スケルトンとして生きるには、少しだけ狂っていなきゃいけない

ピモラス

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力を求めて

蹂躙 ドライアド

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「ドライアドと話してきます」

 ドロシーは森に向かい、一本の木に触れている。
 俺はその姿をみながら、本当にこれでよかったのか、わからなかった。
 勇者と聖女を討つ力になるのならば、よいのだが、裏切る事はないのだろうか。

 疑念が渦巻く。

 大体、自称の「精霊」だの「妖精」だのは、勇者や聖女の潜在的な味方のはずだ。
 隷属がどのようなものか、試す必要はあるな。


 ドロシーは、スキップのような足取りで俺の元へ来た。

「やはり、長命な森の支配者の知識はすごいですね。ああ、そうそう、彼女は隷属を承諾しました。自害やケイに不利益になる行動は、取らないはずですが、彼女の知識ならば抜け道を知っている可能性だけは考慮しておいてくださいね。では、こちらへ」

 ドロシーに手を引かれ、先ほどの木の元へ向かう。
 本当に大丈夫なのか。
 ドロシーは木に俺の右手を押し付けると、俺の手首を握ったまま、もう片方の手で木に触れた。

「ケイ、木から手を離さないでくださいね。ドライアド、ケイに完全な服従を誓いなさい。あなたの信じる神の名の下で。神よりもケイに重きを置くと叫びなさい」
「わかりました。しかし、本当にこの火事を消せるのですか?」
「仕方ありませんね。消しますが、私はケイよりも慈悲はありませんよ」
 ドロシーは一度、俺と木から両手を離した。

 右こぶしを振り上げ、自身の胸の前の開いた左手を叩く。
「マスター、死の息吹を」
 上空から風というよりも、大気が入れ替わったような感覚が襲う。

 だが、それだけだ。

 全ての炎が消えた。
 そして、草木が急速に枯れていく。
「な、なんという…」
 ドライアドの言葉を無視して、ドロシーは俺の手と木に再度触れる。
「範囲はこれで。炎は消えましたね。これで文句はないでしょう」
 無臭、そして俺たちには無害。

「そうか、酸素を断ったのだな。大気を腐敗させたのか?」
「いい線いってますね。さて契約しなさい、ドライアド」
 枯れ木になってしまったが、木はしっかりと答えた。
「約束してください。他の森は焼かないと」
「できん。信用ならん」
「ドライアド、あなた、自分の立場が分かっているのかしら?」

 ドロシーは二度、口を開閉して歯を鳴らした。

 強い風が吹き荒れた。
 直後、周囲にいくつもの火柱が上がる。
 火柱は風に吹かれ、踊るように渦巻いている。
 今度の風は酸素か、可燃性の気体なのかもしれない。
 枯れ木はあっという間に延焼していく。
「ケイは優しいでしょう、ドライアド。先ほどもいいましたけど、私は無慈悲ですよ」
 俺は笑いがこみあげてきてしまった。

「くっくっく、はっはっは。契約は破談だ、ドライアド」
「ケイ!助けてください!あなたに従います。どうか」
「ダメだ。神を気取る罰だ。もっと苦しめ。やはりこの森は全て焼く」
 ドロシーは俺の方を向いて小首をかしげ、カタカタとアゴを鳴らしている。
「急げば、優しいケイは許してくれるかもしれないわ。どうします?」

「我が神…エッドに誓う。私、ビュルはスケルトンのケイに隷属します。我が神よりも、ケイを上位の存在と認め…ます」

「ふふ、地獄へようこそ、ビュル」
 ドロシーは楽しそうにアゴを鳴らす。
 俺の右腕に、絶叫と共に何かが流れ込んでくる。
「貴様などに」や「スケルトンごときに」と言った声も聞こえるが、焼けたフライパンに溶けるバターのように、怨嗟の思念も溶けていく。

 右腕の手首から肘までの二本の骨。
 そのうちの太い方の橈骨が茶色と黒の深緑の縞模様になっていた。
 俺の体内で、幾重にも重なる叫び声が聞こえる。

「本当に大丈夫なのか?俺が支配される事はないのか?」
 俺の手首を握ったままのドロシーは頷く。
「あなた、マスタールーの性格は知っているでしょう?呪いが得意なのよ。いくつもの呪いをかけてケイに封印したから、ビュルの人格はそのうち崩壊するわ」
 そうか、ルーの手にかかれば、ドライアドなどは「この程度」の相手なのだな。
 ルーは何を目指しているのだ。
「その辺りでやめておくことを、強くお勧めするわ。では、私はマスターの元へ戻りますね」
 ドロシーは俺から離れ、一度会釈をしてから手を振って幾何学模様に飲み込まれて消えた。
 周囲ではバチバチと音を立てて炎が踊っているが、既にかなりの範囲で焼け野原だ。
 生者の、人間の伐採などと、比較にならんな。
 森の枯れ木は燃え続けているが、まあ良いか。



「おい、ドライアド」

 反応は無い。終わる事のない悲鳴と絶叫が右腕の内側から響くだけだ。
 ドロシーに聞いても、どこに向かえばいいのかは、教えてくれなかっただろうし、どうするか。

「…イさ…」

 森の奥深くを目指し、斜面を昇っている途中で、声が聞こえた。
 右手からだ。相変わらず、奇声も多いが、これははっきりとした声だ。

「ケイ様」
 俺は言葉を発せず、「なんだ」と思考する。

「わたくし、ビュルはあなた様の奴隷でございます。呼びかけに遅れ、申し訳ございません」
 俺はものすごい違和感を感じた。
 あの偉そうなドライアドと同一人格か?

「お前、記憶はあるのか?」
「記憶も知性もございます。あなた様に歯向かった、愚かなわたくしを罰してくださり、ありがとうございます」
 なるほど、ルーの呪いの効果なのか。
 しかし、からかわれている感じも拭えない。
「お前の神はなんだったか。森の神エッドか」
「エッドなど、取るに足らぬ存在。我が神はケイ様です」
 俺は思考する。
 叫び声は、まだ右手から多数発生している。

 これは
 もしや

「ビュル。お前、人格はいくつあるのだ?」
「うるさい者が居て、申し訳ありません。少しお時間がかかります」
「お前の人格が平定できるのか?」
「お任せください。このビュルの名に懸けて、ケイ様に全てをまとめ、捧げるお約束をしましょう」
「まあ、それはいい。俺は勇者と聖女を討つ。手を貸せ」
「なんなりと、ご命令ください。勇者、聖女、生者は皆、敵です」
「生者…お前、堕ちたのだな」
「何を言っているのですか。この本来の姿に戻していただいた恩義は忘れません」
「俺はまた、森を焼くぞ。手を貸すのか?」
「当然です。ケイ様の命令とあれば、全ての森を焼き払いましょう」
 くっくっく。
 支配者を、神を屈服させると言うのは、こうも晴れ晴れした気分になるのか。
 ルーが「おすすめ」と言う理由が理解できた。




 森の精霊であるビュルは、隷属されても従わないつもりだった。
 多数の人格のうち、一つでも残れば、取り戻せる。
 そう考えていた。
 あの時、あのもう一人のスケルトン。
 あいつが、いくつかの人格を引き抜いて、残りを溶かしてケイに注ぎ込んだ。
 もっとも強固な人格は、あの骸骨が握りしめている。
 助かる見込みは薄い。

 しかし

 ケイの中は、なつかしさと居心地の良さを感じる。

 溶けて混ざる

 私も、ケイの一部になりたい
 ケイ様…
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