来事を忘れてしまうことがあるらしく、私はその出来事自体を忘れてしまっていた。

「髪と瞳の色が変わったこと、教えてくださればよかったのに」
「!! もしや、思い出したのか?」

 驚いたように言う皇帝陛下をじとりと睨む。すると、言い訳でもするかのように皇帝陛下は眉尻を下げた。

「思い出せないなら思い出さないほうが良いと思ったのだ。あれは貴方にとって良い思い出ではない。それに俺は夢で逢いに行っていたから」

「まさか!」

 私の声に気まずそうに頬をかく皇帝陛下。私を助けてくれた後、力を溜めて国を良くするのに使おうと決めたは良いけれど、年々醜くなる自分の姿が辛くなると私の夢を訪れていたらしい。
 夢の中では当時の姿でいられたが、自分との乖離が激しくなってくると、容姿への劣等感とあいまって夢の姿を維持するのが難しくなったそうだ。

「こんなことなら早くこの姿になって求婚しに行くんだった」

 がくりとうなだれる陛下に私は笑う。
 幼いあの日、私を助けるのに帰る分の魔力を使ってしまった陛下は魔力切れで帰れなくなり、私の父の助けを借りることになった。それもあって、体型が戻るともう魔力が使えないと思いこんでいたらしい。

 肥らなくても強い魔力を扱えるようになった原因は検証中だけれど、成長に伴って魔力量が増えたことと私との婚姻の契約が関係しているのではないかということだ。

「その過程がどうあろうと、貴方の努力で得た力は誇って良いんですよ」

 私が言うと、私の天使様はそれはそれは美しい笑顔で笑った。
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