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第九十一話『光と影の物語と、ガラスの瞳』
しおりを挟むリディアが悲しい唄を歌った、その翌朝。拠点の中は、冬の朝の光と、不思議なほどの静けさに満ちていた。
誰も、昨夜の唄の事には触れない。だが、その沈黙は、気まずいものではなかった。むしろ、一つの大きな秘密を分かち合った後の、家族だけが持つ、穏やかで、優しい空気が、俺たちの間を流れていた。リディアの表情は、どこか吹っ切れたように、憑き物が落ちたかのように、晴れやかですらあった。
朝食のパンを焼き、温かいスープを食卓に並べる。いつもと変わらない、穏やかな日常。
だが、俺は思う。
(彼女は、俺たちに、心の奥底の痛みを分かち合ってくれた。悲しい物語を、悲しいまま終わらせてはいけない。彼女が愛する、あの英雄譚のような、光に満ちた物語を、今度は俺が、彼女に贈ってあげたい)
その想いが、俺に、俺たちの冬の夜を、さらに豊かに彩るための、新しい創造への挑戦を決意させた。
「リディアさん。昨夜は、あなたの物語を聞かせてくれました。今夜は、俺が、あなたに物語を『お見せ』します」
俺が提案したのは、『幻灯機』。それは、影絵芝居をさらに進化させた、カラーの絵を壁に映し出す、光の魔法だった。
「光の焦点を操って、虚像を壁に結ばせるんです」
その、あまりにも幻想的な科学に、リディアは「…ユキ殿。それはもはや、賢者の魔法ではないか」と、期待に胸を膨らませていた。
このDIYの心臓部、『レンズ』。騎士団の宝物庫にあるような、磨き上げられた水晶玉など、あるはずもない。だが、俺の頭の中のカタログには、完璧な代替品があった。
ポンッ!
【創造力:120/150 → 118/150】
俺が召喚したのは、Eランクの雑貨、100円ショップの定番商品『老眼鏡』だった。
「ユキ殿…それは、老いた者が文字を読むための…?」
「ええ。ですが、このレンズの本質は、『光を集め、一つの点に結びつける力』です。本の文字を大きく見せるのも、遠くの景色を壁に映し出すのも、原理は同じなんですよ」
俺が、その安っぽいプラスチックのフレームから、レンズを慎重に取り出し、自作した『段ボール箱』の暗箱の覗き穴に固定する。小さな文字を読むための道具が、世界を映し出す魔法の目に変わる。その、あまりにも常識外れな錬金術に、リディアは、ただただ感嘆の息を漏らすしかなかった。
幻灯機が完成し、いよいよ物語のスライド作りが始まった。映写するための『プラ板』と、そこに物語を描くための『ガラス絵の具』を召喚する。
ポンッ!ポンッ!
【創造力:118/150 → 110/150】
Dランクの工作用品『プラ板』と、Cランクの『ガラス絵の具セット』。コストは合わせて8。
俺は、リディアに「あなたの好きな、英雄譚のワンシーンを描いてみませんか?」と提案する。彼女は、最初こそ「私に、絵など…」と戸惑っていたが、いざガラス絵の具の筆を手に取ると、その瞳に、騎士としての鋭い集中力が宿った。かつて、編み棒に悪戦苦闘した不器用な指先が、今や、寸分の狂いもなく、英雄がドラゴンに立ち向かう、勇壮なシーンをプラ板の上に描き出していく。
彼女が、物語の姫君のドレスの色に悩んでいると、いつの間にかそばに来ていたつちのこが、温室から、ひときわ美しい、夜空のような青い花を、そっと差し出した。「…ありがとう、つちのこ」。彼女は、その花の色を、姫君の希望の色として、ガラス絵の具で丁寧に再現した。
その横では、俺がレンズの焦点距離を調整していると、床に映る光の円が気になって仕方がないシラタマが、その光を、猫のように前足でちょいちょいと捕まえようとしては、追いかけ回している。その、どこまでも無邪気な姿が、真剣な作業の合間の、最高の癒やしとなっていた。
その日の夜。
一同は、暖炉の火だけが揺れる暗い部屋で、息をのんで、壁に張られた白い布を見つめていた。
俺が、幻灯機の中に、アロマキャンドルの灯りをともし、最初の一枚をセットする。
ふわり、と。
壁の上に、少しだけ輪郭は甘いけれど、どこまでも色鮮やかで、美しい光の絵が浮かび上がった。それは、リディアが描いた、青いドレスの姫君を守るため、ドラゴンに立ち向かう、勇ましい騎士の姿。
「おお…!」
リディアが、感嘆の声を漏らす。
「俺からも、一枚」
俺は、二枚目のスライドを差し込んだ。
壁に映し出されたのは、英雄の姿ではなかった。
雪に覆われた、小さな三角屋根の家。その煙突からは、温かい煙が立ち上っている。そして、その家の前には、一人の男と、一人の女騎士、そして、一頭の大きな白熊と、小さな精霊が、寄り添うように、穏やかに笑っている。
俺たちの、『家族』の絵だった。
リディアは、壁に映し出された、自分たちの姿を、ただじっと見つめていた。
彼女の瞳には、もう涙はなかった。
(ああ、そうか…)
彼女は、心の底から、理解した。
昨夜流した涙は、孤独だった過去への、別れの涙。兄との悲しい物語を、たった一人で抱え続けてきた、痛みの涙。
だが、今、目の前に映し出されているのは、孤独ではない、温かい『現在(いま)』の物語。
もう、あの悲しい唄を、一人で口ずさむ必要はない。なぜなら、自分の居場所は、過去の記憶の中ではなく、この、光の中にいる仲間たちの隣にこそ、あるのだから。
彼女の瞳は、暖炉の炎と、幻灯機の光を反射して、どこまでも優しく、温かく輝いていた。
冬の夜は、まだ長い。だが、俺たちの聖域には、もう悲しい唄は必要ない。
これからは、俺たち自身が、光と影の主役となり、どこまでも温かい、未来の物語を、この壁に、そして、俺たちの心に、映し出していくのだから。
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