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中等部編
風のダンジョン!
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朝日が昇り始める頃、ユカは弓を背負いながら村の外れにあるハリィの家へ向かっていた。
彼女の髪は肩のあたりでそよぎ、弓を握る手には少しの緊張が宿っている。
今日、二人は「風のダンジョン」に挑む。
風のダンジョンは村の北の山の上にあり、強風が吹き荒れることで有名な場所だった。
岩の間を突風が走り抜け、木々は常にしなるように揺れている。
古くからの伝承では、そこには風を操る魔物が潜んでいると言われていた。
「ハリィ、準備できた?」
ユカはドアを軽く叩いた。
すぐに勢いよく開き、ハリィが現れる。
「もちろん!剣もちゃんと研いであるよ」
ハリィはロングソードを腰に吊るし、元気よく笑った。
栗色の髪が陽の光を浴びて輝いている。
「なら行こう!」
二人は村を出て、山道へと足を踏み入れた。
山の斜面を登るにつれ、風が強くなっていった。
ユカは弓を背負い、慎重に足を進める。
「うわっ、すごい風!」
ハリィがよろめきながらも前へ進もうとする。
突風が吹きつけ、葉っぱや小枝が舞い上がる中、二人はなんとかバランスを取りながら登っていった。
「この風……普通じゃないよね」
ユカは警戒しながら周囲を見渡した。
すると、風の中に何かの影が見えた。
「ユカ、あれ!」
ハリィが指さす先に、風に乗るように滑る狼のような魔物がいた。
「風狼……!」
ユカはすぐに弓を取ろうとしたが、瞬時に思い直した。
この強風の中では矢の軌道が狂ってしまう。
彼女はすぐに短剣を抜き、低い構えを取った。
「ハリィ、正面から注意を引いて!」
「任せて!」
ハリィがロングソードを構え、風狼に飛びかかる。
しかし、風狼は風と一体化するように動き、攻撃をかわした。
「速い!」
ハリィが驚く間に、風狼は横へ跳び、ユカに向かって牙を剥いた。
「くっ……!」
ユカは瞬時にしゃがみ込み、風狼の懐へ潜り込んだ。
風が吹きつける中、短剣を素早く振るう。
鋭い刃が狼の前足をかすめ、動きが鈍った。
「今だ、ハリィ!」
ハリィがその隙を逃さず、ロングソードを振り下ろす。
風狼は咆哮を上げ、そのまま霧のように消え去った。
「やった……!」
ユカは息を整えながら短剣を収めた。
「このダンジョン、相当手強いかもね」
「でも、負けるわけにはいかない!」
二人は再び歩き始めた。
風のダンジョンは、まだこれからだった。
風狼を倒し、さらに山を登ると、巨大な岩の裂け目が見えてきた。そこが「風のダンジョン」の入り口だった。
「ここが……」
ユカは目を細め、裂け目の奥を覗き込んだ。洞窟のように暗く、吹き出す風が低く唸っている。
「すごい風ね。本当に入るの?」
ハリィが苦笑しながらも、ロングソードの柄を握り直す。ユカも短剣をしっかりと握りしめ、深く息を吸った。
「もちろん。行くわよ!」
二人は足を踏み入れた――。
ダンジョンの中は、まるで生き物のように風が渦を巻いていた。
壁や天井の隙間から常に風が吹き込み、ユカの髪を激しく揺らす。
「こりゃ弓は無理ね……」
ユカは弓を背負い直し、短剣を構える。
ハリィも剣を抜き、慎重に進んだ。
洞窟の奥へ進むと、突然ぬるりとした音が響いた。
「スライム……!」
青白く光る半透明のスライムが、いくつも這い出てくる。
「ハリィ、囲まれる前に!」
「うん!」
ハリィがロングソードを振り下ろし、一体のスライムを真っ二つにする。
ユカも短剣で素早く切り裂き、粘液を飛び散らせながら応戦した。
「粘つくけど、動きは遅いね」
「でも、数が多い……っ!」
スライムは次々と湧き出し、二人に迫る。
