面喰い令嬢と激太り皇帝

今井ミナト

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【番外編】激太り皇帝の天使

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※ 皇帝サイドの番外編です。


 大帝国の第二皇子として産まれた俺は、所謂先祖返りというやつらしい。魔力を持つことで有名な我が一族だが、その力は世代を重ねるごとに衰える一方。そのかわり近年では、先祖が持っていたある厄介な体質もほぼ見られなくなっていた。

 俺は父を含めた存命の皇族の誰よりも強い魔力を持つだろうと幼い頃から評されていた。先祖と同じ――魔力を貯め込めば溜め込むだけ醜く太る呪いのような――体質を現世で唯一持ち合わせていたからだ。

 たいした魔力も使えない幼い頃は、二つ年嵩の兄によく豚と馬鹿にされた。使用人達からまで、憐れむような馬鹿にするような顔を向けられて俺は内心くさっていた。

 五歳くらいの頃だろうか。どんよりとした毎日に嫌気が差して、どこかに行ってしまいたいという考えが頭をよぎった。すると光とともに突然景色が切り替わり、自分が見たこともない街にいることに気がついた。
 慌てて城に帰りたい、と願えばあっという間に城へと戻ってきていて、あんなに嫌だった醜い体はほっそりと綺麗に痩せていた。

 それからは毎日が楽しかった。ちょっと太ってきたと思ったらふらりと瞬間移動でどこかへ行く。見たことのない街、新しい景色。外の世界には俺を馬鹿にする者などいない。

 一年も瞬間移動でふらふらと国内を巡ると、自分の父である皇帝が良い為政者ではないことに気がつき始めた。城には父を持ち上げる身なりのよい貴族しか来なかったけれど、瞬間移動で見た景色の中には飢える民や働かされ続ける民、痩せて弱っていく民がいた。
 しかし、子供の自分に何ができる。俺はあいかわらず城を抜け出してふらふらと瞬間移動で国内を巡る生活を続けていた。

 あるとき、もう少し魔力を貯めてから瞬間移動をしたらどうなるのだろうと気になった。瞬間移動で魔力が消費できると気づいてからは、こまめに瞬間移動を繰り返していたため、近場の街はある程度まわり尽くしてきていたのだ。
 いつもより少し太るのを待ってから力を使う。俺はいつものとおりどこかへ行きたいと願って、魔力の光に身を任せた。

 移動した先は、見たことのない建築様式の教会だった。

 あちこちの窓は埃で曇り、ところどころひび割れてさえいた。梁や装飾にかかる蜘蛛の巣からもここが長らく使われていないのだとすぐにわかる。
 こんなところにいても仕方ない。外を見てみるか。そう思って歩き出そうとすると、甲高い小さな声が聞こえた。

「いや、やめて!」

 つられてそちらを見ると太った男が小さな女の子を床に押し付けていた。何をしようとしているのかはわからないけれど、女の子の声は恐怖に満ちていた。
 俺は迷った。魔力を使えば恐らく大きな男であろうと昏倒させられる。しかし、ここは帝城からかなり遠いのだ。帰れなくなると困るし、できるだけ魔力を残しておきたい。
 俺が迷っている間に男は女の子に体重をかける。

「たすけて」

 女の子の声が聞こえて、俺は反射的に魔力を使った。崩れ落ちる男。男の下からなんとか這い出てきたのは、白金の髪に、エメラルドの瞳のまるで天使のような女の子だった。その顔は涙に濡れて、美しい瞳が余計に煌めいて見えた。

「天使様?」

 自分の方がよっぽど天使のような外見をしているくせに女の子が俺に尋ねてくる。それがおかしくて笑い、大丈夫かと声をかけた。
 すると、女の子は小さくうなずいて、お礼の言葉を口にした。

 女の子は見るからに幼くて、選択を迷った自分が嫌になる。もっと早く助けていたらこの子は怖い思いをしなくてすんだのに。

「すぐに助けられなくてすまない」

 罪悪感に耐えきれずに謝ると、女の子は首を横に振った。

「助けてくれてありがとう」

 そして、もう一度お礼を言って花が咲いたようににっこりと笑った。その笑顔を見て、俺の目から涙が勝手に溢れ出てきた。これまでも俺は助けたかったのだと、この時初めて気がついた。

 どうして泣いているの? と尋ねる天使のような女の子に、つい自分のことをぽつりぽつりと話す。民が苦しんでいること。自分は民を守りたいこと。そのためには力が足りないこと。

「大丈夫。貴方ならできるわ。貴方は大きな大人に立ち向かって私を助けてくれたもの」

 小さな手で俺の手を包んで彼女は語る。その手は柔らかくて護るべきものだと思った。

「私も自分のできることをやります」

 小さな顔に煌めく大きな瞳には強い決意が込められて、とても美しかった。



 その日から俺は無闇に瞬間移動して魔力を浪費することを止めた。俺だけの力。誰も叶わない力。だけど、まだ足りない。あの日、あの子を助けたことで、俺は自力で帝国に帰れなかった。

 もし、俺の力が足りなかったらどうなっていた? もし、護るべきものがもっと増えたとき、俺は力が足りないからと諦めるのか?
 あの日、俺は自分のいつも通りの生活とあの子とを天秤にかけて、あの子を助けた。もっと大切なものが天秤に乗ったとき、今の俺ではどちらかを捨てなければいけなくなる。そんなのは嫌だ。

