おっさん転生、相棒はもふもふ白熊。100均キャンプでスローライフはじめました。

はぶさん

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第八十六話『湯けむり計画と、我らが城』

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その日の夕方、リディアが意を決したように立ち上がった。
「ユキ殿、行ってくる」
彼女が向かうのは、母屋の外に置かれた、木の行水桶。それは、体を清潔に保つための、彼女が毎日続けている冬との『戦い』の始まりを告げる合図だった。
鉄の大鍋で辛抱強く雪を溶かして湯を沸かし、それを桶で運ぶ。外の凍てつくような冷気に、せっかくの湯がみるみるうちに冷め、湯気は白い吐息のように、あっという間に空気に奪われていく。震えながら急いで体を洗い、慌てて服を着込む。

暖炉の前で、火照った頬のまま、彼女はぽつりと呟いた。
「…夏に作った、あの露天風呂が懐かしいな」
彼女の脳裏に蘇るのは、満天の星空の下、手足を思い切り伸ばして湯に浸かった、あの夜の記憶。戦のことなど何も考えず、ただ、仲間と共に、穏やかな温もりに身を委ねた時間。
「…あれは、騎士の生涯で経験した、最高の贅沢だった」
その、心からの、そして少しだけ寂しげな一言。それが、俺の心に火をつけた。
(前世の俺は、風呂に入る体力さえなく、倒れた。だが、この世界では、仲間には絶対にそんな思いはさせない)

「リディアさん、もう戦うのはやめにしましょう。最高の贅沢、復活させましょう。いえ、冬だからこそできる、もっと最高の…究極の癒やしの城を、俺たちの聖域に作り上げます!」

俺が提案したのは、母屋に隣接させた、専用の『バスルーム』の増築だった。
「ユキ殿、それはもはや、王都の公衆浴場を作るに等しい大事業だぞ…!」
期待と不安に目を丸くするリディアに、俺は「ええ、だからこそ、やりがいがあるんですよ」と笑った。

俺たちは、これまでの経験の全てを結集させた。
まず、バスルームの外壁に、レンガとセメントで作った、小型で熱効率の高い『専用の給湯窯』を建設する。その土台を作る際、つちのこがそっと地面に触れると、その部分だけが不思議な力で固く、そして完璧に水平になった。神様による、最高の基礎工事だ。
次に、文明の創造、『配管』の魔法に取り掛かる。

ポンッ!ポンッ!
【創造力:150/150 → 133/150】
俺が召喚したのは、Cランクの『園芸用の散水ホース』と、Eランクの『結束バンド』。コストは合わせて17。
「ユキ殿、その緑の蛇のようなもので、湯を運ぶというのか!?」
「ええ、『サイフォンの原理』を使います。水が高い方から低い方へ流れる力を利用する、魔法ですよ」
窯の熱でホースが溶けないよう、接続部分を自作の土管で保護し、壁に結束バンドで固定していく。シラタマは、その長いホースを巨大なヘビのおもちゃと勘違いしたのか、じゃれついては俺たちの作業の邪魔をしていた。

そして、最後の仕上げ、『湯船』だ。
ポンッ!
【創造力:133/150 → 103/150】
俺は、Bランクの500円商品、子供用の『折りたたみ式の簡易プール』を召喚した。コストは30。
空気で膨らませる、巨大なビニール製の青い桶。その、あまりにも意外な「湯船」の登場に、リディアは完全に呆気に取られている。
「ユキ殿…これは、水上での模擬戦闘に使う訓練用のボートか…?」
「いえ、最高の湯船です!」
組み立て前の簡易プールが、シラタマにとって最高の新しいベッドにならないはずがなく、彼はふかふかのビニールの上で気持ちよさそうに昼寝を始め、リディアに優しく運び出されるのだった。

数日後。ついに、俺たちのバスルームが完成した。
給湯窯に火が入り、俺がサイフォンの原理を使って、ホースから湯船へとお湯を注ぎ始める。ちょろちょろと流れ始めたお湯は、やがて安定した湯量となり、簡易プールの中に、温かい湯けむりを立てて満ちていく。
その、文明の夜明けとも言える光景に、一同は息をのんだ。

一番風呂はもちろん、リディアだ。
彼女は、生まれて初めて経験する、完全なプライベート空間での入浴に、最初は戸惑っていた。だが、ゆっくりとその湯に体を沈めると、魂の底から安らぎの声を漏らした。
「……温かい。風も、寒さも、何もない。ただ、温かいお湯だけが、私を包んでいる…」

湯上がりで火照った体のまま、暖炉の前に集まる一同。
リディアは、そのあまりにも贅沢な一日に、感嘆のため息を漏らした。
「ユキ殿…ここは、もはやただの聖域ではない。どんな王城の風呂よりも快適で、どんな城壁よりも安全な…我らが『城』だ」
彼女の言葉に、俺は最高の笑顔で頷いた。
俺たちの手で作り上げた、冬の寒ささえも支配する、世界で一番温かい城。その城に、また一つ、かけがえのない宝物が加わったのでした。
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