スケルトンとして生きるには、少しだけ狂っていなきゃいけない

ピモラス

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強者と狂者

ネクロマンサー 中編

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「そういえば、アルに渡された本や、それ以外の持ち帰った本を見ていなかったな」
 アルがいなくなってしまった寂しさを紛らわすつもりもあったのだろう。
 ギドは自室で死霊術の本を開いた。
 同時に教科書や参考資料なども目を通して
「ディクト教では死霊術は禁忌ではない。しかし忌避される存在」
 そう理解しながら、過去に死霊術の体系を作り、段階を踏んで実戦していくその著書に感動をおぼえた。
 かなり古い、それこそ百年は経っているのは間違いがないと思えるような物だったが、まったく新しい知識を得る事に、ギドは「自分の中の何か」が反応しているような感覚をおぼえた。


 力のある者が生き、弱者を食らう。自然の摂理であり真理。
 そんな事は誰もが知っている。
 しかし、都市部に住む人間は団結によって他の脅威に抗う。
 人間同士の中にも、純粋な力だけではない序列がある。
 しかし、その枠の中では、他者を害する事は犯罪とされ、死者を冒涜する行為は忌み嫌われる。
 弱き者を守るための決まり事で他者を殺傷するなと言うのはまだ理解ができる。
 しかし、死者の冒涜とは何なのだろう。
 人間であろうと、獣であろうと、死んでしまえば魂も命も抜け、ただの骨と肉ではないのか?

 そして、死者や死体を資源として活用できる死霊術は画期的なのではないか?
 その考えに至ると、ギドは実戦してみたくなる。
 しかし、まだその時ではないと自身に言い聞かせる。
 彼は周りの目や、噂の影響力なども理解していた。
 死霊術を使用する自分はここにはいられなくなるだろうとわかっていた。
 だが、学院を卒業し、戦場に出れる機会はあるだろうと未来を見ていた。
 この時点で彼に一般的な倫理観などは欠落していた。
 いや、はじめからそんなものは無かったのかもしれない。


 そうして死霊術を理解し学習していく早い段階で、大きな欠点を掴んでいた。
 死体の活用には魔力の燃費の悪さと時間制限があった。
 ゾンビやスケルトンを死霊術で作り出すと、僅か数分で灰になってしまうのだ。
 彼は学院内にいるネズミなのど小動物で実験を繰り返していた。
 死んだネズミにゾンビ化の魔法をかける。
 彼はそのネズミを「支配している」との感覚を得るが、はじめて作り出したネズミゾンビは僅か六十秒程で灰になってしまった。

 魔力には十分な余裕がある。
 ならば、魔力を過分に送り込んだらどうだろうか。
 しかし、五秒十秒程度の誤差の範疇でしかない結果しか得られなかった。

 いわゆる「時限式の召喚術」でしかなかった。
 魔力を用いて武器や盾を顕著させたり、一時的に獣を操るのと大差はない。
 そんな死者の使役には不満を感じていた。
 歴代の死霊術の使い手、ネクロマンサー達は研鑽を重ね、様々な研究をし、生贄を用いた実験をした所で、時間制限には勝てなかった。

 死体やアンデッドを使用する実験はいつの時代にもあった。
 食事も睡眠も不要な労働力として用いるような研究は国家レベルで行われた地域もあったようだ。
 この学院でも秘密裡にそう言った研究に力を注いでいる職員もいるような気配だ。
 だが、王都の図書館などに通い文献を読み漁っても、学院内の死霊術の知識も持つ職員を問い詰めても、持って十日と言った結論しか得られなかった。

 自然に発生するアンデッドに時限などはない。
 何かが根本的に間違っているのではないか。
 問題点は別の場所にあるのではないか。

 自然発生のアンデッドを強制的に使役させる術式も発見した。
 しかし、術者の魔力切れや魔力の供給をたったりすると崩壊してしまうようだ。


「研究するためには死体と場所が欲しい。その為には資金か」
 能力も十分で真面目で研究熱心。
 そんな評価の彼に学院側は職員の道を示した。
 彼は学院を卒業すると、学院職員として残ることにした。
 外で仕事するよりも稼げるし、「魔法学院の関係者」という肩書は便利だった。
 聖王都の外縁部に大きな墓地があったのも魅力だった。
 墓守に「魔法学院の関係者」を名乗り、研究の為と無縁仏を買い取った。
 そして、墓地の一角で夜な夜な研究をした。

 ある風の冷たい夜に墓地にゾンビが湧いた。ゾンビを魔法で撃退してやると、墓守は親切になり、研究はやりやすくなった。
 だが、次々に灰を積むだけであった。
「魔力はあり余っている。もっと多くの死体が欲しい。そして研究をする時間と場所が」
 そんな彼に追い風が吹き始めた。

