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第六十九話『暖炉の前の編み物と、滑り止めの知恵』
しおりを挟む冬の足音が、日に日に大きくなっていく。
暖炉の炎が届かない床は、冬の冷気を静かに伝えてくる。厚手の靴を履いていても、じんわりと芯から奪われるような、冬独特の冷たさだ。俺は、向かいの椅子で英雄譚を読んでいたリディアが、誰にも気づかれないように、そっと足先をさすっているのを見逃さなかった。騎士としての彼女は、決して弱音を吐かない。それは強さであり、同時に、彼女が一人で戦ってきたことの証でもある。だが、ここは戦場じゃない。俺たちが作った、温かい『家』なんだ。その無意識の仕草が、雄弁に足元の冷えを物語っていた。
「リディアさん、無理は禁物ですよ。最高の聖域には、最高の防寒装備が必要です。…もっと温かい靴下を、自分たちで編んでみませんか?」
俺の優しい提案に、リディアは一瞬、弱さを見抜かれたことに驚いた顔をしたが、すぐにその意図を理解し、どこか救われたように、こくりと頷いた。
こうして、俺たちの『編み物』教室が、暖炉の前で開講した。
ポンッ!
【創造力:133/150 → 131/150】
俺は、手芸コーナーにあるEランクの『編み棒』を数セット召喚した。コストは2。称号『クラフトマスター』の効果が適用されて、実質2弱か。
自分たちが紡いだ、温かい毛糸を手に、俺はリディアに編み方を教え始める。
「む、むぅ…!この二本の棒、剣よりも遥かに御しがたい…!」
リディアの手の中で、編み棒はカチカチと頼りない音を立てるばかり。力を入れすぎれば毛糸が張り、緩めれば目が落ちる。その、あまりにも繊細な力加減に、彼女は本気で悔しそうな顔をしていた。
「一番の難所は、この『かかと』の部分です。ただ筒状に編むだけでは、人間の足の形にはフィットしない。ここで一度、目を半分休ませて、往復編みで立体的なカーブを作り出す必要があるんです」
俺が地面に図を描いて解説すると、彼女は「なるほど…工兵が城壁を築く際の、力学計算にも似ているな」と、真剣な顔で頷いている。
俺は笑いながら、「剣の重心を指先で感じ取るように、糸の声を聴いてあげるんです」と教える。その言葉に、リディアはハッとした顔で、再び編み棒を握り直した。そして、彼女の中で何かが繋がった。剣を振るう際の、寸分の狂いもない手首の返し。弓を引き絞る際の、指先の繊細な力加減。彼女が培ってきた全ての武の経験が、二本の編み棒の先に集約されていく。
カタン、カタン…と、それまでとは比較にならない、リズミカルで、確かな音が響き始めた。彼女の指先から、不格好ながらも、力強く、そして温かい「編み目」という小さな奇跡が、確かに生まれ始めていた。
そんな俺たちの足元では、シラタマが毛糸玉にじゃれつき、コロコロと転がして遊んでいる。最高の癒やしだ。
数日後、ついに俺たちの初めての『手作り靴下』が完成した。
早速履いてみると、手作りの毛糸の温かさが、足元からじんわりと全身に広がっていく。
「おお…!これは、温かいな!」
リディアは、自分が編み上げた靴下の温かさに、子供のように純粋な感動の声を上げた。そして、その性能を確かめるように、誇らしげに立ち上がり、一歩、力強く踏み出した、その瞬間。
ツルンッ!
彼女は、騎士にあるまじき、あまりにも見事なスリップを披露し、ドシン!という音と共に、尻餅をついてしまった。一瞬の静寂。シラタマが「キュ?」と不思議そうに首を傾げる中、リディアは顔を真っ赤に染め、騎士としての威厳を必死に保ちながら、俺に報告した。
「…ユキ殿。この靴下には、一つだけ、致命的な戦術的欠陥があるようだ…」
噴き出しそうになる笑いを必死にこらえ、俺は「ええ、だから今から、最後の仕上げの魔法をかけますよ」と、悪戯っぽく笑いながら、一本のチューブを取り出した。
ポンッ!
【創造力:131/150 → 129/150】
これもEランクの手芸用品、『布用の滑り止め液』だ。コストは2。
俺は、その液体で、靴下の裏にそれぞれ模様を描いていく。俺のはシンプルな線、リディアのには花の模様、そしてシラタマのために編んだ小さな靴下には、可愛い肉球の模様を。
その夜。
暖炉の炎が、穏やかに揺れている。一同は、お揃いの靴下を履いて、足を火の方へと投げ出していた。パチパチと薪がはぜる音、毛糸の優しい肌触り、そして、足の裏に描かれた、少しだけ不格好な肉球の模様の感触。
リディアは、足元からじんわりと伝わる温かさを感じながら、暖炉のそばで丸くなるヤギのメイの頭を優しく撫でた。この温もりは、この子たちがくれた毛から生まれた。その毛を糸に紡いだのは、自分の、剣しか知らなかったこの手だ。そして、その糸を、温かい靴下という形に変える知恵と、滑らないようにという優しさをくれたのは、隣で穏やかに目を細めている、この男だ。
――巡っている。
彼女は、ふと思った。森の恵みがヤギを育て、ヤギが俺たちに温もりをくれ、俺たちが知恵と手間で、それを確かな『衣服』に変える。厳しいだけだと思っていた冬が、こんなにも豊かで、温かい『繋がり』で満たされている。
その、どこまでも優しい発見に、彼女の心は、暖炉の炎よりもずっと温かい、確かな幸福感に、静かに、深く包まれていくのだった。
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