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祖母と柚月
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「それにしても今の世はこんなに美味しいものがあるんだね。
私にお供えされるのはたいてい油揚げやお稲荷さんだから知らなかったよ」
玉藻はそう感慨深げに言いながら、器用に皿に乗ったシフォンケーキにかぶりつく。
「そうですか…」
柚月はどう反応すべきか悩んだ。
さすがに神様とはいえ、油揚げやお稲荷さんだけの生活は哀れだと思った。
「それに、誰かと食べるのって心が弾むね」
「…そうだね」
惣一は物憂げな表情でシフォンケーキを口に運ぶ。
どこか遠くを見ているような目をしていた。
「より子も、こんな美味しいものがあるって知っていたのかなあ」
玉藻は、祖母を懐かしむように目を細めた。
惣一はケーキを食べる手を止めて言った。
「知ってたよ。僕がたまにお土産で持っていったから。
たまに一緒に食べると、"美味しい美味しい"って笑ってくれた」
惣一もまた祖母との思い出を思い出したのか、目を細めた。
「お祖母ちゃんは、甘いものが好きでしたね。
私はよく一緒にお饅頭や大福を食べました」
玉藻はそんな柚月と惣一を見て、満足そうに尻尾を揺らした。
「君達は、より子が大好きなんだね」
柚月は生クリームたっぷりのシフォンケーキをひとくち口に含む。
口に広がるミルクの風味とふわふわの食感に心がほどけた。
そして、
「当然ですよ」
と誇らしげに微笑んだ。
***
シフォンケーキを食べ終わって、沸かし直したお湯で紅茶を飲んでいた時。
惣一がふと、縁側を見て動きを止めた。
「柚月、見て…」
柚月がその声につられて顔をあげると、祖母が縁側に立っていた。
祖母は、相変わらずにこにこと笑っている。
それだけならいつも通りだ。
しかし、今日はそれだけではなかった。
祖母はどこかを指差していた。
「…っ!
お祖母ちゃん…!」
柚月は思わず立ち上がる。
驚きに目を見開きながらも、祖母に向かって歩き出す。
祖母が指し示す指の先には――庭の奥、古い蔵がある。
玉藻がぽつりと言った。
「より子は、ずっと柚月を待っていたんだよ」
柚月は無言で歩き出した。
祖母はぼんやりと光り、先導するように進んでいく。
***
家の離れにある蔵の前までたどり着くと、
祖母は、ゆっくり頷くと柚月と惣一の頭を撫でるような仕草をした。
そして、玉藻に軽く会釈すると――
風に溶けるように、すうっと消えていった。
「待って…!」
柚月は祖母に手を伸ばしたが、その手は虚しく空を掴む。
「より子はずっと、柚月と惣一のことをこの村から解放してあげたかったんだ」
柚月は知っていた。
昔、柚月が幼い頃、祖母と村を散歩していた時。
鈴虫が鳴く田んぼの畦道で、
祖母は柚月に将来どうなりたいか尋ねてきた。
柚月は、お花屋さん、ケーキ屋さん、本屋さんなどさまざまな未来を思い描いて祖母に話した。
祖母は楽しげに話す柚月の様子を微笑みながら見守っていた。
そして、
『柚月は自由に生きてよいのですよ』
と頭を撫でてくれた。
祖母はお淑やかで、幼い柚月に対しても丁寧な口調で話していた。
いつしか柚月も彼女を真似て、敬語で話すようになった。
柚月にとってはずっと、優しいお祖母ちゃんだった。
「お祖母ちゃん…っ」
柚月は、ワンピースの胸元をぎゅっと掴み、その場に立ち尽くした。
惣一が柚月の肩に手を置いた。
そして、ぽつりと呟く。
「本当に、人のことばっかりで、自分の幸せを後回しにしてしまうくらい優しい人だったね」
柚月は振り返って惣一の顔を見た。
「君にそんな顔をさせるなんて、より子さんにしかできないだろう」
柚月は今にも泣き出しそうな顔をしていた。
惣一も、痛みを耐えるように眉をひそめていた。
「僕のことも、血の繋がりはないけど、本当の孫みたいに可愛がってくれた」
惣一にとっても、祖母は心の拠り所だったのだろう。