ユカは短剣を素早く突き刺し、ハリィも剣を振るって押し返した。
やがて最後の一体を斬り伏せると、辺りは静かになった。
「ふぅ……手強くはないけど、疲れるね」
「まだ入り口近くだしね。奥はもっと強い魔物が出るかも」
二人は気を引き締め、さらに奥へと進んだ。
途中、洞窟の壁に埋まった光る鉱石を見つけた。
「これ、魔法石じゃない?」
ユカが壁を指さすと、ハリィが目を輝かせる。
「本当だ!ちょっと採っていこう!」
二人はナイフや剣の柄を使い、慎重に削り取った。魔法石は淡い光を放っている。
「これ、売ったらどれくらいになるんだろう」
「でも、ここまで風が強いのに採掘しやすい場所にあるなんて……不思議」
ユカは少し気になったが、あまり時間をかけるわけにもいかない。
二人は魔法石を数個ずつ袋に入れ、再び進み始めた。
やがて、ダンジョンの最奥部へたどり着いた。
そこは広い円形の空間になっており、壁の割れ目から吹き出す風が渦を巻いている。そして、中央には何かがいた。
――ゴウウッ……!
突然、風がさらに強まり、二人は思わず足を踏ん張る。
浮かんでいた影がゆっくりと形を成していく。細長い体、鋭くしなやかな四肢、そしてしなやかに揺れる尾。
それは、細身のドラゴンだった。
「ドラゴン……!?」
ハリィが驚きの声を上げる。
そのドラゴンはまるで風と同化するように宙を舞っていた。
身体は透き通るような淡い青色で、目だけが鋭く光っている。
「……風を操る魔物」
ユカが短剣を握りしめる。
ドラゴンの目が二人を見据え、低く唸る。
次の瞬間、強風が唸りを上げ、二人の身体を押し流そうとする。
「これはちょっと逃げた方が…」
「そ、そだね…」
「失礼しました~…」
小声でそう言いながら出ていこうとした瞬間……
「待ちなさい」
「え?」
「待ちなさいと言ったのです」
「ドラゴンが喋った……」
ハリィが驚く
最奥部の空間に響き渡る轟音。風が渦を巻き、二人の視界が揺れる。
その中心に、細身のドラゴンが浮かんでいた。
エアリオス。
風をまとい、まるで空気そのもののように揺らめく神秘的な存在だった。
淡い青の鱗が光を反射し、その黄金の瞳が二人を射抜く。
「我が名はエアリオス。風の神龍である」
「風の……神龍!?」
ユカとハリィは息を呑んだ。
神話に語られる存在が、今目の前にいるのだ。
「話は女神から聞いておる。なにやら人の子に力を貸せとな」
女神。
その名が出た瞬間、ユカは無意識に拳を握った。
「エンバークスの様にはいかぬが、力を授けてやろう」
エアリオスの言葉と共に、風が激しく舞い上がる。
次の瞬間――
「え?え?」
ハリィの身体がふわりと浮かび、エアリオスのもとへ引き寄せられていった。
「ハリィ!」
ユカが叫ぶが、ハリィの足は地を離れ、まるで風にさらわれるように神龍のもとへと運ばれる。
そして――
頭上から、鮮やかな赤が降り注いだ。
「っ……!」
ハリィの肩が震える。
エアリオスの鋭い牙が、自らの翼を深く噛みしめていた。
血が滴り、ハリィの頭上へと落ちる。
「少し苦しいが、我慢しろよ」
その言葉と共に、ハリィの全身が強張った。
――ドクン!
心臓が跳ねる。
「ぐ……か……っ!」
全身が熱を帯び、何かが内側から弾けるような感覚が駆け巡る。
ハリィの意識は急速に遠のき――
ドサッ
音を立てて地面に倒れ込んだ。
「ハリィ!」
ユカが駆け寄る。
ハリィの顔は青ざめ、細かく震えていた。
「どういうこと!?ハリィは望んだの!?」
ユカがエアリオスを睨む。
だが、神龍は冷静に答えた。
「その娘は、自ら望んで力を手にした。お前ほどの力は出せぬがな」
エアリオスの言葉に、ユカは息を呑む。
――話は、少し戻る。
頭から浴びた血。
その瞬間、ハリィの意識の中に、龍の声が響いた。
(力が欲しいか?龍の力が欲しいか?)
