スケルトンとして生きるには、少しだけ狂っていなきゃいけない

ピモラス

文字の大きさ
62 / 99
力を求めて

生者と森

しおりを挟む
 少しだけ森の開けた斜面に出た。
 黒い月明かりの下、煙はまだ上がっている。

 近い

 生者を認知し、俺の視界は赤い。

 だが

 赤い生者が減っている。
 走り向かう途中で、複数の赤が消えていた。

 怒号と悲鳴が聞こえた。
 それと咆哮。
 気配を消す。
 獣や魔物相手ならば、もう気付いているか。
 しかし、人間もいる。
 生者は殺す。
 一人も一匹も逃す気はない。

 木の影から様子を見る。
 少しだけ開けた場所のようだ。
 いや、違う。
 木を切って森を切り開いているのか、切り株がある。
 戦っているのは、人間と獣人のようだ。

 犬のような見た目の、おそらくコボルトだろう。
 倒れた一匹を含め、コボルトは三匹。
 手にはお手製だろう、荒削りの血の滴った棍棒。
 対峙している人間は、立っているのは五人、倒れているのは七、八人か。
 皆、おそらく木を切るための斧を握っているが、一人だけは長剣と丸盾を装備している。あまり強くは無さそうだが、こんな時の為の戦士か。

 この程度の相手に隠れる必要などはないが、どうするか。
 コボルトを逃がせば、逃げ足は人間よりも早いだろう。

 ならば
 コボルトの背後に回るように、足音を殺し、静かに移動する。
 そうしている間にも、人間の一人がこん棒で倒された。
 だが、一人だけの剣士は、コボルトの足を負傷させたようだ。
 よし、あの元気な一匹を狙おう。

 俺は背後から、地面に手をつき、四足獣の動きで一気に詰め寄り、足首を掴む。
「がああ」と短い悲鳴を上げて転倒したコボルトの首元に、近くにいた剣士の剣が刺さった。いい反応だな。では次はお前だ。
 もう一匹のコボルトが剣士にこん棒を振るうが、盾に防がれた。
 他の人間は、俺の突然の乱入で固まっている。
 鎧を着ていない剣士が、俺に対しては隙だらけだ。

 立ち上がった俺は、両足を開き、盾を構えてコボルトと対峙いているヤツの股間を蹴り上げた。
 悶絶して苦痛にあえぐかと思ったが、失神してしまったか。

 残りはコボルト一匹と、人間が三人。
 倒れたコボルトのこん棒が足元に転がっていた。
 俺はそれを拾い、人間たちを襲う。
 戦いなど、したことがないような人間は手ごたえがなかった。
 ただ、力任せに振るうこん棒は、二人目の人間の頭を砕いた時点で、こん棒も砕けてしまった。

 最後の人間は、両手で斧を持ち震えている。
 コボルトは逃げようとしているのか、俺の隙を伺っているようだ。
 ガウガウと荒い息使いながら、ちらちらと背後と俺を見比べている。

「そうだ」

 俺は、思った事が言葉として出てしまったようだ。
 ギドの情報を、こいつらから得られるかもしれない。
 俺の言葉に一匹のコボルトと一人の人間はビクリと肩を震わせた。
 その隙をつき、コボルトにタックルをする。
 太ももあたりを抱き抱え、転倒させて落ちていた斧で足を狙い叩く。
 五度、六度叩いたか、膝か周囲の骨を砕いた感覚に満足する。
 しかし、斧は使いにくいな。刃も鈍く、固いコボルトの足は斬れない。
 片手に持ったこん棒で数度叩かれたが、寝た体制の手の力だけで振るわれるこん棒は避ける必要はなかった。

 人間に向き直る。
 まだ震えている。
 その姿に怒りがこみ上げてきた。
 ワナワナと震える自身の体を抑え、ゆっくりと人間に近づく。
「うわあああ」と叫び、斧を振り上げた。
 遅いな。
 振り上げ切る前に、俺は正面から腹を蹴る。
 人間は仰向けに倒れた。
 倒れた人間に近づき、腹を強く踏みつけた。
 二度、踏みつけた時に人間は悲鳴の代わりに嘔吐した。
 いかん、まだ殺してはダメだ。

 俺は嘔吐している人間の足首を、転がっている斧で切断した。
 しっかりと片手で足首を押さえて、四度振り上げた斧を叩きつける事でやっと切断できた。
 人間は動かないが、まだ死んでいない。

 一旦、人間は放置して、コボルトの元へ向かう。
 奴は手だけで逃げようと森に入っていた。
 その姿に、俺は怒り、かみしめた歯がギリリと軋む。
 俺はうつ伏せのコボルトに追いつくと、その背を数度踏みつけてから、足先で仰向けにした。
 馬乗りになり、数度顔を殴りつける。

「そんなに、生きたいか」
 こいつらが、人語を理解できるのか、わからなかった。
 しかし、そんな言葉がつい出てしまっていた。
 濁ったような鳴き声で「げふっ」と言う答え。
「話しはできないか。ならば死ね」
 俺の振り上げた拳を怯えた目で見上げるコボルトは、擦れた声で言う。
「が、ま、待て」
「正直に答えろ。死にたくなければな」
 無言で頷くコボルトの目から、一筋の涙が流れた。
 その姿に、湧き上がる衝動に身を震わせ骨がなる。だが必死に自分を抑え込んだ。


