おっさん転生、相棒はもふもふ白熊。100均キャンプでスローライフはじめました。

はぶさん

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第七十二話『冬の森の呼び声と、雪渡りの知恵』

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『新たなる約束のカルボナーラ』を味わったあの日から、俺たちの拠点には、完成された穏やかな時間が流れていた。
季節は、冬。森は深い雪に覆われ、世界は白と、木々の影が落とす青だけの、静寂に満ちた水墨画へと姿を変えた。木々の枝には、まるで砂糖菓子のような綿雪が乗り、太陽の光を浴びてキラキラと輝いている。前世で見た、アスファルトを灰色に汚すだけの雪とは全く違う、神聖さすら感じる光景だ。
だが、俺たちの家の中は、これ以上ないほどの温かさと、豊かな香りに満ちていた。

朝、暖炉の火に薪をくべることから、俺たちの一日は始まる。乾燥しきった薪がパチパチと心地よくはぜる音、挽きたての小麦粉が焼ける香ばしい香り、そして手編みの靴下越しに伝わる、床板のひんやりとした感触。その全てが、俺たちの『日常』だった。
朝食には、ふわふわのパンケーキ。昼食には、温室で採れた冬野菜とベーコンの熱々スープ。そして、長い夜には、暖炉の前に集まり、自分たちが編んだショールにくるまりながら、リディアが読んでくれる英雄譚に耳を傾ける。
シラタマは雪遊びの達人になり、ヤギのメイ親子は暖炉のそばで草を食む。つちのこは神様の温室でぬくぬくと冬を越しているようだ。

全てが満ち足りていた。俺たちが、この森で、自分たちの手で作り上げた、完璧なスローライフ。
その、あまりにも穏やかで、完璧な静寂を破るように、それは、ある雪の夜に、初めて聞こえてきた。
暖炉の炎が落ち、俺たちが寝息を立て始めた、まさにその丑三つ時。森の全ての音が雪に吸い込まれ、世界が真空になったかのような錯覚に陥る、その一瞬。

―――グォオオオオオォォ…………ン……

それは、体の芯を、内側から震わせるような、深く、そして重い響きだった。
どこか物悲しく、そして、何かを探しているかのような、長く、長く尾を引く雄叫び。
「ユキ殿…!」
リディアが、即座に剣の柄に手をかける。俺も、暖炉のそばに立てかけてあった薪を、そっと手に取った。
だが、俺たちの警戒を解いたのは、シラタマの意外な反応だった。
彼は、敵意を示すどころか、ただ、じっと、音が聞こえてきた方角の壁を、食い入るように見つめている。そして、その喉の奥から、俺が今まで一度も聞いたことのない、か細く、そして問いかけるような声が漏れた。
「…きゅぅん…?」
その声には、驚きと、戸惑いと、そして、ほんの少しの、懐かしさのような感情が混じっているように聞こえた。

その夜を境に、雄叫びは、数日に一度、決まって風のない、静かな夜にだけ聞こえてくるようになった。
そして、俺たちの日常から、少しずつ色が失われていった。あれほど雪に大はしゃぎしていたシラタマが、空を見上げては、ため息をつくようになった。俺が作った好物のパンケーキにも、半分しか口をつけない日があった。夜中、寝床で「きゅぅん…」というか細い声で、誰かを呼ぶように鳴いていることも。
その、日に日に翳っていく相棒の姿に、俺たちは皆、胸を痛めていた。

「…ユキ殿。あの声の主を、確かめに行くべきではないか?」
ある朝、リディアが、眠れなかったのか、少し目の下に隈を作った顔で、真剣に提案した。
「シラタマが、あれほど気にするのだ。放置しておくのは、騎士としても、仲間としても、忍びない。私にも、守ると誓った民(仲間)の苦しむ顔を、黙って見過ごすことはできん」
彼女の言葉は、俺の迷いを断ち切るのに、十分すぎるほど力強いものだった。
だが、問題がある。この深い雪だ。一歩足を踏み出せば、腰まで埋まってしまう。

「大丈夫です。こういう時のために、人類が生み出した、偉大な知恵があるんですよ」
俺は、来るべき雪中行軍のために、特別な装備を作ることにした。

ポンッ!ポンッ!
【創造力:108/150 → 86/150】
俺が召喚したのは、Cランクの素材『園芸用の太いアルミ線』を数束と、Dランクの『丈夫な荷造り紐』。
俺たちは暖炉の前で、アルミ線を楕円形の輪になるように、慎重に曲げていく。リディアがその怪力で大まかな形を作り、俺がペンチで細部を調整する。彼女の力がなければ、この太い針金をこうも簡単には曲げられなかっただろう。俺の知恵がなければ、ただの力任せで正確な形にはならなかったはずだ。互いの長所を補い合う、最高の共同作業だった。
そして、完成したアルミのフレームに、荷造り紐を格子状に、きつく、きつく編み込んでいく。

数時間後。俺たちの前には、軽くて丈夫な、手作りの『かんじき(スノーシュー)』が、三組完成していた。俺の分、リディアの分、そして、シラタマの前足に合うように作った、可愛らしいミニチュアサイズのものだ。

俺は、完成したかんじきを手に、窓の外で静かに雪が舞う森を見つめるシラタマの元へ歩み寄った。
そして、その大きな背中を撫でながら、優しく語りかけた。
「シラタマ。あの声が、気になりますか?」
シラタマは、俺の顔をじっと見上げ、こくりと頷いた。その瞳には、不安と、そして、かすかな希望が揺れていた。
「分かりました。天気の良い日に、一緒に行きましょう。あの声の主が、誰なのか。あなたの仲間なのか、それとも…」
俺は、言葉を区切ると、彼の瞳をまっすぐに見つめ返した。
「あなたの、家族なのかを、確かめに」

その言葉に、シラタマの黒い瞳が、大きく見開かれた。そして、彼は、俺の手に、自分の大きな頭を、ぐり、と一度だけ、強く押し付けてきた。言葉はいらない。『ありがとう』『信じている』という、彼の魂からの声が、確かに、俺の心に伝わってきた。
俺たちの、初めての冬の冒険が、今、静かに始まろうとしていた。
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