(え……それは……分からない……でも、みんなを守るための力が欲しい!)
(ならば受け入れよ。我の血を受け入れよ!)
――ドサッ。
ハリィの身体が地に倒れた。
「ハリィ……」
ユカが心配そうに顔を覗き込む。
「さっき、女神がどうって……」
「どうやらお前が生きながらえたのも、その力を手に入れたのも、女神の計らいのようだ」
「女神様……どうして……」
「さあな、そこまでは分からぬ。機会があれば直接聞いてみるが良い」
エアリオスは静かに答えた。
「う……うん……」
ユカが考え込んでいると、微かに声が漏れた。
「……あ……あれ?」
ハリィが目を開ける。
「ハリィ!良かった!」
ユカが安堵の笑みを浮かべると、ハリィは自分の手を見つめ、驚いたように口を開いた。
「ユカ!ユカも龍の血を……?」
「うん。隠してたわけじゃないんだけどね」
「そっか……後で色々教えてね」
「もちろん!」
二人は微笑み合った。
「さぁ、もう行け。次は土属性のダンジョンへ向かうと良い」
エアリオスが静かに告げる。
「わかった!ありがとう!」
ユカが力強く頷く。
「一旦戻ろうか」
「うん!」
こうして、二人は風のダンジョンを後にした――。
帰り道、ハリィの母親から無事に許可をもらったユカとハリィは、夜の帳が降りる前にユカの家へと向かった。
ハリィはすぐに荷物を下ろし、ユカの家の縁側に座り込んだ。
「今日は色々あったね……」
ハリィがふっと息をつく。
ユカも静かに頷きながら、山の中へと目を向けた。
夜風が心地よく、周囲はしんと静まり返っている。
「それじゃあ、行こうか?」
ユカが立ち上がり、ハリィもそれに続く。
二人は裏山へ向かって歩き始めた。
人目を避けて、誰も来ない静かな場所で、龍の力について話し合うつもりだった。
少し歩いたところで、ユカは立ち止まり、ハリィに向き直った。
「実はね……あんまり知らないんだけど……」
ユカはしばらく黙ってから、ゆっくりと話し始めた。
「私、昔、採掘場で死にかけたことがあって……その時に、龍の血を受け入れたの。だから、私も龍の血を持ってるんだ」
ハリィは驚き、目を見開いた。
「え……それって、どういうこと?」
ユカは少し考えてから続けた。
「私は……龍人化したんだ。普通の人間から、龍の力を持つ存在に変わったんだよ」
その言葉に、ハリィの目がますます大きくなる。
「そんな……まさか、ユカが?」
ユカは軽く息を吐いてから、短剣を握り、目の前で龍人化を試みた。
身体が震えるように力が溢れ、瞬く間に彼女の体に変化が訪れる。
鱗のような模様が肌に浮かび、目が一瞬、龍のそれに変わる。
「すごい!こんなことになるなんて…!」
ハリィは驚きの声を上げ、目の前のユカに釘付けになった。
ユカが元に戻ると、ハリィも興奮した様子で言った。
「でも、私もやってみたい!」
ハリィは自分の手を広げて試みるが、何も変わらなかった。
ユカは少し微笑んで、やわらかく言った。
「無理だよ、ハリィ。龍の血を体内に入れないと、龍人化はできないんだから」
ハリィは少し肩を落としてから、ふっと顔を上げた。
「じゃあ、龍の力を持ってるってことだよね?それなら、私は今、風の魔力を操れるんだ!」
ハリィは腕を上げ、風を感じながら静かに呟く。
すると、手のひらから風が巻き起こり、まるで生き物のようにユカの髪を揺らした。
「これ……!すごい!魔力の消費を感じない!」
「うん、私の火の魔法みたいに、素材を消費せずに詠唱無しで使えるようになったんだよ」
ユカは驚いた目でハリィを見つめた。
「これで強くなったかな?」
「十分強いよ!威力も数段上がってるし!」
二人はお互いを見つめ、微笑み合った。その瞬間――
「ガサッ!」
不意に草むらが揺れる音がした。二人は一斉に振り向き、身構える。
