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復讐
ラウル卿の苦悩
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マートを保護して数日後、ラウルの元へ治安部隊の兵士から報告が入る。
「おかしな人を数人捕縛した」と言った内容だった。
報告に来た兵士の話を聞いても、よくわからない。
ラウルは直接、見に行くことにした。
その者たちは、街の住民であった。
数にして二十人程。
数か所の牢屋に投獄されている。
なんでも、路上でケンカしていたらしいのだが、野次馬を交えた乱戦になり、捕縛したら大人しいどころか、会話もできないと言う。
兵士は身辺を調査しており、紛れもない市井の民たちであった。
何故か口を開け、焦点の定まらない目つきで立ち尽くしている。
時々「あー」とか「うー」とか呻いて微笑んでいる。
「こ、これは…魔法か?神殿の者は呼んでいるのか?」
神殿の導師の診察では、何か薬物の使用が疑われるとの見解だった。
水を多く飲み、尿を出せば、ゆっくりとだが回復していくだろうと教えてくれた。
治安部隊の隊長の一人がラウルの耳元で「ホルマン様、少し向こうでお話しを」と囁いた。
彼はラウルと別室に入っても声のトーンは抑えて話し出す。
「以前から、商業地域で違法な薬物の取引があります。数回は取り押さえる事に成功しておりますが、商人たちが大量に違法薬物を流通させている疑いが…裏には商人派閥の貴族なども…」
ラウルは手を上げて、発言を遮る。
「隊長。取り締まりを強化してくれ。商人全てを疑ったり、裏で貴族が糸を引いていると疑いたくなる気持ちもわかる。だが、証拠もなしに行動してはならぬ。そして貴族を疑う素振りでも、貴殿の身を滅ぼすと、肝に銘じておくのだ。私も調査を進めておく。何かあれば教えるし、新しい情報があれば速やかに教えてくれ」
ラウルは「部下にも徹底するように」と念を押したが、無駄だろう。思考や感情までは縛れん。
兵士たちが暴走する事がないように祈るだけだ。
この街の均衡は危うい。
戦争が起こる前ならば、ここまで酷くなかった。
この街は前線から遠く被害などない。それでも多くの人や物資が動けば、商人は利益を得る。
けが人や病人も増え、教団にもお金が落ちる。
兵士は使い込まれ、数を減らしていく。
それなのに、軍や兵士の立場は、日に日に弱くなっている。
現場で働く治安兵たちも、それを感じ取っている。
商人派閥と教団派閥が手を結ぶ事になれば、我々は更に力を削がれる。
それでも、国と街の治安の為に血を流さなければならない。
ラウルは元軍人と言う事もあり、なんとかしようと悪戦苦闘していたが、画期的な解決策など無い事を理解している。それでも努力を続ける。
かつての、「折れない心」の勇者マーティンのように。
その日の夜
ラウルは自室のベッドで眠っていたのだが、外が明るくなったような気がして起きた。
窓から外を眺めると、街の数か所が明るい。
火事か。
身支度を整え、向かおうとする所へ、治安部の兵士が報告に来た。
「街の数か所から火の手があがりました」と。
翌朝になると、情報が集まった。
商業地区の無人の屋台とまったく離れた食料品の店舗、そして神殿の礼拝堂と聖像。
幸い、負傷者はなかった。
だが、夜間で人手も少なく、消火には時間を要した為に、どこもほぼ全焼していた。
