4 / 185
第四話『雨と風と、快適な寝床を求めて』
しおりを挟む朝日が、木々の隙間から差し込んでいる。
小鳥のさえずりのような、甲高い鳴き声でユウキは目を覚ました。
「(……朝か……)」
視線をゆっくりと下ろすと、自分のお腹の上で、真っ白な毛玉がすやすやと寝息を立てていた。シラタマだ。ユウキの体温が心地よいのか、安心しきった顔で丸くなっている。
その無防備な寝顔を見ていると、自然と口元が緩んだ。
「(……一人じゃ、ないんだな)」
その事実が、胸の奥を温かくする。
昨日の死闘が嘘のような、穏やかな朝だ。空腹も、体の痛みも、この温かさに比べれば些細なことに思えた。
「キュゥ……?」
ユウキが身じろぎしたことで、シラタマが目を覚ました。大きな黒い瞳でじっとユウキの顔を見つめ、それから「キュ!」と一声鳴いて、彼の胸に頭をすり寄せてくる。
「はは、おはよう、シラタマ」
頭を撫でてやると、シラタマは嬉しそうに喉を鳴らした。
と、その時だった。
ポツリ。
ユウキの頬に、冷たい雫が一つ、落ちてきた。
空を見上げると、さっきまでの青空はどこへやら、分厚い灰色の雲が急速に空を覆い尽くしていた。
ポツ、ポツポツ……ザアアアアアアッ!
森の天候は、気まぐれだ。
あっという間に、バケツをひっくり返したような豪雨が、森全体を叩き始めた。
「まずい!」
焚き火だ!かろうじて熾火(おきび)になっていた火が、容赦ない雨に打たれ、ジュウッ!という断末魔のような音を立てて、白い煙と共に消えていく。
「うわっ、冷たっ!」
「キュウウウッ!?」
体温が、みるみるうちに奪われていく。濡れた服が肌に張り付き、体力を根こそぎ持っていく。
このままでは、低体温症で死ぬ。せっかく生き延びたというのに、こんなことで。
「(屋根のある場所を探さないと!)」
ユウキはシラタマを抱きかかえ、雨でぬかるむ地面を必死で走った。
幸い、そう遠くない場所に、巨大な岩がせり出した、天然の屋根のようになっている場所を見つけることができた。奥行きは数メートルほど。雨風を完全にしのげるわけではないが、何もないよりはずっといい。
「はぁっ、はぁ……シラタマ、大丈夫か?」
「フワァ……」
腕の中で、シラタマがぶるぶると震えている。その小さな体は、すっかり冷え切っていた。
ユウキはジャケットを脱ぎ、シラタマをきつく包んでやる。自分の体も限界に近いが、この小さな相棒を失うわけにはいかなかった。
「(ダメだ……このままじゃ……)」
焚き火は消えた。体は濡れ、体力は奪われる一方。食料の備蓄もない。
運良く生き延びても、また雨が降れば同じことの繰り返しだ。
必要なのは、雨風を確実にしのげる、頑丈な拠点。
二人が安心して眠れる、「家」だ。
「(……作るしかない)」
だが、どうやって?
頭の中のゲージを確認する。
**【創造力:22/100】**
昨日の無理がたたり、ほとんど残っていない。これでは、まともな道具すら召喚できない。
今はただ、体力を温存し、この雨が止むのを待つしかない。
「……なあ、シラタマ」
腕の中で震える温もりに、語りかける。
「俺さ、家を建てようと思うんだ。お前と、俺の家を」
「キュゥ……?」
「雨が降っても、風が吹いても、安心して眠れるような、最高の家だ。約束する」
それは、シラタマに言い聞かせると同時に、自分自身に立てた誓いだった。
雨が小降りになるまでの時間、ユウキは地面をキャンバスにして、木の枝をペン代わりに設計図を描き始めた。
「(いきなりログハウスは無理だ。まずは、Aフレームハウスだな……)」
ブッシュクラフトで何度も作った、三角形の簡易的な小屋だ。構造がシンプルで、少ない資材で作れる。
地面に、家の骨格となる三角形を描く。
「(主材料は、この森の木だ。だが、それを加工し、組み立てるための道具がいる)」
必要なものを、頭の中でリストアップしていく。
「(まずは木を切るための『ノコギリ』。それから、釘を打つための『金槌』。接合するための『釘』や『ネジ』も大量にいるな……)」
「(屋根には、防水のためのシートが必須だ。『ブルーシート』……いや、あれはAランク級のコストだろうな。今の俺じゃ、とても……)」
創造力のゲージが22しかないという現実が、重くのしかかる。
ノコギリや金槌ですら、BかCランクは覚悟しなくてはならない。
とてもじゃないが、今すぐどうこうできる話ではなかった。
「(……まずは、休むしかないか)」
創造力は、睡眠でしか回復しない。
幸い、雨は止み、雲の切れ間から再び太陽が顔をのぞかせ始めた。
「よし、シラタマ。今日は何とか食料を探して、夜はしっかり眠るんだ」
「キュ!」
「そして、明日から……俺たちの家づくりを、始めよう」
地面に描かれた、頼りない設計図。
だが、ユウキの目には、その向こうに、シラタマと笑いながら温かいスープを飲む、未来の我が家が見えていた。
(つづく)
179
あなたにおすすめの小説
本の知識で、らくらく異世界生活? 〜チート過ぎて、逆にヤバい……けど、とっても役に立つ!〜
あーもんど
ファンタジー
異世界でも、本を読みたい!