「誰?!」
「私だよ、私」
明るい声が聞こえてきて、背後から一人の少女が現れた。
「プリス!」
「久しぶり!ハリィも久しぶり!」
「久しぶり!」
プリスは楽しげに手を振りながら、二人の元へ駆け寄る。
「こんな所で何してんだ?」
ユカはこれまでの出来事を簡単に話した。プリスは目を輝かせながら聞いていた。
「へぇ~!そりゃ凄いな!その力、私も欲しい!」
ユカは少し驚きながらも、プリスを見つめた。
「なんのために?」
プリスは目を輝かせて答える。
「そりゃ、強さを求めるためさ!」
その純粋な眼差しに、ユカとハリィは少し顔を見合わせた。
「それじゃあさ、明日土属性のダンジョンへ行くんだけど、一緒に行く?」
「もちろん!そこへ行けば、神龍が居るんだろ?」
「うん、たぶんね」
「決まりだな!」
プリスは元気よく手を叩くと、三人は明日を楽しみにしてそれぞれの家へ帰った。
翌日、土属性のダンジョンへ向かうために――。
彼女の髪は肩のあたりでそよぎ、弓を握る手には少しの緊張が宿っている。
今日、二人は「風のダンジョン」に挑む。
風のダンジョンは村の北の山の上にあり、強風が吹き荒れることで有名な場所だった。
岩の間を突風が走り抜け、木々は常にしなるように揺れている。
古くからの伝承では、そこには風を操る魔物が潜んでいると言われていた。
「ハリィ、準備できた?」
ユカはドアを軽く叩いた。
すぐに勢いよく開き、ハリィが現れる。
「もちろん!剣もちゃんと研いであるよ」
ハリィはロングソードを腰に吊るし、元気よく笑った。
栗色の髪が陽の光を浴びて輝いている。
「なら行こう!」
二人は村を出て、山道へと足を踏み入れた。
山の斜面を登るにつれ、風が強くなっていった。
ユカは弓を背負い、慎重に足を進める。
「うわっ、すごい風!」
ハリィがよろめきながらも前へ進もうとする。
突風が吹きつけ、葉っぱや小枝が舞い上がる中、二人はなんとかバランスを取りながら登っていった。
「この風……普通じゃないよね」
ユカは警戒しながら周囲を見渡した。
すると、風の中に何かの影が見えた。
「ユカ、あれ!」
ハリィが指さす先に、風に乗るように滑る狼のような魔物がいた。
「風狼……!」
ユカはすぐに弓を取ろうとしたが、瞬時に思い直した。
この強風の中では矢の軌道が狂ってしまう。
彼女はすぐに短剣を抜き、低い構えを取った。
「ハリィ、正面から注意を引いて!」
「任せて!」
ハリィがロングソードを構え、風狼に飛びかかる。
しかし、風狼は風と一体化するように動き、攻撃をかわした。
「速い!」
ハリィが驚く間に、風狼は横へ跳び、ユカに向かって牙を剥いた。
「くっ……!」
ユカは瞬時にしゃがみ込み、風狼の懐へ潜り込んだ。
風が吹きつける中、短剣を素早く振るう。
鋭い刃が狼の前足をかすめ、動きが鈍った。
「今だ、ハリィ!」
ハリィがその隙を逃さず、ロングソードを振り下ろす。
風狼は咆哮を上げ、そのまま霧のように消え去った。
「やった……!」
ユカは息を整えながら短剣を収めた。
「このダンジョン、相当手強いかもね」
「でも、負けるわけにはいかない!」
二人は再び歩き始めた。
風のダンジョンは、まだこれからだった。
風狼を倒し、さらに山を登ると、巨大な岩の裂け目が見えてきた。そこが「風のダンジョン」の入り口だった。
「ここが……」
ユカは目を細め、裂け目の奥を覗き込んだ。洞窟のように暗く、吹き出す風が低く唸っている。
「すごい風ね。本当に入るの?」
ハリィが苦笑しながらも、ロングソードの柄を握り直す。ユカも短剣をしっかりと握りしめ、深く息を吸った。
「もちろん。行くわよ!」
二人は足を踏み入れた――。
ダンジョンの中は、まるで生き物のように風が渦を巻いていた。