その後も不審な事件が続く。
商人の馬車が襲われ、護衛は全滅していた。商人自体は行方不明。
教団の信者同士が、神殿内で集団で暴行を働き、死傷者を出した。
兵士の数人が、以前に検挙した街の者たちのように、うつろな目で口からよだれを垂らしている。
城門外に出ていた巡回部隊の五人組は消え去ってしまった。
一体、何が起こっているのだ。
一瞬、マートの顔が浮かんでしまった。
私は首を数度振り、自らの頬を張る。
私一人では、もう手に負えない。
軍部の恥はさらしたくはないが、冒険者に調査を依頼しよう。
これ以上、この街の平和を乱さない為に、出来ることをしよう。
冒険者ギルドに自ら赴き、ギルドマスター直々に依頼をする。
「報酬は言い値で良いから、早急に頼む」
そう伝えたが、「三日は欲しい」と言われた。
日に日に悪化している街の治安を考えると、三日は長かった。
翌日の昼過ぎ、軍派閥の者たちと屋敷で会合をしていると、執事が来客を伝えに来た。
商業派閥と、教団派閥の貴族たちのようだ。
嫌な予感がするが、会わない訳にもいかない。
「ホルマン伯爵。これはいったいどういうことだ?武力で従わせようと言うのか?」
応接室に案内した彼らは、そう言って私に詰め寄る。
「落ち着いてください、卿。いったい何があったのですか?」
一人の貴族が、私の服を掴んだ。
一瞬カッとなるが、「落ち着きなさい。まず、掛けましょう」と自身にも声をかける。
軍人上がりの私の方が、ここに来た数人の貴族たちよりも強いだろう。
しかし、力でねじ伏せることなどできない。
私自身が治安を乱すような事はしてはならないのだ。
聞けば、数人の兵士が「違法薬物の取り締まり」と称して、商人の自宅まで押しかけてきたらしい。
そして、神殿にも赴いた兵士が「街の異変はお前達の仕業ではないのか?怪しげな魔法や儀式の後がないか調べる」と押し入ったらしい。
私は、頭を抱えたい衝動に駆られる。
隣に掛けた軍派閥の貴族に支えられたが、次の一言で場が凍る。
「ホルマン伯爵。貴殿が元勇者を匿っていると言うのは本当か?街の異変は彼の仕業ではないのか」
私の隣の貴族の手が離れてゆく。
「証拠などない、根も葉もない噂ではないのですか?」
私はかすかに視線をドアの横に立つ執事に視線を移す。
彼は小さく首を左右に振る。
「では、ホルマン殿。意趣返しではないですが、この屋敷を調べても構いませんね?」
私は必死に頭を働かせる。何か、解決策はないか。
しかし、時は既に遅かったようだ。
ドアを開けて入ってきたのは、冒険者風の人物。
彼は商業派閥の貴族に雇われているのか、その貴族に報告をする。
「二階の西端から二つ目の部屋。あの部屋に『元勇者』と思わしき人物がいる」
「待ってください!兵たちの件は調査の後、改めて謝罪に伺います。どうか、彼の事はそっとしておいてください!」
咄嗟の私の大声に、場が静まり返る。
軍派閥の貴族が、最初に口を開く。
「ホルマン様。本当に、本当にあの『元勇者』が、ここにいるのですか?災いを呼ぶ元勇者が」
「…ええ、本当です。今日の所は皆さま、お引き取り願えませんか?彼は私が…なんとかします」
「なんとか、とはなんだ!」
「お前も、ヤツとグルではないのか?」
罵声が飛び交う中で、私は下げた頭を上げられなかった。
彼は家から出ていない。彼は何もしていない。
……あの時、あの剣を持った背中を、私は忘れられない。
マートは、私の知る勇者マーティンは、災いなど呼ばない!
