スケルトンとして生きるには、少しだけ狂っていなきゃいけない

ピモラス

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強者と狂者

ネクロマンサー 後編

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 そしてギドは前線に送られた。
 そこは一大野営地を敷いていたが、負傷者だらけで野営地は混乱していた。
 ギドは増援の一団として送られていたのだが、その役目は戦場の殿軍を行い、正規の将兵を無事に一人でも多く逃がす為の部隊に加えられた。

 その部隊にはまともな人は少なかった。
 借金の返済や金に困っている者が多い。
 捕まった軽犯罪者や薬物の中毒者。
 軍機違反の軍人や、何かの都合でいない方がいいような者。
 そんな集団にしんがりを任せるのなら、この隊は捨て駒か。
 単なる時間を稼ぐ部隊で、本物の正規将兵を逃がすしんがりの部隊がいるのかもしれん。


 まあ、死んで困らないのなら敵も味方も関係ないのではないか。
 むしろ、最初の死体を自らで作成する必要もない分、幸運なのかもしれない。

 彼の口角は自然と上がっていた。
 そして、敵軍か味方かわからない太鼓やラッパの音が聞こえてきた。
 矢が飛来してくる。
 渓谷の川沿いに砂塵が見え始めた頃に、部隊は既に崩壊していた。
 二百名程いたような気がしたが、指揮官に従っている人数は五十人もいない。
 本体の逃げる方向へ続いて走って逃げていた。
 ギドの周囲にも矢が飛来していたが、彼は風の魔法で身を包み矢を避けていた。
 そして騎兵が来て逃げ惑う者の背を鉄の槍で襲う。
 ギドはしゃがみこみ、地面を手で触れる。
 地中の岩盤を魔力で探り、同時に馬や槍から遠ざかるように動く。既に敵の歩兵も眼前に迫っている

 ここがよさそうだと思える岩盤を見つける。
 土魔法を唱え、地面を緩ませる。
 蜘蛛の巣のように放射状に亀裂が走る。その半径は五メートル程。
 しかし、範囲内の兵は足を取られ転倒している。
 ギドは緩んだ地中から岩盤に向かい魔力を注ぐ。
「来い、真実を告げる者よ」
 そう口ずさむと岩石のゴーレムが地面より這い出してきた。
 死霊術とは別の古代の召喚魔法の書物でおぼえたものだ。
 身長二メートルを超える太く分厚いゴーレムはギドを守るようにのそりと動いた。
 ゴーレムは魔力を注いでいる限り崩壊しない。
 ギドの魔力ならば、三日は動かせた実績がある。
 しかし、ここでは他の目的で魔力を使いたい。


 ゴーレムと共に移動し近くの死体を探す。
 周囲は大騒ぎで殺し合いをしているが、ギドは冷静だった。
 探すまでもなく、死体は散乱しており、ゴーレムも次々に新な死体を生産していた。
 ギドは死体に直接触れ、感染力のあるゾンビを作り出した。
 研究と改良を重ね、魔力と「コウモリの血やネズミのしっぽ」などを使った霊薬を使用したゾンビは五分程度は活発に活動できた。
 そして、そのゾンビに噛まれたりひっかかれたりするものはゾンビになる。その接続時間は二分程度だった。そのゾンビに襲撃されたものは、またゾンビになり、連鎖していく。
 死体に直接触れて計十体ほどの霊薬使用の感染ゾンビを自作した。


 不条理に密集している敵と味方の軍は、瞬く間にゾンビになり、灰になって消滅していく。
 ゴーレムに守られながら、ギドは敵陣の方へゆっくりと歩く。
 ゾンビとは僅かな繋がりを感じるが、敵本陣方向へ進むように指示するも、半数以上は従わない。
 死体を食べていたり、周囲を無秩序にうろうろするだけの個体が多い。
 動きは遅いが、生前より力が強い。
 しかし、指示は通らず無秩序な行動が目立つ。
 ゾンビは使えないな。
 そんな事を考える。

 その時、敵本陣のそばでは白い光が弾ける。
 先行していたゾンビの集団が消滅した。
 さすがは軍同士の戦いか。敵軍の中に浄化魔法の使い手がいるようだ。
 だが、まだ霊薬は百体分ほどある。
 ざっとみた感じ、敵兵の残りは五百もいないだろう。
 半数が消えれば、退却するだろう。
 ゾンビはゾンビを呼び、灰となって次々と消えていく。
 この数相手にどこまでできるのか、どの程度の時間戦えるのか。
 焦点はそこだ。

 周囲に死体は数え切れないほどあった。
 敵か味方かはもう気にならない。
 いや、最初から気にしていないのか。はは。
 食いちぎられたり、撲殺されてボロボロの死体は避けておこう。
 そうして次々にゾンビを作成していると、白い光が飛ばなくなっていた。
 やがて、全てのゾンビは灰になり、ゴーレムに寄りかかるギドだけしかいなくなっていた。
 時折吹く強風が灰を巻き上げ、ギドとゴーレムの上に降っていた。
「さあ、帰るか」