 瞬間移動をやめると、俺の体はぶくぶくと太っていった。父も兄も俺を笑い、使用人には蔑まれた。自分で決意したものの、辛くてすぐに挫けたくなった。
 だけど、あの子との約束を胸に魔力を貯めて、皇族に伝わる魔力を扱う術を学び続けた。

 俺は特別に多い魔力があるから瞬間移動なんて芸当ができるけれど、皇族であってもそんなことができるのは最初期の皇族を除けばほんの一握りだ。
 建国当時にあった魔力を込めた建物や道具を創る技術は喪われて久しく、その遺物をどう活用するかが今は重視されている。有用な術も伝承として伝わるのみで、簡単に知れるのは小さな魔力でも扱えるような取るに足らない術ばかり。

 その中に、眠る相手の夢の中に自分の意識を飛ばす術を見つけた俺は、すぐさまあの子に会いに行った。あまりに変わりすぎて俺だとわからないかもしれないと、出会った日と同じ姿をとって。
 するとあの子は夢に現れた俺を、また同じように励ましてくれた。

 周りの目や態度、何よりそれらに屈しそうな自分自身に失望するたび、出会った日の姿をとってあの子に会いに行った。会いに行くたびあの子は少しずつ成長していったけれど、毎回変わらぬ強く美しい瞳で俺を励ましてくれた。

 夢での逢瀬を何度も繰り返すうちに、どんどんあの子は俺の特別になっていった。想いが溢れて一度だけ、待っていてくれる? と尋ねたことがある。
 すごく恥ずかしかったけれど、こくんと頷いた彼女がとても可愛らしくて、天にも昇る気持ちになった。

 力を蓄え、知識を増やし、次期皇帝としての地盤固めをしていく。魔力では勝るとはいえ、俺は第二皇子。周辺諸国を攻め落として富を蓄えることを目的とする父や兄と、民を護りたい俺とでは方針も異なる。
 もっと強い絶対的な力を得なければ。

 まさか、その間にあの子が隣国の王太子の婚約者になっているなんて夢にも思いはしなかった。彼女の立場に立ってみれば仕方のないことだとはわかっている。俺にとっては現実でも彼女にとってはただの夢にすぎないのだから。
 夢で逢う彼女はどんどん美しく成長し、女神もかくやという外見になっていた。俺はというと、ぶくぶくと魔力で膨らんだ身体は醜く、鏡を見るのが辛いほどだ。せめてもと食事を摂ることをやめてみたが、それでも魔力を吸って身体はどんどん引き伸ばされていった。

 彼女が学園に入学するタイミングで、俺は信頼できる部下に彼女の国の王太子を籠絡するよう指示を出した。ふらふらと街を出歩いていたときに知り合った子供だったが、成長してからは俺の諜報員のような仕事をしてくれていた。

 かの国の王太子は女遊びの派手な軽薄な男だという。

 そんな相手に彼女が嫁いで、不幸になるのは嫌だった。いや、それは言い訳で、単純に彼女に手を出されるのが嫌だった。あの美しい彼女に女好きの王太子が手を出さないはずがない。
 俺はあと少しで帝位に手が届くところだったし、容姿も容姿だけに正攻法で婚約を申し込み、彼女を迎えに行くのは憚られたのだ。

 この申し出に対し、半ば友人関係にある諜報員の女は、俺のことを『臆病チキンで粘着質なつきまといストーカー男』と評した。余りの言い様だけれど、納得できるだけに内心かなり堪えた。

 もし、部下が失敗したらおとなしく手を引くつもりだった。いや、一回婚約の打診をするくらいはしてみたかもしれないけれど。

 帝国に着いた彼女の様子をこっそりとうかがい、内心期待してしまっていた。まさか結婚式で気絶、初夜で蕁麻疹まみれになるほど辛い思いをさせてしまうなんて。

 ――俺は外見だけでなく、中身も醜い。

 醜い俺を彼女が拒否することを考えて、結婚式ではけして目を開けないように念押ししていた。卑怯なだまし討ちが情けない。それでも彼女を手に入れたかった。

 目をつぶっていてもウェディングドレス姿の彼女は美しかった。彼女は気づいているだろうか。皇帝であろうとあの身体に添うラインのドレスをすぐに用意することはできないことに。
 数々の装飾品に俺の瞳の色を散りばめた彼女の姿はまるで、俺の独占欲を体現しているようだった。

 あの結婚式は俺の力を半分分ける儀式だ。初夜の契りをもって、契約が完成し、彼女は全てから護られる。もし、彼女に初夜を拒否されてしまったら、俺の力の半分は喪われる。
 無理強いはできない。だけど、俺を受け入れてほしい。彼女の身体ではなく心が欲しいのだ。これだけ騙したように結婚しておいて今更だけれど。

「どんな姿の貴方も愛せると誓えますわ」

 その言葉にどれだけ心を動かされたのか彼女は知らない。やっと手に入れた俺の天使。俺の隣で彼女は眠る。


 物語は、末永く幸せに暮らしました、で幕を閉じるのだ。
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