 ディクト教の新たな聖女が戦争を始めるらしい。
 そんな噂はギドが学生の頃から囁かれていた。
 そしてそれは実現していた。
 聖女はやたらと好戦的な様子で、異教徒狩りをしていたと思っていたら、あっという間に国境沿いに戦線が出来上がっていた。

 学院の生徒たちの授業にも、より実戦向けなものが多くなったように思う。
 彼自身は教壇に立つことはなかったが、授業や実技の補助は頻繁に行っていた。
 そんな彼に「特別徴兵招集令状」と言う赤い封書が届いた。
 彼も戦争に招かれたようだ。



 一般人の徴兵とは違うようで、彼は王城の奥に案内された。
 一般庶民は門を入った屋外の広場で何かを兵士に命じられていた。
 はじめて訪れた王城に令状を持っていくと、前後を兵士に挟まれ王城内の一室に案内された。
 そこは部屋とは言い難い場所だったが。
 祈りの姿勢の彫像があり、そして教壇のような机。窓はステンドグラス。
 神殿と言われれば神殿なのだが、城の内部の一部屋に入ったはずだ。
 そこで待っていると、金髪の白い神殿服の女が金属鎧の二人に案内されて入室してきた。
 その後には貴族風の服装の者が数人と、爪入り軍服に勲章をたくさんつけたような大男とその部下のような暴力の匂いを漂わせるものが数人。計二十人ほどが室内に入った。狭い。

 女が正面の教壇に立ち、ギドはその正面に立たされた。
 女の前に立つスーツの男が口を開く。
「皆さま、静粛に。ギド・セルヴァン、魔法学院に務める魔法研究者で間違いはないな?」
 そうして裁判のような質疑が始まる。
 一体何の罪だろう?
「君の魔法能力を評し、戦場への出向を願いたい。しかし、後進を指導する立場の君には拒否権もある。どうでしょう?」
 嫌なら戦場にも行かなくていいと言っているのか?しかし…
「私は魔法が使えます。しかし、魔法学院のしがない一職員でしかありません。戦争に行けと言われるのでしたら行きますが」
 ギドがそう言うと、後ろの方で怒鳴り声がする。
「このようなヤツ一人になんでワシがこなければならないのだ?聖女様は何を考えている?」
 聖女様?あの女がそうなのか?
 ギドが教壇の女に目を向ける。目が合う。なるほど、強い力があるようだとギドは感じた。
 そして女が口を開いた。
「ギド・セルヴァン」
「聖女様。私が仲介しますので発言は…」
 そう言って慌てるスーツを手で制して聖女は続ける。
「いいのです。ギド・セルヴァン。あなたは強い力を持っていることはわかっています。働きに応じますが、規定以上の報酬を約束します。協力してくださいますか?」

 これは、チャンスかもしれない。いいだろう。ギドは少しだけ口角をあげた。
「でしたら…そうですね。やり方に文句を言わないのでしたら一人で戦わせてもらえますでしょうか?場所を教えてもらえるのでしたら、それで」
 また後ろで騒いでいた貴族がわめき出した。緑の服の鼻ヒゲのやつだ。
「魔法の研究ばかりしているものは頭がおかしいのだな。そんなに死にたいのならば敗戦が濃い前線に送ればいいのではないか?」
 薄汚い笑い顔と声をしているな。しかし、聖女の澄んだ声がそれを遮った。
「お一人では、さすがに私どもとしても許可できません。希望に添える回答か疑問ですが、厳しい戦場でも構いませんか?やり方に関しては文句は言いませんので」
 その聖女の発言に、ギドは「畏まりました」と答えた。

 後ろでヒゲがわめいている。
「司令官。ヤツを最も厳しい場所へ送ってやってくれ。あの渓谷のとこはどうだ?」
 そんな声を引き出すように、聖女はヒゲに澄んだ声をかける。
「ブラウン卿。ギド・セルヴァンに何か言いたいことがあるのでしたら、この場ではっきりとおっしゃっていただいて結構ですよ」
 そう言われたヒゲは一歩前に出た。聖女は何をしたい。
「それでは聖女様。この魔術師にボルグイ渓谷への助力として派兵させたいと進言します」
 少しざわついた室内。おかまいなしに聖女は口を開く。
「そうですか。かの地は敗戦濃厚な場所です。それは私のやり方が気に入らないとの『意趣返し』と受け取っていいのですか?」
「と、とんでもございません」
「ならば、貴公個人でも何か彼に見返りの約束をしてはどうですか?生きて帰れたら、でしょうけど」
 聖女は彼を煽るように、あごを僅かに上げて見下すような視線を送っている。煽っているのか?

 少しだけ慌てていたヒゲ貴族は咳払いをしてから
「よ、よし。お前が無事に帰ってきたら、なんでも三つ言う事を聞いてやる」
「なんでもですか。マーチ司令官も他の方々も聞きましたね。ゆめゆめわすれないように」
 そうして聖女や他の面々は退出していった。
 ギドは兵士に案内されて、出立の日時や軍の配給品などの説明を受けて帰った。
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