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アニエルカ・スピラと紅茶。
1話
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朝になり、空気を入れ替えようと窓を開けると、ほのかにシャクナゲの香りが、冷たい一〇月の空気に乗って入り込んできた。ような気がする。近くにブリッツァーガルテンがあるため、きっとそこから上昇気流やらなんやらが影響して、運ばれてくるのだろう。たぶん。と、アニエルカは適当に判断する。
実際には、近いといっても、敷地の外であるし、他にもダリアやチューリップなどもあるため、シャクナゲがピンポイントで入り込むことはそもそも難しい。その上、その時の気分次第で香る花が違う気がする。全部気のせいなのだが。シャクナゲの日は、朝はミルクティーと決めている。逆にいえば、ミルクティーが飲みたい時はシャクナゲと言っていればいい。誰に対しての言い訳なのかは、自分自身よくわかっていない。
「寒くなってきたから、ミルクティーが飲みたくなるんスかねぇ」
言われてみれば、夏の暑い日はストレートティーとレモンティーが大半をしめた。スッキリとした味で頭を引き締めて、学生なんだから勉強に励まなければ、と自らを鼓舞していた気がする。あれ? そのときもシャクナゲだった?
ドイツの飲み物、といえばビールが一番に思い浮かぶ人も多く、それは正しい。他にもコーヒーを多く飲み、むしろ酒よりコーヒーのほうが消費量が多い。これら二種が国を語る上で欠かせない飲み物だ。
しかし近年、紅茶の消費量が加速度的に上がってきている。特に北部に位置するフリースラントという地域では、一人当たりの紅茶の消費量が世界一とまで言われるほど、紅茶党であふれている。飲み方も独特で、紅茶にはカンディスという氷砂糖とクリームを入れるのが一般的。カンディスをさらにシロップや、リキュールなどで味をつけたミヒェルゼンに変更したりと、幅広く楽しめる。
そのフリースラント出身、ベルリンへは大学入学に必要な資格、アビトゥーア獲得のために来ている少女、アニエルカ・スピラの夢は『自分の紅茶専門店を持つこと』。茶葉を売っている専門店はあるが、カフェで専門店はほぼない。ならば自分から行動して、フリースラントからベルリンを侵食していく。とはいえ、経営学などを学ぶためには大学に行くのが一番、そのためのギムナジウムとして、ケーニギンクローネ女学院を選んだ。しかし、経営学を学ぶ必要があるのか疑問はある。
「いやー、今日こそは寝坊すると思ったんスけどねぇ」
ドイツは朝八時、地域によっては七時半から一時間目の授業が始まるところが大半である。そしてお昼過ぎには、学校が終わるところがまた大半。午後はまったりと過ごして、習い事に行く人もいれば、遊びに行く人もいるというかなり自由度の高い国だ。学習塾のようなところで勉強する者はほぼいない。補習を学校で少し、という程度。そもそも教員も夕方までにはほぼいなくなる。
アニエルカ、通称アニーは、そんな空いた時間はアルバイトをして過ごす。アビトゥーア獲得自体がかなり困難なため、大学入学を望むギムナジウム一一年生、一六歳の少年少女は勉学に励む。にも関わらず彼女は、週五で夕方以降に喫茶店でバイトしている。お金うんぬんよりも、単純に勉強したくないから。でもアビトゥーアのためには勉強しなきゃ。ジレンマ。
「うー、寒ッ……頭いた……」
ハイツングという温水暖房のついた部屋の温度と、冷たい風の温度差で、より寒く感じる。さらに昨晩の酒がまだ残っている。一六になれば、ドイツでは度数弱めなアルコールは飲むことができる。フリースラントにいるときは飲んだことなかったが、こちらにきてから一六を迎え、飲んだところ、軽くハマりつつある。イカンイカン、紅茶のお店を、と戒める。二日酔いにはミルクティー。キミのほうが好きだ。ティーカップに軽くキスをする。
重い足取りで制服に着替える。ズボラな自分には制服があるとありがたい。自主性を重んじる、とかいう親世代のせいで制服ができてすぐに廃止になりかけたが、ひとつ上のなんとかという生徒がうまいこと処理してくれて、選択制になった。きっと聖母のような慈悲深い人なのだろう。今日はそのまま学校終わりにバイトなので、戸締りを指差し確認して玄関を出る。時刻は七時三〇分。ギリギリ間に……無理かも。
ケーニギンクローネ女学院第二学寮。ドイツは住居不足が深刻で有名だ。学生なんて、寮かシェアハウス以外無理だろう。寮もなかなか厳しいくらいだ。奇跡的に見つかり、タッチの差でゲット。もう少し遅れていたら、男女混合のシェアハウスだった。ベルリンでは必須の自転車にまたがり、一〇分ほどの学校へ。
「寒寒寒寒ッッ!!」
もう一〇度を下回る最低気温。フリースラントのほうが全然暖かい。とたんにまたミルクティーを飲みたくなる。一〇分ほどの通学路が果てしなく長く感じる。それより長く感じるのが授業だ。今日は『歴史』『フランス語』『スポーツ』『ドイツ語』。早く終えてバイトに行きたい。
実際には、近いといっても、敷地の外であるし、他にもダリアやチューリップなどもあるため、シャクナゲがピンポイントで入り込むことはそもそも難しい。その上、その時の気分次第で香る花が違う気がする。全部気のせいなのだが。シャクナゲの日は、朝はミルクティーと決めている。逆にいえば、ミルクティーが飲みたい時はシャクナゲと言っていればいい。誰に対しての言い訳なのかは、自分自身よくわかっていない。
「寒くなってきたから、ミルクティーが飲みたくなるんスかねぇ」
言われてみれば、夏の暑い日はストレートティーとレモンティーが大半をしめた。スッキリとした味で頭を引き締めて、学生なんだから勉強に励まなければ、と自らを鼓舞していた気がする。あれ? そのときもシャクナゲだった?