壁や天井の隙間から常に風が吹き込み、ユカの髪を激しく揺らす。
「こりゃ弓は無理ね……」
ユカは弓を背負い直し、短剣を構える。
ハリィも剣を抜き、慎重に進んだ。
洞窟の奥へ進むと、突然ぬるりとした音が響いた。
「スライム……!」
青白く光る半透明のスライムが、いくつも這い出てくる。
「ハリィ、囲まれる前に!」
「うん!」
ハリィがロングソードを振り下ろし、一体のスライムを真っ二つにする。
ユカも短剣で素早く切り裂き、粘液を飛び散らせながら応戦した。
「粘つくけど、動きは遅いね」
「でも、数が多い……っ!」
スライムは次々と湧き出し、二人に迫る。
ユカは短剣を素早く突き刺し、ハリィも剣を振るって押し返した。
やがて最後の一体を斬り伏せると、辺りは静かになった。
「ふぅ……手強くはないけど、疲れるね」
「まだ入り口近くだしね。奥はもっと強い魔物が出るかも」
二人は気を引き締め、さらに奥へと進んだ。
途中、洞窟の壁に埋まった光る鉱石を見つけた。
「これ、魔法石じゃない?」
ユカが壁を指さすと、ハリィが目を輝かせる。
「本当だ!ちょっと採っていこう!」
二人はナイフや剣の柄を使い、慎重に削り取った。魔法石は淡い光を放っている。
「これ、売ったらどれくらいになるんだろう」
「でも、ここまで風が強いのに採掘しやすい場所にあるなんて……不思議」
ユカは少し気になったが、あまり時間をかけるわけにもいかない。
二人は魔法石を数個ずつ袋に入れ、再び進み始めた。
やがて、ダンジョンの最奥部へたどり着いた。
そこは広い円形の空間になっており、壁の割れ目から吹き出す風が渦を巻いている。そして、中央には何かがいた。
――ゴウウッ……!
突然、風がさらに強まり、二人は思わず足を踏ん張る。
浮かんでいた影がゆっくりと形を成していく。細長い体、鋭くしなやかな四肢、そしてしなやかに揺れる尾。
それは、細身のドラゴンだった。
「ドラゴン……!?」
ハリィが驚きの声を上げる。
そのドラゴンはまるで風と同化するように宙を舞っていた。
身体は透き通るような淡い青色で、目だけが鋭く光っている。
「……風を操る魔物」
ユカが短剣を握りしめる。
ドラゴンの目が二人を見据え、低く唸る。
次の瞬間、強風が唸りを上げ、二人の身体を押し流そうとする。
「これはちょっと逃げた方が…」
「そ、そだね…」
「失礼しました~…」
小声でそう言いながら出ていこうとした瞬間……
「待ちなさい」
「え?」
「待ちなさいと言ったのです」
「ドラゴンが喋った……」
ハリィが驚く
最奥部の空間に響き渡る轟音。風が渦を巻き、二人の視界が揺れる。
その中心に、細身のドラゴンが浮かんでいた。
エアリオス。
風をまとい、まるで空気そのもののように揺らめく神秘的な存在だった。
淡い青の鱗が光を反射し、その黄金の瞳が二人を射抜く。
「我が名はエアリオス。風の神龍である」
「風の……神龍!?」
ユカとハリィは息を呑んだ。
神話に語られる存在が、今目の前にいるのだ。
「話は女神から聞いておる。なにやら人の子に力を貸せとな」
女神。
その名が出た瞬間、ユカは無意識に拳を握った。
「エンバークスの様にはいかぬが、力を授けてやろう」
エアリオスの言葉と共に、風が激しく舞い上がる。
次の瞬間――
「え?え?」
ハリィの身体がふわりと浮かび、エアリオスのもとへ引き寄せられていった。
「ハリィ!」
ユカが叫ぶが、ハリィの足は地を離れ、まるで風にさらわれるように神龍のもとへと運ばれる。
そして――
頭上から、鮮やかな赤が降り注いだ。
「っ……!」
ハリィの肩が震える。
エアリオスの鋭い牙が、自らの翼を深く噛みしめていた。
血が滴り、ハリィの頭上へと落ちる。
「少し苦しいが、我慢しろよ」
その言葉と共に、ハリィの全身が強張った。
――ドクン!