「この忌まわしい村の中で、彼女だけが僕ら家族を受け入れてくれたんだ」
彼は俯いて、口を引き結んでいた。
玉藻は、祖母がつい先程までいた場所を淋しげに見つめて言った。
「君たちがより子のことを大好きなように、より子も君たちを愛していたんだよ」
***
蔵の中は静まり返っていた。
古い木箱や神社にまつわる品々積まれている。
長年誰にも触れられていなかったのだろう。
降り積もった埃が舞い上がり、陽の光に反射して、蔵の中できらきらと舞った。
柚月は埃を吸い込まないよう口元にハンカチを当てながら、周囲を見渡す。
惣一が後ろから柚月の肩を叩く。
「柚月、あの本…」
そして、棚にある1冊の古びた赤い本を指さす。
柚月はその本を手に取り、そっとページをめくった。
……その瞬間、息を呑む。
開いたページには、手紙が1枚挟まっていた。
見覚えのある字で、祖母の名が記されている。
――“柚月へ”
「……お祖母ちゃんの、字です」
指先が震える。
――この手紙をあなたが読んでいるということは、私はもうこの世にはいないのでしょう。
この本には、この村の真実の物語が記されています。
これは、この村の信仰の根底を大きく揺るがすものであり、あなたをこの村から解放する鍵になるものだと思います。
この村の信仰は長い年月を経て、歪んでしまいました。
弱い私はそれをみて見ぬふりをして、多くの犠牲を出してしまいました。
せめてもの償いとして、私の代でこの因習を終わらせようと思います。
小さな狐の神様があなたの前に現れたら、力を貸してあげてください。
その神様は柚月の味方です。
惣一くんとはもう会ったかしら。
よく神社に遊びに来てくれて、私の話し相手になってくれます。
とてもいい子です。
きっと柚月と仲良くなれると思います。
彼と彼の妹さんもこの村の犠牲者です。
無理なお願いだと思うけれど、どうか、あの子たちを救ってあげて。
あなたは強く、しなやかで、自由な女性です。
――柚月、幸せに生きてね。
「…っ」
手紙の内容を見て、柚月は肩を震わせた。
惣一も後ろから手紙を覗き込み、息を詰まらせた。
祖母は、これを柚月に伝えるためにこの世に留まっていたのか。
「…ありがとう、お祖母ちゃん」
柚月は、祖母の手紙をそっと撫でた。
手紙は、まるで祖母のぬくもりを宿しているかのように温かい気がした。
私にお供えされるのはたいてい油揚げやお稲荷さんだから知らなかったよ」
玉藻はそう感慨深げに言いながら、器用に皿に乗ったシフォンケーキにかぶりつく。
「そうですか…」
柚月はどう反応すべきか悩んだ。
さすがに神様とはいえ、油揚げやお稲荷さんだけの生活は哀れだと思った。
「それに、誰かと食べるのって心が弾むね」
「…そうだね」
惣一は物憂げな表情でシフォンケーキを口に運ぶ。
どこか遠くを見ているような目をしていた。
「より子も、こんな美味しいものがあるって知っていたのかなあ」
玉藻は、祖母を懐かしむように目を細めた。
惣一はケーキを食べる手を止めて言った。
「知ってたよ。僕がたまにお土産で持っていったから。
たまに一緒に食べると、"美味しい美味しい"って笑ってくれた」
惣一もまた祖母との思い出を思い出したのか、目を細めた。
「お祖母ちゃんは、甘いものが好きでしたね。
私はよく一緒にお饅頭や大福を食べました」
玉藻はそんな柚月と惣一を見て、満足そうに尻尾を揺らした。
「君達は、より子が大好きなんだね」
柚月は生クリームたっぷりのシフォンケーキをひとくち口に含む。
口に広がるミルクの風味とふわふわの食感に心がほどけた。
そして、
「当然ですよ」
と誇らしげに微笑んだ。
***
シフォンケーキを食べ終わって、沸かし直したお湯で紅茶を飲んでいた時。
惣一がふと、縁側を見て動きを止めた。
「柚月、見て…」
柚月がその声につられて顔をあげると、祖母が縁側に立っていた。
祖母は、相変わらずにこにこと笑っている。
それだけならいつも通りだ。
しかし、今日はそれだけではなかった。
祖母はどこかを指差していた。
「…っ!
