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第九十話『森の最初の弦楽器と、騎士の唄』
しおりを挟む雪に閉ざされた、静かな夜。暖炉の炎が、穏やかに部屋を照らしている。
棚の上には、俺たちが手ずから彫り上げた『木彫りの家族』と、あの日の光を永遠に封じ込めた『最初の写真』。
俺は、それらを、満ち足りた気持ちで眺めていた。だが、その完璧な静寂の中で、ふと、ある違和感に気づく。
(形は、残せた。光も、残せた。木彫りは、俺たちの温もりを伝えてくれる。写真は、俺たちの笑顔を記憶してくれている。でも…)
何かが足りない。この部屋の、この幸せな空気そのものを表現する、何か。
それは、『音』だった。暖炉のはぜる音、仲間たちの寝息。それらは、ただそこにあるだけの、受け身の音だ。俺たちの手によって、意図的に、感情を込めて生み出された『音楽』が、この聖域にはまだ存在しなかった。
俺は、静かに立ち上がった。
「リディアさん。今夜は、この静かな夜に、俺たちの『声』を与えてみませんか?」
その夜、俺は楽器の設計図を地面に描き、翌日、万全の状態で、その製作に取り掛かった。
俺は、この世界で最初の『弦楽器』を、100均の知恵と、これまでの経験の全てを結集させて作り上げる。
まず、楽器のボディ(胴体)となる、主役の素材を召喚した。
ポンッ!
【創造力:150/150 → 135/150】
Bランクの調理器具、『桐のまな板』。コストは15。軽くて響きの良い、最高の素材だ。
続いて、弦を張るための金属部品。
ポンッ!ポンッ!
【創造力:135/150 → 125/150】
Dランクの『L字金具』と『蝶ナット』のセット。コストは合わせて10。
そして、楽器の命である、弦。
ポンッ!
【創造力:125/150 → 120/150】
Dランクの『釣り糸(テグス)』。様々な太さが入ったセットだ。コストは5。
桐のまな板に、L字金具と蝶ナットで作った即席の糸巻きを取り付け、様々な太さの釣り糸を張っていく。
最初の一本。俺が指で弾くと、「てん…」という、頼りない音がした。二本目。「とん…」。まだ、ただの物体の音だ。
だが、三本、四本と弦が増え、俺が蝶ナットを回して、それぞれの張りを調整していくうちに、奇跡が起きた。
ポーン…
それは、もはやただの音ではなかった。澄んだ余韻を残す、確かな『音階』を持った、命の産声だった。
リディアは、ただの板と糸が、少しずつ、魂のこもった『楽器』へと生まれ変わっていく様を、魔法が生まれる瞬間を目撃するかのように、息をのんで見つめていた。
数時間後、ついに、数本の弦が張られた、素朴な『竪琴(ライアー)』のような楽器が完成した。
俺は、その弦を、おそるおそる指で爪弾く。
ポロロン…
決して上手くはない、どこまでも不器用な旋律。俺は、前世の記憶を頼りに、簡単な子守唄を奏でていた。
その、時だった。
「…その旋律は知らん。だが、どこか…懐かしい響きがするな」
リディアが、ぽつりと呟いた。彼女の瞳は、暖炉の炎の向こう、俺には見えない、遠い過去を見つめていた。
「リディアさん…?」
彼女は、まるで遠い記憶をたぐるように、静かに、そして澄んだ声で、歌い始めた。
その歌声は、最初、か細く、震えていた。何年も、心の奥底に、誰にも聞かせず、たった一人でしまい込んできた、宝物のように、そして、呪いのように。
戦場へ赴いた兄を、ただ待ち続ける妹の、祈りの歌。その、あまりにも痛切で、あまりにも美しい歌詞が、俺たちの胸を締め付ける。
俺は、竪琴を弾くのをやめ、ただ、その歌声に、魂ごと耳を傾けた。シラタマは、彼女の悲しみを察したのか、そっと、その膝に自分の大きな頭を乗せ、彼女の涙を、優しく舐めようとしていた。
歌い終えたリディアの瞳から、一筋、涙がこぼれ落ちた。
それは、悲しみの涙ではない。これまで、心の奥底に、たった一人でしまい込んできた痛みを、初めて、仲間と分かち合うことができた、安堵の涙。魂の『浄化』の涙だった。
部屋には、暖炉のはぜる音だけが響く。俺は、何も言わなかった。慰めの言葉など、無粋に思えたからだ。
俺は、再び竪琴を手に取ると、今度は、彼女の痛みに、そっと寄り添うように、優しく、そして温かい和音を、そっと奏で始めた。
ポロロン…
その音色に、リディアは顔を上げ、少しだけ驚いたように目を見開いたが、すぐに、ふっと、心の底から安堵したような、柔らかな笑みを浮かべた。
俺たちの聖域に、初めて生まれた音楽。それは、ただの娯楽ではない。仲間の心の傷を、言葉ではなく、音で、そっと癒やすための、魂の音色。
冬の夜は、まだ長い。だが、俺たちの心は、この新しい『音楽』という名の炎によって、以前よりも、ずっと、ずっと温かく照らされているのだった。
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