ドイツの飲み物、といえばビールが一番に思い浮かぶ人も多く、それは正しい。他にもコーヒーを多く飲み、むしろ酒よりコーヒーのほうが消費量が多い。これら二種が国を語る上で欠かせない飲み物だ。
しかし近年、紅茶の消費量が加速度的に上がってきている。特に北部に位置するフリースラントという地域では、一人当たりの紅茶の消費量が世界一とまで言われるほど、紅茶党であふれている。飲み方も独特で、紅茶にはカンディスという氷砂糖とクリームを入れるのが一般的。カンディスをさらにシロップや、リキュールなどで味をつけたミヒェルゼンに変更したりと、幅広く楽しめる。
そのフリースラント出身、ベルリンへは大学入学に必要な資格、アビトゥーア獲得のために来ている少女、アニエルカ・スピラの夢は『自分の紅茶専門店を持つこと』。茶葉を売っている専門店はあるが、カフェで専門店はほぼない。ならば自分から行動して、フリースラントからベルリンを侵食していく。とはいえ、経営学などを学ぶためには大学に行くのが一番、そのためのギムナジウムとして、ケーニギンクローネ女学院を選んだ。しかし、経営学を学ぶ必要があるのか疑問はある。
「いやー、今日こそは寝坊すると思ったんスけどねぇ」
ドイツは朝八時、地域によっては七時半から一時間目の授業が始まるところが大半である。そしてお昼過ぎには、学校が終わるところがまた大半。午後はまったりと過ごして、習い事に行く人もいれば、遊びに行く人もいるというかなり自由度の高い国だ。学習塾のようなところで勉強する者はほぼいない。補習を学校で少し、という程度。そもそも教員も夕方までにはほぼいなくなる。
アニエルカ、通称アニーは、そんな空いた時間はアルバイトをして過ごす。アビトゥーア獲得自体がかなり困難なため、大学入学を望むギムナジウム一一年生、一六歳の少年少女は勉学に励む。にも関わらず彼女は、週五で夕方以降に喫茶店でバイトしている。お金うんぬんよりも、単純に勉強したくないから。でもアビトゥーアのためには勉強しなきゃ。ジレンマ。
「うー、寒ッ……頭いた……」
ハイツングという温水暖房のついた部屋の温度と、冷たい風の温度差で、より寒く感じる。さらに昨晩の酒がまだ残っている。一六になれば、ドイツでは度数弱めなアルコールは飲むことができる。フリースラントにいるときは飲んだことなかったが、こちらにきてから一六を迎え、飲んだところ、軽くハマりつつある。イカンイカン、紅茶のお店を、と戒める。二日酔いにはミルクティー。キミのほうが好きだ。ティーカップに軽くキスをする。
重い足取りで制服に着替える。ズボラな自分には制服があるとありがたい。自主性を重んじる、とかいう親世代のせいで制服ができてすぐに廃止になりかけたが、ひとつ上のなんとかという生徒がうまいこと処理してくれて、選択制になった。きっと聖母のような慈悲深い人なのだろう。今日はそのまま学校終わりにバイトなので、戸締りを指差し確認して玄関を出る。時刻は七時三〇分。ギリギリ間に……無理かも。
ケーニギンクローネ女学院第二学寮。ドイツは住居不足が深刻で有名だ。学生なんて、寮かシェアハウス以外無理だろう。寮もなかなか厳しいくらいだ。奇跡的に見つかり、タッチの差でゲット。もう少し遅れていたら、男女混合のシェアハウスだった。ベルリンでは必須の自転車にまたがり、一〇分ほどの学校へ。
「寒寒寒寒ッッ!!」
もう一〇度を下回る最低気温。フリースラントのほうが全然暖かい。とたんにまたミルクティーを飲みたくなる。一〇分ほどの通学路が果てしなく長く感じる。それより長く感じるのが授業だ。今日は『歴史』『フランス語』『スポーツ』『ドイツ語』。早く終えてバイトに行きたい。
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