心臓が跳ねる。
「ぐ……か……っ!」
全身が熱を帯び、何かが内側から弾けるような感覚が駆け巡る。
ハリィの意識は急速に遠のき――
ドサッ
音を立てて地面に倒れ込んだ。
「ハリィ!」
ユカが駆け寄る。
ハリィの顔は青ざめ、細かく震えていた。
「どういうこと!?ハリィは望んだの!?」
ユカがエアリオスを睨む。
だが、神龍は冷静に答えた。
「その娘は、自ら望んで力を手にした。お前ほどの力は出せぬがな」
エアリオスの言葉に、ユカは息を呑む。
――話は、少し戻る。
頭から浴びた血。
その瞬間、ハリィの意識の中に、龍の声が響いた。
(力が欲しいか?龍の力が欲しいか?)
(え……それは……分からない……でも、みんなを守るための力が欲しい!)
(ならば受け入れよ。我の血を受け入れよ!)
――ドサッ。
ハリィの身体が地に倒れた。
「ハリィ……」
ユカが心配そうに顔を覗き込む。
「さっき、女神がどうって……」
「どうやらお前が生きながらえたのも、その力を手に入れたのも、女神の計らいのようだ」
「女神様……どうして……」
「さあな、そこまでは分からぬ。機会があれば直接聞いてみるが良い」
エアリオスは静かに答えた。
「う……うん……」
ユカが考え込んでいると、微かに声が漏れた。
「……あ……あれ?」
ハリィが目を開ける。
「ハリィ!良かった!」
ユカが安堵の笑みを浮かべると、ハリィは自分の手を見つめ、驚いたように口を開いた。
「ユカ!ユカも龍の血を……?」
「うん。隠してたわけじゃないんだけどね」
「そっか……後で色々教えてね」
「もちろん!」
二人は微笑み合った。
「さぁ、もう行け。次は土属性のダンジョンへ向かうと良い」
エアリオスが静かに告げる。
「わかった!ありがとう!」
ユカが力強く頷く。
「一旦戻ろうか」
「うん!」
こうして、二人は風のダンジョンを後にした――。
帰り道、ハリィの母親から無事に許可をもらったユカとハリィは、夜の帳が降りる前にユカの家へと向かった。
ハリィはすぐに荷物を下ろし、ユカの家の縁側に座り込んだ。
「今日は色々あったね……」
ハリィがふっと息をつく。
ユカも静かに頷きながら、山の中へと目を向けた。
夜風が心地よく、周囲はしんと静まり返っている。
「それじゃあ、行こうか?」
ユカが立ち上がり、ハリィもそれに続く。
二人は裏山へ向かって歩き始めた。
人目を避けて、誰も来ない静かな場所で、龍の力について話し合うつもりだった。
少し歩いたところで、ユカは立ち止まり、ハリィに向き直った。
「実はね……あんまり知らないんだけど……」
ユカはしばらく黙ってから、ゆっくりと話し始めた。
「私、昔、採掘場で死にかけたことがあって……その時に、龍の血を受け入れたの。だから、私も龍の血を持ってるんだ」
ハリィは驚き、目を見開いた。
「え……それって、どういうこと?」
ユカは少し考えてから続けた。
「私は……龍人化したんだ。普通の人間から、龍の力を持つ存在に変わったんだよ」
その言葉に、ハリィの目がますます大きくなる。
「そんな……まさか、ユカが?」
ユカは軽く息を吐いてから、短剣を握り、目の前で龍人化を試みた。
身体が震えるように力が溢れ、瞬く間に彼女の体に変化が訪れる。
鱗のような模様が肌に浮かび、目が一瞬、龍のそれに変わる。
「すごい!こんなことになるなんて…!」
ハリィは驚きの声を上げ、目の前のユカに釘付けになった。
ユカが元に戻ると、ハリィも興奮した様子で言った。
「でも、私もやってみたい!」
ハリィは自分の手を広げて試みるが、何も変わらなかった。
ユカは少し微笑んで、やわらかく言った。
「無理だよ、ハリィ。龍の血を体内に入れないと、龍人化はできないんだから」
ハリィは少し肩を落としてから、ふっと顔を上げた。