「お前達は何をしていた?」
 俺は馬乗りのまま、コボルトに問いかける。
「こ、ここ。ご、縄張り、俺たち」
 たどたどしいが、会話ができる。しかし、言葉を選ぶ必要があるな。
「そうか、では次だ。他にもこの辺りに人間はいるか?」
 コボルトは俺から目線を逸らし、何か考えているようだ。
 理解できない言葉を使ってしまったか。
「町、人間、町。向こう。海。たくさん。人間」
 どこかを指を差しながら、怯えて必死に答えるが、コイツから得られる情報は限界があるな。
 俺はコボルトの上から退く。

「わかった。もういいぞ」
 殺したかったが、奴は正直に答えた。
 勇者と聖女に殺意を向け、気持ちを紛らわす。
 四つん這いで森に入っていくコボルトの背を見送る。
 そして倒れている人間に向かう。


 人間は意識を取り戻しているようで、足首から先を失った足を抱え、呻いていた。
「おい」
 俺は頭の方に周り、顔を踏みつけながら声を掛ける。
「ひいいい」
 掠れた悲鳴を上げる人間。
 このまま、頭を砕こうとする足を手で押さえる。
「答えろ。お前達は何をしていた」
 顔を踏まれたままの人間は「わー」とか「きゃー」「ぎゃー」しか答えない。
「ダメか」
 俺は頭を踏み砕いた。

 赤い視界は色彩を取り戻す。
 俺は何故か、その景色に強い安堵感を覚えていた。
「人間たちの死体は、森の肥しになるだろう。しかし、これからどうするか。ギドの情報は得られなかったな」
 周囲を見渡す。
 切り開かれた森はここだけではないようだ。
 所々、木々が伐採されているのか、視界が通るような感覚があるな。
 向こうには数件の家があるな。言ってみるか。

 視線
 感じるぞ
 背後

 俺は振り返り、その方向を指さした。
 伐採された広場と森の境。その中の一本の木だ。
 木の魔物か。
「いいだろう。かかってこい」
 俺はゆっくりと木に向かい歩き出す。
 彼我の距離は八メートル、五メートル、三メートル。
 構える。

「待ちなさい」

 木が喋った。口など無い。
「隠れてないで出てこい」
 喋った木を殴る。固い木だが、薄っすらと亀裂が走る。
 こいつで、この木で間違いない。
 しかし、その気配は消え、隣の木から声が聞こえる。
「やめなさい」
 生者に対するような怒りは湧かない。
 しかし、一瞬だけイラっとしたような感覚がある。
「出てこい。全ての木を倒す前に」

 木の陰から、緑の葉と木の皮で出来たような人影があらわれた。
 そんな気配は全くなかった。こいつ、強い。

 上半身は人間、いや、エルフの女をかたどった造形のようだが、下半身は木だ。
「あなたと敵対する気はありません。静まりなさい」
「俺は冷静だ。お前はエルフの魔術か?本体はどこだ」
 尖った長い耳を睨み、答えた。
 しかし、そいつは両手をゆっくりと上げるようなしぐさをする。
「再度言います。戦う気はありません。お礼を言いたいのです」
「なんだと?お前はなんだ?」
「私はこの森の精。人間達に荒らされ困っていたのです」

 俺は返事をしない。
 おそらく、こいつは俺よりも強い。
 油断するな、警戒しろ、周囲を十分に…
「身構えないでください。私は生物を攻撃できません。それで困っていたのですが」

 コイツの話しでは、数年か数十年前から、人間が森を伐採していたようだ。
 以前はそこまで派手にやっていなかったようだが、最近は一気に森を切り開いている。

「エルフのように、森と共に生きる者も木を切る事はあります。かつてはこの辺りにもエルフが居たのですが人間の侵攻により、森の奥に潜んでしまい、手を借りることもできずに」
「お前、森の精と言ったか。ドライアドと呼ばれるものか」
 俺の問いに、そいつは頷く。
「そう呼ばれる事もあります。私は森と生き物の調和が目的です。あなたは無生物ですが、森を救ってくれました。しかし、まだ森を荒すものがいます。手を貸してもらえますか?」

 ドライアドの話しを要約すると、里山などのように、適度に人間が森に入り、その恵みを享受することは歓迎するが、過度の伐採が気に入らないようだ。
「確約はできないが、要は木を伐りまくっているヤツラを討てばいいのだな?場所はわかるのか」
「はい。やってくれるのですね?」
「先に教えてくれ。この辺りに人は…伐採するものではなく、魔法使いだ。そんな人物はいないか?」
 海岸線を行けば、港町があり、そこに数人の魔法使いはいるようだ。
 しかし、それは違うだろう。ギドではない。
 そして、それ以外は知らないようだ。

「そうか、では生者の、森を荒す者のところへ行こう」
「ありがとうございます。では、行きましょう」
 ドライアドは、木で出来た体を軋ませながら俺に頭を下げた。

 このスケルトンの体になって、人を殺して感謝されるとは…な
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

アルフレッドは平穏に過ごしたい 〜追放されたけど謎のスキル【合成】で生き抜く〜

芍薬甘草湯
ファンタジー
アルフレッドは貴族の令息であったが天から与えられたスキルと家風の違いで追放される。平民となり冒険者となったが、生活するために竜騎士隊でアルバイトをすることに。 ふとした事でスキルが発動。  使えないスキルではない事に気付いたアルフレッドは様々なものを合成しながら密かに活躍していく。 ⭐︎注意⭐︎ 女性が多く出てくるため、ハーレム要素がほんの少しあります。特に苦手な方はご遠慮ください。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした

新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。 「もうオマエはいらん」 勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。 ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。 転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。 勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)

処理中です...