冒険者が一度、手を叩く
皆が彼を見る。
「皆さんは勇者マーティン相手に戦うのですか?実物を見たことがありますが、全員でかかっても、勝てませんよ。俺なら…違うな。俺たちは逃げ切れるとは思いますし、逃げさせてもらいますけどね」
雇い主だろう貴族が、冒険者に問う。
「貴様、何を言っているんだ?高い金を払っているのに…」
「ああ、俺たちは『勇者がいるか調べろ』と依頼を受けたんだ。『戦え』とは言われてない。まあ、旦那一人は一緒に連れて逃げますよ」
こうして、貴族たちは帰っていった。
軍貴族の者たちも、立ち去ってしまった。
冒険者が去り際に「軍と好き好んで敵対はしたくない。そこんとこよろしく」と言った。
ラウルは椅子にへたり込み、溜息をついた。
「あの冒険者に助けられた…のか。しかし、これからどうすれば…」
「おかしな人を数人捕縛した」と言った内容だった。
報告に来た兵士の話を聞いても、よくわからない。
ラウルは直接、見に行くことにした。
その者たちは、街の住民であった。
数にして二十人程。
数か所の牢屋に投獄されている。
なんでも、路上でケンカしていたらしいのだが、野次馬を交えた乱戦になり、捕縛したら大人しいどころか、会話もできないと言う。
兵士は身辺を調査しており、紛れもない市井の民たちであった。
何故か口を開け、焦点の定まらない目つきで立ち尽くしている。
時々「あー」とか「うー」とか呻いて微笑んでいる。
「こ、これは…魔法か?神殿の者は呼んでいるのか?」
神殿の導師の診察では、何か薬物の使用が疑われるとの見解だった。
水を多く飲み、尿を出せば、ゆっくりとだが回復していくだろうと教えてくれた。
治安部隊の隊長の一人がラウルの耳元で「ホルマン様、少し向こうでお話しを」と囁いた。
彼はラウルと別室に入っても声のトーンは抑えて話し出す。
「以前から、商業地域で違法な薬物の取引があります。数回は取り押さえる事に成功しておりますが、商人たちが大量に違法薬物を流通させている疑いが…裏には商人派閥の貴族なども…」
ラウルは手を上げて、発言を遮る。
「隊長。取り締まりを強化してくれ。商人全てを疑ったり、裏で貴族が糸を引いていると疑いたくなる気持ちもわかる。だが、証拠もなしに行動してはならぬ。そして貴族を疑う素振りでも、貴殿の身を滅ぼすと、肝に銘じておくのだ。私も調査を進めておく。何かあれば教えるし、新しい情報があれば速やかに教えてくれ」
ラウルは「部下にも徹底するように」と念を押したが、無駄だろう。思考や感情までは縛れん。
兵士たちが暴走する事がないように祈るだけだ。
この街の均衡は危うい。
戦争が起こる前ならば、ここまで酷くなかった。
この街は前線から遠く被害などない。それでも多くの人や物資が動けば、商人は利益を得る。
けが人や病人も増え、教団にもお金が落ちる。
兵士は使い込まれ、数を減らしていく。
それなのに、軍や兵士の立場は、日に日に弱くなっている。
現場で働く治安兵たちも、それを感じ取っている。
商人派閥と教団派閥が手を結ぶ事になれば、我々は更に力を削がれる。
それでも、国と街の治安の為に血を流さなければならない。
ラウルは元軍人と言う事もあり、なんとかしようと悪戦苦闘していたが、画期的な解決策など無い事を理解している。それでも努力を続ける。
かつての、「折れない心」の勇者マーティンのように。
その日の夜
ラウルは自室のベッドで眠っていたのだが、外が明るくなったような気がして起きた。
窓から外を眺めると、街の数か所が明るい。
火事か。
身支度を整え、向かおうとする所へ、治安部の兵士が報告に来た。
「街の数か所から火の手があがりました」と。
翌朝になると、情報が集まった。
商業地区の無人の屋台とまったく離れた食料品の店舗、そして神殿の礼拝堂と聖像。
幸い、負傷者はなかった。
だが、夜間で人手も少なく、消火には時間を要した為に、どこもほぼ全焼していた。
その後も不審な事件が続く。
商人の馬車が襲われ、護衛は全滅していた。商人自体は行方不明。
教団の信者同士が、神殿内で集団で暴行を働き、死傷者を出した。
