スケルトンとして生きるには、少しだけ狂っていなきゃいけない

ピモラス

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強者と狂者

エッジ 中編

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「お前ら。このガキは俺たちの団で面倒みる事になった」
 広間に集まった面々の顔を見渡して、親分は続ける。
「コイツが昨日、仲間を殺った犯人だ。痛めつけてもいいが、殺すなよ」
 そんな紹介でエッジの傭兵生活はスタートした。
「それとガキ。お前のナイフを奪った奴はここにいるか?いないならもう死んでる」
 エッジの見上げる者たちの中に、その者はいなかった。

 エッジは雑用をやらされた。
 まずは、自分が殺した傭兵たちの「掃除」からだった。
 死体を街の外まで引きずり、テント内の絨毯を干し、飛び散った血を拭く。
 ザムザルは仕事があるらしく、チルンという右手の手首から先がない男に預けられた。
 無表情、無感情な男だったが、やる事を指示し、手を貸してくれた。元々はこの男の仕事なのだろうが。
 負けたものは勝者が支配する。仕方がない。生かされているだけマシなのかもしれない。
 その後も、各テントや白い建物の掃除、全員の洗濯や食事の準備など。

 その居住区内ですれ違う傭兵たちに、殴られたりや蹴られたりは日常的に起こっていた。
 負傷した傭兵の世話もチルンと二人で行った。
 チルンはヒマな時間にエッジを訓練してくれた。
 お互いに真剣を握り、切り結ぶ。
 チルンは左手一本で巧みにシミターを使い、手首から先の無い右手の肘で刃先を調整したり、時にエッジを蹴り飛ばした。実際には、多少のストレス解消もあったのだろう。
 エッジほどではないが、チルンも傭兵たちに暴言を吐かれたりしていた。

 そして、たまに実戦の経験を積ませてくれた。
 戦闘で得た捕虜や人質が役に立たないと思われると、この傭兵団に預けられた。
 もっとも、野盗や山賊といったものがほとんどだったが。
 傭兵に仕立て上げてもいいし、殺してもいい。
 そんな名目だった。
 実質この街を支配しているのは、傭兵の組合のようなものだった。
「おいガキ。コイツを殺せ」
 円形に取り囲む傭兵たちの中央で、半月刀を構えるエッジと、素手の誰か。
 特に何も考えずに殺した。
 湧く周囲の傭兵たち。
 低い姿勢で足を切り、立てなくなったもがく相手の指を飛ばし、体の健を切り、抵抗が弱くなったら首を切り出血させて殺す。

 そんな事が数度あったある日、エッジは親分に「相手にも武器を持たせてくれ」と頼んだ。
 親分は特に驚きもせずに「わかった」と答えた。
 獲物を持った盗賊や山賊と戦い、敗残兵と戦い、殺す。

 傭兵たちと食事を共にし、栄養状態のよくなった体は、みるみる間にたくましく育った。
 エッジに突っかかるものは減っていた。
 しつこく暴力を振るう相手をエッジは殺した。
 一人二人ではなく、十人ほどか。
 堂々と「剣を抜け」と対決を言い渡して。それは傭兵団の「掟」にも沿ったものだった。
 傭兵との戦闘は楽しかった。
 命を削り、削られて、強く「生きている」と実感できる瞬間だった。
 地域柄なのか、傭兵の拘りなのか、曲剣を使用するものは多かった。

 傭兵の志願者は多く、次々に補充されていた。
 居場所を失ったならず者や、兵士を止めた食い詰めなどだろうが。
 誰もエッジにたいして、舐めた態度をとるものはいなくなっていた。
 そして、ザムザルと共に商人の護衛などの仕事をした。

 遠征の途中で、ザムザルはたまにエッジを訓練してくれた。
 子供の頃に感じたザムザルの強さは本物だった。
 シミターと鞘を使うような独特の剣技を披露してくれた。
 エッジは「今の自分では勝てない」と実感していた。

 しかし、経験を積み、仕事で請け負った戦場にも赴き、人を切りまくった若いエッジはめきめきと強くなった。
 今ならザムザルに勝てる。
 そう思った時には、ザムザルは殺されてしまった。
 名のある戦士が立ち合いを望み、エッジの目の前で切られてしまった。
「こう言ったこともあるのか」
 そして、エッジは直後にその相手に対戦を挑み、切った。