「じゃあ、龍の力を持ってるってことだよね?それなら、私は今、風の魔力を操れるんだ!」
ハリィは腕を上げ、風を感じながら静かに呟く。
すると、手のひらから風が巻き起こり、まるで生き物のようにユカの髪を揺らした。
「これ……!すごい!魔力の消費を感じない!」
「うん、私の火の魔法みたいに、素材を消費せずに詠唱無しで使えるようになったんだよ」
ユカは驚いた目でハリィを見つめた。
「これで強くなったかな?」
「十分強いよ!威力も数段上がってるし!」
二人はお互いを見つめ、微笑み合った。その瞬間――
「ガサッ!」
不意に草むらが揺れる音がした。二人は一斉に振り向き、身構える。
「誰?!」
「私だよ、私」
明るい声が聞こえてきて、背後から一人の少女が現れた。
「プリス!」
「久しぶり!ハリィも久しぶり!」
「久しぶり!」
プリスは楽しげに手を振りながら、二人の元へ駆け寄る。
「こんな所で何してんだ?」
ユカはこれまでの出来事を簡単に話した。プリスは目を輝かせながら聞いていた。
「へぇ~!そりゃ凄いな!その力、私も欲しい!」
ユカは少し驚きながらも、プリスを見つめた。
「なんのために?」
プリスは目を輝かせて答える。
「そりゃ、強さを求めるためさ!」
その純粋な眼差しに、ユカとハリィは少し顔を見合わせた。
「それじゃあさ、明日土属性のダンジョンへ行くんだけど、一緒に行く?」
「もちろん!そこへ行けば、神龍が居るんだろ?」
「うん、たぶんね」
「決まりだな!」
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日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
※他サイトでも掲載しています
※ちょいちょい手直ししていってます
2026.12.14 タイトル変更 旧タイトル:ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
企業再生のプロ、倒産寸前の貧乏伯爵に転生する
namisan
ファンタジー
数々の倒産寸前の企業を立て直してきた敏腕コンサルタントの男は、過労の末に命を落とし、異世界で目を覚ます。
転生先は、帝国北部の辺境にあるアインハルト伯爵家の若き当主、アレク。
しかし、そこは「帝国の重荷」と蔑まれる、借金まみれで領民が飢える極貧領地だった。
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詰みかけた状況の中で、アレクは独自のユニーク魔法【構造解析(アナライズ)】に目覚める。
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前世の経営知識と規格外の魔法で、アレクは領地の大改革に乗り出す。
痩せた土地を改良し、特産品を生み出し、隣国の経済さえも掌握していくアレク。
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これは、底辺から這い上がった若き伯爵が、最強の布陣で自領を帝国一の都市へと発展させ、栄華を極める物語。
「お前を愛する事はない」を信じたので
あんど もあ
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「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」
お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。
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