お祖母ちゃん…!」
柚月は思わず立ち上がる。
驚きに目を見開きながらも、祖母に向かって歩き出す。
祖母が指し示す指の先には――庭の奥、古い蔵がある。
玉藻がぽつりと言った。
「より子は、ずっと柚月を待っていたんだよ」
柚月は無言で歩き出した。
祖母はぼんやりと光り、先導するように進んでいく。
***
家の離れにある蔵の前までたどり着くと、
祖母は、ゆっくり頷くと柚月と惣一の頭を撫でるような仕草をした。
そして、玉藻に軽く会釈すると――
風に溶けるように、すうっと消えていった。
「待って…!」
柚月は祖母に手を伸ばしたが、その手は虚しく空を掴む。
「より子はずっと、柚月と惣一のことをこの村から解放してあげたかったんだ」
柚月は知っていた。
昔、柚月が幼い頃、祖母と村を散歩していた時。
鈴虫が鳴く田んぼの畦道で、
祖母は柚月に将来どうなりたいか尋ねてきた。
柚月は、お花屋さん、ケーキ屋さん、本屋さんなどさまざまな未来を思い描いて祖母に話した。
祖母は楽しげに話す柚月の様子を微笑みながら見守っていた。
そして、
『柚月は自由に生きてよいのですよ』
と頭を撫でてくれた。
祖母はお淑やかで、幼い柚月に対しても丁寧な口調で話していた。
いつしか柚月も彼女を真似て、敬語で話すようになった。
柚月にとってはずっと、優しいお祖母ちゃんだった。
「お祖母ちゃん…っ」
柚月は、ワンピースの胸元をぎゅっと掴み、その場に立ち尽くした。
惣一が柚月の肩に手を置いた。
そして、ぽつりと呟く。
「本当に、人のことばっかりで、自分の幸せを後回しにしてしまうくらい優しい人だったね」
柚月は振り返って惣一の顔を見た。
「君にそんな顔をさせるなんて、より子さんにしかできないだろう」
柚月は今にも泣き出しそうな顔をしていた。
惣一も、痛みを耐えるように眉をひそめていた。
「僕のことも、血の繋がりはないけど、本当の孫みたいに可愛がってくれた」
惣一にとっても、祖母は心の拠り所だったのだろう。
「この忌まわしい村の中で、彼女だけが僕ら家族を受け入れてくれたんだ」
彼は俯いて、口を引き結んでいた。
玉藻は、祖母がつい先程までいた場所を淋しげに見つめて言った。
「君たちがより子のことを大好きなように、より子も君たちを愛していたんだよ」
***
蔵の中は静まり返っていた。
古い木箱や神社にまつわる品々積まれている。
長年誰にも触れられていなかったのだろう。
降り積もった埃が舞い上がり、陽の光に反射して、蔵の中できらきらと舞った。
柚月は埃を吸い込まないよう口元にハンカチを当てながら、周囲を見渡す。
惣一が後ろから柚月の肩を叩く。
「柚月、あの本…」
そして、棚にある1冊の古びた赤い本を指さす。
柚月はその本を手に取り、そっとページをめくった。
……その瞬間、息を呑む。
開いたページには、手紙が1枚挟まっていた。
見覚えのある字で、祖母の名が記されている。
――“柚月へ”
「……お祖母ちゃんの、字です」
指先が震える。
――この手紙をあなたが読んでいるということは、私はもうこの世にはいないのでしょう。
この本には、この村の真実の物語が記されています。
これは、この村の信仰の根底を大きく揺るがすものであり、あなたをこの村から解放する鍵になるものだと思います。
この村の信仰は長い年月を経て、歪んでしまいました。
弱い私はそれをみて見ぬふりをして、多くの犠牲を出してしまいました。
せめてもの償いとして、私の代でこの因習を終わらせようと思います。
小さな狐の神様があなたの前に現れたら、力を貸してあげてください。
その神様は柚月の味方です。
惣一くんとはもう会ったかしら。
よく神社に遊びに来てくれて、私の話し相手になってくれます。
とてもいい子です。
きっと柚月と仲良くなれると思います。
彼と彼の妹さんもこの村の犠牲者です。
無理なお願いだと思うけれど、どうか、あの子たちを救ってあげて。
あなたは強く、しなやかで、自由な女性です。
――柚月、幸せに生きてね。
「…っ」
手紙の内容を見て、柚月は肩を震わせた。
惣一も後ろから手紙を覗き込み、息を詰まらせた。
祖母は、これを柚月に伝えるためにこの世に留まっていたのか。
「…ありがとう、お祖母ちゃん」
柚月は、祖母の手紙をそっと撫でた。
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