 ゴーレムの肩に乗って、丸一日かけて王城に帰り着いた。
 その姿を見た王都の兵士や王城の門兵に止められるのが煩わしかった。
 ゴーレムから降りて城門の前で待機していた。
 一応、帰還の報告にきたのだが、それも面倒になってきた。
 研究の結果をまとめるほうが、やはり優先するべきであったか。
 戦闘の様子やゴーレム、ゾンビの動きを思い出し、待っていると、前にあった勲章をたくさんつけた爪入りのでかい軍人が来た。
 何かを肩に担いでいる。
 それは偉そうなヒゲであった。両手を後ろで縛られている
 青ざめた顔の目の周りは殴られたのか青あざがある。

「彼は約束を守り帰還した。貴殿もそれに答えよ」
 そう告げていた。もうヒゲには暴れる力は残っていないように見える。

 軍人は落ち着いた声で話した。
「報告は受けている。貴公の働きは見事で、撤退部隊は追撃をまったく受けずに退却できたと。それと、ブラウン卿だが、この者は過去にも軍部にたいして挑発的な発言を繰り返し、公約や口約束を何度となく実践しなかった。聖女様は『彼に託しましょう』と言い、貴公に身柄を渡す事となった。不要ならばこの場で切って捨てるが?」
「切って捨てる」と言うのは本気なのだろう。きっと何人も殺しているに違いない。言葉に感情がない。
「いえ、身柄は受け取ります。報酬の件もありますし、報告をせねばと思っていたのですが、これも報酬の一部ですし」
 そう言うと、軍人は笑った。
「そうか、ではお渡ししよう。それと、報酬は後日、また城に取りに来てもらうことになる。今日はこれで引き上げてほしい。これは私事なんだが、じつは退却部隊に甥がいたのだ。命を救ってもらって感謝する」
 そう言って頭を下げた。
「そうですか。一つだけ追加で報酬を今頂けますか?」
「何?なんだ、言ってみろ」
「あなたの名前を聞いても?」
「はは、そんな事か。私はマーチだ。君はギドだな」
 そのやり取りを、聖女は城の一室から見て、うっすらと笑みを作っていた。


 そうしてギドはお土産を持って帰る。
 当然、学院の寄宿舎には帰れないから、墓地に向かった。
 ゴーレムに担がれたブラウンは大人しかった。
 墓地に付き、作業をしていた墓守に手を上げると、歯の抜けた口を開けて笑っていた。
 その姿を見たブラウンは震えていた。

 墓地の一角に降ろされたブラウンは命乞いを始めた。
「た、頼む。命だけは助けてくれ。わ、ら、悪気はなかったんだ」
 ギドは返事を敢えてしなかった。
 ただ、ゴーレムに寄りかかり、地面に横たわり、涙と鼻水を垂らすヒゲを見下していた。
 そして、戦場での死霊術の事を考えて、きっともう魔術学院には戻れないのだろうと確信していた。
「ブラウンさん。助かりたいですか?」
 十分に間を開けたギドの問いにビクっとしたブラウンはコクコクと頷く。
「では、なんでもすると言ったことは覚えていますか?」
 急に動かなくなったブラウン。
 ギドはゴーレムに、ゆっくりゆっくりと足で足を踏みつぶすように思念で命令を送る。
「ま、待ってくれ。その足、あーあ、あ、あひぃぃぴぎゃー」
 一度ボキリと言う音を聞いてから、ギドはゴーレムに停止を命ずる。

「あー悪気は無かったんですよブラウンさん。だから、態度を改める事を進める。命令だ」
 何故かブラウンは嘔吐していた。それを見て「もう殺してしまおうか」と思ったギド。

 その後、「金と領地と屋敷はあるか」と聞くと「差し押さえられている」と言う。
 では、何ならできるのかを聞いても返答はない。
 やはり、面倒なので殺してゾンビの研究材料が一番かと考えていたが、小悪党なら…
「盗賊や詐欺師と繋がりがあるだろう?」
 それにはコクコクと頷いた。
 これで、隠れ家は手に入るな。
 後、金と新鮮な死体も…くっくっく。
 夜空を見上げると、不意に笑いがこみ上げた。


 その後、ブラウンの案内で盗賊のアジトへ行った。
 なんと、王都の中心地に近い一戸建てだった。
 ブラウンをゴーレムが引きずり、ドアをノックさせ事情を説明させたが、荒事になりゴーレムが作った三人の死体をゾンビにしたら大人しく言う事を聞くようになった。

「夜中ですが、街中でこれ以上騒ぐのは、お互いに不利益しかないと思いますよ」
 そう言って家を手に入れた。盗賊たちには、どこかに去ってもらった。
 きっと盗賊たちは取り返しに来るだろう。
 しかし、場所が王都内のここなのは…
 ギドはブラウンに詐欺師をここに呼ばせ、この家を売る算段をつけ、郊外の売りに出されていた別荘を購入した。

 山間にポツンと立つ別荘は、これ以上にない隠れ家であり、研究所になった。
 詐欺師は役に立ったし、繋がりを持つことができた。
 そして盗賊にも渡りを付けてくれたようだ。
 しかし、ブラウンは別荘で最初の実験体として、灰になった。
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