おっさん転生、相棒はもふもふ白熊。100均キャンプでスローライフはじめました。

はぶさん

文字の大きさ
92 / 185

第九十一話『光と影の物語と、ガラスの瞳』

しおりを挟む

リディアが悲しい唄を歌った、その翌朝。拠点の中は、冬の朝の光と、不思議なほどの静けさに満ちていた。
誰も、昨夜の唄の事には触れない。だが、その沈黙は、気まずいものではなかった。むしろ、一つの大きな秘密を分かち合った後の、家族だけが持つ、穏やかで、優しい空気が、俺たちの間を流れていた。リディアの表情は、どこか吹っ切れたように、憑き物が落ちたかのように、晴れやかですらあった。
朝食のパンを焼き、温かいスープを食卓に並べる。いつもと変わらない、穏やかな日常。
だが、俺は思う。
(彼女は、俺たちに、心の奥底の痛みを分かち合ってくれた。悲しい物語を、悲しいまま終わらせてはいけない。彼女が愛する、あの英雄譚のような、光に満ちた物語を、今度は俺が、彼女に贈ってあげたい)
その想いが、俺に、俺たちの冬の夜を、さらに豊かに彩るための、新しい創造への挑戦を決意させた。

「リディアさん。昨夜は、あなたの物語を聞かせてくれました。今夜は、俺が、あなたに物語を『お見せ』します」
俺が提案したのは、『幻灯機』。それは、影絵芝居をさらに進化させた、カラーの絵を壁に映し出す、光の魔法だった。
「光の焦点を操って、虚像を壁に結ばせるんです」
その、あまりにも幻想的な科学に、リディアは「…ユキ殿。それはもはや、賢者の魔法ではないか」と、期待に胸を膨らませていた。

このDIYの心臓部、『レンズ』。騎士団の宝物庫にあるような、磨き上げられた水晶玉など、あるはずもない。だが、俺の頭の中のカタログには、完璧な代替品があった。
ポンッ!
【創造力:120/150 → 118/150】
俺が召喚したのは、Eランクの雑貨、100円ショップの定番商品『老眼鏡』だった。
「ユキ殿…それは、老いた者が文字を読むための…?」
「ええ。ですが、このレンズの本質は、『光を集め、一つの点に結びつける力』です。本の文字を大きく見せるのも、遠くの景色を壁に映し出すのも、原理は同じなんですよ」
俺が、その安っぽいプラスチックのフレームから、レンズを慎重に取り出し、自作した『段ボール箱』の暗箱の覗き穴に固定する。小さな文字を読むための道具が、世界を映し出す魔法の目に変わる。その、あまりにも常識外れな錬金術に、リディアは、ただただ感嘆の息を漏らすしかなかった。

幻灯機が完成し、いよいよ物語のスライド作りが始まった。映写するための『プラ板』と、そこに物語を描くための『ガラス絵の具』を召喚する。

ポンッ!ポンッ!
【創造力:118/150 → 110/150】
Dランクの工作用品『プラ板』と、Cランクの『ガラス絵の具セット』。コストは合わせて8。

俺は、リディアに「あなたの好きな、英雄譚のワンシーンを描いてみませんか?」と提案する。彼女は、最初こそ「私に、絵など…」と戸惑っていたが、いざガラス絵の具の筆を手に取ると、その瞳に、騎士としての鋭い集中力が宿った。かつて、編み棒に悪戦苦闘した不器用な指先が、今や、寸分の狂いもなく、英雄がドラゴンに立ち向かう、勇壮なシーンをプラ板の上に描き出していく。
彼女が、物語の姫君のドレスの色に悩んでいると、いつの間にかそばに来ていたつちのこが、温室から、ひときわ美しい、夜空のような青い花を、そっと差し出した。「…ありがとう、つちのこ」。彼女は、その花の色を、姫君の希望の色として、ガラス絵の具で丁寧に再現した。
その横では、俺がレンズの焦点距離を調整していると、床に映る光の円が気になって仕方がないシラタマが、その光を、猫のように前足でちょいちょいと捕まえようとしては、追いかけ回している。その、どこまでも無邪気な姿が、真剣な作業の合間の、最高の癒やしとなっていた。

その日の夜。
一同は、暖炉の火だけが揺れる暗い部屋で、息をのんで、壁に張られた白い布を見つめていた。
俺が、幻灯機の中に、アロマキャンドルの灯りをともし、最初の一枚をセットする。
ふわり、と。
壁の上に、少しだけ輪郭は甘いけれど、どこまでも色鮮やかで、美しい光の絵が浮かび上がった。それは、リディアが描いた、青いドレスの姫君を守るため、ドラゴンに立ち向かう、勇ましい騎士の姿。
「おお…!」
リディアが、感嘆の声を漏らす。
「俺からも、一枚」
俺は、二枚目のスライドを差し込んだ。
壁に映し出されたのは、英雄の姿ではなかった。
雪に覆われた、小さな三角屋根の家。その煙突からは、温かい煙が立ち上っている。そして、その家の前には、一人の男と、一人の女騎士、そして、一頭の大きな白熊と、小さな精霊が、寄り添うように、穏やかに笑っている。
俺たちの、『家族』の絵だった。