 いつしか、傭兵団で最強になり、砂漠にその名をとどろかせたエッジの元に対戦希望者が来るようになった。
 名うてのシミター使いとして、とある国から召し抱えるといった話しまで来た。
 しかし、戦いが遠ざかる環境と聞いてエッジは断った。

 傭兵の仕事を請け負い、果し合いを行う日々が楽しかった。
 大剣の重装兵や、斧を両手に持った大男。
 短剣を逆手にしたスピードの早い者や魔法と剣を使う相手。
 炎の国の戦士は、その身を炎に焼き、己の命を削りながらの怒涛の攻めには感動をおぼえた。

 そのことごとくに勝利したエッジ。
「強い相手と戦いたい。もっと戦っていたい」
 その思いは砕かれる。

 病という名の悪魔に。

 まだ三十代前半という若さだった。
 自ら立って歩く事もままならなくなり、いつのまにか居た弟子の介護を受け生きながらえていた。
 ある日、エッジとの対戦を望むという、エッジも名を聞いたことがある剣士が訪れた。
 床に伏せているエッジは、その者を部屋へ呼ぶように弟子に伝える。

 エッジの姿を見た剣士は礼儀正しい者であった。
「また、体調が回復したら立ち合いをよろしく」
 そう言って去ろうとする背に声をかける。
「俺はもう長くはない。戦いの中で死にたい。頼む」
 そうして、月夜の砂丘で戦いが始まる。

 お互い、防具を一切装備せず、武器だけでの戦い。
 長剣を腰に、頭を下げて剣を抜くキビキビとした姿にエッジは見とれていた。
 そして戦いがはじまる。エッジは最後の戦いと自覚していた。
 ふらつく足取りながら、エッジは相手の動きや剣筋が見えた。
 完全に力の入らない体は、支えるだけで必死なはずなのに、紙一重で躱せた。
 満月を映し出すシミターに自分の顔が見えた。
 笑っている。
 げっそりとやつれ、乱れた髪型だったが、とても楽しそうに見えた。
 そして、今にも死んでしまいそうにも。

 数度、切り結び、皮膚を切り裂き、躱し、いなす。
 互いに数か所の切り傷を作るも致命傷は無い。
 相手は息も切らせていないのに、エッジは肩で呼吸をしている。
 見えているのに、躱しきれず、隙もわかるのに体はついて来ない。
 今になって、さらなる境地が見え隠れしている。

「戦いたい。もっと戦いたい。強い相手と、命のやり取りを…」
 その願いも届かない。
 相手の鋭い踏み込みからの逆袈裟の斬撃。
 エッジは躱さずにその身に受けながら、体を捩じったシミターでの一撃で首を切り飛ばした。
 しかし、肋骨を砕き、胸骨まで届いた直剣を握りしめて、共に倒れる。
「深手だ。もう助からない。もう戦えないのか。もっと戦いたい…」
 二人の遺体は砂漠の砂が隠していく。
 風に舞う砂が、踊っていた。



「何…俺は死んだ…のか?ここは…」
 砂に埋もれた自身の体を起こす。
 目の中にも砂が入っているのか?
 下を向くと、視界の中から砂が出てくる。
 しかし、痛みは無い。
 下には、一部分に肉を残し、白骨化した遺体がある。
 そして、自身の愛用のシミターが見える。
 それを骨の手で拾い、手を見る。
 見えた遺体と同じように、自身の肉体の一部分には肉が残り、ウジも湧いていた。
 だが、気にならなかった。
 握ったシミターが言っている。

「また戦える」と。

「はは、はは、はっはっはー」
 声には出なかった。
 ただ、あごの骨がカクカクと動き擦れた音と歯の当たる音がする。
「俺は、俺はまた戦える。強いヤツと…この体ならばいつまでだって」
 両手を黄色い太陽に向けて振り上げ歓喜していた。

 遠くに揺らぐラクダの影と数人の人の影。
 あの旗は、あの紋章は。
 シミターを握り走る。走る。
 待ってくれ、お前たち。
 俺は お前たち 全員と戦いたい
 そうして商隊に追いつき襲い掛かる。
 かつての傭兵団員複数人。
 いい連携だ。
 強いな、俺がいた傭兵団は強かった。
 でも、俺の方が

 強い相手と戦いたい
 その気持ちだけが強く強く体を突き動かしていた。
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