ミレイのそんな願いにより、生まれた“あらゆる文書を閲覧出来るタブレット”
ミレイとしては、『小説や漫画が読めればいい』くらいの感覚だったが、思ったよりチートみたいで?
異世界で知り合った仲間達の窮地を救うキッカケになったり、敵の情報が筒抜けになったりと大変優秀。
チートすぎるがゆえの弊害も多少あるものの、それを鑑みても一家に一台はほしい性能だ。
「────さてと、今日は何を読もうかな」
これはマイペースな主人公ミレイが、タブレット片手に異世界の暮らしを謳歌するお話。
◆小説家になろう様にて、先行公開中◆
◆恋愛要素は、ありません◆
【完結】剣の世界に憧れて上京した村人だけど兵士にも冒険者にもなれませんでした。
もる
ファンタジー
剣を扱う職に就こうと田舎から出て来た14歳の少年ユカタは兵役に志願するも断られ、冒険者になろうとするも、15歳の成人になるまでとお預けを食らってしまう。路頭に迷うユカタは生きる為に知恵を絞る。
異世界に転生したら?(改)
まさ
ファンタジー
事故で死んでしまった主人公のマサムネ(奥田 政宗)は41歳、独身、彼女無し、最近の楽しみと言えば、従兄弟から借りて読んだラノベにハマり、今ではアパートの部屋に数十冊の『転生』系小説、通称『ラノベ』がところ狭しと重なっていた。
そして今日も残業の帰り道、脳内で転生したら、あーしよ、こーしよと現実逃避よろしくで想像しながら歩いていた。
物語はまさに、その時に起きる!
横断歩道を歩き目的他のアパートまで、もうすぐ、、、だったのに居眠り運転のトラックに轢かれ、意識を失った。
そして再び意識を取り戻した時、目の前に女神がいた。
◇
5年前の作品の改稿板になります。
少し(?)年数があって文章がおかしい所があるかもですが、素人の作品。
生暖かい目で見て下されば幸いです。
異世界でのんびり暮らしたいけど、なかなか難しいです。
kakuyuki
ファンタジー
交通事故で死んでしまった、三日月 桜(みかづき さくら)は、何故か異世界に行くことになる。
桜は、目立たず生きることを決意したが・・・
初めての投稿なのでよろしくお願いします。
ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語
Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。
チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。
その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。
さぁ、どん底から這い上がろうか
そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。
少年は英雄への道を歩き始めるのだった。
※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。
オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~
鉄 主水
ファンタジー
子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。
そんなオバちゃん主人公が、突然……異世界へ――。
そこで里子を待ち構えていたのは……今まで見たことのない奇抜な珍獣であった。
「何がどうして、なぜこうなった! でも……せっかくの異世界だ! 思いっ切り楽しんじゃうぞ!」
オバちゃんパワーとオタクパワーを武器に、オバちゃんは我が道を行く!
ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。
いざ……はじまり、はじまり……。
※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。
異世界勇者のトラック無双。トラック運転手はトラックを得て最強へと至る(トラックが)
愛飢男
ファンタジー
最強の攻撃、それ即ち超硬度超質量の物体が超高速で激突する衝撃力である。
ってことは……大型トラックだよね。
21歳大型免許取り立ての久里井戸玲央、彼が仕事を終えて寝て起きたらそこは異世界だった。
勇者として召喚されたがファンタジーな異世界でトラック運転手は伝わらなかったようでやんわりと追放されてしまう。
追放勇者を拾ったのは隣国の聖女、これから久里井戸くんはどうなってしまうのでしょうか?
異世界に転生したので幸せに暮らします、多分
かのこkanoko
ファンタジー
物心ついたら、異世界に転生していた事を思い出した。
前世の分も幸せに暮らします!
平成30年3月26日完結しました。
番外編、書くかもです。
5月9日、番外編追加しました。
小説家になろう様でも公開してます。
エブリスタ様でも公開してます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる