187 / 223
パリとベトナム。
187話
しおりを挟む
「いやー、静かだねぇ。二人ともいないと」
間接照明で若干薄暗い店のホール内を見渡しながら、カフェ〈ヴァルト〉のアルバイト店員、ビロル・ラウターバッハは安静と共に少々の物足りなさを感じてもいた。
店内はヴァルト、つまり〈森〉を意味しているように、落ち着きのある雰囲気を纏っている。BGMなどもなく、壁には絵画など。ゆったりした時間を過ごしてもらいたい、ということで全席にソファー。板張りの床や緑の鉢植えなどで、森林内を演出している。店員も、黒と白を基調としたシンプルな制服で静かに溶け込む。
ドイツはベルリン。テンペルホーフ=シェーネベルク区。一二あるベルリンの行政区の中で、七番目の区コードを持つ南部の地区にあたる。
空港の滑走路を利用した三百ヘクタールにも及ぶ大きな公園も有し、穏やかな時の流れを実感できる憩いの場でもある。そして歴史的な建造物や街並みに紛れるように、一軒のカフェが存在しているのである。
その背後から近寄ってきた店長代理、ダーシャ・ガルトナーは同意を示しつつも、若干の齟齬を正す。
「二人、というかどう考えても片方だけどね。でもたしかにあれがデフォルトだったから、なんだか逆に物足りなさもあるね」
時間は夕刻。カフェというものが文化として根付いたドイツという国。混み合ってはいるが、いつもよりもスムーズに提供できている気がする。
片方。アニエルカ・スピラ。通称アニー。紅茶を愛し、その熱量は仕事中だろうとなんだろうと、飲みたくなったら飲んでしまうので、常に注意が必要となるこの店の店長。
もう片方、ユリアーネ・クロイツァーは非常に丁寧な接客をするため、問題視はしていない。まだ少女ではあるがこの店のオーナー。
もちろん、毎日アニーがいるわけでもないので、今日のような日はそんなに珍しくないのだが。それでも数日間いない展望となると、この静けさが逆に怖さにも繋がってくるわけで。
「俺からしたら、なんの心配もなく料理を提供できるなんて夢のようです。だって作っても、あいつが『紅茶に合うかも』って思ったら食われるんですよ? 笑っちゃうでしょ?」
HAHAHA! と、他人事のようにビロルは笑う。実際、他人事として捉えている。ドイツではとにかく、料理の提供は時間がかかるところが多いので、そこまで重要には考えていない節もある。
今までに何度アニーが勝手に食べたのか覚えていない。むしろ、たまに自分用にと多めに注文を入れる。ヤツが紅茶を淹れ出したら要注意。
現在、店を任されているダーシャにとっての悩みの種は、解放されて浮き足立つ他の店員のこと。
「笑うとこじゃないでしょ。僕、何回謝ったか数えてる?」
時間がかかる、とはいってもかかり過ぎれば黙っていないお客もいるわけで。その度に出ていくのはこの人物なわけで。
間接照明で若干薄暗い店のホール内を見渡しながら、カフェ〈ヴァルト〉のアルバイト店員、ビロル・ラウターバッハは安静と共に少々の物足りなさを感じてもいた。
店内はヴァルト、つまり〈森〉を意味しているように、落ち着きのある雰囲気を纏っている。BGMなどもなく、壁には絵画など。ゆったりした時間を過ごしてもらいたい、ということで全席にソファー。板張りの床や緑の鉢植えなどで、森林内を演出している。店員も、黒と白を基調としたシンプルな制服で静かに溶け込む。
ドイツはベルリン。テンペルホーフ=シェーネベルク区。一二あるベルリンの行政区の中で、七番目の区コードを持つ南部の地区にあたる。
空港の滑走路を利用した三百ヘクタールにも及ぶ大きな公園も有し、穏やかな時の流れを実感できる憩いの場でもある。そして歴史的な建造物や街並みに紛れるように、一軒のカフェが存在しているのである。
その背後から近寄ってきた店長代理、ダーシャ・ガルトナーは同意を示しつつも、若干の齟齬を正す。
「二人、というかどう考えても片方だけどね。でもたしかにあれがデフォルトだったから、なんだか逆に物足りなさもあるね」
時間は夕刻。カフェというものが文化として根付いたドイツという国。混み合ってはいるが、いつもよりもスムーズに提供できている気がする。
片方。アニエルカ・スピラ。通称アニー。紅茶を愛し、その熱量は仕事中だろうとなんだろうと、飲みたくなったら飲んでしまうので、常に注意が必要となるこの店の店長。
もう片方、ユリアーネ・クロイツァーは非常に丁寧な接客をするため、問題視はしていない。まだ少女ではあるがこの店のオーナー。
もちろん、毎日アニーがいるわけでもないので、今日のような日はそんなに珍しくないのだが。それでも数日間いない展望となると、この静けさが逆に怖さにも繋がってくるわけで。
「俺からしたら、なんの心配もなく料理を提供できるなんて夢のようです。だって作っても、あいつが『紅茶に合うかも』って思ったら食われるんですよ? 笑っちゃうでしょ?」
HAHAHA! と、他人事のようにビロルは笑う。実際、他人事として捉えている。ドイツではとにかく、料理の提供は時間がかかるところが多いので、そこまで重要には考えていない節もある。
今までに何度アニーが勝手に食べたのか覚えていない。むしろ、たまに自分用にと多めに注文を入れる。ヤツが紅茶を淹れ出したら要注意。
現在、店を任されているダーシャにとっての悩みの種は、解放されて浮き足立つ他の店員のこと。
「笑うとこじゃないでしょ。僕、何回謝ったか数えてる?」
時間がかかる、とはいってもかかり過ぎれば黙っていないお客もいるわけで。その度に出ていくのはこの人物なわけで。
0
あなたにおすすめの小説
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~
馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」
入社した会社の社長に
息子と結婚するように言われて
「ま、なぶくん……」
指示された家で出迎えてくれたのは
ずっとずっと好きだった初恋相手だった。
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
ちょっぴり照れ屋な新人保険師
鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno-
×
俺様なイケメン副社長
遊佐 学 -Manabu Yusa-
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
「これからよろくね、ちとせ」
ずっと人生を諦めてたちとせにとって
これは好きな人と幸せになれる
大大大チャンス到来!