リディアは、壁に映し出された、自分たちの姿を、ただじっと見つめていた。
彼女の瞳には、もう涙はなかった。
(ああ、そうか…)
彼女は、心の底から、理解した。
昨夜流した涙は、孤独だった過去への、別れの涙。兄との悲しい物語を、たった一人で抱え続けてきた、痛みの涙。
だが、今、目の前に映し出されているのは、孤独ではない、温かい『現在(いま)』の物語。
もう、あの悲しい唄を、一人で口ずさむ必要はない。なぜなら、自分の居場所は、過去の記憶の中ではなく、この、光の中にいる仲間たちの隣にこそ、あるのだから。
彼女の瞳は、暖炉の炎と、幻灯機の光を反射して、どこまでも優しく、温かく輝いていた。
冬の夜は、まだ長い。だが、俺たちの聖域には、もう悲しい唄は必要ない。
これからは、俺たち自身が、光と影の主役となり、どこまでも温かい、未来の物語を、この壁に、そして、俺たちの心に、映し出していくのだから。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

DIYと異世界建築生活〜ギャル娘たちとパパの腰袋チート

みーくん
ファンタジー
気づいたら異世界に飛ばされていた、おっさん大工。 唯一の武器は、腰につけた工具袋—— …って、これ中身無限!?釘も木材もコンクリも出てくるんだけど!? 戸惑いながらも、拾った(?)ギャル魔法少女や謎の娘たちと家づくりを始めたおっさん。 土木工事からリゾート開発、果てはダンジョン探索まで!? 「異世界に家がないなら、建てればいいじゃない」 今日もおっさんはハンマー片手に、愛とユーモアと魔法で暮らしをDIY! 建築×育児×チート×ギャル “腰袋チート”で異世界を住みよく変える、大人の冒険がここに始まる! 腰活(こしかつっ!)よろしくお願いします

異世界に転生したら?(改)

まさ
ファンタジー
事故で死んでしまった主人公のマサムネ(奥田 政宗)は41歳、独身、彼女無し、最近の楽しみと言えば、従兄弟から借りて読んだラノベにハマり、今ではアパートの部屋に数十冊の『転生』系小説、通称『ラノベ』がところ狭しと重なっていた。 そして今日も残業の帰り道、脳内で転生したら、あーしよ、こーしよと現実逃避よろしくで想像しながら歩いていた。 物語はまさに、その時に起きる! 横断歩道を歩き目的他のアパートまで、もうすぐ、、、だったのに居眠り運転のトラックに轢かれ、意識を失った。 そして再び意識を取り戻した時、目の前に女神がいた。 ◇ 5年前の作品の改稿板になります。 少し(?)年数があって文章がおかしい所があるかもですが、素人の作品。 生暖かい目で見て下されば幸いです。

精霊さんと一緒にスローライフ ~異世界でも現代知識とチートな精霊さんがいれば安心です~

ファンタジー
かわいい精霊さんと送る、スローライフ。 異世界に送り込まれたおっさんは、精霊さんと手を取り、スローライフをおくる。 夢は優しい国づくり。 『くに、つくりますか?』 『あめのぬぼこ、ぐるぐる』 『みぎまわりか、ひだりまわりか。それがもんだいなの』 いや、それはもう過ぎてますから。

町工場の専務が異世界に転生しました。辺境伯の嫡男として生きて行きます!

トリガー
ファンタジー
町工場の専務が女神の力で異世界に転生します。剣や魔法を使い成長していく異世界ファンタジー

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

小さいぼくは最強魔術師一族!目指せ!もふもふスローライフ!

ひより のどか
ファンタジー
ねぇたまと、妹と、もふもふな家族と幸せに暮らしていたフィリー。そんな日常が崩れ去った。 一見、まだ小さな子どもたち。実は国が支配したがる程の大きな力を持っていて? 主人公フィリーは、実は違う世界で生きた記憶を持っていて?前世の記憶を活かして魔法の世界で代活躍? 「ねぇたまたちは、ぼくがまもりゅのら!」 『わふっ』 もふもふな家族も一緒にたくましく楽しく生きてくぞ!

外れスキル?だが最強だ ~不人気な土属性でも地球の知識で無双する~

海道一人
ファンタジー
俺は地球という異世界に転移し、六年後に元の世界へと戻ってきた。 地球は魔法が使えないかわりに科学という知識が発展していた。 俺が元の世界に戻ってきた時に身につけた特殊スキルはよりにもよって一番不人気の土属性だった。 だけど悔しくはない。 何故なら地球にいた六年間の間に身につけた知識がある。 そしてあらゆる物質を操れる土属性こそが最強だと知っているからだ。 ひょんなことから小さな村を襲ってきた山賊を土属性の力と地球の知識で討伐した俺はフィルド王国の調査隊長をしているアマーリアという女騎士と知り合うことになった。 アマーリアの協力もあってフィルド王国の首都ゴルドで暮らせるようになった俺は王国の陰で蠢く陰謀に巻き込まれていく。 フィルド王国を守るための俺の戦いが始まろうとしていた。 ※この小説は小説家になろうとカクヨムにも投稿しています

処理中です...