おっさん転生、相棒はもふもふ白熊。100均キャンプでスローライフはじめました。

第六十二話『ヤギの毛と、心の温もり』

秋が深まり、ヤギのメイ親子が、冬に備えてフワフワの冬毛に生え変わり始めた。俺がブラッシングしてあげると、驚くほどたくさんの、雲のように柔らかい毛が取れる。
「この毛は、最高の贈り物ですよ。これで、冬を越すための、温かい『糸』を作りましょう」
俺は、生活の三大要素の最後の一つ、『衣』への挑戦を宣言した。

集めたヤギの毛を、川で手作り石鹸を使って洗う。シラタマが、水遊びをしながら、その小さな前足で毛を押さえるのを手伝って（邪魔して？）くれる。
洗い終わった毛を天日で乾かす時、つちのこが毛の下にやってきて、その不思議な力で、地面から陽だまりのような温かい気を立ち上らせ、乾燥を優しく手伝ってくれた。おかげで、ヤギの毛は、ただ乾くだけでなく、お日様と大地の匂いをまとった、極上の仕上がりになった。

「さて、ここからが魔法の時間です」
洗って乾かしただけの毛は、まだ繊維が絡まっている。俺はスキルで100均の『ワイヤーブラシ』を二つ召喚した。

ポンッ！
【創造力：150/150 → 148/150】
そのブラシで、毛の繊維を丁寧に、同じ方向に梳いていく『カーディング』を行う。すると、ただの毛玉が、まるで雲のような、すぐにでも糸にできそうなフワフワの繊維の束（ローラグ）に変わった。その魔法のような変化に、リディアは息をのむ。
そして、出来上がったフワフワの山を見つけたシラタマが、最高のベッドを見つけたとばかりに助走をつけてダイブし、幸せそうに寝息を立て始めた。

この毛を糸にするには、『糸車』という道具が必要だ。俺は、その最も原始的な形である『ドロップスピンドル』を自作することにした。まっすぐな木の棒に、錘（つむり）として、あるアイテムを召喚する。

ポンッ！
【創造力：148/150 → 146/150】
Eランクの『素焼きの植木鉢の受け皿』だ。これを棒の中心に固定すると、シンプルで美しい、古代の道具が完成した。

俺がお手本を見せた後、リディアが糸紡ぎに挑戦する。だが、彼女が怪力で羊毛を引っ張ると、ブチッ、ブチッと、いとも簡単に糸は切れてしまった。
「むぅっ…！糸ごときに、私の力が通用しないとは…！」
本気で悔しがる彼女に、俺は「力ではなく、一定のリズムが大事なんです。剣の重心を指先で感じ取るように」と教える。

再び挑戦するリディア。やがて、彼女は、騎士ならではの驚異的な集中力と精密さを発揮し始めた。そして、初めて一本の途切れない、美しい糸を紡ぎ出した時、彼女自身が、自分の指先が持つ新しい可能性に静かに感動していた。

その日の終わり、俺たちの手には、自分たちの手で作り出した、温かい『毛糸玉』がいくつかできていた。
リディアは、自分が紡いだ、白くて柔らかい毛糸玉を、愛おしそうに、そっと自分の頬に寄せる。

「…温かいな」
彼女は、ぽつりと呟いた。
「これが、私自身のこの手で生み出した、初めての『冬の温もり』か…」

それは、ただの物質的な暖かさではない。仲間と共に、創造の苦労の末に手に入れた、心の温もりそのものだった。