「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」
この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。
「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」
自分の立場しか考えてなくて
いつだってそこに愛はないんだと
覚悟して臨んだ結婚生活
「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」
「あいつと仲良くするのはやめろ」
「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」
好きじゃないって言うくせに
いつだって、強引で、惑わせてくる。
「かわいい、ちとせ」
溺れる日はすぐそこかもしれない
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
俺様なイケメン副社長と
そんな彼がずっとすきなウブな女の子
愛が本物になる日は……
【完結】皇帝の寵妃は謎解きよりも料理がしたい〜小料理屋を営んでいたら妃に命じられて溺愛されています〜
空岡立夏
キャラ文芸
【完結】
後宮×契約結婚×溺愛×料理×ミステリー
町の外れには、絶品のカリーを出す小料理屋がある。
小料理屋を営む月花は、世界各国を回って料理を学び、さらに絶対味覚がある。しかも、月花の味覚は無味無臭の毒すらわかるという特別なものだった。
月花はひょんなことから皇帝に出会い、それを理由に美人の位をさずけられる。
後宮にあがった月花だが、
「なに、そう構えるな。形だけの皇后だ。ソナタが毒の謎を解いた暁には、廃妃にして、そっと逃がす」
皇帝はどうやら、皇帝の生誕の宴で起きた、毒の事件を月花に解き明かして欲しいらしく――
飾りの妃からやがて皇后へ。しかし、飾りのはずが、どうも皇帝は月花を溺愛しているようで――?
これは、月花と皇帝の、食をめぐる謎解きの物語だ。
【完結】旦那様、離縁後は侍女として雇って下さい!
ひかり芽衣
恋愛
男爵令嬢のマリーは、バツイチで気難しいと有名のタングール伯爵と結婚させられた。
数年後、マリーは結婚生活に不満を募らせていた。
子供達と離れたくないために我慢して結婚生活を続けていたマリーは、更に、男児が誕生せずに義母に嫌味を言われる日々。
そんなある日、ある出来事がきっかけでマリーは離縁することとなる。
離婚を迫られるマリーは、子供達と離れたくないと侍女として雇って貰うことを伯爵に頼むのだった……
侍女として働く中で見えてくる伯爵の本来の姿。そしてマリーの心は変化していく……
そんな矢先、伯爵の新たな婚約者が屋敷へやって来た。
そして、伯爵はマリーへ意外な提案をして……!?
※毎日投稿&完結を目指します
※毎朝6時投稿
※2023.6.22完結
フローライト
藤谷 郁
恋愛
彩子(さいこ)は恋愛経験のない24歳。
ある日、友人の婚約話をきっかけに自分の未来を考えるようになる。
結婚するのか、それとも独身で過ごすのか?
「……そもそも私に、恋愛なんてできるのかな」
そんな時、伯母が見合い話を持ってきた。
写真を見れば、スーツを着た青年が、穏やかに微笑んでいる。
「趣味はこうぶつ?」
釣書を見ながら迷う彩子だが、不思議と、その青年には会いたいと思うのだった…
※他サイトにも掲載
【完結】私の事は気にせずに、そのままイチャイチャお続け下さいませ ~私も婚約解消を目指して頑張りますから~
山葵
恋愛
ガルス侯爵家の令嬢である わたくしミモルザには、婚約者がいる。
この国の宰相である父を持つ、リブルート侯爵家嫡男レイライン様。
父同様、優秀…と期待されたが、顔は良いが頭はイマイチだった。
顔が良いから、女性にモテる。
わたくしはと言えば、頭は、まぁ優秀な方になるけれど、顔は中の上位!?
自分に釣り合わないと思っているレイラインは、ミモルザの見ているのを知っていて今日も美しい顔の令嬢とイチャイチャする。
*沢山の方に読んで頂き、ありがとうございます。m(_ _)m
溺愛ダーリンと逆シークレットベビー
吉野葉月
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。
立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。
優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?
【完結】見えてますよ!
ユユ
恋愛
“何故”
私の婚約者が彼だと分かると、第一声はソレだった。
美少女でもなければ醜くもなく。
優秀でもなければ出来損ないでもなく。
高貴でも無ければ下位貴族でもない。
富豪でなければ貧乏でもない。
中の中。
自己主張も存在感もない私は貴族達の中では透明人間のようだった。
唯一認識されるのは婚約者と社交に出る時。
そしてあの言葉が聞こえてくる。
見目麗しく優秀な彼の横に並ぶ私を蔑む令嬢達。
私はずっと願っていた。彼に婚約を解消して欲しいと。
ある日いき過ぎた嫌がらせがきっかけで、見えるようになる。
★注意★
・閑話にはR18要素を含みます。
読まなくても大丈夫です。
・作り話です。
・合わない方はご退出願います。
・完結しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる