おっさん転生、相棒はもふもふ白熊。100均キャンプでスローライフはじめました。

はぶさん

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第九十二話『氷上のワルツと、春への序曲』

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長く続いた冬が、その終わりを告げ始めていた。
日中の陽だまりは、以前よりも少しだけ力強さを増し、軒先の氷柱からは、水晶の涙のように、きらきらと光る雫が、ぽつり、ぽつりと滴り落ちている。凍てついていた小川のせせらぎが、雪の下から、微かに、しかし確かな生命の歌声として、聞こえ始めていた。
「…ユキ殿。春が、近いのかもしれんな」
暖炉のそばで、毛糸の手入れをしていたリディアが、窓の外の光の変化に気づき、ぽつりと呟いた。俺は、その言葉に頷きながらも、胸の奥に、ほんの少しだけ、名残惜しさを感じていた。
(この、静かで、温かい冬が終わってしまうのか…)
厳しいだけだと思っていた季節は、いつしか、数え切れないほどの温かい思い出と、かけがえのない宝物で満たされていた。
「ええ。だからこそ、やり残したことが一つだけあるんです。この冬が、最高の季節だったと、俺たちの心に永遠に刻むための、最後の魔法を、かけましょう」

俺が提案したのは、拠点近くにある、鏡のように凍てついた湖の上で楽しむ、冬だけの特別な遊び…『アイススケート』だった。
「氷の上を、まるで鳥のように滑るんです。冬の最後に、みんなで、氷の上でワルツを踊りましょう」
その、あまりにも詩的で、幻想的な提案に、リディアは「氷の上を…踊る…?」と、未知の世界に目を輝かせる。
そして、この魔法を実現するためのDIYが始まった。俺が、スケート靴の心臓部、『ブレード』として召喚したのは、誰もが予想だにしなかった、あまりにも凡庸な事務用品だった。

ポンッ!
【創造力:48/150 → 33/150】
現れたのは、Cランクの、L字型で、硬く、薄い、100円ショップの『ステンレス製ブックエンド』。コストは15。
「ユキ殿…?これで、本を立てるのか…?」
「いえ。これで、氷の上に『立つ』んです」
俺がにやりと笑い、そのブックエンドの平らな底面を、木の板で作った靴底に固定していく。本を支えるための道具が、人の体を支え、氷上を滑るための『翼』へと生まれ変わる。その、常識を超えた錬金術に、リディアは、もはや驚きを通り越し、呆然と、その光景を見つめるしかなかった。

完成した手作りのスケート靴を履いて、俺たちは恐る恐る、凍った湖の上へと足を踏み出す。
騎士としての驚異的な体幹を持つリディアだが、滑る氷の上では勝手が違った。最初は、生まれたての仔鹿のように手足をバタつかせ、何度も尻餅をついてしまう。その、普段の彼女からは想像もつかない不器用な姿に、シラタマも大喜びで、彼女の周りを心配そうに、しかしどこか楽しそうに駆け回っていた。
だが、シラタマ自身は、スケート靴などなくても、氷の上を自由自在に滑り回る。助走をつけて、お腹で滑ったり、四本の足で巧みにターンを決めたり。まさに、氷上の王者の風格だった。

その日の夜。一同は、再び湖の上にいた。俺が湖の周りに設置した『ソーラーガーデンライト』が、星屑のように柔らかな光を放ち、凍った湖を、世界でたった一つの、俺たちだけの『舞踏会』の会場へと変えていた。
日中の練習ですっかりコツを掴んだリディア。俺は、彼女の前に進み出ると、騎士がお辞儀をするように、そっと手を差し出した。
「リディアさん。一曲、お相手願えませんか?」
その、あまりにも不意な誘いに、リディアは顔を真っ赤に染め、狼狽えた。だが、俺の、どこまでも真剣な瞳を見て、彼女は、震える指先で、その手を、強く、しかし優しく握り返した。
満天の星空の下、星屑の光に照らされて、二人は、ワルツを踊り始める。
最初は、ぎこちなかった。ステップは乱れ、何度も体勢を崩しかける。だが、そのたびに、俺たちは互いを支え合い、見つめ合い、そして、笑い合った。
やがて、二人の間には、言葉ではない、確かなリズムが生まれる。俺が導き、彼女が応える。まるで、この冬の間、俺たちがずっと続けてきた、共同作業そのもののように。その周りを、シラタマが楽しそうにくるくると回り、まるで、二人の未来を祝福する、光の輪を描いているかのようだった。

ワルツが終わり、息を切らし、頬を紅潮させながら、リディアは、星空を見上げて呟いた。
「…ユキ殿。私は、冬という季節が、これほどまでに美しく、そして楽しいものだとは、知らなかった」
彼女は、俺の目を見て、最高の笑顔で言った。「あなたと、出会うまでは」
俺は、その言葉に、胸が熱くなるのを感じながら、最高の笑顔で頷いた。
俺たちが、手を取り合ったまま、その余韻に浸っていた、その時。

ピシリ、と。

俺たちの足元で、あれほど固く凍てついていた湖の氷が、春の訪れを告げるように、小さく、しかし確かな、歌うような音を立てた。
それは、この長い冬の物語が、最高の形で終わりを告げ、そして、次なる、新しい季節の物語が始まろうとしている、希望の産声。
春への、高らかな序曲だった。
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