兵士の数人が、以前に検挙した街の者たちのように、うつろな目で口からよだれを垂らしている。
城門外に出ていた巡回部隊の五人組は消え去ってしまった。
一体、何が起こっているのだ。
一瞬、マートの顔が浮かんでしまった。
私は首を数度振り、自らの頬を張る。
私一人では、もう手に負えない。
軍部の恥はさらしたくはないが、冒険者に調査を依頼しよう。
これ以上、この街の平和を乱さない為に、出来ることをしよう。
冒険者ギルドに自ら赴き、ギルドマスター直々に依頼をする。
「報酬は言い値で良いから、早急に頼む」
そう伝えたが、「三日は欲しい」と言われた。
日に日に悪化している街の治安を考えると、三日は長かった。
翌日の昼過ぎ、軍派閥の者たちと屋敷で会合をしていると、執事が来客を伝えに来た。
商業派閥と、教団派閥の貴族たちのようだ。
嫌な予感がするが、会わない訳にもいかない。
「ホルマン伯爵。これはいったいどういうことだ?武力で従わせようと言うのか?」
応接室に案内した彼らは、そう言って私に詰め寄る。
「落ち着いてください、卿。いったい何があったのですか?」
一人の貴族が、私の服を掴んだ。
一瞬カッとなるが、「落ち着きなさい。まず、掛けましょう」と自身にも声をかける。
軍人上がりの私の方が、ここに来た数人の貴族たちよりも強いだろう。
しかし、力でねじ伏せることなどできない。
私自身が治安を乱すような事はしてはならないのだ。
聞けば、数人の兵士が「違法薬物の取り締まり」と称して、商人の自宅まで押しかけてきたらしい。
そして、神殿にも赴いた兵士が「街の異変はお前達の仕業ではないのか?怪しげな魔法や儀式の後がないか調べる」と押し入ったらしい。
私は、頭を抱えたい衝動に駆られる。
隣に掛けた軍派閥の貴族に支えられたが、次の一言で場が凍る。
「ホルマン伯爵。貴殿が元勇者を匿っていると言うのは本当か?街の異変は彼の仕業ではないのか」
私の隣の貴族の手が離れてゆく。
「証拠などない、根も葉もない噂ではないのですか?」
私はかすかに視線をドアの横に立つ執事に視線を移す。
彼は小さく首を左右に振る。
「では、ホルマン殿。意趣返しではないですが、この屋敷を調べても構いませんね?」
私は必死に頭を働かせる。何か、解決策はないか。
しかし、時は既に遅かったようだ。
ドアを開けて入ってきたのは、冒険者風の人物。
彼は商業派閥の貴族に雇われているのか、その貴族に報告をする。
「二階の西端から二つ目の部屋。あの部屋に『元勇者』と思わしき人物がいる」
「待ってください!兵たちの件は調査の後、改めて謝罪に伺います。どうか、彼の事はそっとしておいてください!」
咄嗟の私の大声に、場が静まり返る。
軍派閥の貴族が、最初に口を開く。
「ホルマン様。本当に、本当にあの『元勇者』が、ここにいるのですか?災いを呼ぶ元勇者が」
「…ええ、本当です。今日の所は皆さま、お引き取り願えませんか?彼は私が…なんとかします」
「なんとか、とはなんだ!」
「お前も、ヤツとグルではないのか?」
罵声が飛び交う中で、私は下げた頭を上げられなかった。
彼は家から出ていない。彼は何もしていない。
……あの時、あの剣を持った背中を、私は忘れられない。
マートは、私の知る勇者マーティンは、災いなど呼ばない!
冒険者が一度、手を叩く
皆が彼を見る。
「皆さんは勇者マーティン相手に戦うのですか?実物を見たことがありますが、全員でかかっても、勝てませんよ。俺なら…違うな。俺たちは逃げ切れるとは思いますし、逃げさせてもらいますけどね」
雇い主だろう貴族が、冒険者に問う。
「貴様、何を言っているんだ?高い金を払っているのに…」
「ああ、俺たちは『勇者がいるか調べろ』と依頼を受けたんだ。『戦え』とは言われてない。まあ、旦那一人は一緒に連れて逃げますよ」
こうして、貴族たちは帰っていった。
軍貴族の者たちも、立ち去ってしまった。
冒険者が去り際に「軍と好き好んで敵対はしたくない。そこんとこよろしく」と言った。
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