Sonora 【ソノラ】

文字の大きさ
55 / 235
アフェッツオーソ

55話

しおりを挟む
 日暮れのパリ。凱旋門やシャンゼリゼ通りなどを有する、観光名所としても世界屈指である八区の片隅。

 木製で年季の入った〈ソノラ〉のテーブルの上に一つ、生まれたばかりのアレンジが置かれた。置いたのはこの花屋のフローリスト、シャルルである。

「ルピナス、と言ったわね。この花はどういう意味を持っているの?」

 遠目には見えない目元の小皺から察するに、三十路は越したであろうがまだ四十路には遠い、と思しき妙齢の女性が、天に向かって咲き誇る花を指して問いかける。

 それにアレンジ主であるシャルルは慇懃に応答した。いつもより緊張しているようで、しっとりと手は汗ばんでいる。滑らないようにエプロンで何度も拭っていた。

「ルピナスの花言葉は『母性愛』。そしてその語源は、ラテン語で狼を意味する〈ルプス〉から来ている、と言われています。どんな場所でも逞しく生きる、その言葉の通り、上に真っ直ぐと力強く咲いています」

 言い終わってから、シャルルの心臓は大きく跳ねた。

「なるほどね、ストレートな花言葉かと思えば、語源も絡んで優しいだけじゃない親の願いを表現しているわけ。それにこの花籠、面白い形をしているのね」

 優しく丁寧に解説をするシャルルの言葉を消化し、女性はその花を影ながらも、味のある支え方を見せる籠にスポットを当てた。その籠は店主であり、シャルルの姉でもあるベアトリスが気まぐれで購入してきたものだった。

 この籠にかかわらず、ベアトリスは奇抜さを重視した籠を選ぶ傾向がある。オーソドックスなものよりも、癖が強ければ強いほど、自分なりの答えが出し辛い。その考える過程が楽しいのだそうだ。

「はい、かなり珍しいものだと思います。イスの座面がボウル状になっているものは、このタイプ以外に見たことがありません」

 この形の花器を見た瞬間、シャルルはすぐにルピナスとの相性や見た目を吟味した。ベアトリス曰く「使い勝手はよくないが、使い方次第では化ける」とのお墨付きで、その言葉通り少々扱い辛さは感じつつも、アレンジを考えるだけで楽しい一品だった。それが今、お披露目という運びになったのである。しかしそれでも精神にゆとりがあるようには思えない。

「なぜ私にこの花と籠が相応しいと思えたのか、聞いていいかしら?」

 説明するシャルルの話を聞いている限りではまだパズルが埋まらない、と表情でも言葉でも女性は訴える。色とりどりのアレンジフラワーに囲まれた店内で、確信を突くその一言は、アレンジにとって基本となるそれだった。

「お話によると、お客様はご息女に深い愛情を施し、束縛するようなことをせず、彼女の意思を尊重し、支えてきたのだと思います。たとえ挫折を経験したとしても、それを責めず、新たな道があると励まし続けた。しかし、我が子への接し方について、親であれば迷ってしまう時があるのだ、とも」

 抽象的な言い方で進めるシャルルは、あえてこの方法で説いたのだった。それはもし、竹を割ったような性格のシルヴィであれば、即座にヒントや答えを求めてくる程の曖昧模糊とした説法。しかし、それを耳にした女性は「なるほど」と微笑を浮かべた。

「イスとはつまり『役職』のこと、というわけね。母親という役を演じるには、母性愛がなければ完成しない。この花籠のようにね。まだ子供みたいだけど、達観したものの見方をしているのね。いいわ、続けて」

 まだ終わりじゃないんでしょ? と次を促す。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の偽花妃 国を追われた巫女見習いは宦官になる

gari@七柚カリン
キャラ文芸
旧題:国を追われた巫女見習いは、隣国の後宮で二重に花開く ☆4月上旬に書籍発売です。たくさんの応援をありがとうございました!☆ 植物を慈しむ巫女見習いの凛月には、二つの秘密がある。それは、『植物の心がわかること』『見目が変化すること』。  そんな凛月は、次期巫女を侮辱した罪を着せられ国外追放されてしまう。  心機一転、紹介状を手に向かったのは隣国の都。そこで偶然知り合ったのは、高官の峰風だった。  峰風の取次ぎで紹介先の人物との対面を果たすが、提案されたのは後宮内での二つの仕事。ある時は引きこもり後宮妃(欣怡)として巫女の務めを果たし、またある時は、少年宦官(子墨)として庭園管理の仕事をする、忙しくも楽しい二重生活が始まった。  仕事中に秘密の能力を活かし活躍したことで、子墨は女嫌いの峰風の助手に抜擢される。女であること・巫女であることを隠しつつ助手の仕事に邁進するが、これがきっかけとなり、宮廷内の様々な騒動に巻き込まれていく。

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写はすべて架空です。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

処理中です...