スケルトンとして生きるには、少しだけ狂っていなきゃいけない

ピモラス

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「では、お屋敷でお待ちしております」

 セミョンの背中を見送る。
 俺たちは、カールの指示で再度、転送陣に来ていた。
 カールは相変わらず、何の情報も出さない。
 いつもの暗い森の中、山の斜面にある亀裂の中。
 俺とエッジは日の出を待っていた。

「エッジ、一つだけ覚えておいてくれ」
「どうした兄弟。なんでも言ってくれ」
 俺はエッジの肩を掴み、こちらに向かせた。
 エッジも真剣に俺を見る。

「俺の名前は『ケイ』だ。忘れないでくれ」
「ああ、ケイ。俺はケイに名前をもらったエッジだ」
 エッジは俺の二の腕を掴み答えてくれた。


 日の出、転送陣が輝く。
 浅い亀裂には陽光と幾何学模様が輝き、光に満ちていた。
 強い白光と共に、俺たちは転移した。
 陽光を照り返す、白い雪の上へ。

 森の一角の開けた場所のようだ。
 先ほどの暗い森と違い、杉なのか樅なのかわからないが、針葉樹と言われる木が立ち並んでいる。紅葉しているのか、赤や黄色の葉をつけた木も見えるが、茶色い葉をわずかにつけたような木が多い。
 雪の深さは五センチ程度か。それほど積もってはいないようだ。


 いつものように、俺とエッジは周囲を見渡す。
 遠くには赤茶けた岩ばかりの山脈が見える。
 そして、近くに小さな赤い影が複数いる。
「あれはゴブリンじゃないか?」
 まだ、景色が赤く染まる範囲内にはいない。しかし、後僅かの距離だ。
 俺の指さす方をエッジは眺めてから
「あんな雑魚をいくら相手にしてもな…んん?」
 俺の目にも見えた。背後の大きな赤い影数体。
「俺は昔、やつらに砕かれた…負けた事がある」
 歩きだす俺に、エッジはついてきた。

 ザクザクシャクシャクと雪を踏む音。
 俺達が歩く音がだんだんと小さくなる。
 視界は既に全て赤い。
 音もなく、ゴブリンに迫り、襲い掛かる。
 拳で手刀で殴り、突き、蹴る。
 ゴブリンの数は三十ほどいた。ヤツらは俺達を「ぎゃーぎゃー」と騒ぎ、迎え撃つ。いいぞ。

 粗末なこん棒のほかに、人間から奪ったのか、大きな剣を振るうゴブリンもいた。
 しかし、大きすぎる剣を持ちあげる前に、エッジに胴体を分断されていた。
 エッジは退屈そうに、頭蓋骨を斜めに振りながら、無造作に一本のシミターを振り回していた。
 適当に振り回しているようで、振るごとに確実に何かを切っている。

 ゴブリンは勝てないと悟ったのか、「ぎゃぎゃ」と叫びながら、大きな赤い影の方へ走る。
 針葉樹林の中、巨木を担ぐオーガが三体。
 オーガはゴブリンの救援要請にこたえるように、こちらを振り返る。

 その姿に震える俺をエッジが抱き留めた。
「ケイ、待て。俺に任せろよ、兄弟」
 そう言うと、上あごをゆっくりと上げ、頭蓋骨を動かし口をあけ、ゆっくりと閉じる。
 腰から二本のナイフを取り出し、足の指で挟む。
 切先は地面を向いている。

 そして

 突然、俺の胸を二本のシミターが貫く。
 痛みはないが、驚愕する俺をよそに、肋骨から引き抜いたシミターはうっすらと黒く染まっている。
 敵に向きなおるエッジは、シミターを逆手に持って、前後に足を大きく開く
 上半身を前に倒し、両手の切っ先を開いてシミターを掲げている。その姿は、カマキリの威嚇のように見えた。
 しかし、ゆっくりと刃はさがり、その切っ先は地面に触れる。
 なんだこのおかしな姿勢は?
 体はピクリとも動いていないのに、頭蓋骨は、口は、まるで呼吸をするかのように、ゆるやかに、リズミカルな開閉を繰り返していた。

 ドスドスと地響きをならし、一体のオーガが迫る。
 明らかに俺やエッジの二倍の身長はある。
 エッジは地を蹴る。
 雪と土が跳ね上がり、それが地に再び着地をする前に、エッジはオーガの肩に登っていた。
 逆手のシミターと足のナイフをオーガの足や体に刺し、その巨体を昇ったのだ。
 そして、右肩から左肩へ、首の周りをまわると、オーガの首が落ちた。

 血を吹き上げる胴体は倒れるのを忘れて立ち尽くしている。
 迫るオーガの体をすたすたと重力を感じさせない動きで俊敏に登り、次々と首だけを落とす。
 オーガは確かに鈍重だが、昆虫のような姿のエッジの速度が速すぎて、オーガは停止しているように見える。
 三体目のオーガの首が地に落ち、エッジがその体から飛び降りると、三体の首無しオーガが同時に倒れた。

 軽く血を払い、シミターを鞘に納めたエッジは俺に手を上げる。
「仇は取った」と言わんばかりに。
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